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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十五話 消された時間
59/71

15-3

 雨は勢いを増していた。


 フォレットが追い出されるようにして洞穴から出て行くと、激しさを増したそれに打ち付けられることとなる。痛いくらいに全身を打たれ、心身ともに疲弊している彼はほどなくして彼は歩けなくなった。


 まるで上から何かに押しつぶされているかのように背を丸めながら、よたよたとした力ない足取り。が、辛うじて木にもたれることだけはできた。


 後は重力に身を任せるように、背中を擦りながらへたり込む。


「どうして……どうしてなんだ……」


 俯かせた顔からぽたぽたと雫が落ちていく。それが滴ってきた雨なのかどうか。本人ですら判別がつかなかった。


(ゴーレムが純血種に対して本能的に嫌悪感を抱くように、純血種もまた人間の血に強く反応を示す。お前がハーフエルフである限り、相容れることはない)


 クライカが冷淡な声で答える。


 全く空気を読まないその言動に、フォレットは叫ぶ。


「知るか、そんなこと!」


(だが、それが事実だ)


「生まれなんか関係ない! 知性ある以上、絶対理解し合えるんだ!」


(絶対などとは。随分と傲慢だな)


「可能性を捨てて、安易な手段に逃げる方がずっとずっと傲慢じゃないか! 生まれてきたからには全身全霊を掛けて理想を目指すのが、人としての正しい姿だろ!」


(理想を押し付けるのは正しいのか)


「じゃあ共存が誰かにとって不都合な願いになるって言うのか! その身に悲劇が降りかかったとして、それでも同じことを言えるのか! 世界平和は、誰もが望むものじゃないのかよ……」


 膝に顔を埋めるようにして蹲る。


 それっきり言葉は切れ、降りしきる雨の音ばかりが辺りを包み込む。フォレットの体温をみるみる奪っていっているのは確かだが、彼は決して動き出そうとしなかった。


 その気が全くなかったからだ。このまま百年でも二百年でもこうしていたっていいとさえ思っていた。


 クライカは一つ嘆息を漏らすと、こう告げる。


(記憶、取り戻したいか)


「……何だよ、急に」


(その気があるなら、ここから少し行った先にある森に行け。あるいは、何かを思い出せるかもしれない)


 どういう風の吹き回しかはわからない。落ちこんでいる姿を見るにつけ、唐突に協力的姿勢を示したとでもいうのだろうか。


(いや、こいつに限ってそれはないか)フォレットは思う。


 だが、興味があるのは確かだった。もしくはこの湧き上がる信念の由来を知ることができるかもしれない。


 それさえわかれば確固たる意志を持って、またオセの弟、もといレカイヴと相対できるだろう。今の精神状態で説得など夢のまた夢だが、揺るぎない思いさえあれば不可能ではない。


 少なくとも、また頑張れる。


(そうだ、まだ諦めるには早い)フォレットはゆっくりと立ち上がる。


 目的ができると幾分か気力が戻り、体を動かせることができた。


 それでも牛歩同然だったが、着実に、一歩ずつ進んでいく。微かな期待を抱きながら。


          *


 予想通りに降り出した雨は、レンたちの捜索も困難にしていた。


(くそ、何も見えねぇ)と、彼は毒づく。


 彼は今、翼のゴーレムとなって森の上空を飛んでいた。掌には古谷とエトを乗せている。


 羽はあくまでも飾りなので濡れたからといったって飛行能力に影響はない。


 問題はこの雨のために視界は悪くなっていることだった。


 ゴーレムの超感覚を持ってすればおおよその居場所はわかる。今や覚醒した純血種からは、かなり距離を置いても絶えまなく反応が感じ取ることができた。


 だが一方で、これには大雑把にしか把握できないという難点がある。なので目的地周辺に着いたならば、後は自力で探す必要が出てくるのだが、そこでこの視界不良が邪魔をしてきていた。


 あの大型生物ならば上空からでも見えないわけがない。仮に隠れ潜んだとしても、そこもまた大きな場所になるので自然と絞られる。


 しかし、それを探すには条件が悪すぎるというわけだった。


 手の縁にしがみつくようにしながら、並んで寝そべっている古谷とエト。眼下に広がる光景をのぞき込むようにしている。


 レンが気を利かせて、もう一方の手で屋根を作るようにしてくれているのでずぶ濡れになることは避けられた。ただ完全に防げるわけでもないので、時折冷たい雫の洗礼を受けている。


