18-1
「ようこそ! 共栄共存の町、トゾーガへ!」
町に入り口にある入場門に掲げられた文言を見上げて、古谷はかつて人魚の町ルーンテイツの手前で見た古ぼけた看板を思い返していた。
しかしあれよりも大々的に掲げられている。木製のアーチで、長いこと使用されているようで所々が朽ちかけている。つぎはぎの補修痕が目立つ。
字は乱雑で、大きさも不揃いだ。全体的に安っぽさを感じさせる。が、どうやらそれを謳い文句にしているのは間違いなかった。
(フォレットが見たらどう思うかな……)
古谷は何とも言えない気持ちになった。
彼がこの町にやってきたのは順当に道を歩んだ結果だった。サラドの町でクライカと戦闘を繰り広げた後、しばらく彼の姿を探し回ったがどこにも見当たらない。
それどころか、被災にあった町並みで嘆き悲しむ人々の姿を見るに堪えなかったので、クライカはもういないものと見切りをつけて町を後にしたのだった。
そうして、トゾーガの町へと足を踏み入れた彼。亜人種を受け入れる余裕があるので文化水準の高い町を想像するだろうが、そんなことはなく、どちらかと言うとかつて焼失させたドレステンの町に近い。
吹き曝しの、西部劇に出て来そうな町だ。あれよりかは幾分か敷地面積が広いようであるが、やはり風が吹けばタンブルウィードが転がっているほうがお似合いだった。
あるいはあの謳い文句は町おこし戦略の一環かもしれない。
古谷はそう思いあまり期待せずに町中を歩いていたが、予想に反してちらほらと亜人種が見受けられた。どうやら看板に偽りはなしのようだ。
これならば今はエルフの姿を借りているクライカも、さぞ居やすいことだろう。ここにいる可能性は断然高くなる。
尤も、見つけたところでどうするかは決めかねている最中だが。
いくら勝負を預けたなどと言われたからって、再会する度に戦闘を繰り広げていたらただいたずらに被害地域を増やすだけだ。今の古谷ではクライカには到底及ばないというのが、これまでの戦いから得た真実で、未だに決着がついていないのは単純に彼の気まぐれに助けられているに過ぎない。
あるいは本気で戦うつもりなどないのかもしれない。
ならば話し合いで解決できるかもしれないと思ってしまうのが、古谷のいい所でもあり悪いところでもあった。
そんなわけで本腰を入れるほどでもなく、それとなくクライカの姿を求めて町を彷徨っているのだった。
そんな折、いつもの如く食欲に突き動かされて飲食店へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
店員に気前よく出迎えられる。
鳥人族のウェイトレスだった。フリフリのエプロンドレスを身に纏い、頭にリボンを飾っている。おそらく性別は女なのだろうが、古谷には見分けられない。
それよりも寂れた飲食店でこの制服を着ていることの方が気になった。あまりにも場違いだったからだ。
それはともかくとして、席に案内された古谷はメニューに書かれているステーキを一つ注文した。
オーダーを受け付けたウェイトレスが去り、ゆっくりと店内を見渡す。この前みたいにクライカも来ているのではないかと半分くらいは期待していたが、その姿は見当たらない。
それどころか、店内にいる客は人間族ばかりだった。共存の町と言っている割には、他種族が食べに来ている様子はない。が、単なる味覚の問題で、ここは人間族に尤も好まれているというだけのことかもしれなかった。
そうしているとやがて注文のステーキが運ばれてくる。熱せられた鉄板に乗せられたそれは、肉汁を滴らせ、湯気を立てている。場末の酒場のような雰囲気の割には随分と本格的だった。
古谷は早速、一切れ口にする。随分と上等な肉と見えて、口にした瞬間ほろほろと溶けていった。
「うまい」思わず、そんな安直な感想が口をつくほどだ。「何の肉だ?」
メニューには何も書いていなかった。未だに異世界の生物に明るくない古谷は言われても特にピンとくることはないのだが、これだけうまい肉ならば名前くらい覚えてもいいだろうと思った。
そのため、先ほどのウェイトレスを呼び止めて尋ねる。すると、こう返答があった。
「トゾーガ特産のお肉です」
答えになっているような、いないような。
「この町でしか食べられないんですか?」重ねて尋ねると。
「そうですね。おおよそは」ウェイトレスは曖昧な返事。
古谷はあまり詳しくないのだろうと判断した。こう言っては悪いが、所詮は雇われの従業員だ。生活のために働いているのであって、そこまでこの店に愛着があるわけではないだろう。
ましてや、自分の味覚に合わないのなら興味がないのも仕方がない。
「ありがとうございます」
礼を言ってウェイトレスを解放すると、再び食事に戻った。そして、相変わらず実体のしれない肉に舌鼓を打つのだった。
*
「あー」ジュンは呻く。「やっぱり引き留めておけばよかったかなぁ」
言いながら、部屋の中をうろうろ、うろうろ。忙しなくいったり来たりしている。
場所はサラドの町の宿屋の一室。エトと別れた翌日、一眠りして目覚めると沸々と後悔の念が湧いてきたというわけだ。
そんな彼女に脳内でレンが言う。
(気にするなよ、姉御。今更言ったって仕方がないって)
「でも、いくら何でも一人で帰るなんて……」との反論。「あー! 何で認めちゃったんだろ!」
(見た目はああだがエトちゃんだって大人だ。そう過保護になるこたないって)
「あのね! 女の一人旅は大変なの! 魔法だってろくに使えないのに……」
