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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十五話 消された時間
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15-4

 雨にけぶる森の中で、先に動き出したのは純血種だった。


 俊足を生かした攻撃。すれ違いざまの爪撃を繰り出す。ぬかるむ地面などものともしない。


 目にも止まらぬ速さで一往復。クライカは成す術もなく、どちらも食らった。


 そうして膝をついたところに、純血種はさらに襲い掛かった。牙をむき出しに、食らいつこうとする。


 クライカはそれを太い方の腕を差し出し、食いつかせることで防いだ。そして、光の剣を切り上げるように振るう。


 しかし、それは難なく避けられた。跳び退り、距離を取られてしまう。


 反応速度まるで違う。純血種の方が勝っているのは明らかで、攻撃を当てることすら困難だ。


 だが、クライカは光の剣を振りかぶって突っ込んでいく。


 そんな直情的な攻撃が当たるわけもないとばかりに、白けた様子の巨大なオオカミ。下半身だけを曲げて尻尾を振るうと、薙ぎ払われた木々が飛んでいく。クライカへと襲い掛かる。


 しかし、彼はものともせずに突き進んだ。十分に間合いが詰まると、必要以上に大ぶりな動作で一閃。


 が、これも難なく避けられる。


 クライカは追随して、さらに同じようにして剣を振るう。


「イダイオテ」一言、そう呟いて跳び退る。


 だがクライカは、ひたすら同様のことを繰り返そうとしてきた。


 あまりにも単調な戦いに業を煮やした純血種は、さっさと終わらせようと試みる。剣を振りぬいた僅かな隙をついて、飛び掛かった。


 その時、クライカが大きく姿勢を崩した。どうやら地面のぬかるみに足を取られたらしい。まるで投げ出されたかのような、後ろに仰け反った姿勢。


 所詮はその程度かとばかりに純血種は冷めた目でそれを見る。そして、さっさと終わらせようと爪を突き出した。


 が、そこでクライカは腕を振る。


 転んだように見せかけるための自ら取った行動だった。どうあがいても間合いに入れないと悟ったクライカは、あえて隙を見せることで相手に距離を詰めさせようとしたのだった。


 もちろん、それだけではまた避けられることはわかりきっているので、油断を誘うことも忘れない。


 結果として、大オオカミは振るわれた剣を避けることができなかった。まんまと一太刀を浴び、突き出していた前足を中ほどで切り飛ばされてしまう。


 雄叫びを上げながら、ぬかるむ地面に不時着する純血種。切断された腕の断面から絶え間なく流れ出る血が、すぐさまに雨に洗い落とされ、次から次へとあふれた。


 瞬く間に体温が奪われていく。


(生きてる年数が違うんだよ。昨日今日生まれたばかりのガキに負ける俺じゃない)


 クライカは言いながら、うまく立てないでいる巨大なオオカミへと近づいていった。呼吸を乱しながらも闘志だけは失っておらず、何とか立ち上がろうともがいている。


(いい目をするじゃないか)クライカは嬉しそうに言うと、そんな純血種の傷口を蹴りつけた。(果たして、いつまで続くかな?)


 遠吠えとも違う咆哮が辺りに響く。


 ついでクライカは尻尾を掴む。そのまま引きずろうとすると、純血種は逃げようともがきだす。しかしクライカはそれを許さない。


 尻尾をがっちり掴んだまま、力任せに自分のもとまで引き寄せる。大オオカミは残っている前足で何とか踏ん張っていたが、ぬかるんだ地面の前では無力でずるずると引き寄せられてしまう。


(おらよぉ!)そして背負い投げをかます。


 力なくへたり込んでいる巨大なオオカミ。しかし、クライカは容赦することなくその頭を掴んだ。


(もう終わりかぁ?)


 持ち上げるようにすると、太い方の腕で殴りつけていく。特に口周りを重点的に拳を叩きこんだ。何度も繰り返して、ご自慢の歯を幾本も叩き折る。


(歯ごたえのねぇ奴だ)


 クライカは頭を掴んだまま立ち上がらせるように持ち上げると、手を離すと同時に、入れ替えるようにしてもう一方の腕で殴りつけた。


 殴り飛ばされた純血種は、再度土砂の中で倒れ伏す。今や目は虚ろで、細く息を吐きだすだけ。


(どんな気分だよ、おい。見下した奴に嬲られる気分はよぉ!)