 そんな中、侵入しようとする雨滴に目を細めながらエトは必死に何かを探している。やや身を乗り出し過ぎているきらいがあるので今にも落ちるのではないかと、古谷はむしろそちらの方ばかり気を取られてしまった。


「おい、あんまり身を乗り出すと」ついに口にしてしまう。


「わかってる」とは言うものの、一向に姿勢を改める気配はない。


 それからもしばらく目を凝らしていたが、やがて諦めたように嘆息すると身を引く。


「やっぱり駄目だね」と、告げる。「どこかに痕跡があると思うんだけど」


 木をなぎ倒すほどではなくとも、枝を折らずに済む大きさではないので、通り道が不自然に空いているはずだった。いうなれば獣道の巨大版で、通常ならば上空からでも目視することが可能だろう。


「まぁ、この雨じゃあな」古谷は慰め代わりに言った。


 こうなればもう派手に暴れて貰う以外に見つける方法はなさそうだ。半ば諦めの境地でそう思いかけた古谷だったが。


「レンさん、聞きたいことが」と、エトはまだ考えがあるみたいだった。


(なんだい?)返事がある。


 しかし、彼女にゴーレムの思念を聞き取ることができないので古谷が通訳するしかない。


 頷いて見せて続きを促すと彼女は言う。「ゴーレムが籠る遺跡って何のためにあるんでしょう」


「え、そりゃ」古谷が先んじて答えた。「純血種が現れるまでの待機場所だろ」


 あるいは、居場所がないからというのもあるかもしれない。


「それはゴーレム側の都合でしょ?」しかしエトの意図は別にあったようだ。「そうじゃなくて、わざわざ用意されている意味だよ」


 考えたこともなかった。そもそも誰が何のために作った場所なのかもわからない。てっきり有志が後世に言い伝えるために作ったものとばかり思っていた。例えば、崇拝者とかが。


 しかし、ゴーレムの多くは謎に包まれているはずだ。にも拘らず、あの遺跡はゴーレムの存在を感知して洞窟内を照らし出したりする。


 となると、そのメカニズムを知るものがわざわざ用意したということになる。つまるところ、創造主である神だ。


(うーん……)返事も芳しくはなかった。(悪いけど、わからん)


「レンもわからんって」


「そっか」というが、さした落胆した様子も見せず「もしかしたら遺跡には能力を増幅する力があるんじゃないですか?」と自らの考えを披露した。「純血種をより効率よく感知できるように」


 あまり気分のいい話ではないが、決してあり得ないことではない。かつてエルフの里を襲ったゴーレムは、純血種が産まれたばかりの段階でその存在を感知していた。


(試してみる価値はあるかもな)レンは言い、方向転換する。(どこにある?)


