8.ついに恋人宣言
「なんや。せっかくホワイトハッカーに多大な金を払って作って貰ったのに」
ぼそっと呟いたピョンの小さな声を渚は聞き逃さなかった。やっぱり証拠品はねつ造だったのだ。録画機能なんてピョンに付いているはずはないし、おかしいと思った。そう言えば事件のあった日と同じように行動してくれと、ピョンに頼まれた事がある。あれを録画して日付をねつ造したのだ。それも絶対バレないように怪しい専門家に頼んで。しかも自分は人間として姿を現わせられないから、わざわざイギリスに居るアンドルーまで呼ぶなんて・・・。
渚はすうっと冷めた顔になると、ピョンとアンドルーに向き直った。
「ピョンちゃん、アンドルー。少し話をしましよう」
渚の表情に何かを感じ取ったのか、ピョンとアンドルーは青い顔で見つめ合った。
アンドルーは渚の住んでいる部屋に入ると、渚と向かい合わせにダイニングの椅子に腰掛けた。アンドルーの隣にはヤバイ事になった、という表情のピョンも机の上に小さくなって座っている。
「ピョンちゃん、もしかして証拠をねつ造したの?そんな事をして、もしバレたらどうするつもりなの?しかもアンドルーまで巻き込んで」
「いや、そやからな。この国の解析技術では絶対暴かれへんように、ホワイトハッカーの世界大会で準優勝した奴に頼んだんや。いや、あいつの技術やったらアメリカでも解析できへんのちゃうかな。そやから安心やで」
「そんな事を言ってるんじゃありません!!」
滅多に声を張り上げたりしない渚の怒りに、アンドルーはただ青くなって俯くばかりだ。ピョンも2、3日は食事の量を減らされるのは覚悟の上だったが、ここまで怒られるとは想定外だった。
いや、本当はこうなる事が分かっていたはずだった。渚は金に物を言わせて権力を行使するのも、ましてや証拠をねつ造するなんて絶対に容認できないと分かっていた。
「私を助ける為にしてくれた事は嬉しいわ。でもその為に2人が罪を犯すなんて私には耐えられない。そのホワイトハッカーの人だって。第一、どうやってそんな人と知り合ったの?」
「え・・・そりゃまあ、そういうのに詳しい奴に渡りを頼んで・・・」
「まさか、北条 百合亜さん?そうなのね?」
百合亜なら世界的にも有名な北条グループの跡取り娘だし、何と言っても東のITの天才少女と呼ばれた人だ。今はそれを専門に学ぶ大学にも行っているし、そういった伝手も持っているだろう。あのカエル型のAIロボットもきっと彼女が作ったに違いない。そんなにもたくさんの人を自分の事件に巻き込んで証拠をねつ造させるなんて、渚は皆に申し訳なくて心が締め付けられた。
ため息を付きつつ俯いてしまった渚を見て、ピョンは “ だからこの最後の手段は使いたくなかったんや ”と反省した。こんな詐欺まがいの証拠をでっち上げて助かっても渚は決して喜ばない。それは分かっていたが、苦しむ渚の姿に心が痛くてたまらなかった。だからクレイに己の非力さを指摘された時、もうやるしかないと思ったのだ。
黙って俯いたままのピョンと渚の心を察してアンドルーがおずおずと声を掛けた。
「ナギサ先生の気持ちは分かります。周りに迷惑を掛けてまで、自分が助かるなんて許せないんでしょう?でもナギサ先生の苦しむ姿を見ているピョンや俺達だって歯がゆいんです。いえ、そんな言葉じゃ表わしきれない。ナギサ先生が苦しむなら身代わりになってあげたいと思うし、泣いている姿を見たら心が切り裂かれたみたいに痛いんです。だから迷惑をかけたなんて思わないで。みんなナギサ先生の為に何かしたかったんです。その気持ちを罪だと思わないで下さい」
「アンドルー・・・」
渚は立ち上がってアンドルーの側まで行くと、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。こんなに遠くまで私を助けに来てくれたのに、お礼どころか責めてしまうなんて。改めてお礼を言います。アンドルー、本当にありがとう。貴方の言う通り、みんなの気持ちも考えずに自分だけ辛いと思ってしまっていたわ。ピョンちゃんも。私の為に辛い思いをさせてごめんね」
「いや、ワイこそすまん。正義感の強いナギサには耐えられへん事かもしれんと分かってたんや。そやけど、どうしても我慢しきれずに・・・」
「ううん、もういいの。考えてみればあの2人の警官達。私にえん罪を着せようとしてたのよ。自分達が犯人を捕まえられない無能を棚に上げて。そんな人達に正義を語る資格なんてないわ。It serves you rijht.(自業自得だ)と思う事にしましょ?」
3人はやっと笑い合い、渚はアンドルーと久しぶりの握手を交わした。
その夜はアンドルーを囲んでささやかな歓迎パーティが開かれた。当然渚の疑いが晴れた祝いでもある。今日の出来事で日頃の鬱憤が晴らせた発掘メンバー達は大いに盛り上がっていた。
「でえ、あの警官達がナギサ先生の腕を掴もうとしていた所にアンドルーが『待ちたまえ!』って。まるで映画のヒーローが登場するシーンみたいだったわよ!」
