19-4
ひょんなことからレンたちと再会を果たした古谷。今更、逃がしてくれるはずもなく、仕方ないので現状を打ち明けることにした。
が、その前にまず尋ねなくてはならないことがある。
「エトはどうした?」単独でいるところを見て、ずっと気にかかっていた。「一緒じゃなかったのか?」
「別れたよ」レンは答える。
「別れた? じゃあ、どこに行ったって言うんだよ」
「故郷に帰ったんだよ。本人たっての希望でな」
「そうなのか、送ってくれたのか」
「いや、一人で帰っていった」
「は、はぁ? 一人で? それをみすみす送り出したって言うのかよ」あまりにもあっさりと告げるものだから、つい詰問口調になってしまう。
「おめぇが言えた義理か」しかし挑むように、怒気の籠った声で返される。
「い、いや、それはそうかもしれないが……」たちまち、古谷は言い淀む。
感情を優先するあまりに自分のことを棚上げにしてしまった。
そうすることによって返ってくるのは。
「そんなに心配なら、端から置いて行かなきゃよかったんじゃないのか?」もちろん正論だ。
すっかり二の句が継げなくなる古谷。気まずそうに視線を伏せ、反省している様子を見せるもそれだけでは到底許されるはずもなく。
「何したのか、わかっているの?」今度はジュンに詰められる。「あの後、エトちゃんがどんな思いしていたのか、想像できる?」
「……悪いとは思ってるけど」
「けど? けど、何?」
「他に方法が思いつかなかった」
「もう一発いっとく?」ジュンが握り拳を掲げた。
「わ、悪かった!」古谷は慌てて弁明に走った。「今は反省してるって!」
見事に情けないその姿に、呆れたように溜め息を吐くジュン。怒ることすらも馬鹿らしくなったようで、すっと拳を下ろした。
それから人格をレンと交代する。
「あー……まぁ」さすがにこの流れで表に出てくるのは気まずいらしく、歯切れ悪く切り出した。「実は俺は言うほど怒ってなくてな」
「そう、なのか?」僅かな期待を込めて問いかけるも。
「いや、やり方は許せねぇがな」と、その思いはあっさりと踏みにじられる。「それはそれとして、エトちゃんから離れるのは賛成だった」
「そうか……」
理由は言わずもがな。ゴーレムとの完全融合を一番懸念していたのは彼だ。既に一体化しているアルドはともかく、まだ分離できるエトに関しては引き返す余地がある。本格的に融合が進む前に離れるのは、レンにとっても本望だったのだろう。
「ま、何にせよ、終わったことは仕方がねぇ。姉御のことは気にすんな」
「……すまん」
「よし、説教はこれくらいにして、と。今、どんな感じだ?」
「どんな感じ?」
「いるんだろ? クライカの奴が」
おそらく、町に起きた惨劇からそう推察したのだろう。あるいは既に、邪紋岩のゴーレムがいたという目撃証言を得ているか。
どちらにせよ、話が早い。
「ああ、その通りだ」と、肯定する古谷。
「取り逃がしちまったか?」
「取り逃がしたというか……まぁ、まだこの町には居るよ」
「居残ってるのか? 今回はやけに長期滞在だな」
「それどころか、また現れる。奴からそう予告したよ」
「どういうことだ? いったい何があった?」
問われて、古谷は一から説明することにした。トゾーガの町の実態。それに業を煮やしたクライカが、この町を破壊することを宣告したこと。そして、それに協力しないかと申しだされたこと。
「それで?」話を聞き終えたレンが尋ねる。「古谷はどうするつもりなんだ?」
「いや、しない。協力なんて、するわけないだろ」
「そりゃそーだ。じゃなくてよ」レンは身を乗り出すと、声色をワントーン落として言った。「クライカの奴、止めねぇのかよ」
「それは……」
「迷ってるのか」
「……まぁ」古谷は、ぽつりぽつりと口にしていく。「正直、よくわからないんだ」
「何がだよ」
「この町がやっていることを考えると、存続させることは罪なことのような気もする。だが、クライカのような乱暴な真似はやはり根本的な簡潔にはならない」
「なら何も迷うことはねぇじゃねぇか」
「だけど、奴を止めたところで代替策があるわけじゃない」
「だから見逃そうってことにはならないだろ」
「それは……そうなんだが」
「何が引っかかってんだよ」
「この町で知り合った亜人種がいるんだ。その人はこの町の実態を知ったうえで移住している。もちろん、そのための代償も払っている。でも、とても苦しそうに見えた」
「だから?」
「……いっそのこと何もかも終わりにしちまった方が楽なんじゃないかって」
「だから、クライカを止めないってか?」レンが言う。「だけどよぉ、それじゃあクライカに加担しているのと何も変わらねぇじゃねぇか」
「言っちまったんだ」
「言ったって、何を」
「その気にさえなればどこでも生きていけるだろって」
「そりゃあ、そうだが……随分と身も蓋もねぇことを」
「俺も言われて気づいたよ。それは強い奴の理屈なんだなって」古谷は独白のように言う。「他にもいろいろと偉そうなことを言ったよ。なのに、いざ自分に返ってくると何も決断できなかった」
「そうか」
「それにクライカの気持ちもわからないでもなかった。いっそのこと何もかもぶち壊してやりたいってのも理解できるんだ」
