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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:十八話 言葉のない町
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18-2

「そもそも、どうやって古谷と再会させてくれるんですか?」


 昼前。ようやく起き出してきたシオンに、エトが尋ねた。


 彼女は相当目覚めが悪いと見えて、向かいの席で眠そうにしている。普段の妖艶さなど形無しで、眼をしょぼしょぼとさせて、寝ぐせもつき放題。


 おそらくダンピールという種族柄だろう。いくら血が混じったことで陽の光を克服したと言っても、やはり完全ではないようだ。


「あー……」と、ガラガラ声で呻きをあげる。


 よっぽど頭が回らないらしく、質問の意味から分かっていないようだった。しばらく「うーん……」と唸るばかり。


 放っておくと二度寝を決め込みそうな気配すらあり、その反応の鈍さには苛立ちさえ募るほどだ。起き抜けの彼女には二度と話しかけないことを心に誓う。


 実際、用もなければ今すぐにでもそうしただろう。だが聞きたいことがあり、今の彼女ならばうっかりと口を滑らせるのではないかという期待もないではない。この好機を生かして、これまで聞きたかったことを軒並み聞き出そうかとさえ考えた。


 が、まずは古谷との再会の方法だ。エトが協力すればすぐにでも、とまで言っていた。よっぽど確度の高い方策があると見える。


 本来ならばそれを聞いたうえで協力するか否かを決めるべきだったのだが、勢いでここまで来てしまった以上仕方がない。後追いで確認することとした。


「それはぁ……」と、気だるげに言葉を紡ぎ出すシオン。「おびき出すのよぉ」


 大方、予想通りだった。居所がわからない以上、相手をこちらに来るよう仕向けるしかない。言うなれば、エトはそのための囮になるわけだ。


 それは百も承知だった。そのうえでついてきている。


 だが。


「具体的には、どうやって?」


 肝心なのはそこだ。囮になると言っても、それを古谷に伝える方法がなくては意味がない。しかしそもそも居場所がわからなければ伝えることもできないわけで。まさに八方塞がり状態になっていた。


 果たして、シオンにはどのような策があるのか。だが彼女は答えているのかいないのか、口内でむにゃむにゃと言っていたかと思うと、不意に机に突っ伏しだす。


 明らかに寝に入る姿勢だ。


「ね、寝ないで下さいよー!」エトは引っぱたきながら言う。


 それでもよほど眠気が頑固と見えて、意に介さないどころかやがて寝息を立て始めた。


「はぁ」と、一つ溜め息。「寝ちゃった……」


 ある意味で、古谷よりも扱いに困る旅の相方だった。


          *


 同時刻、古谷はクライカの姿を求めて町中を歩き周っていた。


 もちろん、当てなどない。闇雲に探し回っているだけだ。


 だが、エルフなんて種族は男も女も髪を長く伸ばしているのが主流で、そこに短髪のエルフとくればかなり目立つことだろう。目撃証言だけでも十分に探せると踏んだのだった。


「あのぉ、すいません」町行く人に声を掛けた。「人を探してるんですけど」


「ああ?」髭面の男は恫喝するように尋ね返す。


「いや、あの、短髪のエルフを探してまして……」


「知るか。他を当たれ」男はそう言い捨てて、去っていった。


 手当たり次第に話しかけること十数分。これでもう七回目ともなるチャレンジも失敗に終わった。


 現在、ゼロ勝七敗。今みたいに返答があればいい方で、大抵はすげなく無視される。一度なんかはよっぽど急いでいたのか、ならばさっさと行けばいいものを、揉め事になりかけた。


 古谷のおどおどした態度にも問題はあるが、それにしたって東京並みに誰もが冷たい。仮にも共存を謳っている町なのだから、もう少しくらい他者に優しくしてくれたっていいだろうに。