クレイとは又違うタイプの新たなイケメンの登場で、グレースのテンションは最高潮だ。逆にアンドルーは恥ずかしさで真っ赤になりながら、片手で顔を隠した。
“ 何だよ、待ちたまえって。時代遅れのドラマじゃなるまいし、普通に待てでいいだろう。ナギサ先生の前で何てダサい言い方しちゃったんだ。ああ、恥ずかしい!それにしても・・・ ”
アンドルーは渚と会話を交わしながら酒を飲んでいる妙にセクシーなイケメンが気になった。確かクレイ・フォレスターと言ったな。バックパッカーにしては長居をしているらしいけど、ナギサ先生とどういう関係なんだろう。しかもそれを面白くなさそうに見ているあのマイクとかいう助手。はあ。相変わらずナギサ先生は男女問わず人たらしだな 。
4年経ってピョンと渚が恋人関係になった事をティアナから聞いていたアンドルーは、以前よりは冷静に渚の事を見られるようになった。勿論渚がピョンの事が嫌になって別れれば、自分が一番に名乗りを上げるつもりではあるが・・・。
マイクはクレイの事をライバル視しているようだが、ナギサ先生は当然クレイの事を友人としか思ってないだろう。それにクレイも確かにナギサ先生の事を包み込むような優しい瞳で見ているが、それは恋愛対象と言うよりどちらかというと・・・。
「ねえねえアンドルー?」
隣からグレースに顔をのぞき込まれ、アンドルーはハッとして思考を止めた。
「今夜はどうするの?今からじゃ車を飛ばしても飛行機には間に合わないし、当然泊まっていくでしょ?」
「ええ。出来れば」
「良かったら僕の部屋に来る?ちょっと狭いけど」
クレイが爽やかに声を掛けた。
「あっ、アンドルーは私達の部屋に来て貰うわ。積もる話もあるし」
慌てて言った渚に皆は驚いたように視線を向けた。
「えー?やだ!ナギサ先生とアンドルーってそういう関係?だからわざわざイギリスからナギサ先生を助けに来たのね!」
グレースのとんでも発言に真っ青になるマイク。逆に渚は真っ赤になって首を振った。
「ち、違うわ。アンドルーはロンドンで出来た大切なお友達よ。それにわ、私には、その、恋人が・・・居るし・・・」
ー ええ────っ!!?? ー
全員がびっくりして声を失った。
「だだだだ、誰!誰ですか、それは!」
マイクが立ち上がって叫んだ。皆の目は思わず渚の隣に居るクレイに注がれたが、渚は真っ赤になったまま机の上に座っているピョンを両手ですくい上げ顔の前に持って来た。
「ええ────っっ!!」
今度は全員が声を上げた。
「ま、まさかミスター・ハザード?でもミスター・ハザードって凄いおじいちゃんなんじゃ・・・」
すっかりそう思い込んでいたグレースはいくら相手が大金持ちでもそれは許されないのでは、若い渚が騙されているんじゃないかと思った。マイクやクリーパー教授もそう思ったのか、疑わしそうな目で(マイクはにらみつけていた)ピョンを見つめた。
「フン。何がおじいちゃんや。ワイはピッチピッチの二十歳やで」
確かに二十歳の誕生日にカエルにされたのでそれは正しい。以前クリスマスの日に元の姿に戻った時もあの日のままだった。渚はピッチピッチという言葉に思わずクスッと微笑んだ。
「あら、ピョンちゃん。22歳の私はもうピッチピッチじゃないの?」
「何言っとんや。渚は永遠にピッチピッチやで。ピッチピッチ過ぎて体中から光があふれとるわ」
「もう、ピョンちゃんたら」
どう考えてもこれは恋人同士の会話だ。2人の周りにハートが飛び交っている。マイクは余りの衝撃に魂が抜け落ちてしまったように大口を開けたまま固まってしまった。他のメンバーも知り合ってから1年以上経つのに、全く気付かなかった事に驚いていた。
「でもこっちに来ちゃったからミスター・ハザードと何ヶ月も会えてないでしょ?寂しくはないの?」
「えーと、それは・・・」
渚がどう答えようか悩んでいると、ピョンが代わりに答えた。
「寂しないで。ワイはいっつもモニター越しにナギサの様子を見とるし、ナギサともこうやって会話してるしな」
「そうよねぇ。なんたって24時間録画出来るんだから」
「でも、それってちょっとストーカーっぽくないですか?」
滅多に口を開かないハーヴィーが思わず声を出した。
「ホントだ。やだ、ミスター・ハザードってナギサ先生のストーカーだったの?」
「ちゃうわ!あの時は証拠を出さなあかんから録画しただけで、普段はそんな事してへんで!」
「ホントかしら。怪しい」
「そ、そうだ。怪しいですよ!ナギサ先生。そんな男とは一刻も早く別れた方がいい!僕がナギサ先生を守りますから!」
やっと復活したマイクが声を張り上げた。
「何が僕が守るや!お前なんかに守っていらんわ!」
「フン!所詮ナギサ先生の側に居られないくせに!」
「何やとぉ!?」
「マイク。お前は失恋したんだ。いい加減認めろよ」
「うるさい、ハーヴィー!お前はいつも一言余計なんだよ!」
酒も入っているせいか、皆大騒ぎだ。
そんな仲間達の様子を微笑んで見ている渚は本当に幸せそうだ。クレイはそっとナギサの肩に手をやると慈しむような瞳で微笑んだ。
「良かったね、ナギサ。その内きっと石板も見つかるよ」
「ありがとうクレイ。私もそんな風に思えてきたわ」




