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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:第十七話 故郷のない男
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17-3

(辛気くせぇ奴)


 しょぼくれた様子で店へと入っていく古谷の背中を見送ったクライカは、呆れたように首を振るとその場を後にした。


 別に告げた内容に対して良心の呵責はなかった。全ては真実だし、遅かれ早かれ知ることになる。避けては通れない道だ。むしろ傷の浅いうち知れて幸運だったとさえ言える。


(ま、知ったところでどうしようもねぇんだがな)


 全てが後の祭りなのが、この問題の厄介なところだ。既にその身に宿しているわけで、できることなどせいぜい割り切るか、ひた隠しにするかの二択しかない。


 そしてそのどちらも、ろくな結末を辿らないことを彼は知っていた。


 クライカは気を取り直して、別の店でまた食事としゃれこむことにした。亜人種が平然と歩いている様を周囲の人々は不審な目で見たが、彼はそんなこと意にも介さず通りを歩く。何なら、目の前からやってくる人相手に避けようとする素振りすら見せない。


 そうして、傍若無人に振舞っていると。


「久しぶりだね、クライカ」不意に声をかけられた。


 眉間に皺を寄せ、声の主へと目を向ける。すぐ真横の路地で、壁にもたれるようにしている男が一人いる。いつからそこにいたのか。まるで気配を感じなかった。


 相手は見知った顔だった。数百年前、クライカが現役でゴーレムとして戦っていた頃、数回顔を合わせたことがある。彼もまたゴーレムで、悩みを共有したことがある。


 しかし。


「ゴーストか」彼はその本当の正体をあっさりと見破った。


 すると。


「あれぇ?」と、一転しておどけた様子で言う。「バレちった? 何でぇ?」


「ちったぁ頭を使えよ。古い馴染みに、今の俺の姿を知る者はいない」


「あぁ、そういうことか。いやぁ、うっかりうっかり」芝居がかった様子で頭を掻きながら、暗がりから姿を現す。「まずは、現役復帰おめでとうと言うべきかな?」


「てめぇに祝われる筋合いはねぇ」


「そう邪険にすることないじゃないか」自らの顔を指差す。「知らない仲じゃないだろ?」


 クライカは舌打ちを漏らす。


 何もかもが不愉快だった。うっかりなどと言うがあからさまにわざととしか思えない。奴の、そういう人を食ったような態度が昔から嫌いだった。


 それに――。


「何百年もの間、石室に閉じ込められ続けて」ゴーストは言う。「やっと出てこられたわけだ。どうだい? 久方ぶりの空気の味は」


「すっかり淀んじまったな」と、突き放すように言う。「言っておくが、今更てめぇの勧誘なんて受けねぇからな」


「なら、いずれは逆戻りだね」


「黙れ」


「今度、体を乗っ取れるような脆弱な精神の奴はいつ現れるかなぁ? 百年後? 千年後? それまで、君はまともでいられるかなぁ?」


「黙れよ!」クライカは人目も憚らず声を荒げた。


 ゴーストの胸倉を掴むと、壁に押し付ける。


 しかしゴーストは苦しそうにすることなく、平然としている。それどころか、煽るようにへらへらと笑っていた。


「まぁ? あんたには孤独がお似合いだよ、ミロスラフ・クライカ。神経質で、一つの事柄にいちいち苛立つ。今だって古谷弘治にかつての自分の面影を重ねて、イラついているんだろ?」


「知ったような口を聞くな!」言葉とともに、さらにゴーストを締め上げる。


 だが相変わらずノーダメージなので、まさに空を掴むようだった。


「知ってるんだよ」さらに言い続ける。「お前が古谷弘治二に先輩風を吹かせられるようにな。君など所詮、数多いる先駆者の一人でしかない」


 ついに堪忍袋の緒が切れたクライカは、拳を振り上げた。が、ゴーストはあっさりと腕による拘束を抜け出た。不意にその実態がなくなったかのように、文字通りすり抜けたのだった。


