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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:第十七話 故郷のない男
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17-4

 サラドの町は、たちまち狂乱の渦に飲み込まれた。


 一軒の飲食店の目の前に現れた蛇紋岩のゴーレム。店はもちろん、居合わせた人々は完膚なきまでに叩き潰され、それだけに飽き足らず町への破壊行為を始めている。


 家屋を当然のように蹴散らして進み、逃げ惑う人々を見つけると拳を叩き下ろす。そうして砕け散った木片や堆積岩は、多くの町民を巻き込んだ。


 瞬く間に人が死んでいく。秒読みで死傷者数は増していき、前代未聞の破壊者の存在に誰も成す術を知らない。対魔獣用に結成されていた討伐部隊も、ゴーレムの前には手も足も出なかった。


 粉塵巻き上げ、町を蹂躙していく岩塊の巨人。その前にもう一つの巨大な影が立ちはだかる。


(クライカ!)ベーシックスタイルのゴーレムが低い声で言う。(お前、何やってる!)


(フルヤかぁ)邪紋岩の巨人は気だるげに返した。(お前にはどう見える?)


(すっかり化け物だよ)


(そりゃあ俺ら二人ともだ。俺たちにはもうこの世界に居場所なんざどこにもねぇ)


(それはお前が壊してるからだろ!)


(わからねぇ奴だな)クライカは呆れたように言った。


 これ以上話しても無駄と察したようで、臨戦態勢を取る。


 対する古谷も、腰を落として両手を前面に構える。


 二体の巨人が一食触発の雰囲気で対峙した。静かに睨み合う。


 先に動き出したのはクライカだった。駆け込んで、一気に距離を詰める。


(オラァ!)助走をつけて拳を見舞う。


 古谷は腕を固めてそれをガードするも、勢いを殺しきれず弾かれる。よろめく彼に、クライカはさらに一歩踏み出して腕を伸ばした。


 その首を掴むと、強引に手元へと引き寄せる。それから側頭部を一発殴りつけると、締め上げるように持ち上げた。


 首だけを支えに古谷の体が持ち上がる。咄嗟に手を解こうと掴みかかるも、一向に振り解けない。


 ならば怯ませようと考えて、自らを掴んでいる腕を逆に支えに、宙づりのまま蹴りを試みた。体を揺らし、側面から蹴りつける。


 しかしあまりにもわかりやすかったからか。


(甘ぇんだよ!)あっさりとクライカに防がれた。


 そして身を引く。岩石の巨体を投げ飛ばすつもりなのかと思いきや、方向は下側。地面へと叩きつけるようにしたのだった。


 かくしてマウントポジションを手に入れたクライカは、矢継ぎ早にパンチを繰り出した。


 度重なる殴打に古谷はガードをして凌ぐことしかできない。いずれ消耗するだろうことを期待してのことだったが、一向に連撃は止む気配がない。大量の土砂を巻き上げるほどの激しさは衰えるところを見せなかった。


(やめろ!)仕方なく、古谷は舌戦を持ち込むことにした。(どれだけ暴れて見せたって、何も変えられない! そんなことあんただってわかってるはずだろ!)


(何を腑抜けたことを! 俺たちには所詮、戦う以外にできることなどない!)


(だけど理由は別だ! あんたにだって、守りたいものがあったはずだろ!)


(何百年前の話だ!)


 話し合いは平行線だったが、戦況には影響を齎した。激昂したクライカは、感情を拳に乗せるかのように大ぶりな一撃を見舞おうとする。


 古谷はその振りかぶった隙をついて、両腕を突き出す。がむしゃらに押し返そうとした。


 あまりにも近すぎる距離故にパンチは繰り出せず、クライカは不意を突かれるような形で体勢を崩した。古谷も古谷で、無我夢中の行動だったので一緒になって体勢を崩す。


 二体の巨人はもつれ合う。お互いに有利なポジションを取ろうと、激しくつかみ合った。地面を転がり、どちらが上か自分たちでも訳が分からなくなっていく。


 が、それはいつまでも続くことなく、やがて両者共に投げ出されたかのように大の字になった。お互いに激しく胸を上下させている。果てしのない回転に三半規管が限界を迎えかけていたのだった。


 しかしそれで戦闘終了とはならなかった。もはや意地のぶつかり合いといったふうで、二体の巨人はへろへろになりながらも立ち上がる。


 かといってこれ以上戦い続ける気力もない。古谷に至っては胸の結晶体が点滅を始めている。


 これが最後の一撃だ。二体の巨人は必殺の構えを取った。


 古谷は腕を十字に組み、クライカは胸の結晶体から棒状の槍を取り出す。


 それらはほとんど同時に繰り出された。


 ぶつかりあった二つのエネルギーはたちまち爆発へと取って代わる。大量の粉塵を巻き上げて、辺りに濛々と煙が立ち込めた。


 それが晴れ切る前から。


(勝負は預けておく)クライカが言った。


 煙の奥で、彼の胸の結晶体が青白い光を茫洋と放っている。


(逃げる気か!)古谷が問う。


(興が醒めた)クライカは吐き捨てるように答えた。(それに、てめぇの方にこそ続けられない理由があるんじゃねぇのか?)


