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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第六章:二十三話 妖光の海
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23-2

 選択肢などなかった。拒否すればエトがどうなるか。わざわざ問わずともわかる。


 古谷は仕方なく変身した。


 マーフォークは軍勢となって侵攻してきていた。一体のゴーレムを中心に、幾人もの武装したマーメイドがこちらに向かってきている。


 古谷はゴーレムの前に降り立った。


「くそ! 既に手懐けていたか」マーメイドの一人が毒づく。「やれ!」


 命じられるままにゴーレムが動き出す。掴みかかろうと突っ込んできた。


 古谷はそれを真正面から受け止めた。


(聞こえているか)と、呼びかける。


 幸いにしてゴーレム同士の会話は、他の者には聞こえない。マーフォークたちに聞かれずに密談を交わすことができる。


(君の無理矢理戦わされているんだろう?)


 しかし返事はない。代わりに拮抗していた掴み合いに、打ち勝とうとするように力を込めてくる。


(止せ! 俺たちが戦う必要なんてない! ここは一芝居打とう)


 だが相手のゴーレムは返答せず。掴み合っていた手を離すと、殴りつけてくる。


 古谷を腕でその軌道を逸らし、さらに懐へと潜り込む。


(どうして返事をしてくれない!)


 そのまま腰を掴むと、バックドロップを決める。


 もちろん、倒す気などさらさらない。どういうわけか対話をしてくれないので、少し痛めつけて言葉を引き出そうと思ってのことだった。


 先の攻撃も、水中の浮力によりそこまで威力は出ないことを見越してのことだった。


(君がどういう立場に置かれているのかわからない。どうか、そちらの状況を教えてくれ)


 古谷は再度呼びかける。


 が、やはり答えてくれる気配はなかった。ゆっくりと立ち上がるとこちらに向かってくる。


(くそ、やるしかないのか)


 本格的に戦闘に入った。


 まずは向かってきたゴーレムが拳を放つ。古谷はそれを身で受けて、お返しとばかりにパンチを見舞う。


 お相手のゴーレムも避けなかった。痛み分けの形となる。


 ただ殴り合っていては埒が明かないと判断した古谷は、腰を掴みかかる。両手を構えて突進した。


 相手は攻撃をしてくるばかりだ。迫りくる古谷を僥倖とばかりに三度ほど殴ったばかりか、掴みかかられた後も組んだ両手を振り下ろしてくる。


 それでも構わず古谷は勢いのままにゴーレムを押し倒す。そうして強引にマウントポジションを取ると、何度も拳を振り下ろした。


 相手のゴーレムも負けじと殴り返してくる。


(やっぱり……)古谷は思う。


 自分の身を守ろうとせず、ひたすら攻撃のみ繰り返す。それしか知らないかのように。


 通常、自分が傷つくと分かれば少なからず防御反応が出る。それはほとんど本能的なものだ。無意識のうちにでる。


 だが、目の前のゴーレムにはそれがまるでない。


 つまり。


(正気を失っているのか)古谷は推論する。(いや、多分、薬を盛られているのか)


 それならば、猶更倒すわけにはいかない。彼は自分の意思とは関係なく戦わされている。謂わば被害者だった。


 古谷は方針を変えて、相手を押さえつけることにする。両手を抑え込み、身動きを封じる。


 しばらく、そのままの姿勢を続けた。相手のゴーレムは抜け出そうと必死にもがくが、力を込めてじっと耐える。


 狙い通り、やがて相手のゴーレムの胸の結晶体が赤く点滅を始めた。


 相手のゴーレムは一層強く抵抗を試みたが、古谷もそれは想定済みでさらに力を籠める。


 点滅は徐々に早くなっていく。次第にその間隔が忙しないほどになると、いよいよゴーレムが自壊を始めた。岩石で構成された体がボロボロと崩壊を始める。


 海底の砂をそっと巻き上げて、海中に土煙を立てる。


「まずい!」


 それを認めた相手陣営のマーメイドたちが、こちらをめがけて物凄い速さで泳いでくる。


 自分たちのゴーレムを救出しようというのだろう。幾人ものマーメイドは躊躇う様子もなく、土煙の中に突っ込んでいった。


「逃がすんじゃないよ!」どこからともなく老婆のしゃがれた声が響く。


 その言葉に従ったわけではないが、古谷も負けじと土煙に手を突っ込んだ。


 目的は相手と同じだった。ゴーレムの変身者の救出。再び相手陣営のマーフォークたちに渡してしまえば、酷い目にあわされてしまう。


 決してこちらの待遇がいいというわけではないが、せめて傍にいれば守ることができる。


 そう思い必死に土煙を探ったのだが、視界が悪いことは加えて、海はマーメイドたちの主戦場。既にマーメイドたちはゴーレムの変身者を確保したものと見えて、離脱行動に移っていた。


