19-2
全種族の共存を謳う人間族の町、トゾーガ。その実態は移住してきた亜人種の立場の弱さを利用して、徹底的に搾取することだった。
初めからその方針だったわけではないだろう。町を立て直したい一心で、純粋に移民の受け入れを行っていたはずだ。
だが、ただでさえ社会というのは絶妙なバランスの上で成り立っている。ましてや文化も価値観も違う亜人種を受け入れて、円滑にいくわけがなかった。
トラブルが絶えなかったし、時間が解決するだなんて呑気なことを言っている余裕は町にはない。そんなこと言っている間に町は崩壊の一途を辿る。
そうして編み出された解決の一手は、亜人種から搾取することだった。トラブルには大抵亜人種が絡んでいる。亜人種同士か、そうでなくとも片方が亜人種であるケースが主だった。
もちろん、原因がすべて亜人種にあるとは限らない。が、ただでさえ移民政策で優遇措置が取られていた亜人種に、元から住んでいたトゾーガの住民たちはいい顔をしなかった。そこには根付いた亜人種に対しての差別感情もあったことだろう。
ある意味で、町が張り詰めた雰囲気に包まれるのも当然だった。
全てを知った古谷は、もはや戦闘どころではなかった。急いで変身を解除した彼は、元々ゴーレムを構成していた岩石の山を転がり落ちるようにすると、手を突き、四つん這いの姿勢となって嘔吐した。
彼が町に来て初めに食べたステーキは、亜人種の子供の肉だった。初めから食用として生み出され、人権も無視されて食卓に並ぶ。およそ心ある人間の所業とは思えなかった。
「これでわかったろ、この町が如何にイカれてるか」
いつの間にかクライカも変身を解いていて、今や胃液を吐き出すだけの古谷へと近づいていた。
そんな彼を、いよいよ吐き気が収まった古谷は涙目になって見上げる。体力を根こそぎ削がれ答えることすらできず、荒い呼吸を繰り返してばかりいた。
「それでもお前は、この町を守る価値があるってのか」
「どうして……」
「あん? もっとはっきり喋れよ」
「どうして、あんたはそんなこと知ってるんだ」
「なんだ? 今更、疑う気になったのか?」クライカは、古谷が吐き出した胃の内容物を指差して言う。「じゃあ、そいつはいったい何だよ」
「うるさい……いいから答えろ……」
「それが人に物を尋ねる態度かよ」吐き捨てるよう言うも。「まぁいいや、この際だから教えてやる。俺はかつてのこの町を知っている。その盛況と衰退もこの目で見てきた。後は現状と照らし合わせれば、おのずと答えは出る」
「……つまり、お前の憶測が混じってるってことだろ」
「そう思いたいなら、そう思えばいい。だが、あのガキどもはどう説明するつもりだ?」
「それは……」
言い淀む古谷を、クライカは鼻で笑った。
「立てつくならせめて覚悟を決めてからにしろよ」
返す言葉もなく、古谷は睨みつけることしかできない。尤も、それも涙交じりでは威圧感などまるでなかったが。
クライカは呆れたように溜め息を吐くと、それからこう告げる。
「明日俺はこの町を壊す。昼頃まで待ってやる。その気があるなら、てめぇも来い」
「俺に加担しろと言うのか」
「嫌なら何もするな。せいぜいこの町の連中が皆殺しにされるその様を傍観してるんだな。尤も、そこに違いがあるとは思えねぇが」
「俺があんたを止めるとは思わないのか」
「好きにしろ。だが」クライカは強調するように一旦区切ると、声を低くして言った。「その時がてめぇの最後だ。次は容赦しねぇ」
*
身勝手なことを言い残して去っていったクライカ。取り残された古谷はしばらく呆然としていたが、いつまでもそうしていても仕方がないので、やがてのっそりと動き出す。
二体分のゴーレムの岩石に加え、散々暴れたことも相俟って辺り一帯には瓦礫が散らばっている。おかげで歩きにくい。
古谷は足を取られつつ歩いていくと、間もなく半壊した家屋に差し掛かる。そこに空いた大穴からは相変わらず小さな檻の中に納まる亜人種の子供が並んでいた。虚ろな視線で、膝を抱え込むようにして座ったり、横たわっていたり。
