22-2
「まさか、あのゴンドーさんが」フィフトが何気ない様子で言う。「俺たちを救ってくれた巨人だったとはな」
「ええ、まぁ」
探索の最中だった。本来コンビであったはずのゴンドーが姿を晦ましたままなので、本日は急遽彼と組むことになったのだった。
正確に言うならば純血種と闘ったのはゴンドーではない、別のゴーレムだったが、それを指摘すると話がややこしくなりかねない。
古谷はとりあえず話を合わせておくことにした。
「水臭い! 実に水臭い! だが、酷い話でもあるなぁ」
「酷い話?」
「だってそうだろ? サービーみたいな若い子にリーダーを押し付けて、さも非力だっていう顔していたんだからよ」
「はぁ。でも、それはフィフトさんにも同じこと言えるんじゃあ……」
「そこを突かれると弱いんだけどよ、サービーは俺が来た時から既にコミュニティのリーダーだったんだよ。後から来た奴が、人望で敵うわけがない」
「ゴンドーさんなら別なんですか?」
「そりゃあそうだろ。何せ町を救った英雄だ。誰に異論がある?」
「それは……確かに」
もし本当にそうであるならば、の話だが。
もちろん、黙っていれば誰にもバレない。そうでなくともゴーレムの力があるのは本当なので、皆を守るのに決して力量不足と言うこともない。
だが、本人からしてみればいい迷惑だ。
ただでさえ過剰な期待を掛けられて重荷だろうに、それ加えて皆を騙しているという心苦しさがある。
それに別に望んだわけでもない力を持ったばかりに、重責を担わせられるのは堪ったものではない。
(そう、別に望んだ力なんかじゃない)
だからといって逃げるゴンドーを責めるつもりはない。むしろその逆だ。
(俺だってああなっていたかもしれない。ほんの些細なボタンの掛け違いで)
言わば、ゴンドーはもう一人の古谷とも言えた。エトに出会わず、純血種と闘うことから逃げ出した世界線の古谷と。
常に何かに怯えながら過ごすのはどんな気持ちなのだろう。力が露見しないように気を遣い、助けることができるのにも拘らず見捨てなくてはならない罪悪感。
もし力が露見したら最後、それまでの生活を捨てて、見知らぬ土地へと居場所を移さなくてはならない。誰かの希望にならないように。誰かに利用されないように。
(もう一度、話してみたいな)古谷は思う。
このまま終わりは嫌だった。どういう決着になるにせよ、もう一度話し合ってみたい。そう思った。
それが例え自己満足だったとしても。
もう彼にとって、ゴンドーは放っておけない存在になっていた。
*
かといって、そう簡単に見つかるわけもない。何せ大都市だ。敷地面積は広く、どこに行ったかなどわかりようもない。
せめてもう一度巨人の姿にでもなってくれたらその限りでもないが、あの様子だとおいそれとは変身しないだろう。
「どうしよっか」
戻ってから古谷が気持ちを打ち明けると、エトは言った。
何もかもが八方塞がりだった。
マルイズエの町に起こった実態をわかった今、残る問題は町に蔓延る魔獣だ。数が多いのでどうしようもなく、町から脱出も視野に入れなくてはならない。
しかし、ただでさえ町に存続することを望みそうなサービーたちは、ゴンドーという希望が現れたことによって余計に気持ちが揺るがないものとなりそうだった。
現実的な選択肢ではないことは承知の上で。
「せめてゴンドーさんさえ見つかれば」エトはさらに言う。「協力してもらえるかもしれないのに」
「それは……どうだろうな」
「どうしてそう思うの?」
「え? 逆にどこをどう見て、協力が得られると思ったんだ?」
「だって変身したんだよ?」
「え? ああ、まぁそうだな」
「私、全く同じ光景に遭遇したことあるんだよね」
「そうなのか?」
「うん、あれもちょうど三か月前になるのかな。町に魔獣が現れてさ」
「奇妙な偶然だな」
「そうだね。それで避難所に逃げ込んだの。でも魔獣はそこまで襲撃してきて、天井を崩したんだ。で、その瓦礫は子供に降りかかった」