 いい年こいて心細さに泣き出しそうになった古谷。その気持ちを何とか溜め息でごまかすと、彼は方針を改めることにした。


 とはいっても。


(もうちょっと人を選ぼう)程度のものだったが。


 初めからそうしろ、としか言えない。


 気を取り直して、今度は慎重に町行く人を見定めながら歩いていると。


「やめてください!」と、どこからか声が聞こえた。


 微かに聞こえる程度だったので、あるいは聞き間違いかとも思った。現に、彼以外に誰も聞きとめた様子はない。


 だが、叫び声でもあったので念のため確認しておくことにした。万が一、誰かの一大事だったら大変だし、聞き間違いなら聞き間違いで何事もなくてよかっただけのこと。


 そんなわけで声のしたおおよその方向へと足を向けて、路地へと入っていく。


 随分と入り組んだ路地だった。道幅もまちまちで、ろくに整地されておらず歩きにくい。狭い敷地内に、ひしめくように家屋が建っているおかげかと思われた。


 ともあれ、歩を進めること数分。


(どっちだ?)既に迷いかけている彼は、せめてもう一言くらい叫んでくれないだろうかと思った。


 人の不幸を望んでいるようで申し訳ないが、そうでないと駆けつけられないのも事実だ。


 あるいは。


(やっぱ、気のせいか?)ということになるのかもしれない。


 もう少しだけ探したら引き返そうかと思ったその時。


「抵抗すんじゃねぇ!」と、如何にもな台詞が聞こえてくる。


 その声をもとに古谷は駆けだした。


 すると、一人の鳥人族に対して二人の男が絡んでいる現場に遭遇したのだった。


「何やってる」気持ちドスを聞かせた声を出してみる。


 その甲斐があったのか、それとも新手が唐突に割り込んできたからか。男たちは狼狽したようだ。


「な、なんだよ、お前」やんちゃそうな若者だった。


 と言っても、古谷と年齢はそう変わらない。もう一人の男も同様で、二人してろくに働きもせずに遊び惚けてそうな感じだ。


 だからか。


「正義の味方気取りか?」最初の動揺などなかったかのように突っかかってくる。


 だが今更遅い。古谷はすっかり優位的立場と睨んで、憮然と言い放つ。


「その通りだ」この辺りはアルドを見習った。


 すると、男たちに再び動揺が見えた。嘗め回すようにガンつけていた二人だったが、ピクリとも動じない様子を見せつけていると、却っておどおどとし始めた。


 そうしてやがて。


「け。偽善者が」そう吐き捨てて離れていく。


 二人の背中が見えなくなるまで仁王立ちを続けていた古谷だったが、間もなく構えを解いた。自然と緊張していたようで、漏れる溜め息は中々に盛大だ。


 何にせよ、暴力沙汰は避けられた。いくつもの死線を掻い潜ってきた彼だったが、未だに荒事は苦手な部類のままだった。


「ありがとう、ございます」絡まれていた鳥人族が言う。


 声の感じからして女性だろう。だとすると、あの男たちがやろうとしていたこととは……。


 まぁ、この世界の歴史を鑑みればそうおかしな話でもないのだが。


 ともあれ。


「怪我とか、ないですか?」


「はい、大丈夫です」鳥人族の彼女は土埃を払いながら立ち上がる。


 そうして、目線の高さを合わせると「あら」と言った。


「昨日の方」


「昨日? えーっと、会ったことありましたっけ?」


「ああ、ごめんなさい。人間族の方は私たちの見分けがつけにくいんでしたよね」と、彼女は言う。「私、昨日のウェイトレスです」


 すると、古谷は合点する。


「ああ! そうか! ……ごめん、そのわからなくて」


「いえ、全然」と、本当に気にした様子なく言った。「この町に住んで長いので、人間族のそういった部分はわかっているつもりです」


「そう言ってもらえると、助かります」


「ふふ、そう気に病まなくていいですよ」と、微笑む彼女。「私、ロップと言います。改めて、助けてありがとうございました」


 未遂とはいえ、ついさっきまで襲われかけていたというのに随分と落ち着いた物腰だ。


「あ、はい。えー、古谷です」


 何なら、古谷の方が動揺しているまであった。


          *


 乗り掛かった舟で、行先まで送ることを提案した古谷。どうやらロップは買い物帰りらしく、家に帰る途中だったようだ。


 それを目的地についてから知った古谷は。


「よければ上がっていきませんか?」という彼女の提案に些か驚かされた。「お礼もしたいですし。お時間あればですけれど……」


 心配になるくらい警戒心というものに欠けている。余所者であることは先日でのやりとりで察していることだろう。いくら窮地を助けてくれたからと言ったって、全く知らない相手にそこまで心を許すものだろうか。