いくら右も左もわからない年頃と言ったって、目の前でこうも暴れられれば本能的に危機感を覚えるはずだ。それすらないことを見るに、薬か何かを盛られているのだろうと思われた。
今なら周囲に人はいない。万が一、子供たちが意識を取り戻した時のことを考えて、古谷は檻を壊しておくことにした。いつでも逃げ出せるように、だ。
それが済むと、彼は次なる店舗に向かった。幸い、中はもぬけの殻なので無断侵入など造作もない。
大股で奥まで突き進んでいく。やがて最奥にあるバックヤードのような部屋に辿り着くと、ドアを蹴破って入った。
暗闇。明かりは今しがた開けた扉から差し込むものだけ。縦長のそれで確保された視界だけでも、大小さまざまな檻が積み重なっているのが見えた。その中にやはり亜人種の子供がいることも。
古谷はその檻も壊していくと、次の店舗に移る。それからさらに次へ次へと。
どこもかしこも同じだった。クライカに見せられたのはたった一つ例外だったわけではないことが証明された。
しかしまだ町主導であるかどうかまではわからない。
彼は次に大通りへと足を向ける。
当然のことながら人気はない。先までの騒動で誰もが避難した結果だろう。しかしこの町に真っ当な避難所があるとは思えない。果たしてどこにいるのだろうか。
案の定、大通りに出ても誰もいなかった。
家屋も道も荒れ果て、人が捌けた空っぽの町並み。それは本来、この町が辿るべきだった運命を再現しているように思われた。それを避けるために歪な方法で維持し続けてきたツケが、今になって払わせられようとしている。
古谷は感傷に浸るのもそこそこに、町役場へと向かうことにした。
そこでならば裏帳簿なりなんなり、何かしらの記録があるはずだ。それがあること自体が証明になる。
だが、そこには人がいた。
「何の用でしょうか?」役人と思われる男が声を掛けてくる。
みすぼらしい男だった。やせぎすで、よれよれの服をきているおかげで余計に細く見えた。面長で、欠けた歯を気にしてか、卑屈そうな笑みを浮かべている。
果たして、この男は騒動の中どこにいたというのだろうか。
「調べたいことがあって」古谷は気になりながらも、そう尋ねる。
「対応したいのは山々ですが」男は言った。「生憎と今私以外出払っていまして、対応しようにも」
「勝手にやらせてもらう」そう言い捨てるようにして、先に進もうとしたのだが。
「こ、困りますよ!」男は食って掛かるように立ちはだかった。「個人情報とか、いろいろ預かっているわけですし、そのぉ……ねぇ? わかるでしょう?」
いつもなら彼の言うことに従っていたことだろう。だけれど、今の古谷は酷く気が立っている。相手の腰が随分と低いことと相まって、強気に出た。
「この町は亜人種に子供を産ませて、それを他所の町に売り飛ばしているのか?」単刀直入に尋ねる。
「え? え? 何ですか、突然」
「どうなんだ?」
「いや、いや、そんなまさか。そのようなことは決して」
男は冷や汗を浮かべ、目を泳がせる。怪しさ満点だが、これが彼本来の性格から来るものの可能性もある。凄まれたので怯え、頭が真っ白になってしまっているのかもしれない。
この反応だけで黒と断定するのは、さすがに先入観が勝ちすぎているだろう。古谷は頭に血が上っているなりに、冷静な判断を下した。もう少しだけ質問を重ねてみることにする。
「風俗街の店の奥で檻に閉じ込められている亜人種の子供を見た。あれはいったい何だ?」
「さ、さぁ。私に尋ねられましても。そういった不届きものもいるのでしょう」
「あくまでも、町主導じゃないということだな?」
「も、もちろんじゃないですか。町はまだ発展段階で、細かいところまでは手が回っていないんですよ」
「細かい、ね」
不自然だった。彼の台詞の前半は口籠りながらだったが、後半はスラスラと述べている。まるで決まり文句のようだ。予めそう言うように取り決められていると見ることもできた。
が、やはり依然として確証には変わらない。エトならばここからでも確信を得ることもできるのかもしれないが、古谷にはそこまでの洞察力はない。