「あ」
段々、思い出してきた。まだ異世界に来て間もない頃だ。
エトの故郷、ラムーベの町に紫の魔獣が現れた。阿鼻叫喚の渦に包まれた町。避難所に逃げ込んだはいいものの、外からは戦闘の音が聞こえる。一向にその音が止む気配は見えず、避難所には不安が広がっていた。
やがて魔獣は避難所を襲い始めた。天井を崩落させて、人々に襲い掛かろうとした。
その瓦礫は、群衆から弾きだされた子供に降りかかる。
「そこに飛びこんだ人がいたの」エトはまっすぐと視線を向けた。「フルヤのことだよ」
このままでは押し潰される。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
当時はまだ、ゴーレムの力が判明していなかった段階だ。思い返してみれば無謀以外の何物でもない。ただいたずらに被害者を増やす結果に終わった可能性だってあったわけだから。
「だからきっと、ゴンドーさんも同じなんじゃないかな」
「そう、かもな」
*
今から三か月前のこと。ゴンドーはこの町にやってきた。
それまで根無し草だった。
事故にあったかと思いきや異世界にやってきており、どうしたらいいのかもわからないまま放浪していた。
やがて現代人として忙しない生活に疲れていた彼は、どこか長閑な時間の流れているこの世界を気にいるようになる。このまま旅人として生きるのも悪くないと思っていた。
魔獣の存在は前々から聞き知っていた。旅の障害になることも。
ただ十分に気をつければ問題はなかった。どの道、元いた世界でも危険な野生生物はいたし、やはり放浪の旅は過酷なことに変わりない。スケール感が変わっただけに過ぎない。
そう思っていた。
そんな調子でマルイズエの町にまでやってきたゴンドー。これまでに見たことのない発展ぶりに興味津々でいると、一人の青年に出会う。
年のほどは自分より一つか二つ若い。名前を中村と名乗った。
「あなたも選ばれたものなんですね」
「……選ばれたもの?」
「そうです。使命を背負ってこの世界に派遣された」
「なぜ、そんなことがわかるんです?」
「名前が、あまりにも世界に馴染んでいませんから」
言われてみればその通りだった。権藤。あまりにも日本風だ。
「でも、使命って?」問いかけると。
「ご存じないんですか?」逆に驚かれる。
そして、彼は目の前でゴーレムへと変身して見せたのだった。
森の中まで誘われ、もしかしたらカツアゲの類かもしれないと疑り始めていたところだった。実体はあまりにも現実離れをしていて、むしろ疑いたいと願いたくなるほど。
だけれど、紛れもなく真実だった。
そして、自分にも同じ力が宿っているということ。
「自分に何をしろと言うんです」
(間もなく純血種が目覚めるそうです。僕らの力はそれに対抗するためのもの)
「戦えというのですか」
(それが我々の使命です)
あまりにも迷いなく告げる彼に、ゴンドーは恐怖すら感じた。どうしてそこまで簡単に割り切れるのだろうか。謂わば、化け物になってしまったようなものなのに。
結局、ゴンドーは逃げるようにその場を後にした。これ以上、関わり合いを持っていけない類の人間だと判断を下したのだった。
それから間もなくのことだ。
大都市を堪能しつくした彼は次なる町へと移動しようかと思ったその時、突如として嫌な予感に襲われた。
胸くそ悪くなるような言いようのない不安。あるいは食あたりでも起こしてしまったのかと昨日のメニューを思い起こしている間に、それは現れた。
上空より飛来した巨大生物。
どっしりとした図体に、太い脚。腕はひょろりとしており、かぎ爪が三本。
背中に翼を携えたそれは、一見すると何だかわからないが、顔つきがどことなく鳥類を覆わせる。嘴が尤も顕著だった。
魔獣とは桁違いのスケールを持つその生物が、中村の言っていた純血種とやらなのだとゴンドーはすぐさま察した。
(あんなのと、どうやって戦えばいいんだよ!)
