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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:二十話 父の背中
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20-4

 駆けつけた古谷と共にゴーレムへと変身したエト。その巨体で、狭苦しい家屋の屋根を突き破る。


 それまでかつての湖畔の小屋と思われていたそこは、一転してトゾーガの町の廃屋へと戻った。おそらく、ゴーストの見せた幻覚の類だろう。


 それらを全て振り払って、エトは再び立ち上がったのだった。


(フルヤ……)彼女は感慨深く、相棒の名を呼んだ。


(すまん)彼は謝罪を口にする。(遅くなった)


(本当だよ、全く。間がいいんだか、悪いんだか)


「古谷弘治ぃ!」二人の会話に割り込むように、叫ぶ声があった。


 巨人の足元に未だ人の姿をしているゴーストがいる。その形相は醜く歪んでおり、いつもの余裕さが感じられない。


 奴が言う。


「どうしてそこまで我らに抗う! この世界の救世主にでもなるつもりか!」


(俺はただ、お前の捨てた道を行くだけだ!)


「俺たちが間違っているというつもりか!」どこからともなく霊体が集まっていく。


 やがてそれが黒い一つ塊となると、ひょろりと黒い肢体が伸びてきた。そうして首のない黒い巨人へと姿を変える。顔がない代わりに、体中に無数の仮面を張り付けている。


 かくして、巨人となったゴーストは駆けだした。


 古谷も応対するように走り出す。


 瞬く間に距離を詰めていく二体の巨人。先制攻撃はゴーストの方だ。拳を放つ。


 突き出された腕を両手でいなした古谷。そのまま懐に潜り込むとタックルをかます。よろめくゴーストにパンチを見舞った。


 しかし、それは空ぶった。いつもの如く体の一部に穴をあけるという奇怪なやり方で躱したのだ。


 そうして隙を生み出すとゴーストは反撃へと転じる。すぐ目の前にいる古谷の両肩を掴むと、引き寄せるようにして膝蹴りを食らわせる。立て続けに腕を振るって殴りつけた。


 手を緩めることなく、猛攻を加えようと迫りくるゴースト。


 が、古谷もやられてばかりではいられない。負けじと体制を立て直して立ち向かう。


 二体の巨人はほとんど同じタイミングでお互いを掴み合った。肩を組み合う形となる。


「何がそうまで君を駆り立てる!」ゴーストは言う。「僕らを捨て駒にしたのは、他でもないこの世界の方じゃないか! 一方的に責任だけを押し付けて!」


(確かに俺たちに、この世界の命運は荷が勝ちすぎているかもしれない。でも! 俺は責任感や使命感で戦っているわけじゃない!)


「じゃあ、なぜ戦う! 自らをとことん犠牲にしてまで、この世界に対して誠実である必要なんてどこにもないじゃないか!」


(俺が守りたいと思った! それだけだ!)


「結局、前と何も変わってなどいないじゃないか! お前はただ非難されることを恐れている! 力をもっておきながら何もしなかったことを糾弾されたくないだけだ!」


(違う!)古谷は力強く言った。(今ならはっきりと否定できる! 俺は、誰かの顔色を窺って身の振舞い方を決めたわけじゃない! 壊されたくない景色があって、変わってほしくないものがあって、大切な人がいる! 全部……全部、この世界でできたものだ!)


 言いながら硬直状態を解く。拳を振りかぶった。


(俺がこの世界で、人として生きていたからできたものだ!)


 思いを乗せて、パンチを見舞う。それはゴーストのもとにまで届く。珍しくまともに食らった。


「人として……?」


 威力は大したことない。にも拘らず、ゴーストは大ダメージでも食らったかのようによろめいた。


(そうだ!)古谷は言う。(お前は結局、特別な力を得たことに胡坐をかいて、何もかも睥睨して、まともにこの世界を見ようともしなかった! 一番救世主を気取っていたのは、他でもないお前自身だ!)


「違う違う違う違う! 誰もこんな力は望んでいなかった! こんな形で蘇らせてくれだなんて誰も頼んじゃいない!」


 そう叫んだかと思うと、ゴーストは背を丸め出す。かと思うと、背中から勢いよく突起が飛び出してきた。肩甲骨の辺りに左右一本ずつ。やがてそれらが扇状に展開されて行く。


 それは羽だった。蝙蝠のような皮膜型。真っ黒い容姿と相まって、さながら悪魔のようだった。


 それを大きくはためかせると、周囲に粉塵を巻き上げながら上昇していく。


(追うよ!)エトが言う。


(ああ!)