 クライカは再び光の剣を現出させると、虫の息の純血種へと近寄っていく。もう一度頭を掴み上げると、ダランと開いた口に切っ先をあてがった。


 口内へと差し込んでいく。


(弱っちい兄貴のもとへ送ってやるよ。守ると豪語して置きながら、まんまと殺された奴のもとへとな)


 光の剣に魔力を注いでいき、温度を高める。その熱量は留まるところを知らず、際限なく熱くなっていく。


 大オオカミは体内から徐々に加熱されていった。


 しかし、それだけでは終わらない。香ばしく焼かれても尚、熱せられ続けたその体はついに発火し始めた。降りしきる雨などものともせず、燃え盛る。


 クライカはまるでそれが自らの勲章のように天に掲げた。前腕から先が炎に包まれながらも、狂ったように笑い声をあげる。


 やがて純血種が細かい灰となって腕から散っていくと、クライカは身をのけぞらせ、全身で雨を浴びるようにしながらさらに激しく笑う。


 彼の体が変質し始めた。緑っぽい体表に、新たに蛇の皮のような縞模様が浮かび始める。左右非対称な体つきではなくなり、引き締まった筋肉質の体躯。


 五指には鋭利な爪が生え、凹凸のないつるりとした顔立ち。やや面長で、物憂げな瞳から一転して縦に細長い瞳孔。口が裂け、中から先の割れた舌がちろちろと除いた。


 手首の周りと腰回りに毛羽だった繊維が生え、その姿はさながら上裸の原始人を彷彿とさせる。


(この時を待っていたぁ!)


 カンラン岩のゴーレムは、邪紋岩のゴーレムへと変貌を遂げたのだった。


 その直後、彼の背後で突風が巻き起こる。飛んでくる雨の雫を浴びながらクライカは振り返ると、竜巻が上空より降りてくるところだった。ちょうどクライカと同じくらいのサイズ。


 それがやがて地上に降り立つと、その中からレンが姿を現す。


 遺跡はエトの想像通り純血種に対する反応を増幅させた。その反応を追って、彼はまっすぐ飛んできたのだった。


 遅れて古谷とエトが一体化したゴーレムが着地する。


(よぉ、一足遅かったなぁ。純血種は先に倒させてもらったぜ)


(クライカ……)と、レン。(お前、フォレットを「食った」な)


 問いかけると、クライカは笑いだす。初めは体を折るようにして忍び笑い。が、次第に堪え切れなくなったとばかりに身をのけぞらせて、大空に轟かせんばかりの笑い声をあげた。


(ああ、そうだ!)笑い声交じりに言う。(チョロかったぜぇ、奴は!)


(初めからそれが狙いだったのか)


(出会ったのは偶々だったさ。だが純血種の反応を感知して町をぶち壊したら、ショックからか記憶を失ったみたいなエルフがいてなぁ。さっきまで破壊の限りを尽くしていたのに、まるで初めて見たと言わんばかりにあほ面下げている。そこで俺はピンと来たんだ)


(何がだ)古谷が問う。


(こいつは利用できるぞってな。記憶喪失は自己防衛本能の一種だ。そいつをこんな簡単に発揮しちまうような精神の脆弱性。そこをついてやろうと思ったら、案の定の甘ちゃんだ。後は、消された時間をどのタイミングで取り戻させてやるか。それだけだった)


(さっきから)エトが口を挟んだ。(何の話をしてるんですか)


(奴はフォレットの肉体を乗っ取ったんだ)レンが代わりに答える。(精神的に追い込んで廃人にして、その肉体の事実上の主導権を手にした)


(そんな……)


(賭けてみるだけの価値はあったぜぇ)クライカが笑いながら言った。


(てめぇ……)対してレンは、怒りの籠った口調で言う。(自分が何をしてるのか、わかっているのか)


 すると、一転。クライカは怒鳴り声をあげる。


(お前もゴーレムとして覚醒してるならわかるだろ! あの石室の中で生き埋めにされた感覚! 人としての喜びを奪われて! 意識だけを残されて! 何百年もいつ現れるとも知れない化け物対峙のために待ち続ける! 正気でいられる奴の方が、気が知れねぇ!)


(だからって!)レンも声を荒げた。(それは誰かの人生を奪っていい理由にはならない!)


(ほざけ! てめぇだってその体を乗っ取るつもりで一体化してる身だろう! もう一人とどうやって折り合いをつける気か知らねぇが、でなきゃわざわざ脆い肉体を取り戻す理由がねぇもんなぁ!)


(俺にそんなつもりはない)


(はっ! そりゃあそうだろうよ。宿主の前で暴露するわけにはいかねぇからな)


(いい加減にしやがれ!)


