11.一番の願い
翌日2、3日中にクレイが旅立つ事を伝えられたメンバーは突然の事に驚いていた。特にクリーパー教授は仕事の出来るクレイを助手にしてしまおうと企んでいたので、ショックが大きかったようだ。逆にマイクは渚と仲のいいクレイが居なくなる事が嬉しいらしく始終ニヤついていた。マイクはピョンも同じように喜んでいるだろうと彼を見たが、ピョンは何故か鋭い目つきと不服そうな顔でクレイを見ている。
“ あれ?あいつもクレイが去って行くのが寂しいのか?もしかして実は彼の事が嫌いじゃなかったとか? ”
マイクは不思議に思ったが、ピョンの感情がどうであろうと自分には関係がないので、これ以上気にしない事にした。その日の夜は皆でクレイのお別れパーティーをし、大量に酒が入ったメンバー達はぐっすりと眠りに付いた。
そんな中、ただ一人真っ暗な宿泊所の中を抜け外へ出た人物が居た。クレイである。彼は音もなくドアから出ると、昨日渚と別れを惜しんだベンチのある場所まで歩いて行った。昨日と同じように見事な星空が頭上に広がっていたが彼はそれには目もくれず、ただベンチの上に居る小さな存在を見つめ、その直ぐ側で立ち止まった。
「悪かったな、クレイ。こんな真夜中に呼び出して。どうしてもお前が出て行く前に確認したい事があってなぁ」
悪かったなといいつつ、ピョンは不遜な態度で話しかけた。
「別に構わないさ。君が何かを言ってくる事は予想が付いていた」
クレイもいつも優しく誰にでも笑顔を向けていた彼とは違い、瞳に氷の様な冷たさが浮かんでいる。
「フン。やっぱりそれがお前の本性か?まあ、そんな事はどうでもええわ。お前、一体何の目的があってここへ来た?もしかしてナギサを酷い目に遭わすのが狙いやったんか?」
「何の事?」
「しらばっくれんな!あの石板を盗んだんはお前やろ!ああ、勿論証拠はない。お前の完璧なアリバイを崩す事も出来ひん。そやけど、石板が見付かったあの場所はお前の担当区域や。最初から石板を盗むのが目的ではなかったとしたら、丁度いい時期に発見されるように仕組めたのはお前だけや。一体何の目的でこんな事をした?返答次第ではただじゃ置かへんで」
「フッ、そうだなぁ。せっかく少しだけ真相に辿り着いたご褒美に、どうやって盗んだか教えてあげるよ」
そう言って彼は片手を上げパチンと指を弾いた。途端に今まで吹いていたかすかな風が止まり、庭の草が揺れ動くのをやめた。やかましいほど響いていた虫の音も一斉に静まり、辺りは気味の悪いくらいの静寂に包まれた。
「な、何やこれ。何かのマジックか?」
「まさか。この辺りの一帯の時間を止めたんだよ。今動いているのは僕と君だけだ。こうすれば誰にも知られずに簡単に盗めるだろう?それに僕に開けられない金庫など無い。どんな仕組みでもね。あとは君の言う通り、丁度いい頃合いを見計らって出土するよう石板を埋めておいたんだ」
そう言いつつクレイがもう一度指を鳴らすと、全てが元通りに動き始めた。
「お、お前、一体何者や。もしかして凄い大泥棒とか?」
「はぁっ、君って本当にバカみたいに現実主義なんだね。そんなんだからその傲慢さで、つまらない魔女にくだらない呪いをかけられるんだ。ねえ、皇子様?」
やはりこの男は自分の正体を知っていた。それも渚から聞いたのではない。その事は以前思い切って渚に聞いて誰にも話していないと確認を取っている。なのに何故?本当にこの男の正体は何なんだ?
