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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第五章:第十七話 故郷のない男
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17-2

 かくして、ホストが場をぶち壊すという前代未聞の閉幕を見せた合コン。


 エトからしてみれば苦痛以外の何物でもなかった場所から抜け出すことができたわけだが、かといって決して状況が好転したとは言えなかった。


 というのも、その帰り道で一緒に歩いていたのはアルドだったからだ。あんなことをしでかしたのにも拘わらず、常の如く超然とした雰囲気でいる彼は相変わらずエトにとっては苦手意識が強い相手だ。


 これで話す機会も多ければまだ慣れることもあったかもしれない。だがどういうわけか、代わりばんこに体を使っているというわりには、宿主の彼が表に出てくる機会は少なかった。


 そんなわけで余計に接し方がわからないのだった。


「そのぉ、アルドさんはー……」しかし気まずさに堪えかねて口を開く。


 が、自分でも何を言えばいいのかわからないうちからそうしたので、すぐに言葉に詰まる。


 これでアルドが何かしらの反応を示してくれれば、まだ雰囲気も和らぐというものだが、彼は依然として無言を貫くだけに飽き足らず、一瞥すら暮れることなく前を向いて歩き続けている。


 エトは観念するような心地で、無理して続けることにした。


「怖く、ないんですか?」


 一拍ほどの間が空いた。あるいは無視されるのかと思ったが、彼は答えた。


「何がだ」


 どうやら質問の意味を図りかねているらしい。確かに漠然とし過ぎたかと反省し、エトは補足する。


「ゴーレムの力とか、戦い続けることとか。そういった諸々です」


「後悔しているのか」


「……私は、フルヤの性格を知っていたつもりなんです。本当はかなり無理していることも。でも、それを無視し続けてしまいました。ある意味では、置いて行かれたのも当然です」


「そういうもんか」


「アルドさんは、どうなんですか? 人間じゃなくなってしまうことだとか、人としての生き方を全て失うことだとか。そういうこと考えて不安になることはないんですか?」


「考えてどうする」


「ど、どうするって……」


「既に俺の体は俺だけのものではない。今更そんなことを言い出したら、ジュンやレンの思いはどうなる?」


「どうして、そこまで我が身を犠牲にできるんですか? 今まで通りの自分じゃいられなくなるんですよ?」


「俺は二人を信じている」


「またそれですか……」


「エトは違うのか? 全てを知ったうえでも、まだ一緒に戦うと言っていたじゃないか」


「それは……」気まずそうに視線を逸らす。「そうかもしれないですが」


「フルヤのことを、信じていたのではないのか?」


 アルドの言い分は二つの点において、的を射ている。


 彼女は確かに古谷のことを信頼していたこと。そして、それが一方的だったと分かった今、過去系でしか言い得ないこと。


「……わかりません」そう言うのだけが精いっぱいだった。


 あくまでも決定的なことを言うのは避けた。あるいはそれは、未練と言い換えられるかもしれない。


 同時に今後の身の処し方に関して未だ決めあぐねているということでもあるわけで。


「ゆっくり悩むといい」アルドがそう言うのは自然の流れだったというわけだ。


          *


 どこか行き場のない感覚を抱いているのは、決して彼女一人ではなかった。


 エトたちよりも先んじてモラゴの町を後にした古谷は、追いつかれまいとするためロートアンスの町も早々に立ち去った。そうして現在は、更なる人間族の町、サラドに滞在していた。


 ここまでくればもう安心、などという慢心を抱いたわけではない。普段ならば、主に体力的事情で一つの町につき数日は滞在するので、こんなにも慌ただしい道程を歩んだことがない。


 それゆえに休息の必要性を感じた。


 それにレンの機動力を持ってすれば町一つ分の距離なんてあってないようなものだ。急いだのが単なる徒労だったと気づいた途端、余計に疲れたのだった。


(まぁ、これまでと打って変わって一人旅だ)古谷はそう考えた。(もっと気楽に行こう)


 さながら心機一転したかのようだが、その実は一種の虚脱状態だった。もちろん、原因はエトとの別れにある。自分勝手に去っておきながら、いっちょ前に寂寞感を抱いている。身勝手さここに極まれり。