 レンが駆けだす。飛び蹴りで、切り込んでいく。素早く、鋭い身のこなし。


 しかしクライカはいとも容易く上体を逸らして躱すと、その足を掴んだ。蹴りこんできた勢いを利用して、進行方向へと投げ飛ばす。


(あのでけぇ犬っころの後なら、何でも止まって見えるなぁ)


 だが、レンもただやられているわけではない。地面へと投げ出される前に飛行能力を行使して、飛び上がる。上空で旋回して、クライカへと向かっていく。


 対する蛇紋岩のゴーレムは胸の結晶体を拳で叩くようにすると、徐々に体から離していく。その手との間で光の帯が伸びていき、ある程度の長さになると途切れた。


 そのようにして、クライカの手には棒状の光が握られている。それを身を逸らして振りかぶると、迫りくる翼のゴーレムに向かって投げつけた。さながら槍投げのような投擲フォームで、まっすぐ飛んでいく。


 決してレンも油断していたわけではないが、お互いに距離を縮め合うようにしていたので体感的には目にも止まらぬ速さだった。それでもすんでのところで回避行動をとれたのは、持ち前の機動力ゆえだろう。


 が、さすがに避け切ることはできなかった。肩を掠める結果となる。思わぬ衝撃に、レンは地面へと墜落した。


(やけに殺気立ってるじゃないか、ええ?)クライカは言った。(もしかして、図星だったのか? そいつは悪いことしたなぁ、邪魔しちまったなぁ)


 その瞬間、レンの着地点に巻き起こった砂煙の中から光弾が飛び出す。


 咄嗟の出来事に、クライカは反応できずまともに食らう。肩に被弾。


 土煙は光弾の通り抜けたところを中心に、円状に晴れていく。その奥では拳を突き出した姿勢のレンがいた。


(そうか、お前)クライカは肩を抑えながら言う。(経験者だな?)


 返答どころか、反応すら示さないが構わず続けた。


(通りで俺の目論見に気づいているふうだったわけだ。……なら、猶更咎められる謂れはねぇなぁ)


(黙れよ)レンは冷淡な声音で言う。(でなきゃ……)


 腕をL字に組む。


(次はこいつをお見舞いするぜ)


 自らに禁じている光線技の構えだった。


(はっ! そう怒るなよ。生憎と手に入れたばかりの肉体を失うわけにはいかない。勝負は一旦、預けておくぜ)そう告げた後、呆然としていた古谷へと振り返る。(おめぇもせいぜい気を付けるこったな)


(気を付けるって……)


(決まってる。その力だ)と、胸の結晶体を指差した。(そいつは思っている以上に重しになるぜ)


 そう言い残すと、気怠そうに歩きだす。その最中で岩塊の体は崩壊を見せた。


 慌てて視線を下げるも、もうその姿は見えなかった。木々に隠れて、どこに行ったのかわからない。


 追うべきかどうか。判断を仰ぐつもりでレンへと視線を向けたが、彼は片膝をつくようにして苦しそうに喘いでいた。


(レン!)慌てて駆け寄る。


(へっ、ちょっと無理し過ぎたみたいだ……)


 まだ純血種との戦いで受けたダメージが体に残っているのだろう。


(なっさけねぇなぁ、俺)レンは自嘲気味に言った。(ちょっと気張ってみたが、結局間に合わなかった。だっせぇよ)


(そんなこと……)エトが言う。(とにかく、今は休みましょう)


(……ああ、そうさせてもらうよ)彼の体が崩壊した。


          *


「あー……だりぃ」


 クライカは未だ痛みの残る肩に手をやりながら、気だるげな足取りで歩いていた。一歩、一歩。土を踏みしめるようにゆっくりと。雨に濡れることすら厭わず。


 全てが久しぶりの感覚だった。痛み、冷たさ、土の感触。


 そのため不快感よりも嬉しさが勝る。思わず顔がニヤけてしまうのがやめられない。


「これからどうすっかなぁ」


 ついつい気持ちが浮ついてしまう。


 これから忙しくなる。めいっぱい生を享受する。ゴーレムの体に閉じ込められ続けた、もう数えるのすらやめた年月を取り戻さなくてはならない。


「とりあえず飯だな。腹が破裂するまで食ってやる」


 目的を決めると、気持ち足早になる。この森を抜けて辿り着く町が、待ち遠しくなった。


 と、その時足が何かを踏んづけた。しかし今の彼にとってそんなことは些末なことだったので、歩みを止めることはない。


 踏みつけにされたものは花のブローチだった。粉々に砕け、地面に残されている。


 彼はこの先、オセ兄弟の形見だったそれを最後の最後の瞬間までそれを思い出すことはなかった。

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