22-3
「そうだな……そろそろ限界かもしれない」
サービーは言った。
ゴンドーがコミュニティを去ってから数日。彼は一向に姿を現すことはなく、また連日に及ぶ探索でも痕跡すら見つからない。
もうこの町にはいない。そう結論付けたくなるのも無理はない。少なくとも、逃亡を図ったのだ。もう帰ってくることはないだろう。
そう言った事情から、サービーは決断を下したのだった。
「私たちは、この町を出る」
異を唱える者はいなかった。
事の発端は、エトの進言だった。
しばらく様子見を重ねていた彼女だったが、あまり猶予はないことを見かねてついに決意した。一度した決定事項は覆すのは難しい。なので時期を見ていたのだが、さすがに状況が悪すぎた。
いよいよ物資の供給も途絶え始めていたのだった。町に残っている物資は有限なので、枯渇するのも時間の問題でしかなかった。
結果はあっさりとしたものだった。もし渋るようだったら古谷の正体を明かすつもりであったが、その必要すらなかった。
もちろん、言われたその瞬間から決断を迫られていたわけではない。前々から限界を感じていたのは他でもない当人たちで、どうするべきかなど言われるまでもなく決断は迫られ続けていた。
ただ残留すると決めたその時点で、決定を容易に覆せなくなっていたのだろう。
崩壊した町に残るなど、並々ならぬ思いがあるに決まっている。その思いが一人につき一つ。しかも時間が経った分だけ膨れ上がる。
気づいた時にはもう今更引き返せる状況ではなくなっていた、というわけだ。
「多分さ」エトは後に語った。「誰かが言い出すのを待っていたんじゃないかな」
「誰かって?」古谷が問う。
「私たちみたいな部外者が、だよ。じゃなきゃ危険を冒してまであんな積極的に助けないと思うんだよね」
「心の底では誰もが町から出ることを望んでいた、か……」
「もちろん、ゴンドーさんがいなくなったこともきっかけではあったと思うけどね」
彼が最後の望みだった。正確には純血種を倒したのは別のゴーレムだが、ゴーレムであることは間違いない。その力をもってすれば町の奪還だって夢ではない。
だが、その肝心のゴンドーがいないのだ。諦めたくなるのも無理はない。
要するに、残る最後の希望も失ってしまったということだった。
「悲しいことかもしれないけど」エトは言う。「命あってだから」
「……まぁ、そうだな」
例え、全てを失っても生きて入ればいつか立ち直れる。それもまた、強いものの理屈のような気がしたが、死の瀬戸際にあるとなってはそんなことを言ってる場合でもない。
ゴンドーに関しても、もう会えないということもないだろう。生きていれば、いつかきっと話す機会は訪れる。
*
コミュニティは町からの脱出に向けて動き出した。
今いる人員を把握し、個々人の体力を加味して、一番近くの町まで無理のないペースで進むにはどれくらいの速さで行けばいいのか、それからそれまでにどれだけの物資を必要とするのかを計算していく。
それ以外にも、町を出るまでの尤も安全なルート確保したり、事前にやれるだけ魔獣を間引いたり。やることは山積みだ。
忙しい日々が過ぎていく。
エトも古谷も準備に携わる。
「すまないな」サービーは二人を労った。「本来なら、君たちには関係のないことなのに」
「いえ、散々お世話になりましたから」
エトは庫内での準備を、古谷は魔獣の討伐に携わった。
魔法を使うことができないが微力ながら手伝いくらいはできる。それに、いざという時はゴーレムになればいい。もちろん、明かしているわけではないので最終手段だが。
今となっては正体を隠す理由はあまりなかった。ただ、もう言い出すタイミングを見失っているだけだった。
その日は紫の魔獣との戦闘だった。
普段の不意打ちとは違って、今度はこちらから仕掛ける側だ。罠を張り、人員を揃えて入念な準備をする。不測の事態が起こらなければ、負けることはない。
オレンジ色の狼煙が近づいてきている。囮役が近づいてきている合図だ。
「間もなくだ」
フィフトに言われ、古谷は固唾を呑んだ。
二人を含め、さらに四人の人員がそこには配備されている。場所は比較的原型を留めている廃屋の屋上。
やがて振動は大きくなっていく。ただでさえひび割れの酷い建物なので、耐久性能に難ありだが、辛うじて細かい砂の欠片を零す程度で留まった。