 全身に血流のように漲る赤い魔力。それを強く輝かせていくと、古谷も追随するように飛び上がった。


 上空から追りくる巨人の姿を認めるゴースト。手刀を突き出して光弾を見舞った。


 対する古谷は、身を翻して躱す。対抗して光線を放つ。


 ゴーストも躱しながら、光弾を返す。


 しばらく空中戦が繰り広げられた。古谷が追うようにして光線で狙い、ゴーストも折を見て光弾を放つ。


 だが、いつまでもそんなことを続けてはいられない。持久戦では制限時間のある古谷の方が遥かに不利だ。


 このままではらちが明かないと見て、いつもの如く無茶な戦い方に打って出る。速力を上げて、突っ込んでいった。


 ゴーストはこれ幸いと光弾を叩きこむ。


 しかし、古谷は一向に避ける気配を見せなかった。ギリギリまでひきつけると、すんでのところで躱す。光弾が肩を擦過していった。


 その我が身を省みない戦術に後れを取ったゴーストは、あえなく接近を許してしまう。間もなく接触。しかしその突進は辛うじて躱されて、掠める程度のダメージに留まった。


 勢いを殺しきれず、もうしばらくは突き進んでいた古谷。やがてUターンをして、ゴーストを視界に捉えると、黒い光弾を飛ばす体勢に入っていた。腕を大きく広げて、その中心点にエネルギーを溜めるようにしている。


 真っ向から対抗するために腕を十字に組むと、魔力を充填していく。体中が青白い光に包まれていった。


 黒球が放たれた。だが古谷それに対しても気後れすることなく、むしろ速力を上げさえして迎え撃った。同時に、光線を放つ。


 ぶつかり合う二つのエネルギー。拮抗するようにしていたそれらだが、古谷とエトは押し返さんとするかのように雄叫びを上げて力を込めていく。呼応するようにして威力が増していく。


 そうしている間にも、黒球は目の鼻の先に迫っている。もはや拮抗する二つのエネルギーの奔流に飲み込まれるのではないかと思われたが、その前に臨界点に達し、爆発へと取って代わった。


 古谷はその爆炎に飲み込まれる。


「馬鹿な奴だ」ゴーストは冷めた目でその光景を見つめていた。「大人しく、我らに迎合すればいいものを」


 が、それを決着と断じるには早かった。古谷はその爆炎を突き抜けてきた。


「なっ!」


 驚くのも束の間。あまりの隙に、黒煙をたなびかせながら迫りくる巨人の拳をまともに食らってしまう。


 勢いのついたその攻撃は、ゴーストを地面にまで叩き落とすに至った。


 大量の土煙の中で起き上がろうとするゴーストのもとに、古谷は静かに降り立つ。


「お前は一つ失念している」ゴーストは言った。「どれだけこの世界に万感の思いを抱こうが、いずれ物言わぬ石像となる。ただ戦うためだけの土偶にな。それはあんたが思っているよりも遥かに虚しき業だ」


(かもしれない)古谷は答える。(思い出があれば、なんて綺麗事を言うつもりもない)


「ならば、やっぱりあんたは馬鹿だ。先のことなど考えず、一時の快楽を優先しているのと何ら変わらない」


(それでも俺は抗う。最後の最後まで、人として生き続けたいから)


「まだわからないか!」言いながら、不意打ち気味に殴り掛かった。「俺たちはもう人間じゃない!」


(そうだな)古谷はその拳を、掌で受け止める。(人の心を忘れちまったお前はな)


 ゴーストは掴まれた手を振り解こうとする。が、びくともしない。


 そうして、怯んでいるところに空いたもう一方の手でパンチを叩きこんだ。至近距離で食らいよろめくその体に、さらにドロップキックを決める。


 弾かれたように地面へと投げ出されるゴースト。力なく体を起こそうとしているところに、十字を組んだ腕の照準を合わせた。魔力を充填していく。


「やめろ! やめてくれ!」ゴーストは哀れっぽく言った。「ここには何百年という年月の間に集まった幾人もの意思がある! それらを全て殺す気か! 古谷弘治ぃ!」


(ゴースト。お前はその名の通り亡霊だよ)


 いくら言っても仕方がないと判断したのか、命乞いの対象を変更した。


「エトぉ、エトぉ」ゴーストに張り付いた仮面の一つが、父の顔へと変わる。「大きくなったなぁ」


(お父さん、あのね)エトは言った。(私、十三年前から背伸びてないんだよ!)


 光線が放たれる。真っすぐと飛んでいく一条の光は、幾重にも重なった嘆きにも似た悲鳴さえも飲み込んで、黒い巨体を包み込んでいくのだった。


          *


 ゴーストを倒した二人。ゆっくりと十字に組んでいた腕を解くと、間もなく変身を解除した。


 体が崩壊し、大小さまざまな瓦礫と化す。その頂上に、古谷とエトは立っていた。


 古谷が先んじて降り、補助のために手を差し伸べる。エトはどこか感慨深げな表情でその手を取った。


「言いたいことはいろいろあるけど」地面へと降り立った彼女は言う。「今はとりあえず、お帰り」


「ただいま」と、古谷。「……まぁ、お手柔らかに」


「うーん、フルヤの態度次第かな」


「ほんっとうに反省してます!」


「どうだか」そっけなく、歩き出す。


「いや、マジだって!」


「はいはい」


 あまり真剣には取り合ってはくれない。上の空のようにも感じられる。何か別に気になることでもあるのか。長いこと目の上のタンコブだった存在を倒したばかりだというのに。


 と、そこでふと思い至った。ゴーストが最後に言い残した言葉。奴は数多の意識の集合体だ。その中にもし本当にエトの父親がいたとしたならば、彼女は自らの肉親を手にかけたことになる。


