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至近距離にいたばっかりに、大地の魔獣が巻き上げたあれこれをもろに浴びてしまう古谷とエト。腕で覆うようにしながら顔を逸らしていると、その隙に目の前にまで接近を許してしまう。
四つん這いの姿勢のため目線が低く、自然と目が合う形となる。分厚いたらこ唇が眼前にあるせいで、余計に威圧感があった。咆哮を上げると生臭さ共に強風が押し寄せてきたので、再び顔を逸らしてしまった。
ここから逃げようとしても遅すぎる。ゴーレムに変身してやり過ごすなり、反撃するなりしてこの場を凌ぐより他ない。しかも、エトを差し置いてしまうと単独で危険な目に合わせてしまう。
そうなると、もはや一緒に変身するしか手はない。早くも取り決めを破ることとなってしまうが、いざという事態と言えばそうかもしれなかった。
仕方なく掌に光を宿し始めた古谷だったが、握りこもうとするその直前、大地の魔獣の横顔で爆発が起こる。
一回ではなかった。合計三回、おおよそ同じ個所が爆ぜる。体勢を立て直す間もなかったので、魔獣はその衝撃に押される形で横倒しになった。重みで地面が揺れる。
襲われかけたかと思いきや、次の瞬間には魔獣が倒れた。あまりにも急な出来事に理解が追いつかず立ち尽くしていると、どこからともなく大声が上がった。
「何してる! 早く逃げろ!」
声のする方へ視線を向ければ、こちらへ駆けつけてくる二つの影がある。
「え? え?」
またしても理解が追いつかないでいる合間に、古谷とエトはその二人の人物に間近まで迫られていた。
古谷は本能的に身を退かせるも。
「きゃあ!」エトの叫び声が上がる。
注意を向ければ、彼女は男に担がれていた。
「エト!」急いで救出に向かいかけたが。
「何してるんだ!」後ろからもう一人の男に羽交い絞めにされた。「もたもたするな! 行くぞ!」
強引に引っ張られて行く。
エトを担いだ男は既に先を行っており、おっちらおっちら走っていた。向かう方向が同じなら、わざわざ抵抗する必要もないかと断じ、古谷はしばらく好きにさせることにする。土地勘もない町で、下手に抵抗して離れ離れになるほうがまずいと判断してのことだった。
*
道中で人はどんどん増えていった。町中の大通りから建物の影に入ると、そこには二名の人物が待ち受けており、古谷たちを引き連れた二人が合流する。
それだけに留まらない。いたるところに待機していたようで、どこかへ向かう傍らで二人、また二人と合流していく。古谷たちを引き連れた二人を含めて、総勢六名の一団となった。
そうして二人が連れられた先は、海沿いの倉庫だった。その性質上、通常の建物より頑丈に作られているそこは外観こそボロボロだったが、中はかなりしっかりしているようだった。
とはいってもそこはやはり倉庫。がらんどうのだだっ広い空間があるだけだ。
四方の壁を補強するように木箱が高く積み上げられており、中央にスペースが作られている。屋内であるにも拘わらずテントが張られている、人の息づいている気配を感じられた。中には入り口の布を押し上げて、こちらを窺うようにしているものもいる。
そんなテントの立ち並ぶ空間を抜けると、大きなテーブルを中心した場所に出る。数脚の椅子に、黒板。机の天板には地図が広げられており、作戦室という風情があった。
その長机の短い側の辺。通称、お誕生日席と呼ばれる場所に、黒板を背にするようにして一人の女が座っていた。
「リーダー」古谷を引っ張ってきた男が言った。「生存者を発見しました。男一人と、子供一人です」
「ああ」リーダーと呼ばれた女は、厳かに頷く。「その子を下ろしてやれ」
男はどうやらすっかり忘れていたようで、うっかりしていたとばかりにエトを地面に下ろす。しゃがみ込み、目線の高さを合わせて、「すまなかったね」と言っていた。
