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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第六章:二十一話 明日なき世界
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21-3

 一晩が明け、朝食を摂る二人。支給品として渡された一切れのパンをゴリゴリと貪る。


「これ、本当に貰っちゃってよかったのかな?」エトが言う。


 文明の滅んだこの町で、新たなに食物を生産している余裕があるとは思えない。ただでさえ逼迫しているだろうに、泊まるところを提供してくれただけに拘わらず、あまつさえ食べ物を分けてくれる。


 余所者である二人にさえ、だ。


 そんなエトの心配の傍らで。


「向こうがいいって言うんだから、いいんじゃないか?」古谷は至って気楽に答えた。


「もう、すぐ簡単に考えるんだから」


「いや、だけど俺たちだって決して余裕があるわけじゃないし」


「それはそうだけど、でもわざわざここでお世話になる必要もないわけだしさ。ちょっとどうなのかなって気になっただけ」


「うーん。そう言われるとそんな気がしてくるなぁ」


 とはいっても、もう食べてしまった後なので今更言っても仕方がない。


 そもそも、こういった資源をどこから手に入れているのか。おそらく、町中を探索して手に入れているのだろう。屋内を除いた際、荒らされたような形跡があった。家中を探し回って、使えそうなものや食べられそうなものを片っ端から集めているのだと思われた。


 然るに、昨日二人が助けられたのもその副産物というわけだ。


 朝食を終えると、それから辺りをブラブラし始めた。朝というだけあってどこか緩やかな雰囲気が流れている。いくら生き死にの瀬戸際に立っていると言ったって、このへんは平常と同じだろう。


 人間いつまでも緊張状態ではいられない。これくらいの息抜きの時間はあったっていい。


「どのくらいの人がいるんだろうね」エトがふと疑問を口にする。


 ざっと見たところ五十名くらいはいるだろうか。もちろん田舎町ではいざ知らず、大都市で全人口これだけなわけがないので、少ない方なのだろう。


 これだけの人の生存を保証するには、どれだけの労力が必要なのか。想像が及ばない。


「他にも生存者がいるかもしれないな」古谷は何気なく言った。


 先日の助け出そうとする時の手際を思い出す。よく連携が取れており、予めそういった事態を想定していたとしても、いざ本番ではああは動けない。何度か経験があると見受けられた。


 そうして救出を繰り返していって、この生存者コミュニティは規模を大きくしていったのだろう。


 と、ここで見知った顔に遭遇する。


 昨日、エトを肩に担いだ筋骨隆々の男だ。その肉体を見せびらかすかのようにタンクトップを着た彼は、歯を覗かせるとこちらに手を上げて近づいてきた。


「おお! 昨日の。よく眠れたかい?」


「ええ」エトが応じる。「昨日は助けてくれてありがとうございました。あ、えっと、エトと言います」


「古谷です」


「俺は、フィフト。よろしくな」


 太い腕を差し出してくる。一人ずつ握手に応じる。


 古谷の番になると、彼は中々手を離さなかった。それまでの爽やかな雰囲気から打って変わり、険しい顔つきで言う。


「お前……」


「え? な、なんです?」雰囲気の変わりように困惑していると。


「中々鍛えているじゃないか。ええ?」


 破顔一笑。もう一方の腕で肩を叩いてきた。


「あ、はぁ」無駄に緊張した分だけ、気の抜けた返事が出てきてしまう。「あ、ありがとうございます?」


 仲間意識でも芽生えたのか先ほどより一層親しく接してくるフィフトに対し、古谷は苦手意識を持った。初対面でいきなり馴れ馴れしくできるほど、彼のコミュニケーション能力は優れていなかった。


 ともあれ、友好的なら僥倖だ。


「あの、ちょっと聞きたいことが」エトがこれ幸いと尋ねた。


「何だい? 何でも聞いてくれ」


「それなら遠慮なく。いつからこんな生活を?」


 いきなりの突っ込んだ質問に、彼はさして気を悪くした様子もなく、記憶を掘り起こすように天を仰いだ。


「そうさなぁ……もうかれこれ三か月近くになるかなぁ」


「いったい町に何があったんです?」


「ありゃあ魔獣とかいうレベルじゃなかったな。それよりも異質で、とにかく妙だった」


 まるで要領の得ない説明だ。


「どんなふうに?」エトがそう問いかけてしまうのも無理はない。


「目が合ったような気がしたんだよ」


「目が?」


「ああ。何ていうか、知性みたいのを感じた。明確に俺たちを狙っているような感じだったんだ」


「知性……」


「あ、そうそう。それと鳴き声がちょっと変だった。何ていうのかな……言語のような感じだったんだ」


「そう、ですか」


 思い当たる節があった。知性を持ち、明確に人間を狙う。そして人ならざる言語を介する。


 それは、紛れもなく純血種の特徴だ。三か月前と言うのも、ちょうど覚醒を始めた時期と合致する。いち早く目覚めた純血種が自らの故郷を滅ぼしたその後で、この町にやってきたのだろう。人口密度も高いので狙うのは合理的とも言えた。


