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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:二十話 父の背中
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20-3

 レンと話して、気持ちを改めた古谷。しばし考えて、こう告げる。


「俺、エトともう一度会ってみようかな。あんな形じゃなくて、もっとちゃんと話し合ってみようと思う」


「そっか。ま、いいんじゃないか? 今更な気もするが」


 そう言われ、古谷は気落ちした様子で言う。


「そう、だよな……」


 せっかくいい方向に話が転がっていたのに、レンの余計な一言で台無しになりそうな雰囲気。


(馬鹿)


 脳内でジュンに軽く注意を受けて、彼は慌てて言い添える。


「いやいや、どう転ぶにせよ、話をするのは大事だぜ。話をするのは」


 その急な変わりようの理由を察した古谷は。


「いや、勝手なことを言ってるのはわかってるんだ」と、自戒の念を込めて言う。「それも含めて、ちゃんと向き合うべきかなって」


「そうだな、それがいい」


「エトは、故郷に帰ったんだよな?」


「ああ、今頃どのあたりにいるかな」


「とにかく、追いかけてみるよ」


「よかったら、途中まで送っていこうか?」


「いや、いいさ。そこまで世話になるわけにいかないし」


「こっちとしては別にいいけどな。当面の目的は達成できたわけだし」と、ここでレンは思い出す。「あ、そうだった」


 不意に懐を探り出したかと思うと。


「ほれ」と、差し出してくる。


 その掌に乗っていたのは指輪だった。かつてエルフの知り合いからもらったもので、元は二つで一組の代物だ。所持者の思いに反応して、もう一つの所持者の居場所を示してくれる。


 エトとお別れするのにこれを持ち続けていたら意味がないので、置手紙と共に置いて行っていたのだった。


「あの時、エトちゃんは慌てて飛び出したからか気づいてない様子でさ」さすがに気まずいのか、レンは言い訳染みた様子で言う。「いつか渡そうと思って回収してはいたんだが、あんまタイミングなくてな、それっきりここまで持ってきちまってたわ」


 ま、結果オーライだったな。最終的にはそう締め括る。


 憎いのは彼の言う通りという点だ。この指輪があれば、エトとの再会はぐんと楽になる。


 古谷は礼を言いながら受け取った。早速、指にはめ直す。


 すると、たちまち反応を示しだした。中心にある乳白色の結晶が、細い光を放って伸びていく。窓の外へと続いていた。


「なんで……」古谷が呟く。


「おいおい、これ」レンが言った。「近くにいるってことじゃあないのか? どうなってるんだよ」


          *


「ねぇ、お父さんはさ」エトは恐る恐る尋ねる。「どうして十三年前、私を置いて行っちゃったの?」


 いきなり核心を突いた質問をしている自覚があった。これの返答いかんでは、自分がいかようにもなってしまいそうな気がする。酷く打ちのめされた気持ちになる可能性だってあった。


 だが、聞かずにはいられない。そこにはどこか期待感が含まれている。もちろん、どのような返答があったら納得がいくのかわからないが、期待してしまうというのが人情というもの。


 どの道、避けては通れぬ質問だ。ならばさっさと済ませてしまった方がいい。


 そう後追いで理由付けをして、エトは返事を待った。


「すまなかった」間もなくして、父が答える。「あの時、俺はどうかしていたんだ。実の娘のことすら失念するくらいに。……本当にすまなかった」


「そう……」その返答は、エトの予想を裏切らなかった。


 父は母が亡くなって以降、人が変わった。町の誰からも好かれる町長であったのにも拘わらず、その地位も名誉も捨て、母を蘇らせるための禁術の研究に没頭するようになった。娘のことすらも放置して、湖畔の小屋に引きこもるようになる。


 だが、そんなある日、ふらりと町に姿を現した。その見た目にかつての清潔さはない。一切手を加えていない蓬髪に、無精ひげを生やしている。眼窩は落ちくぼみ、酷くやつれた様子。焦点の合わない虚ろな視線と相まって、どこか死人のように感じられた。


 それでも希望をもって声を掛けたエトだったが、彼からはあえなく無視された。娘のことなど眼中にないかのように、何の未練もなさそうに町を去っていったのだった。


 そこに込められた意味は、そのままでしかなかったというわけだ。父は本当にエトのことを忘れ、置いていった。一瞥すらくれなかったということは、一瞬たりとも頭を過らなかったということだろう。


