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夢みるように恋してる  作者: 月城 響
Dream16.呪われた皇子と古(いにしえ)の魔法使い
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5.消えた石板

 そんなある日、久しぶりに価値のある埋蔵文化財が出土して、研究者達を沸き立たせた。その中でも一番喜んだのは渚だっただろう。それは長い間、彼女が待ち望んでいた彼女の夢の第一歩となる出土品だったからだ。


 渚はそれをピョンに報告する為、急いで彼の待つ宿泊所に戻った。


「ピョンちゃん、出たわ!碑文よ!とうとうアルセナーダの碑文が発見されたの!」

「ホンマか?」

「うん!」


 渚はうれしさの余りピョンを掌の上に乗せてくるくると何度も回転した後、彼に顔を近づけた。


「やったな、渚。これでお前の論文が正しかった事を証明できる」

「うん!」


 渚のアルセナーダに関する論文は世界的に有名ではあったが、この場所が本当にアルセナーダ帝国の遺跡なのか、そして彼女はアルセナーダの言語に関しての書籍も出しているが、それが本当にアルセナーダの言語なのかを証明する事は出来ていなかった。だから彼女の論文に異論を唱える人間は少なからず存在したのだ。


 だが発見された碑文にアルセナーダの言語が記されていればそれが証明となり、渚は歴史から消えたアルセナーダの遺跡を発見した最初の人物となる。彼女の提唱した古代語が本当にアルセナーダの言語だと立証される事になるのだ。


 それはこの遺跡研究に期待して、時間や労力を注ぎ込んでいるクリーパー教授や研究者達にとっても朗報であった。


 碑文が刻まれた石板は現場でできる限り清掃され、厳重に梱包された状態で宿泊所に持ち込まれた。


「いいですか?開けますよ」


 マイクが梱包を丁寧にほどきながら開ける時、食堂のテーブルの周りに集まった人々は息を呑みつつ胸を高鳴らせた。


 中から現れたのは縦50cm、横40cm程の長方形の石板だった。固い金属の様な物で掘られた抽象的な文字は正に渚がピョンから教えてもらっていたアルセナーダの文字そのもので、渚は熱くなる胸を押さえながらそっとその文字の上に指を重ねた。


 もし碑文が発見されたら、最初にそれを解読するのは渚にしようとピョンと2人で約束していた。だからピョンは石板の文字が見えない位置に座って渚の様子を見ていた。


 あんなに嬉しそうな渚を見るのは初めてかも知れない。ピョンは渚が長年抱いていた夢が一つ叶った事が心の底から嬉しかった。


 だがふと周りを見回したピョンは喜んでいる仲間達中で何故か一人だけ冷めた表情をしているクレイに気付いて思わず彼を見つめた。その瞳に気付いたのか、彼も又ピョンを見つめ返す。彼は以前ピョンの前だけで見せた含みのあるような瞳でニヤリと笑った。


 その瞳に底知れない冷たさを感じたピョンは、背中にぞくりと冷たいものが走ったような気がした。それでも負けじと睨み返す。


“ 何だ?この男は。一体何を考えて居るんだ・・・? ”


 長い間生きてきたが、こんなに考えの読めない人間は初めてだ。だから余計嫌な予感と不気味さを感じた。




 その日から早速渚は碑文の解読を始めた。所々石板が欠けて文字が消えている部分もあるので、全体を正確に解読するには時間が掛かるだろう。それでも一刻も早く全文を知りたかった渚は徹夜してでも仕上げようとしたが、鋭いピョンに気付かれて徹夜は絶対禁止、食事と休憩はしっかり取る、と約束させられた。


 なので朝、石板を保管している金庫の鍵を開ける時はいつもワクワクする。


「今日こそは全文を解読しなきゃ。碑文の内容を知ったらピョンちゃんきっと喜ぶわ」


 気合いを入れ金庫のドアを開けた渚は驚いて「え?」と声を上げた。昨日の夜、確かにしまっておいたはずの石板がなくなっていたのだ。


「そんなはずは・・・」


 焦りを感じながら金庫の中を見回してみたが、何処にもなかった。

 余りの出来事に胸が押しつぶされそうになったが、急いでクリーパー教授に連絡を取り、石板がなくなった事を報告した。


「皆様。私の不注意で大切な碑文を紛失してしまい、本当に申し訳ありません」


 夜、全員が集まってのミーティングで渚は全員に深々と頭を下げた。頭を下げながら渚はぎゅっと唇を噛みしめた。取り返しの付かないミスに泣く事さえ出来ない。いや、泣いて許しを請うなんて、一番してはいけない事だ。どんな批判の言葉も甘んじて受け止めるつもりだった。だが・・・。