 一体化は不可逆的なものだ。したが最後、二度と分離はできない。それはゴーレムの力を利用していた、ゴーストにも適用されることだろう。エトの父親は、もう二度と単体として存在することは叶わなかった。


 だからと言ったって、そう簡単に割り切れることでもないだろう。


「エト……」古谷は自然と呼びかけていた。


 尤も、何を言うべきかなどわからなかったわけだが。


 気休めの同情など逆効果だろうし、かといって叱咤激励など以ての外。第一、どの口で言ってるんだとなる。


 そんなわけで呼びかけたことそのものがすっかり失敗だった。


 あるいは聞こえていなければとも思ったが、運悪く彼女は振り返ってくる。返事こそ自ないものの、目線だけで「何?」と問いかけてきていた。


「いや、その……」結局、口籠るしかできない。


 そうして生まれた沈黙の時間。が、間もなくしてエトはまるでその理由を全て察したかのように柔らかに微笑んだ。


「……帰ろっか」


「ああ」


 彼女の後を追う。先を行くエトの背中はどこまでも大きく感じられたのだった。


          *


 ボロボロの男が一人、壁に手を突きながら足を引きずるようにしながら歩いている。


 どこにでもいるような平凡な男だった。顔の印象など、露ほども残りそうにない。一瞬でも目を離せば、すぐに見失ってしまいそうなほど。


 だが、今はそれほどでもない。見るからに怪我人といった風情の彼は誰から見ても注目の的で、そこに怒りの形相を浮かべていることが拍車をかけていた。


「古谷弘治……覚えていろ……」


 だが同時に口内でぶつぶつと恨み言を述べていたので、誰もが目を背けてもいた。あらぬやっかみを受けぬために、無関心を装っていたのだった。


 しかし、そんな男の目の前に立ちはだかる影がある。


「ああ?」男は如何にも不機嫌そうに一睨み。


 大抵のものはこれでそそくさと道を譲る。あるいは、複数人であれば端から数に物を言わせて絡んでくるか。


 だが、目の前のものはそのどちらとも違った。


「ずっとエトちゃんを狙っている様子だったからどうしてかと思ったけれど、そういうことだったのね?」


 金髪を二房に結っている割には妖艶な雰囲気。真っ赤な瞳が特徴的な女だった。


「クエシオン」


「あら、私のことも知っているのね?」ダンピールの彼女は言う。「ゴーストさん」


「何の用だ……」質問に答えないゴースト。


「エトちゃんを泳がせたかいがあったわ」シオンもお返しとばかりに自分勝手に話し始めた。「こうして、あなたに接触できたわけだし」


「我々はゴーレム以外は歓迎しない」


「あら? でもエトちゃんのお父さんは取り込んだのでしょう?」


「……例外もある」


「ともあれ、私にその気はないのよね」


「ならば、何だ」


「今にわかるわよ」そう言ったかと思うと、シオンは手を伸ばしてきた。


 そこには魔法陣が展開されている。間もなく魔法が放たれるのかと思いきや、どこからともなく蜘蛛の糸が伸びてきた。


 それはまさに予想外の方向からだったが、あっけなく躱される。


 シオンは再度、近くに身を潜めている蜘蛛の魔獣に捕縛を命じるも、その時には既にゴーストは姿を消していた。


「無駄だ」声だけが辺りに反響する。「その手は我らには通じない」


「……みたいね」至って平静に返しているが、その表情にはどこか悔しさのようなものが垣間見えた。


 それからしばらく、シオンはその場に佇んでいたがそれっきりゴーストの声は聞こえてこなかった。どうやらさっさと見切りをつけて去っていったらしい。古谷の時とは比べ物にならないほど、あっさりとした引き際だった。


 暗に興味がないと言われているかのようで、彼女の感情をさらに逆なでする。


「ま、いいわ」それでも何とか、気を持ち直そうとする。


 が、冷静になろうとした結果、自分でも驚くくらいに冷たい声音が出た。それだけ今回のことに期待を寄せていたのだと自覚する。


 しかし、決して強がっているわけでもなかった。トゾーガで起きた一連の出来事で、全く収穫がなかったわけではない。


「ねぇ?」


 彼女がそう同意を求めた先は路地の薄暗がり。そこには青い装甲に包まれた人物が立っている。それはシオンお手製の、装着した対象を自在に操ることのできる魔道具だった。


 一見すると異様な風貌だが、憲兵など鎧に身を包んでいるものも少なくないこの世界で、色合いが目立つこと以外はあまり注意を引くようなこともない。ただ一つ、足取りがどこか覚束ないこと以外は。


 当然の如く、返事もしなかった。そうするだけの自我がないからだ。


 顔にはバイザーのようなものが取り付けられているので瞳の様子までは窺えない。だがその範囲外から垣間見える身体的特徴は、やっぱり人目を引くものだった。


 短く刈り込んだ金髪と、長く尖った耳。紛れもなく、エルフの特徴だった。

これにて第五章完結です。第六章へと続きますが、書き溜めのために少し間を開けます。

引き続き、よろしくお願いします。

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