 おかげでクライカの拳は壁を叩きつける結果に終わる。


「ま、今はまだ楽しみたい時期だよね」いつのまにやら傍らに立っているゴーストは言う。


「失せろ」


「考えが変わったらいつでも言ってくれ」


「失せろつってんだよ!」


「はいはい」おざなりの返事をして、その姿を忽然と消す。しかし声だけが辺りに反響して聞こえた。「我らはいつでもあなたを歓迎する」


 その言葉を最後に、ついにゴーストは気配を消した。それでも尚クライカの苛立ちは収まらず、空ぶった拳を何度も壁に叩きつける。自らが傷つくのも厭わず、何度も、何度も。


 全てが図星だった。ゴーストの言う通り、クライカは再びゴーレムとして覚醒することを恐れている。果てしない孤独の中で、何百年という月日を何もせずに過ごすのは地獄以外の何物でもなかった。


 かといって、今更何もなかったかのようには振舞えない。遺跡の中で過ごし続けた日々は紛れもなくクライカの過去だし、今やゴーレムの能力は彼の人生において切っても切り離せないものとなっている。


 どうあがいても、逃れることはできない。


 ――それに何より不愉快なのは、ゴーストが見せたあの姿だ。


 かつての知人であるあの男とは、いくらか言葉を交わした。その中でゴーストには迎合しないことを宣言し合ってもいた。


 だが結局。


(くそがっ)


 自らの行く末を暗示しているような気がして、やるせない気持ちが溢れてくる。


 ようやくゴーレムの辿る運命の鎖から解き放たれた気になっていたが、何も変わってなどいなかった。


          *


 未だ晴れない気持ちを抱えたまま、クライカは町を彷徨い歩いた。あからさまに気の立った様子で歩く彼を、亜人種であることも相俟って町行く人は避けていく。おかげでその周囲だけ不自然に空間が開いていた。


 誰もが奇異の視線を向けている。じろりと睨み返すと、そそくさと目を逸らす。しかしそんなものは一時凌ぎで、またすぐに白い目で見られる。まるで異物を排除せんとするかのように。


 クライカはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、それらの視線を無視して歩く。気分を改めるためにも、飲食店へと入っていった。


 そこでもやはり、無遠慮な視線に晒される。


 いちいち構っていたらきりがないので、構わずカウンターに向かった。不快そうに顔を顰めている店主にとりあえず酒を出すよう注文する。


 すると不愛想に返された。


「生憎、切らしていてね」


 クライカは言い返す。


「なら、あるものでいい。金ならある」


 そう言われると出さざるを得ないのか、店主は諦めたように酒を注いだ。グラスを置く。


 それを一口味わったところで。


「ここは、亜人種がきていい場所じゃあねぇ」客の一人が言った。


 別に陰口などではなかった。彼のすぐそばまで来て、堂々言い放ったのだ。それも一人じゃない。合計三人が彼を座る彼を囲むようにして立っている。


 クライカは返事をせずにもう一口、啜ろうとしたのだが。


「おい、聞いているのか」横合いから手が伸びてきて、グラスがはたき落とされる。


 グラスは床へと落ちて、粉々に砕け散る。中身ももちろん、ぶちまけられていた。


 それのどこかが面白かったらしく、三人の男たちは一斉に笑い声をあげた。目の前にいる店主は、見えていないはずがないだろうに我関せずと言った調子でいる。


「いいか、クソエルフ。よく聞け」男が言う。「何のつもりかしらねぇが、お前の居場所はここにはねぇんだよ。わかったらさっさと消えな」


「悪いが」クライカは答えなかった。「零しちまった、新しいのを貰えねぇか」


「無視すんじゃねぇ!」一人の男が激怒する。


 クライカの後頭部を鷲掴みにすると、机に押し付けるようにした。


「それとも聞こえねぇのか、ああ?」尖った耳先を摘まみ上げると、引っ張るようにした。「随分とご大層なもんを持っているが、飾りかぁ? こいつは」


「そんなに長い耳が欲しけりゃ」


 クライカは耳を突かんでいる腕を振り払うようにしながら絡め取ると、立ち上がると同時に身を翻す。攻守の立場を入れ替えて、男を机に押し付けるようにした。そうして、同じく耳を引っ張り上げる。