 ともあれ、そんなわけで彼はサラドの町でうだうだとしていたのだった。


 そして今日も今日とて、例の食欲に突き動かされるまま飲食店を求めて歩いていた。


 とりあえず目についた店に入る。すると。


(なんだ?)中は嫌に混み合っていた。


 より正確に言うならば、妙な混み方をしていた。


 満席というほどではなく、むしろ空席が目立つぐらい。だが一か所にだけ人だかりができている。それはさしずめ野次馬のように一方向に視線を固定し、遠巻きにしている。


 古谷は興味本位でその一団に加わってみると、向こう側に見えたのは確かに見ごたえのある光景だった。


 最初に目についたのは山盛りに積み重ねられている空皿だ。しかもそれはまだまだ増え続けている。


 大食い大会でも開かれているのかと思いきや、食べているのはたった一人のようだ。他の参加者が脱落し、ただ一人残っているものが尚も食べ続けている。その限界を見届ける立会人になろう。


 というわけではなさそうだ。


 野次馬たちの視線はどこか怪物でも見ているかのようだったし、店主と思しき男はもうやめてくれと言わんばかりに半泣きだ。それでも誰も止めようとしない。


 よっぽど厳つい輩なのだろうかと思い、古谷は回り込んでその正体を見てやろうとした。別に正義感の欠片もない、純度百パーセントの野次馬根性だった。


 しかし、そうやって他人事でいられるのもそれまでだった。


 誰もが不気味がるのも無理はない。そこにいたのは亜人種だったからだ。


 が、別にそれだけならばここまで嫌悪されないだろう。そいつが異様なのは一般的なイメージから大きく逸脱した姿をしているからだ。


 一人のエルフの男だった。エルフという種族はまるで示し合わせたように男女ともに髪を長く伸ばしているものだが、その男は短く刈り込んでいる。


 そして神秘的な雰囲気など欠片もなく、腹を膨らませている。食べかすで手も顔も汚してまくっており、終いには長いゲップをする始末。あるいは何かの見間違いではないかとも思ってしまう。


 しかし、その身体的特徴である長い耳が紛れもなくエルフであることを物語っていた。


 そんな彼に、古谷は見覚えがあった。


「クライカ」その名を呼ぶ。「お前、ここで何してる」


「フルヤかぁ」彼は満腹感からか眠たげな口調だった。「見ての通り、飯だよ」


「違う、この町でって意味だ」


「うっせぇ奴だなぁ」クライカは鬱陶しそうに髪を掻くと、おもむろに立ち上がった。


 その大儀そうな動きが野次馬連中をざわつかせた。如何にも荒事が勃発するのではないかと半歩ほど身を引かせる。


 遠巻きにしているだけでそう感じるのだから、目の前にいる古谷のプレッシャーは比ではない。が、彼に引くという選択肢はない。クライカは、彼にとってもまた放ってはおけない相手だった。


 しかしここで揉めるわけにはいかないのも事実だ。他人を巻き込んでしまうだろうし、そうでなくても店に迷惑がかかる。なので、こう提案した。


「ここじゃあ何だから、表に出よう」


「はっ!」その真面目くさった表情を見て、クライカは笑い飛ばす。「上等じゃねぇか。だが、その前にやることがある」


「何をするつもりだ」


「んなの、決まってるだろ」


 不敵な笑みを浮かべる彼に、古谷が警戒心を露に構えを取る。


 間もなく、クライカは声を一層荒げてこう言った。


「親父! お勘定!」


          *


 かくして、店を出た二人。クライカが先んじたため、その後に続く形となった古谷は自然と背後から声を掛けることとなった。


「意外だ」


「何がだ?」と、振り返り応じるクライカ。


 古谷は返した。「てっきり、暴れるなりなんなりして踏み倒すのかと思ったから」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「あの量を見たら誰だってそう思うだろ」