古谷がそこまで言い切ると、レンはため息を吐いた。
「言いてぇことはわかったよ。そのうえで言う」それから、告げる。「馬鹿野郎」
「……え?」
「なんか、ごちゃごちゃ考えてんのはよぉくわかったよ。だがな、何よりも肝心なことが抜けてる」
「肝心なこと?」
「おめぇがどうしたいかだ」
「いや、だからそれがわからないって話をだな」
「違う、お前自身がどうしたいかってことだよ。お前はいままで誰のために戦ってきた? 何のために戦ってきた? ろくに話したこともねぇ不特定多数の顔色を窺うためじゃねぇだろ!」
「それは……」
「お前の心はどうしたいって言ってんだよ」
真摯な瞳で見つめてくるレン。古谷は射竦められたように視線を合わせて、そのまま口まできけなくなる。
沈黙が訪れた。
それは永遠のようにも感じられたが。
「フルヤ」やがて破られる。「俺はレンを信じている」
「アルド、なのか」
なぜ唐突に出てきたのか。その疑問を呈する前に彼は言う。
「レンが過去に何をしたのかでもなければ、これから何をするのかでもない。今のレンを信じているんだ」
「どうして、そこまで言い切れるんだ」
「生き様だ」
「生き様」
「ああ、その生き様を見て信じようと思ったんだ」アルドは常の如く、淀みのない瞳をまっすぐ向けながら続けた。「もしまだ迷いがあるようなら、フルヤもレンの生き様を見ていてほしい」
どうしてもそれを伝えたかったようだ。
「とまぁお膳立てを貰ったところで」間もなくして、レンが気恥ずかしそうに言う。「行ってくる」
「行くって……」
「決まってるだろ? クライカを止めにさ」
「……迷わないんだな」
「まぁな」と、彼は頬を掻く。「言っただろ? 意地ってやつだよ」
*
今すぐにでも倒壊してもおかしくない一軒の家屋。その屋内に一人の男が佇んでいた。
その家屋を廃墟同然に変えた張本人でもある彼は、もはや屋根の体を成していない屋根を見上げて、そこから覗ける空を見上げている。それがちょうど真上に差し掛かるのを、今や遅しと待ち続けていた。
が、真昼が訪れるよりも早く、足音が聞こえてくる。瓦礫を踏み越えるようにして近づいてきていた。
「……てめぇを呼んだ覚えはねぇがな」先に口火を切ったのはクライカだった。相変わらず頭上に目を向けたまま言う。
「そうつれねぇこと言うなよ」レンが答える。「知らねぇ仲じゃねぇだろ?」
「そんなふうに言われるほど、お互いを知っちゃいねぇがな」
「だが、それでもわかってることがある。違うか?」
「そうだ」クライカはそれまで見上げていた視線を、レンへと向ける。「てめぇは、俺を止めに来た」
「わかってくれてうれしいね」
熟練の戦士に、それ以上の言葉はいらなかった。二人は同時に変身する。
二人分の光が周囲に満ちる。目も眩むほどの輝きは、太陽の明かりすら霞むほどだ。
そうして、申し訳程度に形を残していた家屋を完全に消し去りながら、二体のゴーレムが姿を現す。
片や、緑っぽい体表に蛇柄の模様が浮かんでいる岩塊の巨人。
片や、ブーメラン状の突起を翼に見立てて背負っている岩塊の巨人。
二体は細かい破片を体から零しながら、ゆっくりと立ち上がった。
しばしの間、睨み合う。
先制攻撃はレンからだった。鋭く手刀を突き出す。
しかし、クライカはそれを身を逸らすことで難なく避けた。以前の戦いで彼の俊敏さを見ていたので、どれだけ先手を取ろうとも裏目になる。レンから動きだすのを待っていたのだった。
そうして、まんまと懐に飛び込んできたところで、がら空きなった胴体に膝蹴りを食らわせる。立て続けに、前のめりとなった体の首元を掴んで引き起こすと、もう一方の手で顔面を殴りつけた。
レンは殴り飛ばされ、地面に倒される。
(威勢の割には)クライカは言う。(くたばるのが早すぎるぜ)
(誰が!)レンは跳ね起きる。
そのまま駆けだした。
瞬く間に距離と詰めると、懲りずに手刀を繰り出す。
(馬鹿の一つ覚えかよ!)クライカは苛立った様子でその腕を弾いた。
すると、レンはその勢いを利用するようにして反転。同時に身を引くくし、足払いを仕掛ける。バランスを崩すことに成功すると、掌底を叩きこんだ。
が、軽石で構成されたその体は身軽さと引き換えに、一発一発の威力を犠牲にしていた。攻撃を加えることはできたが、クライカを弾き飛ばすには至らなかった。僅かに退かせただけで耐えられてしまう。
あろうことか、掌底を打ち込んだその腕を抱え込むようにして両手で掴んでいた。
(おらよぉ!)そのまま身を捩って放り投げるようにする。
辛うじて今度は、飛行能力を行使することで地面に投げ出されることを阻止した。上昇していく。空中でUターン。
そうしてクライカを視界に捉えるも、彼は既に槍状の光を投擲する姿勢に入っていた。間もなく、投げられる。
だがレンは臆することなく、却って速力を上げていった。
みるみると迫りくる光の槍。彼はそれを、ギリギリを見極めるようにして躱した。頬を擦過していく。
そうして十分な勢いをつけた状態で、拳を見舞う。
今度こそダメージが入った。クライカの体を殴り飛ばすに至る。
(やるじゃねぇか)クライカが言いながら身を起こす。(だが!)
