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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第六章:二十一話 明日なき世界
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21-1

 大都市、マルイズエ。その歴史は古い。


 この世界において魔獣の存在と言うのは非常に厄介で、何をするにしても障害になる可能性がある。出現頻度は低いとはいえ、ひとたび現れれば取り返しのつかないほどの損害を受ける。決して軽視できない。


 一方、海の中には魔獣が存在しない。というのも種族同士の交流を断つために神が作り出したが、海に生息する種族はマーフォークのみ。わざわざ生み出さずとも、陸の魔獣で事足りるというわけだ。


 その見通しの甘さがマルイズエの町を偉大なる発展へと導く。


 始まりは何の変哲もない港町だった。だが海の男たちは幾度と大海へと繰り出すうち、海に魔獣はいないのではないかという疑問を抱く。やがてそれが、何の根拠もないけれど確信へと変わると、町は一躍交易の中心地へと発展していった。


 多くの人々が移住してくるようになり、土地面積が足りなくなってくると周囲の自然を切り崩して、広げていく。


 そうして、この世界でも有数の大都市のひとつが生まれたのだった。


「……はずなんだけど」エトは眉間に皺を寄せた。


 古谷とエトの二人が町に踏み入れてからと言うもの人っ子一人見かけない。それだけではない。タイル張りの地面はところどころ抉られ、剥がれている。立ち並ぶ建物群は一部が欠けていたり、既に形を成していないものもある。


 そこはすっかりゴーストタウンと化していたのだった。


 果たして、この町に何があったのか。そう思っていると、微細の振動を感じる。これまでの旅の経験から嫌な予感を覚えた二人は、目線だけで示し合わせると建物の陰に隠れる。やがて魔獣が姿を現した。


 紫の魔獣だ。前傾姿勢で歩くので、先行して恐竜のような顔立ちが覗く。次いで、イボイボの紫の体。最後には不釣り合いなほど貧弱な下半身が見えた。


 いつの日か、森の中で見かけたような気軽さで歩いている。さながら、ここは俺の庭だとでも言わんばかり。


 どうも昨日今日この町に来たわけではなさそうだ。


 それだけではなかった。紫の魔獣を回避して町を歩いていくと、今度は黄土色の魔獣に遭遇する。ずんぐりむっくりの、これまた恐竜のような顔。瓢箪型の腕をブラブラとさせながら、暇そうに歩いていた。


「こいつらが原因なのか?」古谷が疑問を呈する。


「どうかな」エトが言った。「人が多ければ防衛力だって高いわけだし……ちょっと考えにくいかも」


「それでも防ぎきれないときはあるだろ」


「そりゃあ、そうだけどさ」


 何やら引っかかる様子だ。


 二人の声は、人気のないこの町ではやけに反響して聞こえた。魔獣に気づかれる危険性を考慮して、そこで会話を切り上げる。それからしばらく、当てどもなく彷徨った。


 やがて広場に出る。町のシンボルなのだろう、真ん中に噴水があり、それを取り囲むようにぐるりとベンチが配置されている。


 かつては町の人々の憩いの場であっただろうそこは、今では影も形もない。噴水はすっかり枯れ、ベンチは長いこと放置されているからか朽ち始めている。その存分に含んだ水分に誘われるかのように蔦が絡まってもいた。


 人の手によって開拓されてきた町が、再び自然に戻ろうとする途上にあるようだった。


「ねぇ、あれ」エトが指差す。


 その指先にあったのは掲示板のようだった。以前は町の人々に祭事などのお知らせを張り出していたのであろうそこには、今は隙間もないほど乱雑に紙が貼りつけてある。そこにはいろいろ書かれているが、要約すると概ね以下のように書かれている。


「人を探しています」


 似顔絵と名前とが、一枚につき一人分書かれている。丁寧に書かれているものもあれば、荒々しく書きなぐったものもある。とにかく目立たそうとするかのように、でかでかとした書体で書かれているものもあった。


 それらがまるで我先にとでも言わんばかり、上へ上へと重ね張りされている。おかげで掲示板の厚みが1.5倍くらいになっているように感じられた。


 二人はしばらくそこに立ち竦んでいた。物言わぬ大量の紙片。だけれど、そこには様々な思いを汲み取れる。


 昼下がりの午後だった。傾き始めた日差しが、斜めに差してくる。おおよそ掲示板の裏側から照らしており、その手前にいる二人へと覆いかぶさるように影を落とした。


 時計台の鐘が鳴る。


 魔法により定刻を知らせる鐘の音。


 しかし、聞き届けるものはどこにもいない。


          *


 トゾーガの町でゴーストとの決戦を果たした二人は、それから幾度という話し合いを経て、再び共に旅をすることとなった。


 古谷は全種族の生命を守るという目的を見失ったわけではないし、エトはエトで、それをサポートするためについてきている。今更、ここで引き返すのは中途半端だし後ろめたいとのことだった。