(そんな奴、この世界にはざらだって。それに何も本当に一人で帰るわけじゃない。行商人の馬車か何かに同乗させてもらってるだろ、普通)
彼の言う通りで、この世界においてそれが尤もベターな選択肢だ。気のいい人を見つけるか、あるいはいくらか包めば乗せてもらうことなど造作もない。その他にも、金銭に余裕があるならばボディガードを雇うなど、いくらでもやりようがある。
さらに付け加えるならば、人間の町を行き来する分には魔獣の脅威は少ない。というのも種族間の分断を目的としているので、同族間を繋ぐ道に生息域はないからだ。迷い込むでもしない限り、遭遇する確率は低かった。町に現れにくいのも同様の理由だ。
「それでもトラブルは絶えないんだってぇ」ジュンは嘆くように言った。
それもまた尤もな話で、何も問題は魔獣だけにはとどまらない。むしろ、人間同士の方が厄介とも言える。
いくら金を払ったからって義理立てする連中ばかりでもなく、エトのような非力な女性を見るや否や、乱暴狼藉を働くものだっているだろう。それだけならばいざ知らず、端から騙そうとして近づく輩だっている。
とてもではないが油断はできない。ましてや思い出に浸る旅など、とんでもない。
「今からでも追いかけよう」ジュンが提案する。
(止せって、姉御。心配なのはわかるけどさ)
「なんで、そんな冷たいの。別れ際にも一言もなかったし」
(辛気臭いのは趣味じゃねぇんだよ)
「そういう問題じゃないでしょ。アルドだって」
(俺か)
「ずっと黙ってるけど、何とも思わないわけ?」問いかけると。
(俺は、エトを信じている)いつもの返事。
「はぁ」ジュンはがくっと肩を落とした。「聞いた私が馬鹿だった……」
などと散々な言い草だが、彼女もまたエトをむざむざと送り出したものの一人だ。
その厳然たる事実が重く圧し掛かる。
ほとんど無気力状態だった彼女と行動を共にし続けることは、何をするにしても気を遣うし、行動に制限がかかってもいた。
ジュンにはシオンを、今のレンにはクライカを追いたいという目的がある。いつまでも一か所に留まり続けるのはそこはかとない焦燥感に駆られ続けた。どちらも、いつ何をしでかすか知れないのがそれに拍車をかけている。
そんなわけでエトの方から別れを切り出してくれたのは、少なからず彼女らの心を軽くしたのだった。
それを薄情さというのならばジュンもまた同罪で、彼女が一晩明けてから騒ぎ立てるのは半ば八つ当たりに近い。一番許せないのは自分自身と言うわけだ。
レンもアルドもそれを指摘することはなく、ただ言われるがまま。それがまたジュンの心を苛む。
「……ごめん、取り乱した」やがて気を静めた彼女は謝罪の言葉を口にする。
(気にするな)と、アルド。
(そうだぜ、姉御)レンが続く。(俺たちは一蓮托生。どんな時でも、一緒だ)
ジュンは微笑んだ。「そりゃ、離れられないからね」
*
一方その頃、件のエトはシオンと共にトゾーガの町に来ていた。
古谷との再会を果たすため手を組むことにしたエトは、シオンに抱えられて夜の内にひとっ飛び。深夜には辿り着いていた。
そうして、宿屋に一泊した翌朝。シオンはどうも朝が弱いらしく、中々起きてこない。
仕方がないので一人で朝食を摂りながら、昨夜交わした彼女との会話を思い起こす。
シオン曰く、古谷はここにいると言っていた。
「どうして、そう言い切れるんですか?」エトが問いかけると。
「他にどこに行くっていうの?」逆に驚かれた。
「どこって……そりゃあ亜人種の町とかかもしれないじゃないですか」
「今の彼にそんな心の余裕はないわ」
「……どういう意味ですか」やや不貞腐れたように問いかける。
「言葉通りよ。ゴーレムの力の真実を目の当たりにして、内心では酷く動揺している。他のことを気にかける余裕なんてないわ。ましてや、他者を守る余裕なんて」
「そんなわけありません。古谷は、現にサラドの町でクライカさんに立ち向かっています」
「それは、ただ戦っただけじゃないかしら? それが守ろうと思ってのことかなんて、当人意外わからないわ」
反論の余地などなかった。彼女の言うことはいちいち尤もで、あるのは結果だけだ。エトは、そこから勝手に思いを当て込めているに過ぎない。あるいはそれは、願望と言い換えられるかもしれない。
結局、エトはそれっきり口を噤む結果となったのだった。
今思い返しても腹立たしく、同時にそれ以上言い返せなかった自分がつくづく情けない。
エトはそんな気持ちをごまかすように窓の外に目を向けた。
トゾーガの町は、その看板に偽りなく亜人種が町を行き交っていた。白昼堂々、誰の目も憚ることない様子。逆に白い目で見られている感じもない。ごく自然な風景のように馴染んでいた。
もしワーウルフの孤児であるオセが、この町に辿り着いていたならばどうなっていただろうか。
地理的にモラゴの町とはそう離れていない。運命の采配で、こちらに辿り着いていたならばきっと未来は変わっていたはずだ。
それだけに悔やまれる。
だが、一方でフォレットの方はまだ望みがあるかもしれない。全種族の共存共栄を強く望んだ彼ならば、仮にクライカの内に眠っていたとしても、この町の光景を目にすれば意識を取り戻すかもしれなかった。少なくとも、やってみる価値くらいはある。
(フルヤと合流できたら提案してみようかな)そう考えた。
あくまでも、最優先事項は彼との再会だ。
そのためにジュンたちを裏切ってまで、シオンと手を組んだりしたのだから。