 半ば覚悟していたこととは言え、エトは気落ちした。自分は、それだけあっさりと忘れ去られるくらい存在なのだと明言されてしまったわけだから。


「ずっと妻を蘇らせる方法を探していたんだ」そんな彼女を他所に、父は尚も述懐を続けている。「そればかりに囚われて、ついエトのことを疎かにしてしまった。反省している」


 だが、下手な言い訳をすることなく、誠実に謝罪を重ねる姿はかつての父の面影を思わせる。


「ううん、もういいよ」それに免じて、エトは許すことにした。「それよりも見つかったの? お母さんを蘇らせる方法」


 そんなものがあるとは思えなかった。仮にあったとしても倫理的には許されない。故に禁術となっている。


 それでも水を向けたのは、これまでの歳月をいかにして過ごしてきたのかを聞き出すための一環に過ぎない。離れ離れになっていた期間を埋め合わせようと思ってのことだった。


「父さんは馬鹿だった。そんな方法はどこにもなかったんだ」


 エトの脳裏に過ったのはあらゆる悪口だ。そりゃそうだろうだとか、本当に馬鹿だねだとか。もっと諦めがよければここまで人生を無駄にせずに済んだのに、だとか。


 しかし、それら全てをひっくるめて父が哀れに思われたので。


「そっか」と言うだけに留めておいた。それから次なる疑問をぶつける。「それで、どうして老けてないの?」


 二番目に気になるところだった。あるいはそう見えるだけかもしれないが、いくらアンチエイジングに余念がなかったとしても、あまりにも十三年前から代わり映えがなさすぎる。


 あるいは、禁術を求める旅の傍らで若さを保つ魔法を見つけたか。エトも一応見た目を気遣う女性であるが、普段から幼く見られがちなので、その魔法の存在に対する興味はどちらかと言うと学術的側面からだった。


「十三年前のことだ」間もなく、父が答える。「死人を蘇らせる禁術を求めて文献を漁っていると、一つの記述に目が付いた」


 出だしからして、随分と壮大な始まりだ。若さの秘訣には、並々ならぬ秘密があると見える。


「そこには不確かなことしか書かれていないが、研究に行き詰っていた俺はそれに一縷の望みを託すしかなかったんだ」


 ここでエトは、どことなく父の雰囲気が変わったように感じられた。しかし、錯覚かもしれない。無言で続きを待った。


「一説には死人の寄せ集めだという。また死者と交信できるという説もある。俺はそれに接触できれば、妻とまた話すことができるかもしれないと考えた」


「それが、十三年前に町を出た理由?」


「そうだ」


 そう短い返答をしたっきり口を噤むので、エトは続きを促すしかなかった。


「それで?」


「無事に接触できたよ。運がよかったというべきかな? でも、巷で言われているようなものとはまるで違った」


 ふと、エトは思い至る。父が漁った文献は湖畔の小屋に残ったままなので、彼女も暇に飽かして読んだことがある。今あげられた数々の説が、いったい何に対して言われていたものなのか、それを今更になって思い出したのだった。


「ゴースト……」


「その通りだ」


(……あれ?)エトは不意に違和感を覚えた。(お父さんってこんな顔だったっけ?)


 これまで父のものだと思い込んでいた顔。しかし、よくよく見てみれば自信がない。どこにでもいそうな凡庸な顔をしており、どこかで見たような気もするし、見たことのないような顔をしている。


 そもそも、どうして十三年間会うこともなかった父の顔を一目でわかったのだろうか。何の躊躇いもなく、父だと思えたのだろうか。


 唐突に目の前の男の正体が掴めなくなった。顔が輪郭を失い、ぼやけ始める。まるで眩暈でも覚えたかのよう。


 あまりの恐怖にエトは勢い良く立ち上がると、倒れた椅子が大きな音を立てた。


 次の瞬間には彼女は懐かしき光景の中にいた。それまでトゾーガの町の廃屋にいたかと思っていたが、いつの間にか故郷の外れにある小屋の中にいたのだった。窓から昼下がりの陽光を浴びて輝く、湖畔が見えた。


 あまりにも眩しく輝くものだから、小屋の中は却って薄暗くなる。


「しかし、すっかりと騙された」父はまるで意に介した様子なく、話し続けた。「さも妻もいるかのように振舞い、それを見抜くことができずにまんまと取り込まれた」


「取り、込まれた?」


「単なる気まぐれだったさ。ほんのちょっと、退屈しのぎにからかってやるつもりだった。だけど、あまりにも信じて疑わないんだ。いや、あれはもう縋るしかないって感じだったかな。これで駄目だったら、もうどうなったってかまわないってふうだった」


