19-1
古谷は相変わらず路地裏にて、いるかもわからないクライカの存在を探していた。
キャッチの男とはあれからもう少しだけ話してみたが、平行線のままだったので埒が明かないと判断して逃げるように切り上げた。
それから行く当てもなくフラフラとしていると、またも声を掛けられた。
「お兄さん、いい子いるよ」
全く同じ第一声。マニュアルでもあるのか。
「人を探しているんだ」古谷も古谷で、懲りずに同じ問いかけをする。「短髪のエルフなんだが」
すると。
「知ってるよ」
「本当か!」と、喜びかけたがまたも勘違いされている可能性を考慮して。「いや、男なんだが」
そう補足してみた。
だが。
「ああ、わかってる」男はあっさりと肯定した。「こっちだ」
古谷を先導し始める。言われるがままついて行った。
そうして歩くこと数分。辿り着いたのは。
「ここだ」
一軒の店だ。質素な佇まいだが、こんなところにあるのだから風俗店以外にあるまい。
「ここにいるのか?」古谷は問いかける。
「そうだ」
キャッチの男は憮然と告げると、ついてこいと言わんばかりに先に店に入っていこうとする。
「なぁ、おい」そんな彼を、古谷は呼び止めた。「本当にいるのか? クライカと名乗っているはずなんだが」
しつこくし過ぎたのか、男は実に面倒くさそうに振り返り、鬱陶しそうな視線を遺憾なく寄こしてくる。まるで取り繕おうともせず、返事をすることなくまたも背を向けると、店の中へと入っていった。
古谷はこれをどう判断するべきか迷ったが、他に当てもないので駄目元で信じてみることにした。入店する。
「いらっしゃいませ」入ってすぐ、店員が揉み手で近づいてくる。「どういった子をお探しで?」
「客じゃあないんだが」
そう告げようとしたが。
「エルフが良いそうだ」キャッチの男が先んじた。
「いや、だから」古谷は慌てて止めようとするも。
「エルフね! お兄さん、お目が高い! 今日はいい子がいるよ!」
あれよあれよという間に話が進んでいく。
慌ててキャッチの男に視線を向けると、彼は素知らぬ顔でその場を離れようとしていた。
要するに、まんまと騙されたわけだ。ここまで連れてきてしまえば後はどうとでもなると思ったのだろう。流されやすい古谷の性格を見抜いた上か、それとも男の性か。強引に事を進めれば断れないと踏んだらしい。
そうして、キャッチの男はマージンを得る。仮にこれで運悪く逃げられたとしても、金銭を得られないだけで失うものはない。せいぜい時間くらいのものだろう。
すっかりからくりを見抜いた古谷は、一つ嘆息すると話をするのもやめて踵を返す。そのまま何を言われても無視をして店を出て行った。
そんな一幕があったので、もうキャッチの男に聞くことだけはやめようと心に誓った。
以降、どれだけ声を掛けられてもすげなく無視することでやり過ごす。
しかし、そうするといよいよ当てもなくなった。そもそもいるかどうかすらわからないので、捜索すること自体が徒労の可能性もある。
(……今日のところは引き上げるか)
そう思った時だった。
(ん?)
微かな振動を感じる。下から突き上げるような地震。嫌な予感を覚えた古谷は、すぐさま駆けだした。
案の定、近づくにつれて振動は大きくなっていく。震源が近くなっている証拠だ。それだけに留まらない。いつまでも緩やかに持続する地震。そんなものは存在しないので、残る可能性はそう多くはない。
その考えを裏付けるかのように、悲鳴が聞こえ始める。当初は微かな騒めきのように聞こえたそれは、近づいていくにつれて阿鼻叫喚の大合唱へと取って代わった。加えて、徐々に迫りつつある。
逃げ惑う人々の群れが、大通りを占拠するように押し寄せてきていた。皆が皆、必死な形相で我先にと言わんばかり駆けている。
あるいはそれが振動の正体かと思われるかもしれないが、もちろんそんなことはなく、古谷が脇にどいてやり過ごすと、いよいよその正体が拝めた。
「クライカ……」
邪紋岩のゴーレムが町中で暴れていた。上裸の原始人のような見た目の岩塊の巨人が、家屋をなぎ倒すように腕を振るっている。
「何してんだ!」
古谷もまた、岩塊の巨人へと姿を変えた。
そうして、クライカと相対する。
(相変わらず、しつこい奴だなぁ)彼は気だるげに言う。(他にすることないのかぁ?)
(それはあんたの方だよ、クライカ)
(ああ?)
(何百年ぶりに人として生きていけるっていうのに、やることはそれなのか?)
(……言うじゃねぇか、クソガキ)
(これ以上、あんたを見逃すことはできない。もしこれからもこんなこと続けるっていうんなら……今ここで倒す)
(はっ! やれるもんなら、やってみろ!)
