21-4
フィフトによって探索班のメンバーとの面通しが済むと、間もなく古谷たちは町へと繰り出すこととなった。
有事の際に備えて、基本的に二人一組で行動するという取り決めになっているらしい。古谷の相方として紹介されたのは、ゴンドーという年上の男だった。てっきりフィフトと組むとばかり思っていたので、これには気を揉んだ。
というのもフィフトには苦手意識はあるが、初対面の人間はもっと苦手だったからだ。我儘ここに極まれり。
ともあれ、決まってしまったものは仕方がない。
「よろしくお願いします」古谷は気を持ち直して、そう声を掛ける。
「ああ、うん」すると、おどおどした調子で返された。
不自然なくらいに視線が合わない。それが素の性格なのか、それとも努めて関わりを持たないようにしようとしているのか。判断がつかない。
前者ならともかく、後者だった場合、何かしら嫌われる要因があったということになる。しかし、もちろんのことながら心当たりはない。
そんなわけで、理由もわからないまま息の詰まるような時間を過ごす羽目となった。
二人並んで荒廃した町を歩く。地面に張られたタイルは割れて、そこから雑草が生えている。道の脇に置かれたリアカーや樽や木箱には蔦が複雑な絡まりを見せ、もう動かせそうにはない。立ち並ぶ家屋の壁はひび割れて、屋内にまで植物が繁茂している。
暗く沈んだ町並み。雲一つない青空が眩しいくらいに輝き、町の静寂をより一層際立たせる。
不気味な静けさだけが辺りを支配していた。
これで近場ならまだいいが、連日探索に出ているので近隣は粗方探り終わっている。自然と捜索範囲は遠方へと及んでいた。
「……」
「……」
古谷は必要以上な緊張状態に耐えかねて、気を紛らわすように口を開く。
「ゴンドーさんは、あのコミュニティに来て長いんですか?」
「自分? 自分はー……まぁ、そこそこですね」
「具体的には、いつ頃から?」
「三か月くらい前ですかね」
「なら、ほとんど最初からですね。この町の出身なんですか?」
「あー……いえ、自分流れ者でして」
「旅でもされていたんですか?」
「……まぁ、そんなところです」
歯切れの悪い返答が続く。よっぽど話したくないと見える。
いったい古谷の何がそうさせるのか。何もしていないというのに理不尽にさえ感じる。気を悪くした古谷は、すぐにむっつりと口を閉じた。
長い道のりとなりそうだった。
*
一方、お留守番となったエト。旅の相方が頑張っている傍らで何もしないのは居心地が悪く、手伝えることはないかとコミュニティ内を歩き回っていた。
しかし。
「お手伝いしますか?」と、声を掛けて回っても。
「ありがとうね。でも大丈夫」と、返される。
さらには、「あっちで遊んでおいで」と促される始末。その先には子供たちが集まって遊んでいる光景があった。
どうも見た目で勘違いしているらしい。
「いや、あの、私……」
否定しようとしても、忙しいのかそれ以上話を聞いてはくれなかった。
勘違いは大人だけに留まらなかった。彼女が相変わらず手持無沙汰のまま倉庫内をうろうろしていると輪に入れないでいると思われたのか、気を利かせた少女の一人が声を掛けてくる。
「一緒に遊ぶ?」と、ボールを差し出してくる。
「あ、いや」
拒否しかけた。しかし、少女はよっぽど勇気を振り絞って誘ってきたと思われる。その証拠に不安げな面持ちを浮かべていた。
別に子供たちに混じって遊ぶことに抵抗があるわけではない。ただ戻ってきた古谷にその光景を見られた時、格好がつかないと思っていただけだ。
でも、そんなものは結局自分の都合でしかない。
「じゃあ、混ぜてもらおうかな」
というわけで、エトは子供たちの輪に加わった。
どんな状況でも子供というのは天真爛漫だ。一人だと大人の顔色を窺うこともあるが、複数人で集まれば持ち前の無邪気さを取り戻す。
大人たちにとっても、その光景は一時的に気を紛らわすことのできる憩いの時間となる。つまるところ先ほど遊ぶよう勧められたのも、子供は子供らしく、無邪気に過ごしてほしいという思いからだった。
(まぁ、私は違うんだけどね)
ともあれ、それが例えエゴイズムだしても決して誹りを受ける筋合いはない。それもまた無垢なる願いだからだ。
さながらそれは親が子を思うよう。このコミュニティでは全体が家族として形成されているというわけだった。
「私ね」エトに声を掛けてきた少女は言った。「いつかお姉ちゃんのようになりたい」
「お姉ちゃん?」
遊び疲れ、一息ついたところだった。二人並んで、木箱に腰かける。体力の有り余る男児たちはまだまだ遊びまわっていた。
「うん」少女は答える。「サービーお姉ちゃん」
