9.過去からのメッセージ
後日、アルトロ・ヴィン警部補は降格処分を受け、これ以上下がりようのない平巡査のジサ・トレドは厳重注意と半年の減給処分を受けたと警察署の方から謝罪と共に知らされた。
昼の休憩時はいつも自分の担当区域の近くで適当に弁当を食べるのだが、今日は遺跡内にある管理事務所にいつものメンバーで集まっていた。最近暑さで体調を崩しがちなクリーパー教授は休みだったので、教授が居る時には絶対に出来ない缶ビールを一本ずつ持ち込んでいる。熱い中みんな頑張っているので、これくらいの癒やしは必要だと渚もクリーパー教授には秘密にしていた。
皆で一斉に乾杯すると、グレースが一声上げた。
「ああ、スッキリしたわね!」
これはビールでスッキリしたのと、警官達の処分が決まった事を掛けて言った言葉だ。それが分かっている他のメンバー達もその通りだと思った。
「あの時の警官達の間抜け顔ったらなかったね。正にざまーみろだった」とマイク。
「ナギサ先生に何かあった時は又いつでもロンドンから駆けつけますよ。経費は全てピョン持ちですから俺も動きやすい」
アンドルーの言葉に、ピョンは飲んでいたオレンジジュースを吹き出した。
「アンドルーお前、ナギサを救う為やから金は惜しまへん言うたら、最高級ブランドのスーツに腕時計まで買いよって!しかも高級車のレンタカー代はええとして、ファーストクラスで来るか?帰りはエコノミーで帰れって・・・どうでもええけど、お前一体いつまでおんねん。もうあれから一週間は経ってるぞ!」
珍しくこちらに来ていたピョンが叫んだ。
「いやあ、ティアナ様がナギサ先生を助ける為だったらいくらでも休暇をやるとおっしゃって下さったのでね。もう一週間くらい居ようかなぁ。遺跡発掘もやってみると案外楽しいし」
本当は明日帰るつもりで皆には知らせていたが、アンドルーはいたずら心でピョンには黙っていた。いつもは宿泊所に居るくせに、アンドルーが来てからする事も無いのに発掘現場にまで付いて来るのは渚が心配なのだ。そんなやきもち焼きで心配性な勝てないライバルに、ちょっと悪ふざけをするくらいは許されるだろう。どうせ今夜みんながお別れパーティを開いてくれるからそれでバレてしまうのだが・・・。
酒も入って皆が気分良く盛り上がっている所に、アルバイトで発掘を手伝ってくれている少年が勢いよくドアを開けて入ってきた。
「あのっ、又石板が見つかりました!」
皆驚いて一斉におしゃべりを止めて立ち上がった。食事も途中のまま少年について石板が見つかったという場所まで行ったが、そこは盗まれた石板が最初に見つかったのと全く同じ場所だった。石板は今掘り起こされたばかりにしてはそんなに汚れておらず、軽く土を払っただけで碑文がはっきりと確認できる。シートの上に置かれた石盤をしばらく見ていた渚が立ち上がって皆の顔を見回した。
「間違いなく紛失していた石板だわ。文字の欠けた部分が全く同じだもの。一度綺麗に清掃していたものだから、改めて土に埋めても汚れが少ないのね」
一体誰がこんな手の掛かる事をしたのか疑念は残ったが、とりあえず石板が見つかった事を皆は喜んだ。今夜はお別れパーティだけでなく、石板が無事に戻って来たパーティにもなるだろう。
とりあえず渚はこの事をクリーパー教授に報告すべく、大事に石板を抱えてクレイの運転する車に乗り、宿泊所に戻った。
その夜は予定通りアンドルーのお別れパーティーが開かれた。アンドルーに騙されたピョンはぶつぶつ言っていたが、石板が見つかった事で渚が心の底から嬉しそうにしているのを見たら、そんな事はどうでも良くなった。アンドルーの為なので今夜は渚も料理の腕を振るった。アンドルーも久しぶりの渚の手料理を存分に味わった。
「この長方形の卵料理、凄く美味しいですね。ふわっトロッとしていて、そのくせピリッとインパクトのある味もする」
「それはナギサ先生お得意のだし巻き卵よ!赤いのが紅ショウガ。緑のが先生が庭で育ててるネギが入ってるの。紅ショウガも先生の手作りなのよ!」
