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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十六話 君は君のままで
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16-1

 雨は連日降り続いた。一向に止む気配を見せず、モラゴの町を濡らしていく。


 純血種による災害にあった町人たちにとっては、却って慰めとなった。こびりついた血の汚れが洗い流されるし、匂いも幾分か和らぐ。それに外に出ないでいられる正当な理由にもなった。


 半分以上は無駄だと察しながらも認めたくないばかりに続けている行方不明者の捜索を、中断することができたのだった。


 それでも尚、濡れネズミになりながらも歩き周る人もちらほらと見受けられたが、そういった人々は喋ってもせいぜいうわ言程度なので、町は比較的静寂に包まれていた。


 それは古谷たちを置いても例外ではない。


 クライカとの戦闘の後、レンはしばらくして気を失ったので古谷が背負う形でモラゴの町へと引き返した。泊っている宿屋まで運び込むと、ベッドに横たえる。


 道中、散々雨に打たれたので簡単に拭いたものの、完全に拭えたわけでもない。着替えさせるのはさらに困難だ。仕方がないので、半分くらいは濡れたまま寝かしたわけだが、おかげでベッドがみるみる水を吸っていった。


 宿屋の店主は怒るか、あるいは気にも留めないか。状況的に確立は五分五分といったところだろう。


(先に謝っておくか?)古谷はそんな心配をした。(だが、もし弁償を要求されたらどうしようか……)


 旅人にとっては痛い出費だった。


 ともあれ、彼がそんなことに気を回しているのはひとえに差し迫った事態から逃避したいからに他ならない。


 だが、そんなごまかしがいつまでも続くわけもなく。


「どうして、オセくんだけが殺されたんだろう」エトが静寂を破る。


「……どういう意味だ?」


「だって不自然じゃない? 他の亜人種はみんな追い出されただけなのに、彼だけは殺された。どうして?」


「なんで、亜人種が追い出されたってわかるんだ?」


「状況的にみてもそうだよ。町の人は亜人種に対して排他的で、常日頃から追い出したいと画策していた」


 もちろん全員が全員、亜人種に対して排他的だったわけではないだろう。しかし治安が悪くなっているのは確かで、そこに魔獣が出現したというわけだ。


 一見すると全く関係のない二つの事柄だが、亜人種の流入に否定的な層がこれをあたかも亜人種のせいであるかのように人々を先導したのだろう。


 そして、多くの町民が賛同を示した。


 そこには漠然とした不安があったこと加味しなくてはならない。その鬱憤の矛先を亜人種に向けたものも少なくないはずだ。


「亜人種を受け入れる宿屋が空っぽだったのも、ひとえにその店主が計画に加担したからだと思うよ。自主的にか、脅されて仕方なくかはわからないけど」と、付け加える。「でも、ただ唯一オセくんだけは殺されなければならなかった。そんなことある?」


「……そんなこと、考えてどうするんだ?」


 気持ちはわからなくはない。少なからず関わったものとして、原因を追究したくなるのが人情というものだ。


 だが同時に、そんなことしても無意味なことも明白だった。例え、それが明確になったとしてもオセは戻ってこないし、フォレットは廃人と化したまま。全てが手遅れだ。


「それは……」


 エトもそんなことはわかりきっているようで、悔しそうに唇を噛みしめるだけだ。


「悪い」ついつい意地の悪いことを言ってしまったことを謝罪する。


 それから立ち上がる。


「どこに行くの?」エトがすかさず問いかけてきた。


「食いもん買ってくる」


「……こんな時に?」顔を顰めて問いかける彼女に。


「こんな時だからこそだよ」古谷は言い切る。「大事だろ?」


「……そうだね、ごめん」エトは幾分か表情を和らげた。「じゃあ、お願い」


「すぐ戻る」


          *


 古谷は宿屋を出ると最初こそ歩いていたが、やがて焦れたように走り出す。雨に濡れることなどお構いなしと言わんばかりの走りっぷりだった。


 約束通りすぐ戻ろうとしてそうしているわけではない。それどころか、彼にそんなつまりなどさらさらなかった。


 エトの話を聞いてからというもの、居ても立ってもいられなくなっていたのだった。オセを殺した犯人。その存在に心当たりがあったからだ。


 やがて路地へと入り込む。四つ辻の真ん中にまで来ると。


「ゴースト!」彼は雨にかき消されないほどの大声で叫んだ。「出て来い! いるんだろ!」


 だが返答はない。


「あくまでも隠れているつもりか!」古谷はさらに語気を荒げて言う。「お前なんだろ! オセを殺したのは!」


 責任転嫁でも何でもない。奴自信がそう言っていた。オセとその弟を引き離すことに苦悩していた古谷の前に姿を現し、代行を申し出てきた。そして、兄弟ともども始末するのが慈悲だとさえ言ってのけたのだった。


 散々、陰湿なやり方をされてきた。が、今回ばかりは我慢ならない。


「そうまでして、どうして俺に構う! 俺の何がそうさせるんだ!」


 すると、ようやく声が聞こえてきた。


「随分とうぬぼれたことを言うんだねぇ……」やや呆れたような声音。


 しかしまだ姿は見えない。辺りに反響しているので場所の特定もできない。


「ならば、何が目的なんだ! 言ってみろ!」


「だから初めから言っているだろう。僕たちに迎合しろと」


「何のために!」


「君のためを思って言ってるんだよ。今回の一件でわかったはずだ。ゴーレムの力が如何なるものか」


「それと、お前と一緒になることに何の関係がある」


「ゴーレムの力を持つものとして、結末は二つに一つだ。一つは人間であることを止めてゴーレムとしての使命に専念すること。もう一つは力を隠して普通の人間として振舞うこと。いつの日かバレるのではないかと怯えながらね」


