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輝く光を胸に抱いて  作者: 吉永 久
第四章:第十五話 消された時間
58/71

15-2

 一夜が明ける。純血種を追って森の中に入ったフォレットだったが、その前にまずオセの遺体を埋葬した。


「こんなところでごめん」微かに盛り上がっているだけの土に向かって謝罪の言葉を投げかける。


 どこでもない森の中だった。なるべく忌まわしいモラゴの町からは離れようとしたが、純血種を追いかけなくてはならないので限度がある。かといって後回しにすれば、その間に野生動物に食べつくされてしまう。


 現に彼が戦いから戻ってきたときには、既にいくつもの、形も大きさも異なる歯形が残されていた。


 そのため慌てて弔ったのだった。


「弟のことは任せて。一人にはしないから」一方的にそう告げて、彼は立ち上がる。


 それから名残惜しそうに「じゃあ」とだけ言って歩き去っていく。


 まだ空は白み始めたばかり。朝靄漂う森の中を進んでいった。


(少し休んだ方がいい)クライカが言った。


 彼の言う通り、フォレットは一切休息をとっていなかった。そのため足取りは覚束ず、幾度となく木の根に足を取られかけていた。


 が、フォレットは一向に歩みを止めないどころか、返事さえしないでいた。


(このままじゃあぶっ倒れるぞ)と、再度進言。


「知ったことか」彼はやっと答えた。


 しかし実に鬱陶しそうな反応。飛んできた蠅を追い払うために、仕方なく腕を振るったような具合だ。


(不貞腐れるのは勝手だが、その行いは自分自身を裏切る結果となる。お前がここで行き倒れれば、結局あの純血種は一人のままだ)


「君はいつだってもっともらしいことを言う。だけど、本心じゃないんだろ?」


(これは忠告だ)


「お得意の奴だな」フォレットは鼻で笑い飛ばす。「で? 見事に無視した僕はどう見える? 無様か?」


(実にな)


「……満足したならもう黙っててくれ」


          *


 一方、モラゴの町で一晩を明かした古谷たち。ぐっすりと眠って起きたレンは、もう快調そのものとでも言わんばかりに謎の運動をして見せた。


「俺はこの通り! ウンッ! トッ! ト!」


 そんなわけで簡単に朝食を済ませると早速、純血種捜索に取り掛かる。


 が、町中でゴーレムに変身するのは憚られたのでさすがに森までは歩いていくことにした。


 モラゴの町は昨夜の被害が生々しく残っている。まさに戦闘のあったその場所は、まるでそこには初めから何もなかったかのように開けている。家屋の残骸も、瓦礫も、当然の如く転がっていた死体も、全て爆発の衝撃で吹き飛ばされ、更地となったのだった。


 そのシワ寄せがいった地域もある。衝撃の余波で傾いていた家や、一部がひしゃげている家。それだけならばまだいい。大量の飛来物が突き刺さり、趣味の悪い彫刻のようになっている建物もいくつか散見された。


 それが普通の飛来物ならば、まだまともに見ることもできただろうが。


 更地になんか用のある人間はいないのでそこには人の気配はない。しかしそのすぐ傍、辛うじて原型を留めている程度の建物が並んでいる辺りでは、むしろ人がひしめいているくらいだった。


 何かを探すかのように徘徊するもの、血肉がべっとりと着いた壁を見て祈りを唱えるもの、地面に伏せるかのようにしながらむせび泣くもの。およそ、この世の悲劇という悲劇が濃縮されているかのようだった。


「あの」そんな中で声を掛けてくる女性がいる。「娘を見ませんでしたか?」


 その視線はどこか虚ろだ。髪はボサボサで、唇は渇き切っている。もう何時間も探し続けているのだろうと思われた。


 痛ましい気持ちで彼女を見ていると、さらに続けられる。


「ちょうど」と、エトを手で示す。「彼女くらいで……」


 それからも特徴をつらつらと述べる。つっかえることなく告げるその様子から、同じ質問を幾度となく繰り返してきたのだろうことが察せられる。


「ごめんなさい」エトが答えると。


「そう、よね」どこか諦めた表情を浮かべた。


 それから力なく歩み去っていく。かと思うと、すぐ傍の人を捕まえて同じ質問を繰り返していた。


 諦めるに諦めきれない、と言ったところか。


 その光景を眺めながら、エトはぽつりと呟いた。「オセくんは、多分死んじゃったんだよね……」


 それはフォレットの、やたら純血種だけに執着していた言動から察せられることだった。兄弟が離れ離れになったのは明らかだろうが、仮にオセが行方不明になったのだとしたらフォレットの性格上、純血種ばかりを優先はしないはずだ。


