19-3
日が暮れ始めると、ちらほらと人影が見られるようになった。いったいどこに隠れていたのか、騒動が収まったことを察した人々は、徐々に町に姿を見せ始めたのだった。
それからさらに一晩経つと、まるで昨日のことなかったかのように普段通りの光景が広がっていた。もちろん壊された町並みはそのままだが、そんなこと関係ないとでも言わんばかりに町はいつもの忙しなさを取り戻す。
それはさながら災害にあっても尚、挫けず立ち上がる力強さの象徴のようであるが、古谷はどこか嘘くささを感じていた。
綺麗事で厚塗りしたハリボテの町。何もかもが偽りで塗り固められている。
やるせない気持ちで通りを歩く古谷。行き交う人々とは極力目を合わせないよう、しかし横目で睨むようにしながらすれ違う。
すると。
「あれ? フルヤさん?」前方より声を掛けられる。
見れば、この町で知り合った鳥人族の姿があった。
「ロップさん」古谷はその名を呼ぶと。
「どうされたんですか?」彼女は心配げに視線を注いできた。
「どうって?」
「何だか、浮かない顔しているので」
言われて、自らの頬を撫でるようにする。もちろん、そんなことしたって自分がどんな表情していたかなどわからないので、ほとんど反射的な行動だ。
しかしそれは相手側からしてみれば、肯定しているのも同然で。
「少し、家に寄っていきますか?」気づかわし気に提案される。
話を聞こうというつもりだろう。
それにしてもやたら自宅に招きたがる。警戒心が薄いのか、人懐っこいのか。まさか捨て鉢になっているというわけではないだろう。
古谷は言葉に甘えることにした。が、何も弱音を吐きたくなったわけではない。
トゾーガの町は危機に瀕している。本日の昼頃、ゴーレムと化したクライカが蹂躙する。
一度は実行した。ハッタリなどではないだろう。
せめて彼女だけには事前に危機を報せ、町から逃がしてあげようと考えていた。
そうしてロップの家までついてきた古谷。机を挟んで対面すると、早速切り出した。
「悪いことは言いません。この町から逃げてください」
あまりにも唐突に言うものだから。
「……はい?」彼女は半笑いで問い返すばかりだ。
確かに性急すぎた。古谷は自省し、説明する。
「この町は狙われています。昨日現れた岩石の巨人が、また現れるんです」
その怖さがまだ記憶に新しいからか、ロップは少し怯えた様子で「昨日の……」と呟いた。
古谷は続ける。
「あれは魔獣なんかとは違います。意思のある存在です。明確な目的をもって、この町を狙っているんです」
「だから、また狙うと」彼女は続きを引き取る。「どうして、フルヤさんにそんなことがわかるんです?」
対して、直球に問い返されると。
「それは……」つい言い淀んでしまう。
つまるところ岩石の巨人の正体を知っているからと言うことになる。クライカという個人のみならず、ゴーレムが人間から変身している存在だという前提から知っている。
問題はそれを追及されれば、ゆくゆくは古谷も同一の存在であるということを明かさなければならなくなってしまうということだ。
そうすることによる不都合は、上げてもキリがない。
しかし、個人的に謎を追っているなどという言い訳はさすがに胡散臭過ぎるだろう。説得力に欠けるし、話をまともに聞いてくれなくなる可能性すらある。
しばし悩んだ挙句、古谷は決断した。
「あの巨人は、人間が変身しているんです」
「……え?」
「俺はそいつを知っています。話し合いで解決できるような奴じゃない。……頼むから、逃げてください」
「ご、ごめんなさい。ちょっと意味が」ロップは戸惑ったように言う。「あの巨人が、実は人間?」
「真実なんです」古谷は畳みかけた。掌を目の前に差し出すと、そこに光を宿して見せる。「なぜなら、俺もだから」
もちろん、そんなことして見せたって何の証明にもならない。この世界に魔法と言うものがある以上、光の魔法を使っただけという見方もできる。
だけど真剣に告げたおかげか、思いが通じたようだ。
俄かに緊張感の走り、言葉を失った様子の彼女。何かを言わなくてはと思ったのか口を開きかけるが、すぐに閉じられる。結局、何を言えばいいのかわからなかったのだろう。
しかし静寂が数秒間ほど続いた後、言葉を選ぶようにしながら口を開いた。
「仮に、フルヤさんの言うことが真実だとして、どうしてこの町が狙われなくちゃならないんですか?」
ここまで話してしまってはもう後戻りはできないだろう。古谷は全てを打ち明けることにする。
「この町の言う共存なんてのは、体のいいおためごかしです。その実、亜人種から非道な搾取を働いています」
「それが許せない、と言うことですか?」
「その通りですが……」
古谷は、彼女が「非道な搾取」という部分に触れないことを妙に感じた。自分にだって関係のある話だ。確かに話の本筋から外れることにはなるのだが。
「あの」古谷は堪らず問いかけた。「気にならないんですか。この町がやっていること」
すると、ロップは言った。
「おかしなこと言いますね。知らないわけがないじゃないですか」
言われてみれば当然のことだ。「特産品」の生産は、町へ移住するための交換条件だ。これを呑まなければ住むこと自体できない。
少し考えみればわかりそうなものだったが、すっかり秘密裏に行われているとばかり思い込んでいた古谷は、頭を殴られたような衝撃に襲われた。自分の知り合いに悪い人はいないなどという、幼稚な思考を知らず知らずのうちに抱いていたのだった。
「ロップさんも、加担しているんですか」