 古谷はそれでも手を伸ばしたが、人魚たちはそれをするする掻い潜っていく。


 ついには追いつけないほど遠くにまで行かれてしまった。


          *


「あんた、わざと逃がしたね」戻るなり、労りの言葉一つなく老婆は苦言を呈した。


「違う。俺は精一杯やった」


「はっ! それであの様かい」老婆は続ける。「その気になりゃ、逃げる奴らの後ろから光線で一掃もできたんじゃないのかい?」


「……追い返したんだ。そこまでする必要はないだろ」


「甘い男だね。あたしが何て言ったか覚えているかい? 倒せと言ったのさ」


「何の恨みがあるんだ」


「恨み? 本当にわかってないんだね。呆れた奴だよ」


「何がだ」


「恨みなんざ誰も抱いちゃいないってことさ。向こうにだってない。ただ、やられる前にやる。それだけさ」


「二度と責めてこないように潰しておこうってことか」


「そう言ってるじゃないか。察しの悪い男だね」


「だが、もう実力差は示した。襲っては来ないだろ」


「だから甘いって言ってるのさ。そんなことで諦めるなら、初めから攻めてなんて来やしないのさ。それに」


「それに?」


「いずれはこちらから仕掛けに行く。その時になったらどの道潰すんだから今のうちに手間を省いた方が得だと思うけどね」


「……何だって?」


「聞こえなかったのかい? 若いのに耳が遠いのかね、全く」老婆は重ねて言った。「言いかい、あんたにはそのうち他所の町に侵攻して貰うんだよ。先手を打つのさ」


          *


 その後、古谷は結局また元の部屋に戻された。再び、代わり映えのしない生活が始まる。


 しかし、これまではとは違って考えることはいくらでもあった。


 さっき戦った他所の町のゴーレム。マーフォークが戦いの道具として利用するために正気を失わせたとしたならば、自分も同じ目に合わないとは限らない。むしろ、その可能性は高そうだ。


 もしくは。


(もう盛られているのかもしれない)古谷は思う。(日々の食事に)


 食事の中に海の中でも呼吸ができるようになる魔法薬が混ぜられているなら、他の薬が混ざっている可能性だって考慮できる。


 だが、それにしてはまだ自我を保っている。


(いや、俺がそう思っているだけか)


 実はもう正気を失っていて、自覚できないからこうしてまだ正常なような錯覚を覚えているだけかもしれない。


 もちろん、証明の方法などないので考えても詮無いことだ。


 ここは一旦、自分はまだ正気なのだと仮定して、完全に自我を失う前にここを出なくてはならない。理由としては第一にこの力を悪用されないため。第二にエトの身の安全のため。


 古谷が完全に言うことを聞くようになったら、もはや人質の存在など不要だ。が、素直に解放してくれるかどうかは怪しいところだった。


(早いところ脱出しなくては)


 だが、そのためにはエトの居場所を知らなくてはならない。脱出するだけならゴーレムになって強引に突破すればいいが、エトが人質に取られている以上、下手な真似はできない。


 方法は限られている。


 軟禁されているので当然、自由に外には出られない。出られないことにはエトの捜索など以ての外だ。


 つまるところ、外に出ることが認めらえた上で、自由に動ける状況でなくてはならない。


 決して、好ましいとは言えないが一つだけそれが叶う状況がある。


(もう一度来るだろうか)古谷は思う。(他所の町からの襲来が)


 ゴーレムとして戦っているその間だけは自由に動くことが可能だった。


 その戦闘の最中でエトの居場所を探す。派手に暴れて建物を壊していけば、見つけ出せるかもしれない。


 もしくは、壊して回れば自然と監禁場所が減っていく。そうして消去法的に残った一か所を急襲するという手もある。


 何にせよ、再びゴーレムが訪れないことには始まらない。


 それはつまり、戦いたくないものが強制的に戦場に立たされるという残酷なことだ。


 だが、今はそれしか方法がなかった。


(頼む……頼む……)


 古谷は願い続けた。


          *


 それからどれだけの日が経っただろう。古谷は未だ正気を保っている状態で、またもお呼びがかかった。


「来な」


 ここで待っていましたとばかりに飛び出しては勘ぐられかねない。


「またか」古谷はあくまでも抵抗する素振りを見せた。


「いちいち突っかかるんじゃないよ。どうせ拒否できやしないんだから」


 苛立たし気に告げる彼女に、古谷は呆れたように首を振って見せた。それから大儀そうに後をついて行く。


 が、その内心は緊張で張り詰めていた。いよいよ計画を実行する時だ。


 計画などと呼べるほど大層なものではないが、ともかく本番だ。これを逃せば二度とチャンスは訪れないかもしれない。なんとしてでも、この機会をものにしなくてはならない。


「ちんたら歩いてるんじゃないよ! さっさとしな!」


 そう叱責されても尚、古谷は歩調を早めなかった。


 なるべく耳を澄まし、様子を窺う。この通路のどこかにエトがいるかもしれない。そう思い、どんな些細な音でも聞き逃すまいとしていた。


 その甲斐はなかった。結局、神殿の外に出るまで物音らしい物音は一つも聞こえなかった。


 前向きに考えれば、少なくとも今通った範囲ではエトがいないということになるが、神殿の広さを考えるとあまり慰めにはならなかった。


 前回と同じく、遥か先にゴーレムの影が見える。


「さ、とっとと始めな」老婆が促してくる。


「前回と同じ町からなのか」古谷が問いかけると。


「そんなの、あたしが知るかい。だけど、そうさね。どこもかしこも巨人を手に入れているとは思えないね」


「そうか」


「無駄口はこれくらいにして、早く行きな」


「……わかった」


 古谷は変身した。


 わざわざ聞くまでもなかった。目の前に立ちはだかると、進軍してきていたマーメイドたちがいきなり敵意をむき出しにしてくる。


 驚く素振りすら見せないということは、ここにゴーレムがいることは知っていたということで、やはり先日の町の連中だと判断できた。


 前回の戦いを見て、相手のゴーレムはそこまで成熟度が高くない。古谷に比べて早く結晶体が点滅した。


 つまり、制限時間はそれだけ早いと言うことだ。それまでにエトを見つけなくてはならない。少なくとも、目星くらいは。


 通常なら対話から始めるところだが、今回ばかりはそういかない。


(悪いが、早速行かせてもらうぞ)


 古谷はそう言うと、構えを取った。

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