途中からどうも悪い人たちではなさそうだとは思っていたが、それがいよいよ確信へと変わった。
なので。
「手荒な真似をして悪かった」という謝罪もすんなり受け入れられた。「私はサービー。この生存者コミュニティで一応リーダーを務めさせてもらっている」
細身で、頬のこけた女性だった。ポニーテールにまとめられている髪も手入れができていないのだろう、かなり痛んでいる。年のほどはまだ若そうなのに、随分と老けこんで見えた。
「生存者コミュニティ」エトが彼女の言葉を繰り返す。
そこから読み取れるのは詰まるところ、この町が文明的に崩壊しているということだ。秩序も何もあったものではなく、幾人かで寄り集まることで何とか命を繋いでいるということだろう。
「何があったんですか? この町に」気づけば、そう尋ねていた。
「あんた、他所の町から来たのか?」
「まぁ、はい」
エトが答えると、サービーは顔を顰めた。
「幸運だったというべきか、不幸だというべきか」
「どういう意味ですか?」
「あんたらも見ただろ。この町は魔獣に占拠されている。謂わば、魔獣の楽園さ。襲われなかったのは幸運、だけどこの町に流れ着いてしまったのは不幸。そういう意味さ」
「どうして、そんなことに」
「元々、この町は近隣の森を切り倒して領地を拡大してるんだ。つまりは魔獣の生息域を荒らしているんだよ。これはいわば、そのツケさ」
「そう、ですか」
エトはいまいち合点がいかない様子だった。それはそうだろう。魔獣は住むのに最適な環境などといったロジックで生きていない。ただ、各種族との交流を途絶えさせるための一種の壁としての役割しか持っていない。
しかし、それを知っているのはごく一部の人間のみだけだ。現にエトも、エルフの長老に教えられるまで全く知りもしなかった。
要するに、そんなことを考える余裕などないということだ。明日をも知れぬ命。
ここは明日なき世界だった。
*
「ここに居たきゃ好きにしろ。いつだって出て行っていい。止めやしない」
今晩、泊まる場所が欲しいと言った時の返答だ。随分とぶっきらぼうな物言いだが、そこまで感じ悪いわけでもなかった。
そんなわけで古谷たちは倉庫内をブラブラとしていた。誰もが好奇な目でこちらを見てくる。おそらく、他所から流入者が珍しいのだろう。
「どうして、サービーさんたちはそうしないんですか?」先ほど、エトが尋ねた。「どうして、この町に拘るんです」
すると彼女は、特に気を悪くしたわけでもなくこう返した。
「あたしたちは、この町で生まれたんだよ」
それだけにどういう気持ちでそう告げたのか、余計にわからなくなる。これで怒ってくれでもしたら、まだ理解が及んだだろう。
何とかしてあげたい気持ちがないでもなかった。苦境に立たされているのなら、むしろそうするべきだろう。それだけの力が古谷にはある。
だけれど、魔獣をただ駆除して回っていけばそれで解決なのかわからなかった。核となる結晶体さえあれば無限に復活するだけに、ただ倒して回っていくだけではイタチごっこになってしまうのは目に見えている。
そもそも、なぜ町中に魔獣が住み着くようになってしまったのか。そこから原因を探る必要がありそうだった。
「この町のどこかに魔獣の種があるのかも」
種とは、例の魔獣を生み出す結晶体のことだ。ジュンがそう呼んでいた。
「町を開拓していく途中で、そんなものを放置するか普通?」
自然発生するものでもないだろう。経緯を考えるに神が適切な場所に配置していったという線が濃厚だ。
絶対数が減ったらどうなるのか、そもそも破壊できる代物なのかはさておき、領地を広げていく過程でそんなものを見つけたら、まず放置はしておかないだろう。少なくとも記録に残すなりするはずだ。
「そりゃあ、しないだろうけどさ。でも、目に見えるものだけが全てとは限らないじゃん」