「知ったことか。こちとら数百年ぶりの食事なんだ」


「……なぁ、クライカ」


「お断りだ」


「まだ何も言ってない」


「てめぇらみたいな連中の言うことなんざ、お見通しだ。大方、フォレットと体を共有しろとでも言うんだろ?」


「その通りだよ。それじゃあ駄目なのか?」


「おめぇはまだ知らねぇようだから教えてやるが、基本的に一体化すれば宿主には逆らえなくなる。宿主が本気で拒めば、俺たちはたちまち精神の奥に閉じ込められる」


「だが、アルドみたいな例もある。フォレットだって、悪い奴じゃなかった。話せばわかったはずだ」


「人間誰しも、自分の中に別人格を宿すことに対して大なり小なり嫌悪するもんなんだよ。おかしいのはあいつらだ。宿主がよっぽど無気力か無関心じゃなければああはならん」


「なら分離とかは? ソリが合わないなら、また別々になればいい」


 クライカは呆れたように溜め息を吐いた。「そいつは無理だ。一度、一体化したら最後、離れることは二度とできない」


「そんなはずないだろ。俺とエトはできた」


「それはお前がまだ未覚醒だからだ」


「なんだよ、それ……。じゃあ、一体化にはリスクが大きすぎるじゃないか。最悪、心の奥底に閉じ込められるって言うんなら、何のための能力なんだ」


「あ? んなの、強くなるために決まってるだろ。ゴーレムっつーのは、徹底的に戦闘に特化した能力なんだよ」


「強化……」


「そうだ」クライカは皮肉っぽく言う。「より強くなって、人類を守ってくださいっていう神からのお告げだ」


「だけど最悪は二度と表に出てくることはできないんだろ」


「徹底的にされたらな。が、お前の知っての通りゴーレムの能力は使えば使うほど人間離れしていく。そうして、再び完全にゴーレムとして覚醒した暁には」


 クライカは勿体ぶったようにそこで言葉を切った。


「どうなるんだ?」焦れた古谷は先を促す。


 満を持して彼は答えた。「精神を乗っ取られる」


「……はぁ?」


「正確には完全に混ざり合って区別がつかなくなる……らしいぜ。俺も聞いた話だが」


「ま、待てよ。じゃあ遅かれ早かれフォレットは」


「そうだ。奴は俺と一体化したその時点で、運命は決まっていた」


 あまりの真実に古谷は言葉を失っていると、クライカはさらに続けた。


「尤も、それじゃあ遅いから俺は早々に体を乗っ取らせてもらったがな。飯も、女も、生身の体じゃねぇと味わえねぇからな」


「お前は……」


「ああ?」


「お前は、どうも思わないのかよ……。これじゃあ、俺たち……」


「ああ、そうだよ。人食らいのバケモンだ」


 確信を突いた物言いに、古谷は顔を苦しそうに歪めた。すっかり二の句が継げなくなっていると、クライカは言う。


「で? なんだっけ? お前はどう思うかだっけ?」


「あ、ああ」辛うじて、肯定の返事をする。


 そして、彼の返答を待っていると。


「今更だ」短く告げられた。


 今、古谷が感じている恐怖や行き場のない感情の数々は、既にクライカも通った道に過ぎなかった。


 彼だけではない。その他、幾人というゴーレムの先達が同様の命題にぶつかり、時に苦しんだ。クライカのように割り切ったものもいれば、ゴーストのように抗ったものもいるだろう。中には、それを苦に自ら命を絶ったものだっていたかもしれない。


(何だって、こんなことに……)古谷は思う。


 異世界にやってくる前の彼は至って平凡な人間だった。勇名を馳せることなく、地球上の何億といる人類と同じように生きていた。


 それがたった一回の命を懸けた人助けのために、こんな目に合っている。


(いっそのこと)古谷は、車に轢かれかけた子供を助けたことを後悔しかけた。


 が、その時にクライカが言う。


「飯、よかったのか」


「……え?」


「おめぇも食いに来たんだろ。俺なんかと下らねぇ話をしている場合じゃねぇはずだ」


「いや、それは……」


「勘のいい奴は気づくんだよ。完全にゴーレムになっちまうって聞くと、二度と人間らしいことができねぇんだって。だからそういう奴は大抵、食い気か色気に走る。……おめぇもその口だろ」


 全てがクライカの言う通りだった。やはり彼は、レンやジュンと同じくらい紛れもなく古谷の「先輩」に当たる。


 しばらく逡巡した古谷だったが、やがて踵を返して店へと戻っていった。


 今の気分では到底食欲などわきそうになかったが、かといって戦う気にはもっとなれない。


 ならばせめて気を紛らわすにしても、少しでも楽な方がいいと思ってのことだった。

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