「そんなに落ち込まないで下さい。ナギサ先生のせいじゃないですから」

「そうよ。ちゃんと鍵を掛けてたんだもの。ナギサ先生のせいじゃないわ」

「きっと盗掘犯だろう。教授。直ぐ警察に届けましょう」

 マイクの言葉をグレースとハーヴィーが後押しした。


「そうだな。現地の警察だけでなく、そういったものの専門の業者にも頼んでおこう」


 どうやら渚を責めるような人間は誰も居なかったらしく、クレイも渚の隣にやって来て優しく肩に手を掛けた。


「大丈夫だよ、ナギサ。君の大切な夢のかけらだ。必ず見つかるよ」

「クレイ・・・」


 泣くまいと思っていた渚も、彼等の優しい言葉に思わず涙がこぼれ落ちた。

 そんな渚達の様子を見ながら、ピョンは渚の隣で彼女を慰めているクレイを見つめた。


 盗掘犯なら金庫を開けて石板を盗んだとしてもおかしくはない。だがその後わざわざ再び鍵を閉める必要があるだろうか。それに宿泊所に外から忍び込んだ形跡は一切なかった。だとすればこれは内部の人間の仕業だと考えるのが一番正しいはずだ。


 そしてこの中で一番そんな事をしでかしそうなのは、外部からやって来たクレイしか居ない。だがもしそうなら何故逃亡せずにまだここに留まっているんだろう。絶対バレない自信があるとか?まだこれからも価値のある出土品が出てくるはずだ。それを狙っているのだろうか。


 だが警察が来れば、これが内部の犯行だと直ぐに分かるだろうに。それとも別に犯人が居るのか?疑いたくはないがあの石板がどれ程貴重な物なのか、ここに居る人間なら誰もが知っているはずだ。


 ピョンは疑り深く、渚以外の全員を見つめた。




 ピョンの予想通り次の日の朝やって来た警察は、内部犯の可能性が高いと踏んで全員の事情聴取を行った。しかしここはピョンの予想が外れてクレイには鉄壁のアリバイがあった。昨日の夜、クレイ、グレース、ハーヴィーの3人は一晩中食堂でゲームに興じていて、気が付いたら明け方だったのだ。途中対戦をしていない1人が寝ていたりしたが、他の2人は起きてゲームをしていたので、誰も席を外していない証明になった。


 逆に渚、マイク、クリーパー教授は3人とも別々の部屋で寝ていて、それを証明する者が居なかった。特に金庫は渚の部屋に置いてあったので、警察の聴取も長引いた。


 やっと事情聴取を終えて部屋に戻ってきた渚は疲れ果てたようにソファーに座ると、大きくため息を付いた。心配しながら待っていたピョンは直ぐに渚の側までやって来た。


「大変やったな。大丈夫か?」

「ピョンちゃん・・・」


 渚は悲しそうな目でピョンを見た後、俯いた。

「私は大丈夫だけど、私のせいでみんなが疑われて心苦しくて・・・。どうしてこんな事になったのかしら」

「渚のせいやない。とにかくああいう珍しい物が市場に出たら、どんなに隠そうとしても情報は漏れるもんや。そういうのに詳しい人物に連絡しておいたから、犯人は捕まらんとしても石板を取り戻す事は出来るはずや。気落ちせんと待ってみよ」

「ありがとう、ピョンちゃん」


 石板がなくなってしまった事や警察に疑いの目を向けられている事に相当参っているのだろう。そのまま泣き出してしまった渚を何とか慰めながら、とにかく少し休むようにと寝室まで連れて行った。きっとベッドの中でも泣き続ける事は分かっていたが、こういう時は1人にしておいた方がいいだろうとピョンは寝室を後にした。


「それにしても・・・」


 ふと呟くとピョンはこの不可解な事件の事を考えた。どう考えても内部犯の可能性が高いはずなのに誰も当てはまる人間が居ないとは・・・。


 あの金庫はダブルロック式で4桁の暗証番号を入力し、鍵で開けなければ開かないタイプだ。鍵を持っていたのは渚とクリーパー教授の2人だけ。渚は絶対違うし、クリーパー教授もこんな事をする人間じゃない。彼は少々偏屈な人間ではあるが、自身の研究している考古学を心の底から愛している。彼が金の為に出土品に手を付けるなど有り得ない話だ。


 ではマイクはどうだろうと思ったが、彼も金にならないクリーパー教授の助手を何年もやっている程、金よりも研究を大切にしているのは明らかだ。それに渚に対する気持ちも認めたくはないが、純粋な恋心だろう。そんな彼が渚が一番悲しむような事をするとは思えない。


 あとの3人には完璧なアリバイがある。勿論3人が結託していたとしたら別だが、その可能性が低いとなれば、やはり警察は渚を疑うのではないだろうか。


 こんな時ピョンはカエルである我が身がたまらなく恨めしく感じる。もし人間だったら渚の無実を証言できるのに。勿論恋人の証言は法的に効力はないが、それでも少しは渚の無実を証明する材料になっただろう。


「くそっ」


 ピョンは己の無力さを、ただ嘆くしか出来なかった。






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