 生まれ故郷を離れてこの町に住んでいるのだから、箱入り娘というわけでもあるまいだろうに。


(忠告しておくべきか?)古谷は思った。(だが年もわからんし、最悪失礼に当たるかも)


 そんなようなことをごちゃごちゃ考えていると、あれよあれよという間に部屋に招かれていた。


 気づけば椅子に座らされ、目の前の机の上に飲み物が差し出されている。湯気が立ち、甘い果実のような匂いがする。


「お口に会えばいいんですけれど」ロップは控えめにそう言った。


「い、いただきます」鳥人族の味覚が如何なるものか。緊張しながら口にする。「……うまいです」


「よかったぁ」素直な感想に彼女は胸を撫でおろした。


 かつて一度は鳥人族の町にお邪魔したことがある古谷だったが、その時にはろくなものを食べなかった。来て早々に魔獣が襲来し、それからもいろいろあったため、それどころではなかったというのが大きい。


 だがそんな中でも二度ほど食べ物を目にする機会があった。そのうちの一回は、生きた虫だ。


 さすがに生理的に受け付けなかった彼は、ほぼ突き返すようにしたのだった。


 そんな記憶があったので、この飲み物にも警戒心を抱いたのだが杞憂だった。尤も、実態を知ればそうは言ってはいられないかもしれないので、これが何から抽出された液体なのかは聞かないでおくことにする。


 そうして俄かに緊張がほぐれつつある二人は、ぽつぽつと会話を始めた。


「フルヤさんは、どうしてこの町に?」


「目的があって、旅をしてまして」


「まぁ、旅人ですか」


「ええ。ただ、今はちょっと人探しを」それから思い立ったように彼は言う。「そうだ、ロップさんは短髪のエルフを見かけませんでしたか?」


「短髪のエルフ、ですか?」


「はい。この町に来ていると思うんですけど」


「そうなんですか。うーん……ちょっとわかりませんね」


「そうですか……」駄目で元々なので、そこまでの落胆はない。


 とはいってもこんな調子で探し続けていて、見つかる日が来るのかどうか。不安になった。


 そんな彼の気持ちを汲み取ってか、気を紛らわすかのようにロップは言う。


「その方とは、どういうご関係なんですか?」


「どう……」と、悩む古谷。「そうですね、なんと言うのか放ってはおけないというか」


「気になる方、ということですか?」


「ああ、いやそういう意味じゃないんです。なんと言うんでしょうか、放置してたらまずい奴と言った方がいいのかもしれません。いつ何をしでかすのか、わからないので」


「危険人物、ということですか?」ロップが緊張気味の声で問いかける。


 有体に言うとそうなるのだが、古谷はあえてその表現を避けていた。無用な心配をさせないための配慮だ。


 だが、あまりにも口下手だったためにあっさりと看破されてしまう。


「えーっと、まぁ、はい。そういうことです」認めざるを得なかった。


「そう、何ですか」そう言って、不安げな面持ちを浮かべる彼女。


「ああ、いや!」古谷は慌てて、その気持ちを払拭しようと試みた。「大丈夫です。俺が、何とかするんで」


 とは口で言っても心の内では、本当にできるのだろうか、と思っていた。


 それが顔に出ていたのか、ロップは不安げな面持ちを改めることはない。そしてこう告げる。


「どうして、フルヤさんがそんな人を追うんですか?」


「え? どういう意味です?」


「だって、危ない方なんでしょう? 然るべき機関に対処を任せるべきなんじゃないですか?」


 古谷からしてみれば考えもしなかったことだが、尤もな意見だった。


 でも。


「俺じゃなきゃ、駄目なんです」


 そう言ったきり理由を言わないでいると。


「どうしてですか?」彼女から追及が入る。


「それは……」古谷は言い淀んだ。


 相手がゴーレムなので、それに対抗できるのもまたゴーレム。それが一番の理由なのだが、それだけではないような気もしていた。


 では、その正体はいったい何なのか。いつまで考えてみたって明瞭にはならず、結局彼は曖昧に笑ってその場をごまかすのだった。

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