16-3
依然として古谷を踏みつけにしているゴースト。さらに踏みにじるようにしていると。
(いい加減にしやがれ!)翼のゴーレムが飛び蹴りで割り込んでくる。
ゴーストはそれを躱すために古谷から足を退けることを余儀なくされた。
「また邪魔をする気か、レン。いい加減にしてほしいのはこっちだよ」
(てめぇこそ、しつこいんだよ。下手な宗教の勧誘でも、もう少し聞き分け良いぜ)
「言うじゃないか。だが、お前に我らを否定することはできない」
(何?)
「あんたらも、一つの生命として共生しているじゃないか」
(てめぇと一緒にすんな!)レンは駆けだす。
一気に間合いを詰めると、手刀を突き出した。
ゴーストは上体を逸らして躱すも、レンは素早く反転。振り返り様に、肘撃ちを食らわせる。
連撃に対処できず、あえなく食らうゴースト。数歩の後退りをしたところに更なる追撃を加えた。
飛び蹴りを食らわせる。ゴーストは吹き飛ばされて、背後にあった家屋を一つ潰した。
「やるじゃあないか」
(へっ、伊達に長生きしてないぜ)
そんな戦いっぷりを呆然と眺めていた古谷。やがて意識をはっきりさせると。
(俺が……)と、呟く。
(平気か?)それを聞き届けたレンは尋ねた。(ここは俺に任せて……)
(俺が、やる!)
勢い込んで立ち上がると、レンを押しのけるようにしながらゴーストへと突っ込んでいった。
(あ、おい!)レンの制止の声も届かない。
古谷は殴り掛かる。
しかしその頃には既にゴーストは復帰していて、拳を掌で受け止めた。すぐさま飛んできたもう一方の拳も同様にする。
至近距離で睨み合う二人。
(何が進化だ!)古谷は言った。(ただ思考停止で同調しているだけじゃないか!)
「それの何がおかしい! 今に始まったことじゃない! 誰だってやっている!」
(中にはそういう人もいるかもしれない! だけど自分自身で生き方を決める人間だっている!)
「その中途半端さが争いを生むんだとなぜ気づかない! ただ不完全なことを、自由などと体のいい言葉で覆い隠しているだけじゃないか!」
二人はほとんど同時に、両手を跳ね上げるようにして硬直を解いた。古谷がすかさず身を捻って、拳を振るう。
ゴーストも迎え撃つように腕を振るったが、狙いは彼の肘の内側だった。身を屈ませるようにしながら、お互いに腕を組み合わせるようにする。その勢いのまま、古谷の体を引き倒した。
仰向けに倒れた古谷。そこにゴーストが飛び掛かり、マウントポジションを取る。顔を殴打していく。
そのまま強引に古谷の体をひっくり返すようにすると、頭を押さえつけるようにした。
雨により地面はぬかるんでいた。古谷は何とかゴーストの拘束から逃れようともがくも、手足は泥に滑るばかり。体はみるみると泥にまみれていった。
「お前らは所詮、綺麗事で言を弄しているだけだ! そうやって自分の醜さから目を逸らそうとしている!」
(黙れ!)古谷は、泥を飛ばしながら腕で払いのけるようにする。
勢いのままに強引に身を翻すと、ゴーストの体は仰向けになって泥の中に転がった。古谷は組みつくようにしてマウントポジションを取り返す。
(散々人を弄んでいるのはお前の方じゃないか! 醜いのはお前の心だ!)
ゴーストも負けじと強引に起き上がった。古谷は力負けして、半ば抱き合うような形で二人は立ち上がる。
両者共に、すっかり全身が泥塗れとなって縺れ合っていた。ゴーストが脇腹に一発入れる。古谷は必死に腕を伸ばして抵抗を試みた。
が、ゴーストに頭を押さえつけられて届かない。やがて胸に掌底を食らわせられた。
古谷の体は一瞬浮き上がり、うつ伏せに泥の中に落ちる。
「所詮、人間なんて誰しも醜い! だがそれを見知らぬふりをして、自分は清廉潔白でございなんて面してるやつの方がはるかに厄介だろ!」
(それでも!)古谷は立ち上がる。(人は時として、正しいことをする! 正しさを願う!)