ほどなくしてオレンジ色の煙をたなびいていた探索隊のメンバーが、すぐ真下の道路を駆け抜けていく。
遅れて、紫色の魔獣が姿を現した。
「今だ!」
掛け声と共に、一斉に紐を引く。仕掛けていた罠が作動し、一斉に瓦礫が魔獣へと向かって落ちていった。
さすがに生き埋めにするほどの量は集められなかったが、足止めをするには十分だった。そのタイミングで、別の場所に待機していた探索隊の面々が攻撃を仕掛ける。方々より爆炎魔法が飛んできて、たちまち辺りは白煙に包まれる。
攻撃の手が止まると、周囲は一気に静寂が立ち込める。
果たして、倒せたのか。
徐々に白煙は薄くなっていく。俄かに魔獣のシルエットが見え始めた。
じっと、動かないでいるように見える。
と、思いきや突如として影は動き出した。大きく一歩踏み出すと、そのまま白煙を突き破るように顔を出す。一つ、咆哮を上げた。
しかし、それは断末魔だった。そのまま、ぐらりと横方向へと倒れこむ。
それっきり動かなくなった。
「やった!」
メンバーの誰かが歓喜の声を上げた。
古谷からしてみれば、そこまで喜ぶことのほどではない。彼にとって魔獣を倒すなど朝飯前でしかない。
だが半ば押し付けられるようにして得た力を使うのと、仲間と共に勝ち得た勝利とではその重みが段違いだ。一つの目的のためにする努力。これ以上に満たされるものもない。
それだけに後ろめたさもある。
古谷からしてみれば大した事でなくとも、他の人間からしてみれば命がけの行為だ。単なる気まぐれで、身の危険にさらしているとも言えるし、何より心の底ではどこか冷めている自分がいるのも事実だった。
(そうか)古谷は実感した。(ゴンドーさんもこんな気持ちだったのかもな)
どこか馴染めないでいる自分。マルイズエの町に来るまで旅をしていたというから、どこにも自分の居場所を感じられないという思いもあったのだろう。
かくいう古谷も、旅に出ると決めた時にそういう思いがなかったとは言い切れない。
「どうした、フルヤ? 浮かない顔して」
「え? あ、いや。別に」
その直後だった。どこからともなく悲鳴にも似た声が聞こえる。
「逃げろ!」
視線を向けてみると、囮役を買って出てくれた探索隊のメンバーが必死に逃げているところだった。その後を追うようにして地面が盛り上がっていっている。
大地の魔獣が、追いかけているのだった。
誰もが声を張り上げ、逃げるように急き立てている。囮役の彼も全力疾走しているのだろうが、それでも体積の差か、徐々に距離が縮められていっていた。
やがて地面が爆ぜるように巻き上げられた。大地の魔獣が勢いよく飛び出し、襲い掛かる。
古谷は無我夢中で飛び出した。
光を纏い、屋上から飛び降りる。周囲の岩石がたちまち彼を包み込んで、一体の巨人へと変えた。
そして、今まさに襲い掛かろうとする大地の魔獣を横合いから突き飛ばした。
数軒の廃屋を巻きこんで、魔獣は転がっていく。
古谷は、囮役のメンバーの安否を確認した。尻餅をつき、こちらを呆然と見上げている。大事に至ってなさそうだ。
一つ頷くと、魔獣を追って走り出した。
大地の魔獣はちょうど体制を立て直すところだった。古谷はそこに駆け込んでいき、勢いよく拳を放つ。
魔獣はそれをもろに食らい、弾かれるようにまたも地面に投げ出された。
古谷は次いでその魔獣を担ぎ上げるようにすると、そのままジャイアントスイングを始める。やがて遠心力が十分に高まってきたところで、手を放す。
空中に投げだされ手足をじたばたとさせている魔獣に、矢継ぎ早に十字の腕を照準した。魔力を充填し、光線を放つ。
魔獣は光に包まれて、消し炭へと変わる。
あっという間の幕切れだった。当然だ。これまで幾度となく死線を潜り抜けていた彼が、今更魔獣に後れを取るわけもない。
古谷は特に感慨は湧かなかったが、探索隊の面々は違った。これが魔獣のいた方向へそれとなく視線を投げかけている間に、いつのまにやら彼の足元に集まっていた。
「おーい! ゴンドーさーん!」フィフトが言った。「帰ってきてくれると思ったぜー!」
その後に続くように、各々口を開く。
「勝手にいなくなるなんて水臭いじゃないか」「戻って来いよー!」「みんな、あんたの帰りを待ってるんだよ!」
どうやら勘違いをしているらしい。古谷が変身する決定的瞬間は見られなかったようだ。