余りの不気味さに、ピョンは声を出す事も忘れて目の前に居る正体不明の男を見上げた。そんなピョンの動揺など気にも止めずにクレイは空を見上げてニヤリと笑った。
「それにしてもナギサに初めて会った時は驚いたよ。あんなに純真で眩しいほど綺麗な魂の人間はなかなか居ないからねぇ。なのにちょっと身の丈に合わない男が手を出そうとしてるから、木から落ちた振りをして邪魔をしちゃった。それで興味がわいてナギサの住まいまで付いてきたけど、あんな心の美しい彼女の側に居るのが君だろ?君みたいなのが彼女のパートナー?って、わぁーこりゃないわー。さっきの男の方がまだましかもって思ったね。だって、君だし」
これでもかと言うほど、扱き下ろされてピョンは拗ねずには居られなかった。
“ 悪かったな。どうせ俺はお馬鹿で傲慢でつまらない魔女にくだらない呪いまでかけられてる名ばかりのしょうもない皇子だよ。渚には釣り合わないってようく分かってるよ! ”
「それでナギサを泣かすつもりはなかったけど、君がちゃんとこれから先もナギサを守っていけるのか見とかなきゃいけないと思ってね。まあ、納得はしてないけど、ギリギリほんとーにギリギリ合格にしてあげるよ。一応彼女を守ったしね。まっ、ナギサの為に仕方なくだけど」
「はぁ?誰がお前の許可が欲しい言うてん!冗談やないぞ。そんな事でナギサを苦しめるなんて許さへんからな!」
「うーん。だからナギサの一番の願いを叶えてあげる事にしたんだ。勿論ナギサの為であって君の為じゃないよ」
「やかましい!ナギサはもうすでに夢を叶えていってる。それにナギサの夢の手伝いをするのはワイの役目や。一緒に世界中を巡って古代の言葉を探すのはな。もう一度聞く。お前は一体何者や」
その質問にやっと真剣に答える気になったのか、クレイはニヤついた笑いを止めた。
「まだ分からないのかい?ずっと私を探していたくせに」
そう言って彼がすうっと右腕を上に挙げると、その掌から白い光が溢れ出してきた。まるで辺りの景色を侵食していくように、まばゆい光が全てを包み込んでいく。
余りの眩しい光に目も開けていられなくなりそうな時、まるで遠くから聞こえるように今までよりずっと荘厳な声が響いてきた。
「我が名はゼルゼモーダ。神と魔の剣を創りし者。永遠の時の旅人。伝説の魔法使い。全ての魔法は我から始まった。故にそなたの呪われた過去を正す事が出来るのも我だけだ。愚かな者よ、聞くが良い。かの清らな乙女の一番の願いは・・・・」
やがて闇は振り払われ、辺りが全て真っ白な光に包み込まれた時、ピョンの意識も遠くなっていった。
朝はいつも早起きなのに、渚は今朝珍しく寝坊をしてしまい慌てて朝食の準備をしていた。やはり昨日少々飲み過ぎてしまったようだ。お酒大好きグレースの隣に座ったら、ずっと酒を勧められて断り切れずに飲んでしまった。
「急がなきゃ。今日はミーティングなしで直ぐ出発なのよね。それにしてもピョンちゃんは何処まで行ったのかしら」
昨日の夜、宿泊所を出る前に渚が心配しないよう『散歩に行ってくる』というメモが枕元に置いてあったので、渚はピョンが朝早くから散歩に行っているのだと思い心配はしていなかった。きっともうすぐ帰ってくるだろう。
せわしなくピョンの好きな小さなクロワッサンに卵やレタスなどの具を詰め込んでいく。ベーコンサンドのベーコンはピョンが食べやすいように細かく刻む。背後から誰かの気配がしたので渚はピョンが帰って来たのだと気付いたが、急いでいたので料理の手を止めず振り返らないまま話しかけた。
「お帰りなさい、ピョンちゃん。今日の朝食はピョンちゃんの好きなミニクロワッサンのサンドイッチよ。卵とベーコンの2つね」
「それじゃあ足りないかも知れないな。身体が大きくなってしまったから」
後ろから響いて来た聞き慣れない声に、渚はビクッとしてベーコンを刻む手を止めた。いや、聞いた事がない声ではない。4年前、ロンドンで迎えた最後のクリスマスの夜聞いた、まるで弦楽器を奏でるような滑らかで優しく響く声。
渚は唇を震わせると、ゆっくりと振り返った。あの夜、初めて彼が人間の姿で現われた、その時のままの姿がそこにはあった。左耳に付けた印象的な金のピアスが朝日を受けキラキラと光を放っている。
「嘘・・・ピョンちゃん、どうして?又何かの魔法?」
ゆっくりと近付いて渚の前に立つと、彼はじっと彼女を見つめた。
「魔法はもう解けた。二度とあの姿には戻らない」
うれしさの余り口に両手を当てると、涙が溢れてくる。
ああ、ずっとずっと望んで居た。貴方の苦しみが終わる事を。それが私の一番の願い・・・。
これが夢でない事を確かめるように渚はピョンに抱きついた。
「良かったね。良かったね、ピョンちゃん」
「渚・・・」
ピョンも震える手で渚を抱きしめ返す。その温かな身体のぬくもりが、これが夢ではない事を示していた。
不意に入り口のドアからノックの音が聞こえ、ドアの向こうからマイクの声が響いた。
「ナギサ先生。もうすぐ出発ですよ。準備は出来ましたか?」
渚はピョンと顔を見合わせた後、ドアに向かって叫んだ。
「今日は行かないわ!」
それからもう一度ピョンを見上げ、彼の顔をじっと見つめた。
「どこにも・・・・」
その言葉を合図に、恋人達は初めてのキスを交わす。
そうして多くの物語と同じように、このストーリーもこうして幕を閉じるのだ。
人間に戻った皇子様は、愛する人とずっと、ずうっと幸せに暮らしました。と・・・・・。
最後までお読み頂き本当にありがとうございました。
途中なかなか進まず、何度か休刊になりそうでしたが、何とか最後まで終える事が出来てホッとしております。
今までメールで励まして下さった友人、そして素敵な感想を下さった方、本当に励みになりました。
ありがとうございました。
次はどうしても一度は書いておきたかった婚約破棄&溺愛物です。本当は短編で仕上げたかったのですが、書いている内に又長くなってしまいました。
『婚約破棄された伯爵令嬢は精霊と大公閣下に溺愛される』です。
又同じようなペースでの更新になりますが、宜しくお願いいたします。