「だから! その気まぐれさが厄介なんだろうが!」
ゴーストは両手を向かいわせるようにする。その中心で魔力を編み、黒い球体を形成していく。
古谷も迎え撃つように腕を十字に組んだ。周囲から魔力を吸収していく。
やがて二人は十分に充填を終えると、ほとんど同時に光線を放った。
青白い一条の光と、稲妻のような軌跡を残しながら飛んでいく黒い球。ぶつかり合うと、それは爆発のエネルギーへと取って代わった。
大気を揺らすほどの衝撃波。その後から土煙が立ち上った。
やがて煙が晴れると。
「よかったな」ゴーストが言う。「これで戦いを終わりにできる。ほっとしただろ?」
まだ白煙が微かに漂う中、透かすようにして胸の結晶体が点滅するのを認めての言葉だった。
「だが、いつの日かそれは点滅しなくなる。そうして、終わらない闘いの日々が始まる。いい加減に気づけ、古谷弘治。その胸の重りに」
(それでも、俺は戦い続ける)
「そうかよ」
ゴーストは吐き捨てるように言ったかと思うと、興醒めだと言わんばかりに体が分解させ始める。無数の霊魂が飛び去っていく。
「古谷弘治、これだけは覚えておけ」そうして徐々に体積を失っていく中、ゴーストがこう言い残す。「いずれその選択をしたことを後悔する」
果たして、どこから声を発していたのか。その直後に完全に姿を消した。
取り残されたのは胸の結晶体を赤く点滅させている岩塊の巨人。傍から見れば退けたような恰好ではあったが果たして。
依然として曇天の空が垂れこめていた。当分、晴れる見込みはなさそうだ。
*
生身の体に戻るとすぐに古谷はレンと合流した。彼の方から駆けつけてきたのだった。
「古谷、平気か?」いつもと変わらず調子で問いかけられて。
「あ、ああ」と、戸惑いつつも返事をする。それから、「さっきは、その」と気まずそうに切り出した。「悪かった。なんて言えばいいのか……周りが見えなくなっていたっていうか」
対する彼は、随分とあっさりとしたもので。
「わかるよ」と、言ってのけた。「意地、だよな?」
その態度の温度差が、却って気まずさを助長させる。
「ああ、まぁ」
「まぁ、でも?」レンは隣へ並ぶと、気さくに肩に腕を回してくる。「俺も昔っからあいつには思うところあんだよね。だから、次は一緒にぶん殴ろうぜ」
そう言って、拳を突き出してくる。
「……わかったよ」そうして、古谷はようやく相好を崩した。
彼も拳を構えると、お互いに突き合わせる。
「うっし、帰るか」レンは背中を叩くと、先んじて歩き出した。「エトちゃんが心配してるぜ」
古谷はそんな彼の背中に声を掛ける。
「レン、ありがとう。何から何まで」
「うん?」と、振り返る。「おうよ!」
「これからもよろしくな」
「どうしちまったんだ? 改まって」
「……いや」何かを言いかけた古谷。
しかし、その前に彼女が姿を現す。
「エト……」と、その名を呼ぶも。
返事はなく、まっすぐと彼の真正面まで歩いてきた。その瞳は冷たい怒りを称えている。
「あー……」古谷はまたも気まずさを取り戻し、恐る恐る声を掛ける。「無事だったか? その、怪我とか」
「フルヤ」しかし、その言葉は冷淡な声に抹消された。「何か言うことは?」
「そのー……正直、すまんかった」
「私がなんで怒ってるかわかってる?」
「え? えー……飯買ってこなかったから?」
エトは呆れたように溜め息を吐き、それから言った。「次は私も一緒だから」
「……ああ」
*
その晩、三人は盛大に飲み食いした。特に古谷とレンは度重なる連戦により、かなり消耗しており、その分を補うかのように食べまくった。