(見てますか、ゴンドーさん)古谷は思う。(こんなにもあなたを慕ってくれる人はいますよ。……あなたは一人じゃない)
*
かくして、脱出前日となった。
庫内にコミュニティのメンバーが整列している。
「私たちはこの町を脱出する」サービーは演説を始めた。「これはきっと険しい道のりになるだろう。苦しいことや辛いことをたくさん経験することとなる。だけれど、これは大事な明日への一歩だ。その先には輝かしい未来が待っている」
反応はまちまちだった。奮起するもの、怖気づくもの。子供たちの間でも、意味が通じたものとそうでないものとに分かれた。
「また、戻ってこられるんだよね?」
その子のうちの一人がそう尋ねた。
大人たちが誰もが目を逸らして沈黙する中、サービーだけは迷いなく答えた。
「ああ、そうだよ。ちょっとのお別れだ。……さ、準備をしておいで」
「うん!」
無邪気に頷くと、子供たちは駆けていった。
その背中を見送った後、サービーは残った大人たちに向かって告げる。
「決行は明朝。夜明けと共に行動開始だ。今日はしっかり休んでおいてくれ」
解散の流れとなった。ぞろぞろと準備に向かう大人たちを掻きわけるようにして、サービーが古谷とエトのもとへと向かってくる。
「君たちは、どうする?」
「私たちも行きます」エトは答えた。「ご迷惑でなければ」
「迷惑なんてとんでもない。とても心強いよ」
その晩は宴会が開かれた。余計な荷物を減らしておくという意味での会なので、無尽蔵にというわけではないが、節約という制約の課された普段の食事とは比べ物にはならないくらいの豪勢さがある。
その中で人々は呑んで食べて、騒いだ。
だが、どこか無理をしているようにも見受けられた。明日のことを気にかけてか、どことなく緊張感が漂っていた。
そんな一夜が明けた朝。いよいよ作戦は開始となった。
まずは海沿いの倉庫から数名の先発隊が出発する。彼らは周囲の安全を確認しながら、魔獣の気配を感知すれば遅れてついてくる後発隊へ一人伝令役を送る。
そうして後発隊が移動を一時中断している間に、本当にそれが魔獣かそれとも勘違いを判断。もし魔獣なら倒せそうならば倒し、できそうにないなら迂回ルートを考える。
時間的猶予はそれほど多くはない。もし倒すとなったら先制攻撃が必要になるし、人員の配置も戦闘開始までに済ませなければならない。
先発隊の面々の責任は重大だ。
古谷はそんな先発隊から遅れてついて行く後発隊の中にいた。本人は先発隊を志願したが、協力者にそこまで危険な目には合わせられないとのことで、比較的安全な後発隊へと配属されることとなってしまったのだった。
(前はどうなっているんだ、今頃)
出発してから、二回目の移動中断が言い渡されて待機している中で、古谷はじれったそうにしていた。
先発隊はかなり先を行っているので、視認することはできない。今どんな状況かもわからない。伝令役もすぐさまトンボ返りしたので、何があったのか聞く暇もなかった。
さらに待つこと数分。中々移動再会の知らせは来ない。
後発隊の面々に不安の色が広がっていく。
きっと魔獣を倒すのに少し手こずっているだけだろう。そう思い始めた矢先だった。
突き上げるような振動がやってくる。それも不規則。魔獣一匹分の歩行ではこうはならない。
複数体が迫ってきているのは明らかだった。
後発隊の面々から悲鳴が上がる。我先に逃げ出そうとパニックになりかけるのを、サービーは留めた。
「みんな落ち着け! なるべく固まるんだ!」
どこからやってくるかわからない以上、それが尤も現実的な選択肢だっただろう。
少なくとも、散り散りになってしまえば守れるものも守れなくなる。
果たして先発隊はどうなったのか。もしかしてやられてしまったのか。
しかし、そんな疑問は後回しだった。今は目先の脅威を何とかしなくてはならない。
やがて魔獣が姿を現す。紫の魔獣、黄土色の魔獣、大地の魔獣。揃い踏み。
それだけではなかった。
「ねぇ、あれって」エトは言う。
最後の現れたのは大型の蜘蛛だった。それはシオンが魔道具をつけて使役している蜘蛛型の魔獣の、野生とも言うべき存在だった。
全身を茶色い毛に覆われている六本足。どの足の先にも鋭い一本のかぎ爪があり、複眼は大きな丸が二つ。口元には左右に二本ずつ、計四本の牙が生えていた。
かつてシオンが特別性だと言っていた魔獣だった。