どこか否定してほしい思いで、そう問いかける。声は自然と震えていた。
「はい」
だが意に添わず、あっさりと肯定された。
今度は古谷が言葉を失う番だった。
「私のことを狂っていると思いますか?」
「いえ……」問われ、古谷は辛うじて否定の言葉を絞り出す。
しかし本心などではなく、面と向かって狂人呼ばわりするほどの度胸がないだけの、ほとんど条件反射みたいなものだった。
そんな彼の浅ましい心などお見通しとばかりに笑みを浮かべるロップは、こう続けた。
「ですが、生きていくためには犠牲はつきものなんです」
「……ロップさんは、何とも思わないんですか」
「なら他にどうしたらいいと言うんですか」
「もっとあるでしょう。その気にさえなれば、どこでだって生きていけるはずです。人里離れた場所に住んでいるドラゴニュートを一人知っています」
「それが誰にでもできることだと?」
「いや、それは……」
「フルヤさん、私たちみたいのが安寧に生きられる場所はこの町意外にはないんですよ。もちろん、辛いこともたくさんありますが、迫害され、こそこそ隠れるように生きていくことに比べれば遥かに天国です。何より、ここには私たちに権利が認められているんです。生きていていいという権利が」
「……ロップさんがどういった理由で故郷を離れたかはわかりません。ですが非人道的な行いを繰り返すくらいなら、恥を忍んででも帰郷する方がいいんじゃないですか」
畳みかけられ、言葉を失いかけるも何とか言い返す。すると彼女は極めて穏やかな笑みを浮かべて、こう告げた。
「きっとフルヤさんは強い方なんでしょうね。それなら戦ってください。戦って、守ってください。この町にそうするだけの価値があると思うならば」
*
気まずさに耐えかねてロップの家を後にした古谷。そのまま物思いに沈んだように町を歩く。
ついに彼女の頼みに返事をすることはできなかった。
言い分自体は尤もだった。この世界の種族間の断絶は険しく、特に人間族と亜人種との間には深い溝がある。モラゴの町でもあった通り、亜人種は常に日陰を生きることを強いられ、何かきっかけがあればその全ての責任を負わされて追い出される。
どれだけ根を張った生活を築こうとしても、いつ損なわれるか分かったものではない。そのような不安に苛まれ続ける日々は、続けられていくうちに諦念が湧き、やがてそれが当たり前となってしまう。
それに比べたら、確かにトゾーガの町は遥かに生きやすいことだろう。
だが同時に、ロップの言葉にもどこか諦めが滲んでいるように感じられた。
非道徳的な行いによって失うものは、社会的地位や信頼だけにあらず。何よりも倫理観だろう。繰り返していくうちに次第に感覚が麻痺していき、次第に何も感じなくなっていく。言い訳がある分だけ、余計に受容しやすくもなっているのも質が悪い。
どこか自虐的にも聞こえた彼女の言葉の数々は、要するにまだ僅かに理性の残っている証なのかもしれない。
(彼女は、心のどこかではもう終わらせてほしいと思っているんじゃないか?)古谷は思う。
だけれど、そんなこと口が裂けても言えない。散々、生まれて間もない自らの子を贄として差し出しておきながら、苦しいからもう解放してくれなんてさすがに虫が良すぎる。
(それとも、これも俺がそう思いたいだけなのだろうか)
何が悪くて、何が正しいのか。もう何もわからなかった。
どれだけ理屈をこねくり回しても結論を出すことはできず、そうこうしているうちに宿屋にまで戻ってきてしまっていた。
空を見上げれば日が真上に登るまで後数時間と言ったところだった。
クライカは正確な時刻まで口にはしなかった。正午になればすぐにでも暴れ出すのだろうか。
それまでには答えをださなくてはならないのだろう。が、未だその見込みはない。
せめてこれ以上、判断を鈍らせるような出来事に遭遇しないよう、部屋に引きこもることにした。
というのは自分用の言い訳で、もう何もかも忘れて眠ってしまいたいというのが本音だった。できることならば、眠っている間に全てが終わっていてくれた方がいい。そうしたら、もう悩まなくて済む。
そうして部屋へ引き上げようかとドアノブに手をかけたところで。
「よぅ」と、横合いから声がかかる。
声のする方へ視線を向けてみれば。
「レン……」見知った顔があった。
「こんなところで奇遇だな」
「ど、どうしてここに?」
「知ってんだろ? 俺もクライカを追っているからだよ」
「いや、そうじゃなくて。なんで俺がここにいるって」
「ああ、それは本当に偶然。言ったろ? 奇遇だなって」レンはいつもの気さくな態度で肩を組む。「まぁ、でも? この町なんかあったみたいだし、まともに営業している宿屋ここだけみたいなんだよね。そういう意味じゃあ、必然とも言えるか?」
「そ、そうなのか」他のことに気を取られ過ぎていたので、町全体の営業情報など気にもかけていなかった。
「いやぁ、それにしても」それまで明るい調子だったのが打って変わって、剣のある声で言う。ついでに肩に回していた腕に力を込めて、引き寄せるようにした。まるで逃がさないかのように。「言いてぇことはいっぱいあるが、まずは一発殴らせろ」
一発では済まなかった。と言うのも殴られたすぐ後に、もう一発飛んできたからだ。
「な、なんで?」古谷が問うと。
「私の分」と、ジュンの人格が言った。
それからさらにもう一発飛んできた。
「アルドなのか」
「そうだ」
「怒ってるのか?」彼のそんな感情の起伏があるようには思えなかったので、つい問いかけてしまった。
すると、こう言われる。
「いや、なんとなくだ」