どうあがいてもクライカによって植え付けられた先入観が振り払えないでいた。
(くそっ)内心で毒づく。
このままではらちが明かない。この男はいつまでものらりくらりと言い逃れを続けるだろう。
古谷は呆れたように首を振ると、もう目の前の彼を無視するように奥の方へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと! だから困りますって!」男が足止めせんとばかりに縋りつく。
が、それは無駄なあがきだった。見るからに非力そうなことから想定内の結果だったが、それだけではない。
先ほど亜人種の子供が閉じ込められていた檻を壊して回っていた古谷だが、それは全て素手で行っていた。当初は落ちている岩を叩きつけていたのだが、その岩はあっさりと砕け散り、勢い余って当たった手が柵の一部を折り曲げたのだった。
試しに両手で掴んで、力を籠める。自分でも驚くぐらいあっさりと、通り抜けられるくらいの隙間を空けられた。
かつてジュンは言っていた。ゴーレムの力はデメリットばかりではない、と。
既に古谷の腕力は人間離れしていた。
そんなわけで強引に事を進めることにした。元より、誰かに聞こうというのが間違いだった。誰が真実を語っているのか知れたものではない。自分の目で確かめたかった。
役人の男は以前と縋りつくようにしているが一向に足を止めることは叶わず、古谷に引きずられるようにしてついてきている。
どこに何があるかはわからないので、闇雲に探すしかなかった。なるべく奥の方まで進み、後はそれっぽい部屋に片っ端から入っていく。
不可抗力で連れてきた男はある意味で役に立った。反応が分かりやすく、外れの部屋だと気の緩んだ様子で息を吐き、しがみつく腕の力も弱まる。それを受けてさっさと部屋を後にすると、再び緊張状態に陥った。
そんな感じでセンサー代わりにして、部屋を探り当てた。尤もわかりやすく反応を示したので、確定だろう。慌てた様子で前に回り込む。両腕を広げて、立ちはだかったのだった。
「こ、こここここ、ここには何もないです!」
問答を交わすことすらなく、古谷は男を押しのけた。扉を蹴破る。
埃臭い倉庫だった。何に使うのか、様々な資材が収められているほか、奥の方にタンスがある。棚の一段一段が、紙を入れるためだけにあるかのような薄さだ。
そこに一つだけ鍵穴のついた段がある。古谷は取っ手を掴むと、力任せに引っ張った。ばきっと音を立てて、あっさりと開く。
そこにあったのは領収書のようなものだった。金額が書いてあり、そこかしこに種族名が並んでいる。その単位は「体」。
亜人種を商品として出荷している明確な証拠だった。
古谷はそれを一枚手にし、やっとこさ起き上がり始めた男へと歩み寄った。彼が上体を起こしたのも束の間、その胸倉を掴んで紙を見せつけるように突きつけた。
「これは何だ?」威圧的に尋ねる。
「それは、そのぉ」言葉を尻すぼみにしながら、目を泳がせる。かと思うと、急に地に平伏するように頭を下げた。「このことはどうか内密に!」
「は?」
「黙っていてください! こんなことがあったって知られたら、私、私なんと言われるか……」
「なんだよ、それ……」
この期に及んで気にすることがそれなのか。不正の証拠を暴かれたことよりも、留守を預かっておきながらまんまと暴かれてしまったことによる責任の追及の方が怖いというのか。
「お願いします……お願いします……」
掌を擦り合わせ、哀れっぽく懇願する男を見て、古谷の気持ちが削がれた。
概ね、この男はその気の弱さから留守を押し付けられたのだろう。だから町に危機があったにもかかわらず、役所の中に居続けていたのだ。
そんな男が気にかけることなど自己保身が関の山。これ以上問い詰めたところで無駄だろう。
急にあほくさくなった古谷は、頭を下げる彼に背を向けて歩き出す。
「え? あの、黙っていてくれるんですか? どうなんですか?」
男が尚も気に掛ける中、無視してそのまま役所を後にした。