 後半にいくに連れて、嘲弄するような口ぶりになっていく。そうでなくとも主観が逆転していた。


「何を言ってるの?」その変化に追いつけず、エトは思わず問いかけた。


「お前の親父の話さ。全く、哀れなもんだよ。いつまでたっても追いすがっては、俺も連れてってくれって。仕方がないから、特例で迎え入れてやることにしたんだ」ゴーストは言う。「本来我々は、ゴーレム以外は受け入れてないんだがね」


「お父さんと、一体化したっていうの……」


「そうだ」


「じゃあ、年を取らないのも」


「そうだ。君の父は十三年前から人の理から外れることとなった。俺たちの一部になったんだからな」


「……グエンキレの町で見かけたのも」


「私たちさ。余計な邪魔が入らなければ、そのままあなたを取り込むつもりだった。君の親父を取り込んでいたのは僥倖だったな」


「どうして、私を」エトは言ってから、すぐに気づく。「……フルヤ」


「意外だったんだ。どう見たって意志薄弱そうなくせして、どうしてあんなに我々に抗うのか」今や誰とも知れない男はエトに指を向けた。「原因は、君にあると見た」


「だから、私を先に取り込もうとした」


「随分と物分かりがいいねぇ。なるほど、賢い小娘だ。古谷弘治が当てにするのもわかる」


「でも、どうして私?」


「予め君を取り込んでおけば、古谷弘治と一緒に変身した際、なし崩し的に取り込める。これで晴れて、彼も僕らの仲間入りというわけだ」


「そんなこと、私が許すと思うの?」


「いいのかい? お前の父は、確かに俺たちと共にいる。一緒にいたいんだろ?」


「それがあなたの嘘じゃないという保証は? お父さんにしたみたいに」


「十三年前の記憶があるのがその証拠さ。それだけじゃない、我らは数多の意識の集合体だが、意思も記憶も、確かに残っている。私と共にくれば、魂のレベルで父と結合できるんだよ。娘に対してどのような思いを抱いていたか、手に取るようにわかるようになる」


 エトが言葉に詰まっている隙に、ゴーストは畳みかけるように続けた。


「もう疲れたんだろ? 自分で言っていたじゃないか。それに、赤の他人と唯一の肉親。どちらかなんて選ぶまでもない。違うか?」


「それは……」


 ゴーストの言う通りな気がした。確かに一体化してしまえば、離れ離れになる心配もない。それに意識も共有できるようになるならば、もう相手の考えがわからないことで悩むこともなくなる。


 どれだけ背中を追いかけても、見向きされることのない人生。自分ではままならないことに振り回されてばかり。


 ならばいっそのこと、一体化してしまうのもありかもしれないと思った。どの道、この小屋で生きながらにして死んだような気持ちで生きてきたのだ。個人としての肉体を失ったとしても何とも思わない。しかも、孤独感がないというおまけつき。


 これ以上に魅力的な提案が他にあるというのだろうか。


(もう、それでもいっか……)


 長いこと求め続けてきた父が手を伸ばせば届く距離にいる。あれだけ願ってやまなかった親子での生活が、今実現しようとしていた。


 彼女の欲しかったものは、すべてここにある。


(でも)エトは思う。(それで本当にいいのかな?)


 どこからともなく光を感じた。それは自身の指の付け根からだった。


 見てみれば、嵌めている指輪から一筋の光を放っている。


(そうだ……)


 亜人種も、人間も、等しく命を守るという決意。無謀無茶極まりないのに、そのためにボロボロになりながらも抗い続けている彼。


 ここで彼女が掌を返すことは、そんな思いを裏切ることになる。それだけではない。全てを否定する結果になってしまう。


「お父さんは……」光を見つめながらエトは言う。


「ん?」


「お父さんは、もういない」


「な、何を言ってるんだ、エト」ゴーストは唐突に父の声で話し出した。「俺はここにいる。さ、行こう。これからはずっと一緒だ」


 誰かの背中ばかりを追いかけていた。でも。


「私だって、ずっと歩いてきたんだ」


 その足跡までなかったことにはしたくない。


「フルヤ!」


 少女が名を呼ぶ。刹那、彼女の背後が光に満ちた。


 眼前にいるゴーストはあまりの眩しさに呻き声を上げながら目を背ける。


 光が徐々に大きな人型を取っていったかと思うと、その腕で掻き抱くようにして包み込む。


 次の瞬間には岩塊の巨人が顕現していた。

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