当時、このコミュニティは女子供だけだったらしい。突然の純血種の襲来に逃げ遅れ、時が解決するのを期待して身を隠した。だが、すぐに終わると思われた潜伏の日々は、一晩が経ち、さらに夜が更けていくにつれて、徐々に諦念が湧いてきた。
やがて純血種が姿を消した後も、魔獣が我が物顔で町に蔓延り、いよいよ未来を絶望視する声が上がり始める。
それをまとめ上げたのがサービーだった。誰もが絶望する中で、彼女だけはただ一人諦めることを知らなかった。
少女はその姿に大層憧れを抱いたそうだ。いつか自分も誰かを導く存在になりたいらしい。
「そっか」エトは返した。「サービーさんのこと好きなんだね」
「うん!」
そう元気よく答える彼女に微笑む傍らで、エトはサービーの意志の強そうな瞳を思い出す。誰もが諦めた中で、一人強く正気を保てるものに頼りたくなるのもわかる。だが、それにしては彼女は若すぎる。
他に彼女より年上のものだっていた。あのフィフトだって、サービーより上に見える。
だというのにも拘わらず、彼女は未だにこのコミュニティに置いてリーダーの座に君臨していた。
もちろん、ただの年功序列でリーダーを決める必要がないというのもわかる。誰かの上に立つものは往々にして資質が求められる。それは単に的確な判断を下せるということのみならず、何よりも皆から慕われなくてはならない。
そういう意味ではコミュニティとして成立させた彼女が、リーダーとして的確なのもわかる。当初からいるものからの支持が熱いのは当然のことながら、後発で加わったものも出会った当初からリーダーとして振舞われれば、自然とそれが馴染んでしまう。
あまり我の強いものでない限り、反発することなくサービーをリーダーに推すのは想像に難くなかった。
(大変そうだな)エトは思った。
至って他人事のように感じてしまったのは、事実その通りだから仕方がない。だが決して上から目線で見ているわけでも、自分には関係のないことだと距離を置いているわけでもなかった。
純粋に、彼女の身を案じていたのだった。
人々の過大な期待を背負うこと。それが如何に苦しいことなのか。古谷を通して知っているつもりだったからだ。
*
「古谷さんは」ゴンドーは言った。「どうして、旅を」
「え?」
永遠に続くかと思われた道中でのことだった。荒廃した町並みは行けども行けども似たような景色ばかりだ。多少の変化はあれど、つまるところ何もないの一言に尽きる。
初めは、かつては人の息づいていた光景として得も言われぬ感慨を抱いていたのだが、いつまでも抱き続けることはできない。ひたすら続く思わせぶりな寂寞感が、疲労と飽きを誘い、やがて緊張感を欠く。
そんなどこか気の抜けた状態だったので、不意打ちのように声を掛けてきた彼に驚きを隠せなかったのだった。
「いえ、やっぱり何でもないです……」と、言葉を引っ込めそうになったので。
「やりたいことがあって」古谷は聞こえないふりをして続けた。
「やりたいこと」
「ええ。俺にしかできない……ってわけでもないんですけど」
「そう、ですか」
「ゴンドーさんには、なかったんですか? 旅していたんですよね?」
「自分は……それを探していた感じです」
「探していた? やりたいことを?」
「いえ、どちらかと言うと何をしたらいいのか、ですかね」
「なるほど」
要するに自分探しの旅といったところだろう。だが、それにしてはこの世界での旅は過酷だ。命の危険だって伴う。無謀と見るか、やけになっているのか。
しかし今日まで五体満足で生きているのを見るに、何かしらの見込みがあったのだろう。
「それで、この町にいるうちに被災して出るに出られなくなった、と」
「ええ、まぁ。そんなところです」
「災難でしたね」
「いえ……」
再び会話が途切れた。町の静寂に飲み込まれる。風に運ばれる、土臭い匂いがやけに鼻についた。
と、その時、微細な振動を感じる。すぐさまそれを魔獣の気配と察知した古谷は、「こっちです」とゴンドーを導く。建物の影に隠れた。
案の定、魔獣が姿を覗かせる。紫の魔獣がのんびりと歩いていた。
二人して廃墟同然となっている家屋の外壁にもたれながら、やり過ごそうとする。古谷は魔獣から視線を離さないようにしながら、息を潜めて待っていた。
すると、隣からぽつりと声が聞こえる。
「やはり、慣れていますね……」
「え?」
聞かれることを想定していなかったらしく、反応を示すと慌てた様子で捲し立てた
「あ、いえ。あまり動じていなさそうだったので。やはり旅をしているだけありますね」
「まぁ、そりゃあ」
気圧されるようにそれだけ言った。ただ、(それはゴンドーさんも同じなのでは)という思いがないではない。
だが幾度となく直接対峙しているので、やはり常人の反応とは異なるのだろう。あまり気にしないことにした。