「どういう意味だ?」
「種が地中に埋まっているかもしれないってこと」
「そんなことあり得るのか?」
「わかんない。でも、私たちは旅の途中で見かけたのはいつも地上に生息するタイプのものだけだった。つまり空の魔獣のものも、大地の魔獣のものもどこにあるかわからないんだよ」
「もしかして」古谷は指を一本立てた。「この空のどこかに浮かんでいるってことか?」
「それもあるかもしれない。それなら見逃すのも変じゃないじゃん」
「確かに」
「後は」エトはさらに推論を続ける。「誰かが町の中に持ち込んだ可能性」
「そんなこと、できるのか? いろんな意味で」
そもそも移動させることができるのか。仮に移動させられたとしても、あんな馬鹿でかいものを誰が運べるのか。
「でも、少なくともシオンさんはやっていた」
「ああ」
古谷は言われて思い出す。かつて焼失したグエンキレという町で遭遇した際、魔獣から孵化するように出てきたいわゆる「中の人」に、実験と称して埋め込んでいた。あの時は確か、魔法陣から取り出すようにしていたか。
少なくとも、移動させることは可能と言うわけだ。
「じゃあ、この町もシオンのせいってことになるのか」
「かもしれないね」
「だが、魔獣での実験はもうやめるって言っていたんだろ?」
エトが彼女と行動を共にしていた時のことは、ジュンたちも含めて共有していた。彼女の目論見に関しても。
「うん。でも、そう割り切る前のことかもしれない」
「それも、そうか」
この町の有様は、昨日今日起こってできたものじゃない。古谷たちがワーウルフの兄弟の一件で、モラゴの町でまごまごしている間の出来事か、あるいは彼女と出会う遥か以前にしでかしたことという可能性もあるわけだ。
思えば、シオンはどれだけ前からこんなことを続けているのだろうか。ジュンと浅からぬ因縁があるところから見て、もう何百年もの間、実験と称して命を踏みにじっているものと思われた。
それもこれも、永遠の命を手に入れるため。しかも自分のためではなく、誰かのためだ。ダンピールである彼女は既にそれに近いものを持っている。
では、その誰かとはいったい誰だという話になる。何百年もの間、試行錯誤を繰り返しているのならば、その誰かさんも既に永遠に近い命を持っていることになってしまう。少なくとも、混血種ではない純正のエルフ並みの寿命があるわけだ。
あるいは、その誰かさんはもう待ってなどいないのか。例えば、大きな氷河に取り込まれて冷凍睡眠に近い状態になっているとか、石化されているとか。何かしらの状態で老化が止まっているということも考えられる。
そんな状態を放置しておく方がどうかと思うが、これ幸いと利用しているのかもしれない。もしくは偶発的などではなく、彼女の意図か、お互いの合意があってそういう状態になっているのか。
またはシンプルに、その誰かさんはもう生きていない。何百年前の悲嘆を引き摺り、シオンはもはやその本来の目的さえも忘れて永遠の命を求めている可能性さえあった。
尤も、そんな悲しみを引き摺っているようには決して見えないが。
「原因はともかく、もう少し探してみるのもいいんじゃないかな」エトが提案する。
「そうだな」古谷はその言葉を吟味していると。「ん?」
「どうしたの?」
「いや、誰かに見られていたような気がして」
しかし周囲を見渡してもこちらを見ているものはいなかった。正確にはいないわけではないが、誰もが物珍しそうに一瞥してくるだけで、じっとこちらに視線を向けてはいない。
「何それ?」エトは微笑んだ。「フルヤ、そんなに察しよかったっけ?」
茶化すように言ってきた。
「ええ? どういう意味?」
「さーてね」エトは彼を置いて歩き出す。「あ、あれじゃない? 私たちが使っていいテントって」
「あ、ああ。そうだな」
古谷は釈然としないながらも付き従った。