 図星なので、古谷は歯噛みするしかない。


(あばよ)


 うっすらと見えていた青白い光が見えなくなる。おそらく、クライカが背を向けたのだと思われた。


(お前、本当にそれでいいのかよ!)古谷は思わず呼び止めた。(大切な人がいたんじゃないのか!)


 しばしの静寂。あるいは返事はないかと思われたが。


(そういうてめぇはどうなんだ?)ややあって返答があった。(あの青髪のガキはどうした?)


(それは……)言い淀むと。


(中途半端な奴だな)冷笑交じりに言われてしまう。


 それっきり返す言葉もなく、やがて煙が晴れた頃には彼の姿はもうどこにはなかった。


          *


 蹂躙と戦闘の惨禍は長らく町にその形を残した。復興するにも多くの人が亡くなっており、物理的な人手が足りていなかったし、加えて無気力となった人も少なくなかったからだ。


 そのため、町全体には陰鬱な雰囲気が立ち込めている。


 廃墟同然と化した町には、亡霊のように彷徨うものや力なくへたり込むものが散見された。


 ジュンとエトがやってきたのは、惨劇があってから数日経ってのことだった。そうしてモラゴの町に続き、凄惨な町並みを目にすることなった。


「何があったんでしょうか」エトが疑問を呈する。


 それに答えを出したのは、腹ごなしで入った飲食店の店主だった。


「お客さんたち、運がいいよ」


「魔獣ですか?」と、尋ねるジュン。


「いいや、それよりももっと酷いもんさ」


「もっと?」


「ああ。ありゃあ動く石像としか言いようがないね。そいつがどこからともなく現れたかと思ったら、町を破壊して回ったのさ。この辺りはまだ平気だけど、更地になった場所だって……」


 そっと目配せをする二人。無言のうちで確認し合うと、エトが身を乗り出して尋ねた。


「それでどうなったんですか?」


「それがさ」店主は内緒話でもするように、手を口元に当てて言う。「もう一体現れたんだよ」


 どうしてこそこそ話すのか、疑問に思っていると間もなく解消される。


「二体揃って暴れてさ、それでもう町はめちゃくちゃ。それで町の連中はみんな怒ってる」


「そう、ですか……」


「だが後から現れた巨人の方は俺たちを守ってくれていたんじゃないかって、俺はそう思ってるんだ」


「……え?」


「尤も、誰も同意はしてくれないがね」


「なるほど……」


 店主が去り、二人っきりになると不意にジュンが言った。


「多分、古谷くんだよね。後から来た巨人って」


「ですね」


 そして、お互いに口にこそしなかったがもう一体の巨人はクライカだ。どういう経緯かはわからないが、二人はこの町でぶつかり合うことになった。


 サラドの町の人々はこの二人を同一視していて、基本的には二体揃って町を破壊したと認識しているらしい。店主の口ぶりから察するに、古谷がクライカの暴挙を止めるために戦ったと思っているのは少数派のようだ。


 事が事なので、反感を買うことを恐れての小声だったようだ。飲食店の経営者なので、評判を気にして余計に神経質になっているというのもあるだろう。


 確かに傍から見た分には戦闘しているだけだ。同族同士の喧嘩と思われなくもない。二人が事態を正しく認識しているのも、古谷という男を知っているからに過ぎなかった。


「二人とも、この町にいたんですね……」エトが改めてそう口にする。


 半ばほどは推測通りだった。もし二人が人間族の町だけに絞って道程を歩んでいるのなら、時間的に辿り着けるのはせいぜいここくらいまでだろう。


 それに、二人とも人間族の町にいる確率は高かった。古谷は文化の違う亜人種の町に転がり込むよりかは安心という理由から。クライカに至っては、生身の体がある時期を追体験するという目的があるからだ。