 エトの案内に従い方向転換を始めた。


          *


 果たして目的地に何があるのか。皆目見当もつかないが、クライカに言われるがまま進む。


 すると、そこには。


「なんだ、ここ」


 荒れ果てた土地があった。木々はなぎ倒されていたり、地面は抉られていたり。


 とても自然の産物には見えない。時間の経過によるものではなく、明らかに何者かが暴れたような形跡だった。それも巨大な何かだ。


「ここに、僕の記憶を取り戻すヒントがあるのか?」尋ねると。


(そうだ)あっさりと肯定される。


「どうして、こんなに近くにあるのにずっと黙っていたんだ?」


 しかし、この質問には返答はなかった。


 怪訝に思いつつも歩を進めていくフォレット。やがて足が木片を踏みつける。


 それ自体は問題ではない。これだけ荒れ果てているのだから、そこら中に落ちている。肝心なのは、それが明らかに人為的に切り出された板切れだということだった。


 フォレットは視線を落とすと、泥にまみれたそれに目を落とす。それから周囲に視線を巡らせた。


 すると、見える景色はたちまち一変した。


 木のウロや、樹上に建てられた家屋。自然と調和した町並み。木漏れ日の差す中で、大勢のエルフたちが生活していた。


 しかし、それはある日突然、終わりと告げた。


 どこからともなく岩塊の巨人が現れて、町を蹂躙していったのだった。木々を薙ぎ払い、地面を抉り、そして大勢のエルフを虐殺した。


 ここはフォレットの過ごしていた町だった。笑い、怒り、時に泣き。命を育んでいた。


 ついに彼は全てを思い出した。成す術もなく殺されていくエルフたちの悲鳴。どれだけ耳を塞いでも、それは頭の中で木霊した。


 そして、ついに赤ん坊だけが残された。町に起こった悲劇を如実に感じ取り、むせび泣いている。


 だが、それはやがて止まった。握りつぶしたからだ。


 その感触は、フォレットの手に宿っている。


 声ならぬ叫びをあげて、彼は腰を抜かした。


「僕が、殺したのか……」とめどなく流れてくる記憶に戸惑いながら呟く。


 自らの手で、自らの町を潰した。どこかつじつまが合わなさを感じながらも、これ以上記憶を思い起こすのは躊躇われた。


 思い出すのが怖かったことはさることながら、握り潰したその赤ん坊は、他でもない自らの子供だったからだ。


 生まれたばかりのその子を、命に代えても守ると誓った傍から、殺した。


「そんなはず……」


 何かがおかしいのは確かだった。だが、それを見極められるほど今の彼は冷静ではなかった。


「違う、違うんだ……こんなの、僕じゃない……」


(認めたくなければ認めなければいい。お前が何を信じるかは、お前自身が決めろ)


 つい先ほど聞いたばかりの台詞。フォレットは言葉を詰まらせた。


(さっき聞いたな、どうしてこの場所をずっと黙っていたか)クライカは構わず一方的に続ける。(言ったはずだ、その日が来て後悔するのはお前だと)


 呼吸が浅くなっていく。確かに彼は言っていた。かつて交わした会話を思い出す。


 そして、この後に続くであろう言葉も。


 満を持して告げられる。


(散々、忠告した)


          *


 どこをどう歩んできたのか。フォレットはほとんど夢遊病とも言える状態で歩いていた。


 自らの手で破壊した故郷を。


「違う……違うんだ……」


 彼は相変わらず同じことを繰り返し呟いている。ふらふらと、覚束ない足取りでろくに目の前の景色も認識せず、ただ答えのない自己否定に勤しんでいた。


 そのため、目の前にある斜面に気づかなかった。そこは雨のおかげで滑りやすくなっており、ひとたび足を踏み外せばそのまま下まで滑り落ちてしまった。


 命を奪うような高さではない。しかしそれなりの高低差があり、彼は腕を折ってしまう。


 だが、その痛みさえ認識できないくらい今の彼の精神はおかしくなっていた。滑り落ちたきりの姿勢で、力なく斜面に背を持たせ、へたり込むようにしている。腕だけがあらぬ方向に向いている。


「違う……違う……」


 微かに唇を動かして、うわ言だけを繰り返している。光のないその瞳が、どこでもない虚空を見つめていた。


(このままでは死んでしまうぞ)クライカが言う。


 その通りで、折れた腕は既に鬱血し始めている。青黒く腫れ、放置すれば壊死するだけでは済まなくなる。


 それでも尚、フォレットは動き出す気配を見せないでいると、クライカは一つ嘆息を漏らした。


 それから、緊急措置を取るように人格を入れ替わる。腕に光を宿して、握りこんだ。


 カンラン岩のゴーレムへと変身を果たす。


 雨の森に佇む岩塊の巨人。折れた側の腕をゆっくりと持ち上げた。手を開閉して、その感触を確かめる。


 問題なさそうだった。どういうわけか、ゴーレムに変身すると格段に治癒能力が上がる。それは生身の体にも影響し、ある程度の時間を置いて変身を解除すれば元に戻っていることなどざらだ。


 これもまた、ゴーレム変身者の特典の一つだった。


(さて、せっかくだから)と、クライカは告げる。


 そして、目的地を目指すように足を向けかけたところ。


(なんだぁ? 追いかけてきたのかぁ?)振り向いた先に、ちょうど着地する大きな影がある。


 大量の土砂を跳ね上げて現れたのは、巨大なオオカミだった。


 どういうわけか、カンラン岩のゴーレムの姿を見てここまで駆けつけてきたらしい。


「ワハアテ、アルエ、シィオウ、パラオテテイング?」何かを問いかけてくる。


(だから、お前らの言葉はわからねぇんだっつの)クライカは気だるげに言う。(ま、いいや。そっちから来てくれたのならちょうどいい)


 細い方の腕に胸の光を宿すと、抜き放つように振るって一気に光の剣を現出させる。


(最後の仕上げと行こうか)

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