まるで自分が作ったかのように自慢げにグレースが説明した。
「これも美味しいよ」
ハーヴィーがぼそっと呟きながら肉じゃがの大皿をそっとアンドルーの方へ寄せた。
計画は全てピョンが練ったにしても、アンドルーは渚の危機を救ったヒーローなのだ。だから皆の印象はとても良い。アンドルーもこんないい仲間に囲まれて渚が夢を追いかけていられる事がとても嬉しかった。これでロンドンで待っているティアナやスティーブにいい報告が出来るだろう。
そんな風に楽しい休暇を終えたアンドルーは次の日、渚達と別れを惜しみながら一週間置きっぱなしにして埃まみれになった高級レンタカーに乗って故国へ戻って行った。
その日の夜、ピョンは独り机の上に広げた発掘現場の地図を見ていた。これには現在発掘している場所とその地域の担当者の名前が記されている。ピョンはじっと地図を見た後、ギョロッと目を上に向けた。
「やっぱり。石板の見付かった場所の担当者は、あいつか・・・」
その次の日、渚はとうとう碑文の内容を全て解読し終えた。皆には彼等が戻って来てからミーティングを開いて発表をするつもりだが、その前にどうしても先にその内容をピョンに伝えたかった。彼は渚に解読させる為に石板をなるべく見ないようにしていた。だがこれはきっと彼にこそ読んでもらわなければならない物なのだ。
食堂のソファーの上にシートを敷き、その上に石板を立てかける。ピョンは目を閉じた状態で渚の掌の上に乗って食堂まで訪れた。渚はピョンをそっと石板の前のソファーの上に置くと「もう目を開けていいよ、ピョンちゃん」と声を掛けた。石板を見上げたピョンはゆっくりとその懐かしい文字を目でたどった。
「この碑文の古代語はピョンちゃんが教えてくれた当時使われていたアルセナーダの口語ではなく、いわゆる古典的表現を多く使っていたので、少し解読に時間が掛かってしまったの。それを現代の言葉として訳した物を発表するね」
渚はおもむろに原稿を広げると、読み上げ始めた。
友よ
君が去ってから幾年の月日が流れただろう
当てもなくさすらう心は砂漠のように渇き
光を失った瞳はただ闇の中を彷徨うようだ
先日君とよく馬を走らせに行った草原にもう一人の友と行ってみたよ
輝く日差しの中 愛馬に跨がり駆け抜けて行く君はいつだって我等の誇りだった
ああ 我が友よ 我が主 我が太陽の君
夢は消え 願いははかなくろうとも
君が我らの希望 貴方の存在が我らの居場所
どれだけの時が過ぎ去ろうとも 時を超え邂逅する日を我らは待ち続ける
ずっといつまでも
永遠の想いを抱きながら
渚はただ涙を一杯にためて石板を見上げるピョンを見つめた。最初この碑文を訳し始めた頃は、この文章は去って行った恋人に向けた物だと思っていた。だが読み進む内、これは忠臣が消えてしまった友でもある己の主人に向けた物だと分かってきた。そこで以前この遺跡に来てからピョンが懐かしそうに話してくれた2人の忠臣の事を思い出したのだ。もしかしたらこれは彼等がどんなに探しても見付からない主をいつまでも待っているという想いを込めて残したメッセージかもしれないと。
「ゼルダ、ゴード・・・」
涙を止められずにピョンは小さく呟いた。
「ああ、そうやな。ゴードは脳筋やから、これを書いたんはきっとゼルダや」
アルセナーダで太陽神と同じ太陽と称されるのは皇帝ただ一人。だから『太陽の君』と称されるのは、いずれ皇帝になるアルティメデスを表わしているのだ。
お前達は、あれからもずっと俺を待っていてくれたんだな・・・・。
そっと文字の上に手を重ねると、ピョンは愛おしそうにその文字をさすった。
本当にごめん。ゼルダ、ゴード、父上、母上、俺を待っていてくれたたくさんの人達。ずっと待っていると誓ってくれたのに、10年後の滅びの日、愛する故国と共に命まで失う時、お前達は何を思っただろう。守るべき国も臣下も民も、誰一人守らずに消えてしまった俺を恨んだだろうか。
「ごめん・・・本当に、ごめんな・・・」
渚はピョンが気の済むまで泣けるように、ただじっと後ろに立って彼を見守っていた。