 しかし、古谷にもゴーレムの力による完全融合の懸念が常にある。なのでとりあえずのところ、いざという時以外は一緒に変身はしないということで落ち着いた。


 その決定はレンを安心させるに至った。別に彼のためと言うわけではないのだが、それでもゴーレムによる融合を一番懸念していたので、いたずらにその心配を生むようなことはしてほしくないのだろう。


 時系列は前後するが、彼らと合流したのはゴーストを倒した直後のことだった。


「すいませんでした」エトは顔を合わせるなり、早々に頭を下げる。


 その謝罪を、帰郷するなどと偽ったことに対してのものだと思ったレンは、「いやいや、大したもんだよ実際」と言った。「一人でやってのけるなんて。いいガッツだ」


 しかし、更なる言葉には顔を顰めた。


「いえ、私、一人じゃなかったんです」


「何だって?」


「しばらくシオンさんと行動を共にしていたんです」


 動揺のあまり言葉を失うレン。


 そんな彼に構わず、エトは続けた。


「ジュンさんがよく思わないのはわかっていました。ですけど、協力すれば古谷にすぐに再会できると言われて、その言葉に乗せられてしまったんです。結局それも罠だったわけですが。……ともかく、結果はどうあれ裏切る形となってしまいました。申し訳ありませんでした」


 再び、深々と頭を下げる彼女。レンは静かに見下ろしている。その瞳の奥で、彼と意識を共有しているジュンは何を思っているのか。


 微かに、エトの体が震えていた。腰を折った姿勢のまま、一切身動ぎすることなく。


 それはさながら判決を言い渡されるのを待つ罪人のようにも見えた。しかし恐れているのは裁かれることではない。むしろその逆、裁かれないことだ。


 冷酷に絶縁を言い渡されることが何よりも耐えられないのだ。


 それでも彼女は、言い訳することなく粛々と審判を待っている。きっと何と言われようとも受け入れることだろう。それだけのことをしたと感じているのだった。


「エトちゃん」ジュンの人格に言った。「私、思うの」


 そして、次の瞬間には手を上げていた。


 古谷に向かって。


 頬をはたかれた彼は、しばらくそのままフリーズした。


「え? 何で?」間もなく、疑問を呈する。


 ジュンは答えた。


「元を辿れば、あなたが原因でしょーが!」


「いや、それはそうかもしれないが」


「言い訳しない!」


「……はい、すいませんでした。反省してます」


 一連の流れに、エトが呆然としていると。


「とまぁ、こんなところで落としどころとしよ」ジュンが言う。


「えっと、それじゃあ」


「ええ。これからもよろしくね、エトちゃん」


「はい!」


 そういうわけで二人は和解を果たした。これによりワーウルフの兄弟から始まった一連の出来事は概ね決着を見たと言える。一人の男の評価がすこぶる落ちたことを除いて、丸く収まった。それに関しても、本人のせいなので同情に値しない。


          *


 さて、そんな一幕もあったが決して今後の旅に同道するわけではない。元よりジュンたちにはシオンを追うという目的がある。エトだけ特別扱いしていたのもゴーストに由来しているというのなら、倒した今、もうその必要もなくなる。


 きっと、もうエトの周りをウロチョロすることはないだろう。それは一安心と共に、行動が予測不可能な彼女の唯一の手掛かりも消えたわけだ。


 そういうことで、ジュンたちはこれまで以上に本腰を入れて捜索することを決めた。当初の目的を失ったことで、何をしでかすかわかったものではない。第2のゴーストを人為的に作り出そうとする可能性も考えられる。


 そんな最悪な未来は何としてでも避けなければならなかった。


 古谷たちも協力を申し出たが、ジュンたちはそれをやんわりと断った。いくら危機的状況と言っても、根底にあるのはやはり復讐。巻き込んでしまうことを嫌がっている様子だった。