「お望み通り、そうしてやるよ」


 徐々に力を込めていく。耳の皮膚は張力を高めていき、やがて紙の破けるような音を立てて、引き裂かれようと――


 そうするのは簡単だった。が、クライカはそうはせず、相変わらず男に組み伏せられるようにしている。


 ひとえに、あほくさかったからだ。悪口も喧嘩も、全てが児戯にも等しく感じられる。


 代わりと言っては何だが、こう呟いた。


「俺は、何だってこんな奴らのために……」


「ああ? 何だって?」男は耳をそばだてるようにした。「はっきり言えよ!」


 クライカはうざそうに男の手を振り払うと、気だるげに立ち上がる。


 実に大儀そうでありながらあまりにもあっさりと拘束を振り切ったものだから、男たちは今更ながらただものではない雰囲気を感じ取った。少なからず気後れする。同時に警戒心を抱かせ、臨戦態勢を取った。


 が、クライカが次にとった行動は。


「親父、ここに勘定は置いておく」そう言って、退店することだった。


 店内にいる誰もがこれから乱闘騒ぎになるとばかりに思っていたので、この思いがけない彼の行動には呆気に取れた。静寂が訪れる。


 がそれも束の間、すぐに笑いに包まれた。


「とんだ腰抜けだぜ!」男の台詞を皮切り、店中は一層笑い声に溢れかえる。


 その次の瞬間、唐突に天井が崩落した。たちまち土煙が立ち込めて何も見えなくなる。


 いきなりのことに誰もが咳き込むことしかできないでいる合間にも、土煙が晴れていく。そうして見えてきたものは、巨大な岩だった。


 全体が深緑で、蛇のような模様が浮かんでいる。町のど真ん中で落石もないので、隕石が降ってきたのかと思いきや、それは単なる岩とは違う様子だった。


 岩には傘のように毛羽だった繊維状のものが被せられている。しかしそれを超えてさらに上へと目線をやると、同様の材質の石柱が天井に空いた大穴の向こうにまで続いていた。


 あまつさえその岩石はひとりでに動き出す始末。徐々に持ち上げられていく。衝撃で剥き出しとなった地面との間に、赤黒い糸が引いていた。かと思えば、半固形上の何が剥がれ落ちる。それが人間の肉片だと察するのに数十秒もの時間を費やさなくてはならなかった。


 その猶予が命取りとなった。急な衝撃に腰を抜かしていた一人の男が、次なる落石によって押しつぶされた。まさに一瞬の出来事だった。


 そうして店中が阿鼻叫喚に包まれる。誰もが我先にと外へと出ようとする。


 その流れに加われないでいる、クライカに絡んでいた男の一人。瞬く間に二人の仲間を落石で失った彼は、その行く手を遮るように岩石が自らに迫ってきているのを目撃していた。


 それは岩にして岩にあらず。先ほどまで一塊の巨岩としか思えなかったのものが、急に展開を始めたのだ。内側から花開くようにして広がる。そうして五つ分の石柱が立ち上がったその姿は、まるで大きな手のようだった。


 自分に狙いを定めたかのようにして迫りくる巨大な掌に、成す術もなく男は掴まれる。必死な抵抗も虚しく徐々に圧が込められていき、彼は自らの骨の砕け散る音をまともに聞き届けた。それが人生で聞いた最後の音となった。


 唯一掌中を逃れた頭は、悲痛の表情を張り付けたまま地面へと零れ落ちる。


 一方、安全圏を求めて店外へと躍り出た客たちは、その希望が無情にも打ち砕かれたことを悟った。目の前に立ちはだかっている、大きな影。全身が邪紋岩で構成された、巨人の姿にただひたすら呆然とするしかなかった。


(ぶち壊してやる。何もかも)


 クライカは誰も聞き届けるわけでもないのにそう告げると、拳を振り上げた。

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