戦いの火蓋が切って落とされた。二体の巨人が同時に駆けだす。
一歩ごとに地面を抉る踏み込み。その巨大な歩幅で瞬く間に距離を詰めた二人は、拳をぶつけ合う。衝撃が突風となって辺りに巻き起こり、すぐ近くにあった家屋の屋根を剥がす。
古谷は立て続けにもう一方でも殴りつけようとしたが、クライカは身を屈めて弾く。胴体をがら空きにする結果となった彼に、掴みかかるように突進した。
古谷もただではおかない。すぐさま組み合うように体勢を立て直し、クライカの猛進をせき止めようとする。踵で地面を抉り、何とかして歯止めをかける。それから逆に押し返そうとした。
が、そううまくはいかない。クライカは身を低くして懐に飛びこんでいたので、古谷の方が覆い被さるような形になっている。そんな状態で押し出すような動作をしたので、それを却って利用される形で体を押し上げられてしまった。
そのまま身を逸らして、バックドロップを決められる。古谷は首元を強かに打ち付ける形となった。これが生身の体であれば、死に至っていた可能性もあっただろう。ゴーレムの体の頑丈さに命拾いする。
しかしノーダメージだったわけでもない。痛みに悶える古谷。クライカは地面にのたうつ彼に気だるげに近づくと、その胸倉を掴むかのように首を持った。宙づりにするように持ち上げる。
(おめぇじゃ俺には敵わねぇ。いい加減わかったろ)クライカが言う。
(だからって!)古谷は振り解こうと身を捩りながら反論した。(諦めるわけにはいかない!)
(うぜぇ奴だな。気落ちしたかと思ったら、熱くなったり。情緒をどうにかしろ、情緒を)
(う、うるさい! 俺は!)
(あーあーあー、うるせぇうるせぇ)
古谷が言葉を続ける前に遮り、それだけに留まらず投げ飛ばす。彼はいくつかの家屋を巻き込んで転がっていった。
(おらよ!)
さらには立ち上がりきる前から駆け込んできたクライカに、飛び蹴りを食らわせられる。弾き飛ばされるように彼は再度地面に倒された。
負けじと身を起こそうとするも、クライカが上から押さえつけるように顔面を捉えた。地面に押し付けられ、身動きが取れなくなってしまう。
(何も知らねぇくせして)そんな状態で彼は言う。(出しゃばるんじゃねぇよ)
(確かに俺はお前のことはよく知らない。だけど、こんなことは間違っている)
クライカは呆れたように息を吐いた。(誰がそんなこと言ったよ)
(じゃあ、何の話してるんだ)
(教えてやる)
クライカは頭を鷲掴みしたまま動き出す。古谷は反射的にその腕を振り解こうと抵抗を試みたが。
(おら、止まんじゃねぇ)と、強引に引っ張られてそのままついて行かざるを得なかった。
半ば引きずられるような情けない格好で連れていかれる。視界は常に下を向いているのだが、巨人の視点では今どのあたりにいるのか目視できた。
先ほどまで古谷が歩いていた、怪しげな店が集う路地裏だ。戦闘の影響ですっかり人気が捌けたその場所で、果たしてどこに向かうつもりなのかと思いきや。
(その目に焼き付けるんだな!)
言葉よりも先に、頭を叩きつけられたのだった。家屋の半分ほどを巻き込むようにして、地面へと押し付けられた。
そうして視界に広がった光景は。
(なんだよ、これ……)
まるでペットショップのように数段にも積み重なった檻の数々だった。その中には亜人種の子供が、立ち上がることもままならない窮屈さの中で納まっている。
まだ年端もいかないくらいの年齢。生まれて間もないものもいる。
そんな子供たちが今まさに危機が目前に迫っているというのに拘わらず、茫洋とした視線をひたすら送ってきていた。何が起こっているのか、理解できないといった様子だ。
(こいつが、この町の奴らが言う共存だよ)クライカが言った。
(どういう、意味だ)
(過疎化が進んだこの町は、移民を受け入れることで再起を図った。が、外交の不況なこの世界でそいつは現実的じゃねぇ。ましてや定住するとなるともっと確率は低くなる。だから、亜人種に目を付けた)
わざわざ自分の生息域を離れて人間族の町に来ているのだから、追放処分にあったと見るべきだろう。よっぽどの悪事を働いたか、あるいは宗教的な問題か。ともかく生まれ故郷はもちろん、同族の町にも入れない。
そういった、いわゆる「難民亜人種」を受け入れる方向に舵を切った。
(行き場のない亜人種に永住権と戸籍を与える。その交換条件として町が出したのが、町を復興させるための労働力と、それから資源になることだった)
(……資源?)あまり人相手には聞くことのない言葉に、思わず問い返してしまう。
(そうだ。単純にこの町で働いただけじゃあ、金が循環するだけで町は潤わねぇ。他所からな金を手に入れなきゃならねぇんだ。だがこの町には、農作物、工芸、観光名所……まぁ、なんでもいいが売りになるもんがなーんもなかった。だから、作り出すことにした)
(作り出す……亜人種が、何を?)
(ガキだよ)
(……は?)
(だから、ガキだ。女の亜人種と交配して、ガキをこさえて、そいつを他所に売り飛ばしていたんだ。嫌われもんの亜人種だが、いや、だからこそか。いろんな用途で需要があるんだよ)
(待て、意味が、ちょっと)あまりにも予期せぬ返答に思考が途切れ途切れになる。(つまり、その、奴隷っていうことか?)
(それなら、まだマシな方だな)クライカはどこか楽しげに言った。(あくまでも売りもんだ。買ったやつがどう扱おうが構やしねぇ)
(だが、いったい他に何があるって言うんだ)
(世の中には、本当に物好きな連中ってのがいるんだよ。そいつに感銘を受けたのか、町はその用途っつーのを逆輸入した)
(逆輸入……)
(ああ。時にフルヤ)クライカは尋ねた。(この町で肉は食ったか?)