 その意図を汲み、彼女たちとは別行動することに決める。いつか、どこかで再会することを約束して別れたのだった。


 そうして、やってきたマルイズエの町。二人はすっかり荒廃した景色の中を歩いていた。


「もう誰もいないのかな」エトが疑問を口にする。


 行けども行けども、あるのは長いこと人の手が介在していない光景だ。


 タイルは割れ、土が覗いているばかりではなく雑草さえ茂っている。大都市というだけあって建物はどれも高層のものばかりだが、魔獣がなぎ倒しでもしたのか半壊しているのがほとんどだ。辛うじて原型を留めていたとしても、窓が突き破れている。そこから覗ける屋内は、物取りにでもあったかのように荒らされていた。


 と、そんな時。物音を聞き取った二人は、注意深く視線を向ける。体を緊張させて、鬼が出るか蛇が出るかと待ち構えた。


 間もなくして建物の影から姿を現したのは、なんてことはない。単なる小型の野生動物だった。テチテチと、忙しなく足を動かして二人の目の前を通り過ぎていく。


 ギャップに思わず脱力してしまう古谷。


「どうだろうなぁ」と、どっちつかずの返事をした。


 実際、何とも言えなかった。


 魔獣だけで町一つを壊滅させることはほぼ間違いなく不可能だろう。知性も社会性も持たない魔獣は自発的に徒党を組むことはあり得ない。単身では、この規模の町だ。あっさりと返り討ちにあうだろう。


 考えられる可能性は二つ。誰かが大勢の魔獣をけしかけたか、未だ誰にも観測されていないこれまでの常識を覆すような魔獣が現れたか。


 どちらにも事例がある。


 まず前者だが、ゴーストが鳥人族の町エッバグーサで複数体の魔獣を引き連れて現れたことがある。あの時は小粒な攻撃を繰り返すなどの挑発行為で誘引してきた。


 そして、後者。シオンが実験の最中で生み出した黒い魔獣だ。魔獣の中から孵化するように出てきた、いわゆる「中の人」。エトによれば、それは寄生虫を用いた新しい魔獣を生み出すための実験だったらしい。


 その実験場としてこの町が選ばれたというわけだ。グエンキレの町の住民を丸々実験台にした前例を考えれば、決してあり得ない話ではない。


 一方で、どちらにも疑問点が残るのは否めない。


 まずゴーストだが、基本的には他のゴーレムに対しての勧誘を目的としているので無差別な破壊行為には関心がなかった。恨み辛みを抱いた存在ではあったけれど直接手を下すよりかは、因果応報を望む陰湿さがあった。


 基本スタンスとしては、どうなろうが知ったことではない、といった感じだ。


 それからシオン。彼女もまた彼女でただの破壊行為に興味はなかった。実験の結果として命が散ることは必要経費くらいにしか考えていないだけで、暴力に愉悦を感じるタイプではない。


 もちろん、何らかの実験の結果であることは否めないわけだが、だとしたらこれは大失敗だ。性能テストとしてただ単に破壊の限りを尽くすだけだったら、それはシオンの望むものとは程遠いはずだ。


 興味を失えば放置するのが彼女のスタンスだ。失敗作とわかったその瞬間に、後始末をすることなくどこへなりとも消えるだろう。


 だが、この町のどこにもそれらしい魔獣は見当たらなかった。それとも、うまく隠れているのだろうか。


 何にせよ、わからないことだらけだった。全ては憶測の域を出ないし、ましてや全く別の第三の可能性だってある。ゴーストやシオンの他にも、大それた野望を抱いているものもいるかもしれない。


 そういう意味で、何とも言えなかったのだった。


「どうしよっか」というのは、エトの言葉。


 もしここが本当にゴーストタウンならば、これ以上ここに留まる理由はない。早々に後にするのが得策だろう。


 だが、そうするにはあまりにも時間を使い過ぎた。日が暮れるまで数時間といったところだろう。


「とりあえず、どっか一泊できる場所探すか」


「そだね」


 この町で真っ当に宿屋が機能しているとは思えない。しかし、どこかに一軒くらいはまともに形を残しているところもあるだろう。普段から野宿も辞さない身としては雨風を凌げれば文句はない。寝具が揃っていれば猶更いい。


 そう結論付けた二人。改めた目的に合わせて足を向けかけたが、またも物音が聞こえる。


 それは次第に大きくなってくると、大量の足音だと気づかされた。次の瞬間には大量の野生動物が駆けていく。鹿のような動物が、群れとなって目の前を駆け抜けていった。


 それはさながら何かから逃げているかのようだ。その原因にはすぐさま思い至る。


 次の瞬間には地面が爆ぜた。大量の土砂とタイルとを巻き上げて、大地の魔獣が顔を出したのだった。

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