10.星空の下で
その日の夜、発掘現場から戻ってきた仲間達に渚は今日の昼間ピョンに話したように碑文の内容を発表した。勿論この中に記されている主がピョンである事は伏せ、何らかの理由で居なくなってしまった主を思った忠臣が友でもある主に向けたメッセージであるという解説を付け加えた。メンバーはその切実な内容に感銘を受け、その後の夕食もその話で盛り上がった。
夜遅く、いつもなら皆と同じようにぐっすりと眠っている時間だったが、やっと夢が叶って古代語の碑文を自分の力で解き明かしたという達成感から来る高揚で眠れなかった渚は、少し夜風に当たってこようと思い立った。昼間散々泣いて疲れたのだろう、枕元でぐっすり眠っているピョンを起こさないようにそっとベッドから出ると、誰も居ない食堂を通って外へ出た。
「わあっ!」
何度見上げても、この地の夜空は格別だ。宿泊所の周りにある薄暗いライトもこの星空を邪魔する事は出来ない。渚はここへ来て初めて天ノ川を見る事が出来た。宇宙にはこれほどたくさんの星々が力強く、そしてはかなく輝いているのだ。
空を見上げながらいつも皆が休憩に使っている椅子やベンチが並べられている方まで歩いて行くと、そのベンチの前に誰かがじっと空を見つめながら立っているのが見えた。背の高い彼には星空はもう少し近くに見えるのだろうか。渚はゆっくりとその側まで歩いて行った。
「クレイ」
声を掛けると彼はまるで渚が来る事を知っていたかのように微笑みを向けた。
「眠れないの?ナギサ」
「うん。少し興奮しているのかな。長い間の夢がやっと一つ叶ったから」
「そうだね。君は本当に頑張った。たくさん辛い事もあっただろうけど、それを全力で乗り越えて今の自分を築いたんだ。それはきっとこれから先も君を支える力になるよ」
「クレイ・・・・」
彼に会った時から渚には感じるものがあった。彼の瞳は父のリチャードのそれに似ていると・・・。そして今の言葉はもし彼が生きていたならきっと、今の自分に掛けてくれた思いやりのある励ましのはずだ。
何故だろう。彼は私の今までの人生を見てきたわけでもないのに、彼の言葉は胸に染み入ってくる。やっぱり彼はパパに似ているわ。見た目も瞳の色も違う、ましてや年齢もこんなに若い彼をそんな風に思ってはいけないかも知れないけど、時々私を見つめる彼の瞳が私を見守っているように思えて、だから彼に直ぐ心を開いていたのかもしれない。
そんな風に考えていると、クレイは再び夜空に瞳を戻して呟くように言った。
「ナギサ。そろそろ僕はここを発とうと思う」
クレイに父の面影を重ねていた渚は、少しドキッとして隣に居る彼を見上げた。
“ アンドルーに続いてクレイも行ってしまうのね ”
元々彼はバックパッカーとして世界を巡っているのだ。いつかはここを旅立つ日が来るのも分かっていた。自分にとって彼は懐かしい父を思い出す大切な人でも、彼にとっては旅の途中で出会った何百人もの人の中の一人でしかないのだ。
思わず溢れそうになった涙を渚はぐっと堪えた。こんな事で泣いたら彼はきっと心配する。笑顔で見送ってあげなければ・・・。
「元気でね、クレイ。これからも素晴らしい旅が続く事を祈っているわ。それから時々は私達の事も思い出してね。私もクレイの事・・・」
「ナギサ」
渚の言葉を遮ると、急にクレイは彼女を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、ナギサ。本当に悪かった」
「な、何を言っているの?クレイはいつだって私を助けてくれたじゃない。貴方には感謝しかないわ」
クレイは渚を手放すと、やはりいつもの包み込むような優しい瞳で彼女を見つめた。
「ナギサ。今までお世話になったお礼に一つ予言をしてあげよう。君がこれから歩む道は光で溢れてるよ。そしてハッピーエンドで終わる童話のように、いつまでも幸せに暮らせるはずだ」
クレイらしい空想的な話に渚はクスッと笑った。
「ありがとうクレイ。貴方の未来も光輝いているよう遠くから祈っているわ。くれぐれも健康には気を付けてね。それからもう木には登らない事。落ちた時、誰も居なかったら大変でしょ?」
「うん。もう登らない。ありがとうナギサ。君の事は決して忘れない」
「私もよ、クレイ」
次回最終回です。
最後までお付き合い下さいね。