 以上のことからオセの死亡が推察されたのだった。


「どうしてこうなっちゃったんだろう。フォレットさんは、何か間違っていたのかな」エトは言う。「私には、どうしてもフォレットさんの言うことは正しかったようにしか思えないよ……」


「エト……」古谷はしばし逡巡したが、言い返そうと思った。「だが」


「そりゃ、純血種は放置できないよ」が、彼女が先回りする。「でも、それはそれとして気持ちがわからなくないと言うか。こんなの、あんまりだよ……」


「だからこそだよ」レンが不意に言った。


「え?」


 戸惑う彼女の目の前にしゃがみ込むようにし、目線の高さを合わせるとさらに言った。


「だからこそ、放ってはおけない」


「どうしてですか? 時間が解決することだってあります。そういう時、誰かが横からとやかく言うのは却って逆効果になるかもしれません」


「かもしれないな。だけど、そういうわけにはいかない」レンは言う。「いいか、エトちゃん。正しさっつーのは、人一人くらい簡単に潰せるんだよ。だからこそ、手遅れになる前に止めなきゃならない」


「レンさん……」


「まぁ、エトちゃんの言いたいこともわかる。だけど、俺は行くよ」


「そう、ですか……」


 レンはしょげる彼女の頭を一撫ですると、立ち上がり空を見上げる。「急ごう。もう少しで雨が降り出しそうだ」


 彼の言う通り、いつのまにやら分厚い雲が空を覆い始めていた。


          *


 天気が崩れ、森の中にしとどに雨が降り始める。葉を強く打つ音が断続的に続き、辺りが冷え込んでいく。


 足元がぬかるみ、ただでさえ悪い足元が余計に歩きづらくなっていった。


 それでもフォレットは歩みを止めない。


 もう半日以上は歩き続けている。自分の有様すら省みることなく、一心に純血種を探している。まるで当てのない闇雲な捜索だったが、彼は諦めようなどとは一瞬たりとも考えはしなかった。


 ひとえに、執念だった。理想への固執。世界の無情さ、無関心さ、はたまた裏切りに対する怒り。自らの正しさの証明、あるいは他者が間違っていると皮肉りたいという仄暗い願望。


 元は信念だったものが歪な変質を遂げて、彼の中で混沌とした渦を巻いているのだった。


 しかし、いくら気持ちを強く持っていても肉体は限界を訴えてくる。ただでさえ休息なしで動き続けていることに加えて、全身ずぶ濡れ。足は重くなるし、体温は明らかに下がっていっているのがわかる。


 クライカの言うことを認めざるを得ない。今ここで行き倒れては、目的は果たせない。彼を一人っきりにしてしまう。それだけは避けなくてはならない。


「クライカ」フォレットは恥を忍んで話しかけた。「お前、あの子の居場所がわかるんだろ。教えろ」


 だが、返答はない。


「おい! 聞こえてるんだろ、なら返事しろ!」


(黙っていてほしかったんじゃないのか?)


「話しかけているだろ」


(試しているのだと思った)


 いけしゃあしゃあと言ってのける態度に、舌打ちを我慢できなかった。


「まぁいい。で、どうなんだ。居場所はわかるか」


(わからなくはない)


「どっちなんだ」


(微かに感じる。近づいているぞ)


「本当だな?」


(お前が何を信じるかは、お前自身が決めろ)


