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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第六章:二十二話 もう一人の巨人
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22-1

 突如として現れた岩塊の巨人に、生存者コミュニティの面々は驚きともつかない声を上げた。


 しかし、それらの反応は概ね上々だ。


 それもそのはず。誰もがそこに、かつて町を襲った純血種から救ってくれた英雄の姿を見ていたのだった。


 感慨深く、もしくは安堵感を抱いてゴーレムの姿を見上げていた。


 これで事態は収拾がつくだろう。誰もがそう思っていた。


 が、期待に反してゴンドーの戦い方は下手っぴだった。


(なんて下手くそな戦い方だ!)


 古谷も思わずそう感じてしまうほど、まるで戦い慣れしていなかった。


 まずやってきた魔獣を押し返そうとするも、勢い余って自らも転倒。倉庫を半壊させる。


 それだけに留まらない。もたもたと体勢を立て直すのに時間を掛けたために、先んじて復帰していた黄土色の魔獣の洗礼を受ける。立ち上がりかけていたところに、背後からぶっ叩かれて再び体勢を崩された。


 辛うじて、つんのめるだけで転ぶには至らなかったが、更なるタックルによる追撃でその頑張りも無意味になった。


 うつ伏せになりながらも、何とか背中の魔獣を振り払おうともがくゴンドー。その甲斐もなく、まんまとマウントポジションを取られて、幾度となく腕を振り下ろされていた。


(や、やめてくれぇ!)彼は自らを庇うようにしながら、情けない声を上げた。


 あまりにも見ていられないので、古谷は加勢に入ろうと掌に光を宿した。が、握りこむ寸前で誰かに腕を引かれる。


「エト」いつの間にか、彼女が隣に立っていた。


「もうちょっとだけ」


「あ、ああ」


 様子見をしようということだろう。別に見捨てようというつもりではない。古谷が変身する瞬間を見られるのを懸念してのことだ。


 確かに正体を露見することに関してリスクがある。それにゴーレムと魔獣ではそのスペック差は歴然で、万が一ということもないだろう。古谷もこの場を離れるつもりはないので、本当に危ない時には助けに行ける。


 それに、戦うと決めたのならばその覚悟に水を差すこともないだろう。


 ゴンドーもやられてばかりではない。強引に立ち上がって、背中の魔獣を振り落とす。そのまま後方に倒れこむ。


 打って変わってマウントポジションを取り返した。拳を振り上げて、精一杯のパンチを叩きこむ。時に空ぶりながらも、着実にダメージを与えていっていた。


 そうしている間に、胸の結晶体が点滅を始める。


(え? え?)


 ゴンドーは困惑したように胸を見下ろす。赤く点滅するそれはあまりにも不穏だからか、何事か自らの胸をまさぐる。まるで停止ボタンを探しているかのように。


 魔獣も急に不可解な行動をとり始めたゴーレムにしばらく呆然とした。が、それも束の間、この隙を利用しない手はないと見たのか、反撃に打って出た。立ち上がり、腕を振るう。


 ゴンドーはそれをまんまと食らうも、そのおかげで当面の危機は目の前のこの魔獣であることを思い出したようだ。とりあえず、胸の点滅は置いておいて魔獣へと掴みかかった。


 そのまま押し込んでいく。


 立ち並ぶ倉庫群を通り抜け、やがて海際へと出る。


(うおおおおおお!)


 ゴンドーは最後の気力を振り絞るように、さらにもう一押しして魔獣を海へと叩き落とした。体積の重い黄土色の魔獣はすぐさま沈み込んでいく。


 そこでじっとしていれば浮力が助けてくれたかもしれない。が、じたばたと暴れるものだから余計に溺れていった。


 かくして、魔獣は海へと没する。初めは荒れていた水面も、やがて揺れる程度になり、次いで気泡だけを上げるようになったかと思うと、間もなく静まり返った。


 黄昏時。水平線の向こうに夕日が沈んでいく。凪いだ海を茜色に染め上げている。


 間もなくして変身を解除したゴンドーは、彼を追ってやってきたコミュニティの面々と対峙した。


 その先頭にはサービーがいる。


「ゴンドーさん、あんたが……」


 しかし、彼の取った行動は早かった。


 言葉を交わすよりも先に、ゴンドーはその場から逃走を図ったのだった。


「あ、ちょっと!」


 誰の制止の声も聞かなかった。


          *


「どうして……」


 それは誰しもの疑問だった。


 あまりにも流れるように逃げ出したので、それが逃走だということにすら気づけなかった。何か理由があって走り出したのだろうとばかり思っていて、その真の目的に気づいた時には既に、追いかけるには遅すぎた。


 そもそも、逃げ出す理由がわからなかったというのもある。


「初めて会った時から、どこか不思議な男だとは思っていた」


 エトが、ゴンドーのことについて尋ねた時、サービーはそう語った。


「町が大災害にあってから間もなくくらいかな。探索の途中で見つけた要救助者だった。大抵、要救助者ってのは酷い警戒心を抱いているか、必要以上に安心感を抱いて、涙を流すものさえいる。だが、ゴンドーさんはそのどちらでもなかった」


「どんな感じだったんですか?」


「何て言うのかな、うまく言えないんだけど、どこか卑屈そうだった。助けようとしても取り立てて抵抗は示さなかったけど、でも助かってよかったっていうふうでもない。どっちでもいいって感じだった」


「投げやりになっていたってことですか?」


「そういうわけでもなかったかな。本当、うまく言えなくて申し訳ないんだけど」


「いえ」


「今にして思えばいつでも巨人になれるから平気だったってことなのかもな」


 サービーは、どこか寂しそうに呟く。


 大方、隠し事されてショックを受けていると言ったところか。正体がばれ、逃げ出されたことも由来しているのかもしれない。化け物扱いを恐れて一目散に逃げだしたのだろうが、そんなつもりは毛ほどもない。心外だった。