 ゴーストはようやく姿を現した。いつものように路地の陰からぬっと姿を覗かせる。


 特徴という特徴を削ぎ落したかのような男の姿。以前にも見たような気がするが自信はない。しかもそれがゴーストとしてなのか、あるいは町中ですれ違った一般人だったのかもわからない。こういった特殊な状況でもない限り、絶対に気づくことはない。背景に溶け込まれたら、絶対に見つけることは叶わないだろう。


 そんな男が言う。


「これが本当に人間を救うものの末路だなんて、信じられるかい? だから俺たちは第三の選択をした」


「第三の選択肢?」


「ゴーレム同士で一体化能力を行使してみたんだ。運命を同じくするものだ、躊躇いはなかったね。その結果、私たちはゴーレムの宿命から解き放たれた」


「待てよ、それじゃあお前は……」


「そうだ、我らはゴースト。元はゴーレムだったものたち」ゴーストは手を差し伸べてきた。「これは救済だ。君をその過酷な運命から救い出す。さぁ我らと共に来い、古谷弘治」


          *


 レンは短い呻きのような声を漏らすと、目を開けた。「ここは……」


「目が覚めたんですね」傍にいたエトがすかさず気づく。「調子はどうですか?」


「エトちゃん……。まぁ、平気みたいだ」


「よかったです」


「……古谷は?」


「食べ物を買いに行きました」


「そうか……」レンはそう告げると、長く息を吐いてベッドに身を沈めるようにした。


 しばしの静寂。雨の音だけが部屋を支配する。目を閉じる彼はそのまま再び眠りに着こうとしているかのようだった。


 そのまま寝かせてあげようと思っていたエトだったが、レンの方から口を開く。目を閉じ、横たわったまま、まるで寝言かのような緩慢な口ぶりで話し出した。


「俺は以前、あいつと同じことをした」


 それはクライカに指摘されたことだとすぐに察しがついた。というのも、エトもそれがずっと気にかかっていたからだ。


 ――そうか、お前。経験者だな?


 つまるところ、レンも一体化した人間の体を乗っ取ったことがある。彼自身が、今それを認めた。


「どうして、ですか」


 しかし、エトの知る彼はとてもそんな人には見えない。確かに隠し事をしているふうではあったが、そんなものは人間誰しも一つや二つはあるものだ。


「どうしてかな」レンは自嘲気味に息を漏らした。「多分、お互い不器用だったからだろうな」


 どこか独白めいている。然るに、エトのみならず現在彼と体を共にする二人に対しても言っているのだろうと思われた。


「とても素直で、純粋な奴だった。だからだろうな、人助けするってなったら真っ先に動き出す。自分に何ができるかなんて後から考えるんだ。……そういうところは、古谷に似てるな」


「……ですね」


「でも、だからこそ本当は戦いなんかに巻き込んじゃいけなかった。俺はそれを知らなかったんだよ」


「どうなったんですか、その方」


「誰からも戦うことを強要されるようになった。助ければ助けるほど、助けられなかった人が浮き彫りになって、自分でもそれを悔やんでいたから、どうして助けてくれなかったんだっていう声をまともに聞き届けようとしちまったんだ」


「そんな……」


「結局、最後には潰れちまった。俺はずっと傍にいながら、何もしてやれなかった」


 そうして廃人と化した宿主の体。その主導権を、なし崩し的に得たということだろう。


 彼の言葉は語尾に向かうにつれて、声が震えていた。それまで努めて淡々とした調子で話していたのだが、それは単に感情を抑制していただけのようだ。


「ごめんな……」


 それでも持ち直した彼は、立派と言うべきなのか。それとも悲しむべきなのか。


「……どうして、レンさんが謝るんです?」


「フォレットにもっと早く言えばよかった。そうすれば、こんなことになることはなかったはずなんだ。俺の心の弱さが、招いちまったことなんだよ……」


「……そんなことないですよ。レンさんは何も悪くないです」


 エトにはそういうのが精一杯だった。何の根拠もない慰め。


「ありがとう、エトちゃん」


 案の定、彼の心にはあまり響かなかったようだった。


 が、決して本心ではなかったわけではない。今の話を聞いてもレンが悪いなどとは微塵も思わなかった。彼の過去に関してはともかく、フォレットのことに関して言えば非はない。


 乗っ取りを画策して一体化を図ったクライカの方がもっとずっと悪いからだ。


 しかし考えてみれば、彼もまた被害者であるわけだ。遺跡に行ってみると、彼女の予測通り純血種を感知する能力が増幅された。随分と正確な場所も特定できるらしく、すぐに向かうことができた。


 問題はその超感覚には苦痛を伴うというもの。クライカの言う通りならば、ゴーレムとして覚醒したら最後、人間としての感覚が全て遮断されるわけなので残るはその苦痛だけとなる。


 無感情に、無感覚で、居場所もなく遺跡に籠る。そしていざ純血種が現れたら、ゴーレムは苦痛を振り払うために、動き出さざるを得ない。


 それはさながら人間の善性などと言うものをまるで信じず、完全に世界のシステムとして組み込む行為だ。


 純血種の脅威から人類を守る、戦闘マシーンとして。


 自然と体が強張る。我知らず握りこぶしが握られていた。


 そうして一人、悶々としていると。


「エトちゃん?」レンに呼びかけられる。「どうした?」


「え?」


「いや、何か怖い顔してたから」


「え? あ、そうでしたか?」ごまかすように言った。「お腹空いたからですかね?」


 信じてくれたのか、くれなかったのか。レンは「そうか」とだけ言う。


 気まずさからエトはこう続けた。


「フルヤ、遅いですねぇ」

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