これまでずっとゴーレムの力を使ってなどこなかった。そもそも、自分にそんな力が宿っていたことすら知らなかったのだ。
そんな全くの素人がいきなり最前線に立って戦えるわけもない。
ゴンドーは、自然と避難する人々の流れに紛れ込んだ。
そんな時だ。
「なんだあれは!」
群衆の一人が言った。その言葉に釣られて誰もが視線を向けてみると、巨大な怪鳥の傍らに今まさに立ち上がらんとする岩塊の巨人がいた。
それを誰もが更なる災厄だと思っていた。が、巨人が怪鳥に立ち向かい始めたところで雰囲気は一変した。
巨人が掴みかかる。怪鳥はそれをひらりと躱すも、巨人は食らいつくように腕を伸ばした。
辛うじて足を掴むことに成功すると、背負い投げの要領で地面へと叩きつける。
「戦っている!」
「俺たちを守ってくれているんだ!」
群衆は避難中であることも忘れ、大喝采を送った。一生懸命に戦う巨人に声援さえ送る。
もちろん、ゴンドーはその巨人が中村であることはすぐにわかっていた。なので、盛り上がる人々について行けず、彼は一人、自己嫌悪ともつかない感情を抱いていた。
(どうして……)
戦いは中村の不利に進んでいるように見えた。いくらそれが使命と言えど、やはり実力は戦う当人によって左右される。
その点、中村はそこまで戦い慣れしているようには見えなかった。相手の機動力もあるのだろうが、攻撃の大半は空振りだし、すぐに至近距離まで間合いを詰めて掴みかかろうとする。
攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、猛攻によってそこまで反撃を食らってはいないものの、それでも徐々に動きが鈍っていっているように見えた。着実に消耗していっている。
それでも何とかして決着をつけることができた。倒すことはできなかったものの、どうにかして純血種を追い返すことに成功する。
ひとまず、一難は去った。
だが、それで終わりではなかった。
純血種は諦め悪く、何度も何度も現れたのだ。町民が立ち直ろうとする傍から破壊し、その度にゴーレムが立ちはだかる。それでも毎回倒すには至らない。不毛なイタチごっこが繰り広げられる。
今にして思えば、これが純血種の作戦だったのだろう。立ち向かってくる相手の練度が低いと見るや、一気呵成に襲うのではなく、徐々に消耗させていこうという作戦に切り替えたのだ。そうして、徐々に人々の精神をすり減らしていこうとしていた。
その作戦はまんまと成功させられてしまう。何せ、純血種には飛翔力という究極のアドバンテージがある。少しでも形成が悪くなったらすぐに戦線から離脱し、隙を伺ってまた空から急襲を掛ければいい。
時間はかかるが、それでも状況は純血種側に有利に傾いていっていた。
このままではジリ貧でやられてしまうのは誰の目にも明らかだった。初めは岩塊の巨人の登場に希望を抱いていた人々の顔にも、次第に諦念の色が浮かんでくる。徐々に町は、不安に支配されていった。
そんな折に、ゴンドーは中村と再会した。
「お久しぶりです」
「中村さん……」
見るに堪えない姿だった。全身泥まみれで、服はボロボロ。顔もかなりやつれ、疲労の色が見えた。
それでも尚、目には闘志を称えている。まるで諦めていないものの目だった。
「権藤さん、単刀直入に言います。僕と一緒に戦ってくれませんか?」
「え?」
「状況は最悪です。打開する方法はただ一つ。僕らが協力することです」
「何か、作戦でもあるんですか?」
「いいえ。ただ僕らは選ばれたものなんです。必ずや、神が勝利へと導いてくれます」
「そんな、無茶苦茶な」
あまりにも根拠がなさすぎる。せめてもっと現実的な話をしてほしかった。
「自分は戦ったことなんてありませんし、きっと足を引っ張ってしまう。そんなことより、一緒に逃げましょうよ! 勝てっこありませんよ、あんなの……」
「それでは、この町の人たちは?」
「それも一緒に逃げればいい」
「この町からの避難民全員を、いったいどこが受け入れてくれるというんです?」
「それは……」
「それに奴らは逃がしませんよ、絶対に」
すっかり口を噤んでしまったゴンドーに、中村はしばし優しげ視線を投げかけていたかと思うと、やがてこう言った。
「無理強いしてしまい、すいません」
「え?」
「確かに権藤さんの言う通りかもしれない。今の僕らでは勝つことができない。共倒れになるくらいなら、一人でも生かしておいた方が今後のためになります」
「……自分はそんなこと言ってなんて」
それ以上の言葉は遮られる形となった。言葉ではなく、仕草で。
中村は緩やかに首を振ったかと思うと、身を翻し始めたのだった。
「どこへ行くんです?」思わず、問いかけるゴンドー。
「決まっていますよ」中村は答えた。「使命を果たしに行くんです」
「どうして、そこまで! 怖くないんですか!」
「本来ならば、僕らの生は終わっていた。未だに生きていられるのには、何らかの理由があるんですよ」
「それが、いったい何だって言うんです! 関係などないではないですか!」
しかし、彼は聞く耳を持たなかった。
一礼をすると、背を向けて歩き去っていく。みるみると遠ざかっていくその背中を、ゴンドーはついに追いかけることができなかった。
それから数日後。純血種は町に現れることはなくなった。
以来、中村の姿も見ていない。