(でも、本当にそうなのかな)エトは思う。


 ゴンドーが戦い慣れしていないのは明らかだった。結晶体の点滅にも動揺していたので、ゴーレムに変身した回数もそう多くないのだろう。もしくは、一度も変身したことがないか。


 となると、正体を隠していたというのは正確ではない。そもそも彼は力を使うつもりなどこれっぽっちもなかったのだから。


(あれ? でもそうなると)


 かつてマルイズエの町を襲った純血種。それに対抗したのも、一体のゴーレムだったと聞く。


 だがゴンドーが一度も戦ったことがないのなら、それとこれとは同一視できない。


(もう一人、ゴーレム変身者がいる)


 この事実を古谷に伝えようと庫内を見渡したが。


「あれ?」彼の姿はどこにもなかった。


          *


「今から三か月前です」ゴンドーは語る。「この町は鳥人族の純血種に襲われました」


 彼が逃げ出したところを見て、古谷はすぐさま追いかけた。なんとなく、その後姿に覚えがあったからだ。


 自らに宿った力に怯えている、ついこの前までの自分の姿と重なった。


 ゴンドーにはすぐに追いついた。すぐ近くの廃屋の中で、縮こまるようにしていたのだった。


 古谷はそんな彼を必要以上に怯えさせないためにゆっくりと近づくも、彼は彼で追われていることを察していたようだ。声を掛ける前から、話し出した。


「その純血種に立ち向かった男がいるんです」


「……知り合いだったんですか」


「ええ、まぁ」


「その彼は、今どこに」


「やられました。おそらく、純血種と相打ちとなる形で」


「そう、でしたか」


「最後に彼に会った時、自分は誘われました」


「誘われた?」


「純血種を一緒に倒そう、と」


「それで、どうしたんです?」


「断りました。それどころか、一人で立ち向かう彼を引きとめもしませんでした」


「どうしてですか」


「怖かったんですよ! 怖くて、怖くて……どうしようもなかった」


 最後の方は、絞り出すように告げた。


 しばしの間を置いて、古谷は問う。


「気づいていたんですね。俺の正体」


「はい。魔獣に襲われそうになっている時、掌に光を宿しているのを見ました。他の人は気づいていないみたいでしたけど……」


 初めて対面した時から、ゴンドーはどこか古谷を避けるようにしていた。ゴーレムに纏わることから距離を置きたい彼にとっては、探索のペアを組まされたのはとんだ誤算だっただろう。


「戻りましょう、ゴンドーさん。誰もあなたのことを否定したりしません」


「いいえ、あそこに自分の居場所はありません。初めからいては行けなかったんです」


「そんなことないですよ。みんなを助けたじゃないですか」


「……でも次はできません。今回は偶々なんです」


 純血種による大災害の日、誰もが岩塊の巨人に助けられた。超常の力をもってして戦う姿に、神聖視したものさえいるだろう。


 コミュニティを形成し、苦しい生活を強いられてまでこの町に残り続けるのは、つまるところ一縷の希望を抱いているに過ぎない。一度見せられた奇跡に魅入られて、再び訪れるであろうことを期待してしまっているのだ。


 そのきっかけとなった存在を同じ姿をしているのならば、過剰に期待を寄せられてしまうのも無理からぬ話だろう。そんな空気を間近に感じ続けた彼にとっては余計に重荷に感じられたはずだ。


「古谷さんにはわからないでしょうね」


「……何ですって?」


「魔獣に襲われかけた時、迷う素振りがまるでなかった。助けが来なければ、きっとそのまま戦っていたでしょうね。……自分にはそんなことできません」


「あ……」


 まただ、と古谷は思った。


 以前、トゾーガの町でも同じことをした。相手の弱さを考慮せず、正論だけを押し付ける。


(俺はまた、同じことを繰り返してしまった)


 そう思ったが最後、もう彼に何も言うことができなくなってしまった。


 ゴンドーもそれで話は終わりと見たのか、どこか気まずそうに立ち上がると、一瞥くれることなく歩き出す。


 どこへ行くつもりなのかすら、問いかけることができなかった。


          *


「フルヤ!」


 根城としている倉庫へと戻ってくると、エトが駆け寄ってきた。


 魔獣の襲来により倉庫が半壊してしまったので、すぐ隣にある同様の倉庫へと居を移している真っ最中だった。コミュニティの面々が私物を、あるいは庫内にあったまだ使えそうな物資なんかを協力して持ち出している。


 二人は邪魔にならないよう隅によって、会話を交わす。


「ゴンドーさんは?」と、エト。


 古谷が首を振ると。


「そっか……」一応の納得を示した。「どこに行っちゃったんだろう」


「戻ってきてないか?」


「うん、見かけてない」


「まぁ、いざとなったらゴーレムになれるんだ。万が一ということはないだろ」


「それもそだね。あ、そうだ。一つ気づいたんだけど」


「何だ?」


「おそらくだけど、この町にはもう一人ゴーレムがいたんだ」


「ああ、それか。粗方の事情はゴンドーさんから聞いたよ」


 それから古谷は聞き知った情報を話す。


 聞き終えると、エトはただ一言だけ。


「そっか」と言うに留めた。


 ゴンドーと相打ちとなったゴーレムとがどういう関係だったのかわからない。その死を悼んでいるのだとしたら、第三者が余計な口を出さず、そっとしておいた方がいいという判断だろう。


 二人はその後、荷運びの作業に加わる。


(それがいいのかもしれない)その最中で古谷は一人考えた。(今はそっとしておいた方が)

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