再び光の槍を胸の結晶体から取り出すようにすると、それを脇に挟むようにして構えて走り出す。間合いに入ると、斜めに振り下ろした。
(正義感だかなんだか知らねぇが!)それと同時に告げる。(こんな下らねぇ町のために命をかけるなんざ、てめぇはとんだ馬鹿だよ!)
(何が馬鹿げてるもんか!)レンはそれを潜るようにして躱す。(あんたみたいに勝手気ままに怒りをまき散らす方が、何百倍も下らねぇよ!)
(要するにてめぇにも同じ思いがある!)クライカは矢継ぎ早に槍を振るう。振り下ろしたそれを、切り返すように振り上げた。(だが、それを実行するほどの度胸がねぇから俺のことを妬ましく感じるんだ!)
(知ったようなことを!)が、やはり避けられる。(俺はお前とは違う!)
攻撃の合間を縫うようにしてレンは攻勢に出た。連撃を避けるために逸らした上体を跳ね起こすようにすると、その勢いを利用して掌底を放つ。
顎を打たれてよろめくクライカ。そこにさらに回し蹴りを見舞った。またも数歩後退した彼へと追随し、槍を持つ腕に手刀を叩きこむ。光の槍をはたき落とすことに成功した。
彼の手から離れた光の槍は、瞬く間に粒子となって砕け散る。
(俺とお前に違いなんてありゃしねぇ!)肩で息をしながら叫ぶ。(等しく宿主を食ったバケモンだろ! お前のそれは単なる同族嫌悪に過ぎねぇんだよ!)
(へっ! とんだ自惚れだな!)
(でなきゃ、なぜ俺を付け狙う!)
(約束したんだよ!)
(約束だぁ?)
(そうだ! 俺のかつての宿主とな!)
(ほざけ!)クライカは駆けだす。(いねぇ奴との約束なんざ、呪縛意外の何物でもねぇ!)
飛び上がり、殴り掛かった。
レンも応対するように拳を放つ。しかし、まっすぐぶつけ合ったところで力負けするのは目に見えていた。
やがて二つの拳が交錯する。レンの腕は、クライカの腕をなぞるように滑っていき、やがて胸の結晶体へと迫っていく。
そうして、クロスカウンターを決めたのだった。胸の結晶体へ、ヒビを入れる。
(こんなところで!)クライカは傷ついたそれを手での庇うように覆いながら言う。(死ぬわけにはいかねぇ!)
それからクライカは三度、光の槍を抜き出すようにした。
片足を一歩引き、光の槍を振りかぶる。稲妻が迸る光の帯は、クライカの怒りに呼応するようにさらに輝きを増す。
対するレンも、腕をL字に組んだ。大気の魔力を吸収し、充填していく
二人の必殺技は、同時に放たれた。
ぶつかり合う二つのエネルギー。初めは拮抗していたそれらだが、やがて光の槍の方が根負けし、砕け散った。光線はそのままクライカへと迫っていく。
目も眩むほどの光の帯に包み込まれる。焼け付くほどの熱量が彼の叫びすらも掻き消して、間もなくその体を消し炭へと変えていった。
しばらくして、構えをゆっくりと解いたレン。衝撃で消し飛んだ雲間から覗く青空を見上げた。
(馬鹿野郎……)間もなく、呟くように言った。(約束を捨てちまったら、俺らはいよいよ化け物だよ)