 いちいち勘に触る言い方。フォレットは二度目の舌打ちを漏らしながら、歩んでいく。


 かくして、クライカの言うことは真実だった。それからも幾度か彼のガイドに従っていくと、純血種の居場所まで辿り着くことができた。


 巨大な洞穴の中。全く人の手が入っていないものと見えて、凸凹な地面を壁に手を突きながら歩いていく。真っ暗闇なので、もう一方の手では魔法で火を灯している。


 奥へと進んでいく度に、雨の音が遠ざかっていく。相当分厚いようで、岩盤を通して水が伝わってくるということもない。それどころか、少し暖かいくらいだった。


 やがて、最奥部へと辿り着く。


 そこには蹲るようにしている巨大なオオカミの姿がある。片耳がなく、断面がケロイド状になっている。


 そして何より、片方の前足の付け根にかつておくるみだった布が巻き付いている。その留め具である花のブローチも、しっかり留まったままだった。


 間違いなく、オセの弟だ。


「探したんだよ」フォレットは安心したように言う。「怪我は平気? 見せてごらん」


 さらに近づこうと一歩踏み出しかけたが、純血種は唸り声をあげて威嚇した。


「ど、どうしたの?」その様子に戸惑う。「僕だよ、わからないわけじゃないだろ?」


 それでも純血種は威嚇を止めない。手負いの獣が剥き出しにする警戒心と全く同じ種類にものだった。


「参ったな……」


 相当、傷が痛むと見える。それ故に生存本能を全開にしているのだろう。彼はそう判断した。


 ならば、するべきことは決まっている。


「きちんと治療しよう」


 きっと助けてくれる人がいる。そう言いかけてやめた。嘘くさかったし、何より彼自身がその言葉を信じられなかったからだ。


「とにかく、応急処置くらいは僕でもできるから。ね?」


「ラオワエル、ライファエ、ファオラム」


「ごめんよ……何言ってるか、わからないんだ」フォレットは眉を下げて笑う。「でも君の気持ちは痛いくらいわかるよ。僕も記憶がなくてね、世界で独りぼっちな気がしていた」


 純血種は警戒心を少し弱めたようで、唸り声がささやかなものになる。


 それを肯定的に捉えたフォレットは相好を崩した。「君の名前、考えていたんだ。レカイヴ……貰うって意味だ」


 腕を伸ばし、一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄っていく。


「君はこれまで多くのものを失ってきた。でも、これからはその分だけ多くのものを貰うんだ。君にはその資格がある。……まずは、この名前から」


 大オオカミも唸り声を止め、近づいてくる彼をじっと見つめていた。徐々に詰まっていく距離に合わせるかのように、鼻先を近づけていく。


 フォレットの手がそっと触れた。しっとりと濡れた感触。


「これからはずっと一緒だ。オセの、君のお兄さんの分まで幸せに生きよう」


「ステウパイダ、グウシィ」


 言葉の意味は分からないが、穏やかな口ぶりから受け入れられていると感じた。フォレットは増々距離を詰めようと、そのまま撫でるよう手を滑らせて抱き着きに移行しようとする。


 だが。


(目を開けろ!)クライカの警告。


「え?」


 そう言われたフォレットの眼前には、視界一杯に赤いものが広がっていた。それは粘性の液体で濡れていて、視界の端に白い突起がいくつも並んでいる。糸を引いている。奥にある暗闇からは、生臭い匂いが漂ってくる。


 それは純血種の口内だった。


 間一髪。ギロチンを思わせんばかりの犬歯に、噛み千切られる前に飛び退けた。


「どうして……」尻餅をついて尋ねるフォレット。


「ワハオ、ダオ、シィオウ、テハインク、シィオウ、アルエ?」


 そう告げる純血種は既に高みから見下ろすようにしている。物理的なだけでなく、感情的な意味でも侮蔑のニュアンスが視線から感じられた。


「一緒に……生きていこうよ……」震える声で告げる。「それがお兄さんの望みでもある……」


 立ち上がり、必死に腕を伸ばす。声だけでなく全身が震えていた。恐怖からではない。拒絶されたというショックからだった。


 しかし、にべもなく巨大な爪を振り下ろされた。フォレットは慌てて再度飛び退くと、さっきまで彼のいた岩盤が抉られる。


「グエテ、ラオステ。ハシィパオカルイテエ」


 純血種は相変わらず冷たい視線のままそう告げた。

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