町には戦闘の痕跡も生々しく陰気な空気は立ち込める中で、三人の席だけは比較的賑やかだった。とりわけ騒いでいるわけでもなければ、盛んに会話が交わされているわけでもない。それどころ、食べるばかりで無言の時間の方が多かった。
それでも机の上は確かに華やかだったし、世が世なら不謹慎と揶揄されてもおかしくはないくらいには豪勢な夕食だった。
そうして満腹感を得ると、疲労がピークであったことも相まったすぐに眠気が襲ってくる。そのため、各々部屋へと引き上げた。レンは自分の宿屋に戻るのが面倒ということで、二人と同じ宿屋に部屋を取った。
そして、泥のように眠りにつく。ただ一人を除いて。
*
翌朝。エトが目を覚ます。
一人、室内でぼぅっとしているとノックの音が聞こえる。返事をすると、ジュンが顔を覗かせた。今日は彼女が体を使う日らしい。
「おはよう」
「おはようございます、ジュンさん」
「よく眠れた?」
「私は平気です。ジュンさんの方は、疲れは取れましたか?」
「まぁまぁかな」と、彼女は答える。「古谷くんは?」
「さぁ? まだ寝てる気がしますけど」
それからしばらく、二人で女子トークに花を咲かせる。と言っても、ここ連日の出来事的にそれほど明るい話題を続けることはできず、すぐに終わってしまう。
その気まずさを紛らわすように言った。
「古谷くん、遅いね」
「様子、見て来ましょうか」
「そうだね」
話がまとまると、二人は彼の部屋へと向かった。扉をノックする。
返答はない。
「まだ寝てるんですかね?」と、エト。
「まぁ、いろいろあったし。疲れてるんでしょ」
「ですかね?」
エトはそう言い、何気なく扉を開けてみた。別に何か考えがあったわけでもなければ、予感めいたものがあったわけではない。本当に、なんとなくだ。
なので。
「……空いてる」これは予想外だった。
微かに空いた隙間からは中を見ることはできない。これ以上、開けるべきかどうか。彼女はジュンと視線を交わした。
「ただ閉め忘れただけかも。昨日は相当お疲れだったみたいだし」
半ば励ましのつもりだったが、彼女自身がその言葉を信じ切れていなかった。そのためエトにもそれが伝わり、以前として不安な面持ちを浮かべていた。
だが、これを見て見ぬ振りしたとて何も変わらない。問題を先送りするだけだ。意を決して、扉を押し開けた。
すると、部屋はもぬけの殻だった。
残されているのは置手紙が一つ。そこにはこう書かれている。
『身勝手でごめん。エトのことだからきっと怒っているだろう。その気持ちは、おそらくどれだけ釈明しても変わらない。だからって何も説明しないわけにはいかないと思い、ここに綴る。
クライカの一件でいろいろと明るみに出たが、それ以前からも薄々感じていた。このゴーレムの力というのは、かなり厄介な代物だ。おいそれと使っていいものではない。それはレンも言っていた通りだ。
いつの日か生身の肉体を失い、完全にゴーレムと化す。そうして始まるのは終わらない闘いの日々だ。
俺はいい。どの道、逃れられない運命だ。
しかしエト、本来君は関係ない。この旅だって、こういう言い方は冷たいかもしれないが単なる同伴者に過ぎなかった。目的を共有しているわけでもない。手伝ってくれたことには感謝しているが。
ともあれ、こんな話をあらかじめしてもエトは受け入れないだろう。今更何を言ってるんだと笑うかもしれないし、とうに覚悟を決めたことだと怒るかもしれない。今後も一緒に戦おうとするだろう。
別に君を責めているわけではない。だが、こうなってしまった以上、この戦いに君を巻き込み続けることを俺は望まない。
だから、ここでお別れにしよう。
俺は、俺の使命を果たす。
君はどうか、君のままでいてくれ』