 古谷とエトは目配せをしあって、それが共通認識であることを無言の内に確認する。


 それからは二人して、聞きだすべきことを聞いていった。


「それ、どんな見た目でした?」まずは古谷。


「鳥だった。とにかく巨大な鳥だ」


 鳥人族の純血種だろう。機動力も高いので、短期間でやってくることも容易い。


「最終的にどうしたんですか? 今はいないですよね?」エトが問いかける。


「確かにいないが……なんでそう思ったんだい?」


「あ、いえ、それは……」


 ちら、と古谷を見る。もし仮に純血種がいれば、ゴーレムの超感覚がそれを見逃すはずがない。完全に覚醒しているとなれば、ちょっとやそっと離れた程度じゃあ感じ取れなくなったりはしない。少なくとも、全く反応を感じないということはない。


 だが、もちろんそんなことを言えるわけがないのでエトは言葉を濁す。我ながら浅慮な言葉だなと思いながら。


「なんていうか、それだけ大きかったらさすがにどこかから見えるかなぁっと」


「それは空を飛べるからな。ずっと頭上にいるのかもしない」


「で、ですよねー」


「どこか遠くへ行ったんですかね?」古谷はそんなわけないと思いながらも尋ねる。


 純血種の目的は人間の血の淘汰だ。生き残りを許しておくはずがない。


 だが同時にご自慢の翼ではるか遠くに行ってしまっているのだとしたならば、確かに古谷では反応が追えないのも納得だ。


「いや、それがさ。巨人が現れたんだ」


「巨人」


「ああ、眩しかったよ。誰もが諦めかけていたところに現れてくれたんだ。まさに救世主だ」


「……それでその巨人が倒してくれた、と」


「みんな、そう思ってる」


 要は、誰も決定的な瞬間は見ていないということだ。でも既に反応を感知できないところを見るに、それが正しいのだろう。


 では、その純血種と闘ったゴーレムは今どこにいるのだろうか。町に蔓延る魔獣たちを放置して、いなくなってしまったのだろうか。


 考えていると、フィフトは気持ちが昂っているのか、さらに続けた。


「あれは神の遣いだったんじゃないかって思ってるんだ」


「神?」


「ああ。俺たちがギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、それでも諦めなかったその時に現れてくれるんじゃないかって、そう思ってるんだ」


 かつて出会った鳥人族に知り合いにも、ゴーレムを崇拝しているものがいた。ましてや、これだけの窮地を救ってくれたのならば神格化したとしてもおかしくはない。


 それに、あながち間違いでもなかった。神の遣いという一点のみにおいて。


 それはさておき、これにてマルイズエ崩壊の理由は判明した。ゴーレムによって倒されるまでに、町が破壊されていったのだろう。


 だが問題はそれだけではなさそうだ。それと今の町の状態とはどうにも結びつかないからだ。今や魔獣が我が物顔で闊歩するようになっているが、純血種と魔獣は似て非なる存在だ。お互いに全く別の目的をもって行動する生命で、手を組むなど以ての外。


 ましてや、純血種の荒らした場所に魔獣が湧くようになったというのはどうにも合点がいかなかった。全く知らないものから見ればなんとなく結びつけてしまいがちだが、事情を知る古谷たちからしてみれば疑問しか残らなかった。


 もちろん、全てが偶然の産物というのもあり得る。サービーが言っていたようにこの町は近隣の森を伐採して領地を広げていったので、元々魔獣の生息域だった場所を含んでいた可能性もある。


 町が自然に帰ったのを見て取るや、かつての本能を呼び覚まして再び生息地と定めたのかもしれなかった。


「おっと、そろそろ時間だ」フィフトが不意に言う。「じゃあ、俺はもう行くよ」


「どこに行かれるんです?」エトが尋ねた。


「ああ、これからまた町の探索にな」


「連日行かれるんですか? 大変ですね」


「何せ、この人数を賄わなくちゃだからな。資材はあればある分だけいい。それに、昨日のお前たちみたいに救出を待っている人がまだいるかもしれない」


「なるほど。それは一刻も早く向かってあげなきゃですね」


「その通りだ。そうだ、フルヤ。お前も一緒に来るか?」


「え、俺?」


「もちろん、無理にとは言わないが」


「あ、それなら私も興味あります」エトがすかさず挙手する。


「そうかそうか! なら……と言いたいが、さすがに駄目だ。危険すぎるからな。で、どうだフルヤ」


「あー……」


 しばし考えた。おそらく先ほど即座に見抜いた筋肉的見地からの申し出なのだろう。人手はあるに越したことはない。


 と思ったのだが。


「それだけ鍛えてるんだ。持て余してるんじゃないのか? ええ?」と、フィフトは言った。


「は、はぁ」


 正直、有難迷惑以外の何物でもない。古谷の筋肉はゴーレムとして戦いや旅を続けてきた副産物に過ぎない。別に自らの意思で手に入れたものではなかった。


 精神的にも筋肉愛好家のそれとは相いれない。根が怠惰で臆病な古谷の性格上、むしろ真逆に位置していると言っていい。


 が、一宿一飯の恩とも言う。ここまで世話になっておいて何もしないというのも、何だがむず痒かった。


 なので。


「じゃあ、まぁ。お願いします」同行することを決めた。


 ただ。


「そうこなくっちゃな!」


 流れ的に仕方がないとはいえ、筋肉愛好家の仲間と見なされることだけは釈然としなかった。

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