それにしても、ゴンドーに怯えた様子はない。どちらかというと、どこかしょげた様子。魔獣の脅威を前にしてするような反応には見られなかった。
*
結局、その日の収穫を得ることができなかった。他のコンビは各々、大なり小なり戦利品を手に入れてきていたので古谷は少し肩身が狭い思いをした。
「ま、最初はそんなもんだ」
フィフトはそう慰めてくれたが、かくいう彼は廃屋からおもちゃを見つけてきたらしく、先ほどまで子供たちに囲まれていた。
その際、エトが一人に手を引かれながら輪に入っていくのが見えた。(何やってるんだ?)と思った。
後で顔を合わせると、彼女は弁明した。
「い、いや、流れでね?」
「流れ?」
「いろいろあったんだよ……」どこか気まずそうに目を逸らす彼女。
古谷はあまり深く考えないことにした。
「それで」エトは気を取り直すように言う。「何かわかった?」
「いいや、何にも」
収穫がなかったのは戦利品のみならず。探索がてら可能な限り町中を見て回ったが、これといって不審な点はなかった。
だがよくよく考えればマルイズエの町におかしなことが起きているわけではない。純血種によって町が壊され、魔獣に占拠されるようになっているだけのこと。確かに現在の純血種の居所は不明だが、いないのならば考えても仕方がない。
念のため、古谷は見てきたことを仔細に話した。エトならば何かしら気づくかもしれないと思ってのことだ。
しかし。
「うーん……確かに何にもなさそうだねぇ」と、結論づけるより他なさそうだった。
「どうするか、早いとこ聞いた方がいいんじゃないか?」
つまるところ、蔓延る魔獣を掃討して町を取り戻すか、この町を放棄して居を移すか。どちらを選択にするにせよ、古谷には手を貸す用意がある。そのためならば正体を明かすことだって辞さない覚悟だ。
だが、エトがそこに待ったをかけた。
曰く、現実的な選択肢としては後者とのこと。ゴーレムの力を持ってすれば例え子供たちを守りながらでも、無事に送り届けられる。通常の魔獣相手ならば百戦無敗だ。
一方、魔獣を倒して回るというのならそれもいいだろう。だけれど、今のコミュニティではどれだけ頑張っても一体を倒せるかどうか。ほとんどを古谷が担うことになる。
問題は町に魔獣がどれだけいるか把握できていないことだった。討ち漏らしでもあったら、多大なる犠牲者を出しかねない。
それに仮に魔獣を全滅させたうえで町を取り戻したとしても、壊滅状態だ。まともに住めたものじゃない。それに子供たち含め総勢五十名程度だけで大都市を復興させることなど、ほぼ不可能だろう。
その間に、また魔獣が湧くようになってしまえば結局元の木阿弥だ。
そして、サービーには前者を選びそうな雰囲気があることだった。
「何がそうさせるのかな……」エトは言う。
「さぁな。でもあんま呑気なことを言っていられる場合じゃないぞ」
「わかってるよ」
壊滅した町で生産などできない。資源は有限で、いつまでもこんな生活は維持できない。いずれ限界が来る。その前に決断をしなければならなかった。
だが、そんなことぐらい向こうだってわかっているはずだ。いちいち口出しすることでもないようにも感じてしまう。
「うーん……」エトは深く思い悩んだ。まるで自分のことのように。
だが、それは早くも打ち切られることとなった。
「ん?」
庫内が俄かに騒がしくなっていく。隅の方で密談を交わしていた二人は、何事かと視線を向けた。
ちょうど外から人影が踊りこんでくるところだった。
「大変だ! 魔獣がこっち来てる!」
庫内は騒然としだす。ただ迫ってきているという情報だけが先走っているので、どちらへ逃げるべきか見当がつかず、右往左往と人が行き来している。人同士でぶつかり合い、子供たちもその波にもみくちゃにされていた。
そのせいで、外に出ようとしていた古谷は行く手を遮られてしまう。庫内の奥側にいた分だけ余計に入り口に向かうのに時間がかかる。
それでも何とか辿り着いたのだが、ついに振動が強くなってきたところでその判断は失敗だったことを悟った。音の終着点は倉庫の奥側、入り口から尤も遠い方。先ほどまで古谷がいたあたりだった。
次の瞬間には天井が崩落した。黄土色の太い腕が突き出てくる。
そうして一瞬のうちに瓦礫へと変わった天井材は、逃げ場を求めていた人々めがけて落ちていく。
古谷は何とか助けようと半ば反射的に駆けだす。掌に光を宿し始めるが、彼よりも先に飛び出す影があった。
(ゴンドーさん!)
危ないと思った矢先、彼は強烈な光に包まれた。目も眩むような輝き。身に覚えのあるそれに思わず足を止めた古谷は、光が消えたその先に現れた岩塊の巨人を呆然と見つめるのだった。
(ゴンドーさんが、ゴーレム……)