 そうとわかっていながら、クライカを追うレンたちが真っ先に向かわなかったのは、ひとえにエトの存在があるからに他ならない。


 やはり自分が足手まといになっていることを感じながら、彼女は告げた。


「まだ、いるんでしょうかね」


「どうだろうね」ジュンは事もなげに答える。「こんな騒ぎ起こしたんだから、もうどっか行っちゃったかも」


 少なくとも、クライカはその可能性が高い。よっぽどこの町に恨みを抱いているでもない限り、既に壊滅同然の町に用なんかないだろう。


「どうする? 探してみる?」それがわからないでもないだろうに、ジュンはそう提案する。「もしかしたら、古谷くんはいるかも」


「いえ」エトは答えた。「ジュンさんは、クライカさんを追ってください」


「私たちのことは気にしなくてもいいんだよ? その気になれば、レンが飛んでってすぐ追いつけるんだから」


「でも、こんなこと続けていたらいつまでも追いつけないままです。また入れ違いで取り逃がすことになるかも」


 ただ取り逃がすだけならばまだいいだろう。だが、またサラドの町みたいな被害を出すかもしれない。


 そうなった時の悔恨の念は計り知れない。


「エトちゃんはどうするつもり?」


「私は……」考え考え、口にした。「もう、故郷に帰ろうかと思います」


「……そっか」ジュンはそうとだけ言う。「じゃあ、レンに送らせるよ」


「いえ、大丈夫です。自分の足で帰ろうと思うので」


「危ないよ?」


「承知の上ですが、これまで通ってきた道でもあるので。古谷との旅の思い出でも振り返りながら帰ろうかと」


「そう……。なら、止めないけど。くれぐれも気を付けてね」


「はい。ジュンさんたちこそ。今までお世話になりました」


          *


「もう、ここで」エトは言う。


 店を後にし、その足でサラドの町の端まで来た二人。ジュンは見送りと称して同行してきたが、言われなければいつまでもついてきそうな気配があった。


「本当に大丈夫?」そんな彼女は落ち着かなげに言う。「やっぱり、送っていこうか?」


「いえ、本当にもうここで」


「そう……」決意は固いと見えて、ジュンはようやく折れた。「その、くれぐれも気を付けてね」


「はい。アルドさんとレンさんによろしくお伝え下さい」


「その必要は特にないけど」


 彼らは別にこの場にいないわけではない。


「それも、そうですね」エトは、はにかんだ。


 その気恥ずかしさをごまかすかのように「では」と背を向けて歩き出す。口では理解あるように言ったもののやっぱり心配していると見えて、いつまでも背後からの視線を感じ続けた。


 それを振り切るにはしばらくかかった。さすがにこっそり後をつけてくるような真似をしているとは思えない。なので、これはエトの思い込みだった。


 あるいは後ろめたさともいう。


(ごめんなさい、ジュンさん)


 別に裏切ろうというつもりはない。でも彼女がこれからしようとしていることは、明らかに背信行為に当たる。正直に話せば、止めるに決まっているので嘘をつくしかなかった。


 やや強引だったかもしれない。変に勘繰られたかもしれない。


 もしくは思わぬところで再開した時、気まずいかもしれない。それだけで済めばいい方だ。


 それでも尚、エトはやると決めた。


 古谷に置いて行かれてからというもの、彼のことがわからなくなっていた。彼への信頼が一方的なものだと分かってから、それまでの日々すべてが否定されたような気がして、何を信じたらいいのかわからなくなっていた。


 しかし本来信じる心は、誰に与えられるものでもない。自らの意思で決めるものだ。


 自信の喪失からそれを見失いかけていたエト。だがサラドの町で古谷が守るための戦いを続けていることを知った時、彼は何も変わってなどいないことに気づいたのだった。


 そう思ったらもう感情は止まらなかった。無性に彼に会いたくなった。


 それを伝えたら、きっとジュンもレンも協力を惜しまないことだろう。自分たちのやるべきことすら、放り出して力を貸してくれるはずだ。


 だがもう十分足は引っ張った。これ以上、迷惑をかけるのは気が引ける。


 それよりかは目的こそ不明とはいえ、利害の一致している相手と組んだ方がいい。


 それにこう言っては何だが、ジュンやレンはゴーレムとして何百年と生きていたからか、どこか時間の感覚がエルフに近いものとなっている。


 いつアルドがゴーレムとして覚醒してしまうか知れない、と言っておきながら、まるで焦っている様子がない。加えて、宿主に至っては常に超然していると来たもんだ。むしろこっちがヤキモキしてしまうくらい。


「シオンさん!」エトは森に差し掛かったあたり叫ぶ。「いますか!」


 返答は森の微かな騒めきだけだ。見当違いかもしれないと諦めかけたエトだったが。


「何かしら?」ほどなくして返事があった。


 木々の間の暗がりから姿を現す。真っ赤な瞳だけが不気味に輝いていた。


「あの約束ってまだ有効ですか?」


「あの約束って?」


 わからないわけではないだろうに尋ね返す彼女に、エトはあえて口にした。それが決意の証明であると思ったからだ。


「私が協力すれば、すぐにでも古谷と再会できる。確かそう言いましたよね?」

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