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マエブレもなく  作者: ショウゴ
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2-エピローグ

 男はおもむろに瞼を開けると、壮麗(そうれい)な美術品がそこにあった。


 一面には幻想的な花が咲きほこっていた。種々(しゅじゅ)な花らは多彩で、鮮やかに施している。遠くにはなだらかな丘(きゅう)陸(りょう)とぽつんぽつんと木々が生えており、枝から青々しい葉が密生(みっせい)していた。


 花びらが宙を舞って、華麗に踊る。男を歓迎しているようだ。

 

 青々とした空と広大な草原のもとで、男は腰を落としていた。ときを忘れて男は目を奪われる。


「――綺麗だ」

 

 心から思う一言が、外へと漏れる。

 

 男の声音は、二十半ばの若者のものだった。


 最初は思考がぼやけ、上手く頭が回らなかったが、段々と霧が晴れていくように男の記憶が蘇ってくる。


 しかし、先ほどの声帯から発せられた声音と、男が覚えている声音に違和感が生じていた。記憶では、年は三十五だったはずなのだ。


「確か、俺はブライアンたちと戦って死んだはず」

 

 男の名はギルダーだった。顔や手に触れた肌質の感じから、十年前の冒険者をまだ続けていた頃に若返っており、無精髭を生やしていない。それに、このような目が奪われる絶景にも見覚えがなかった。


「ギルダー」

 

 困惑するさなか、背後から濁(にご)りのない声音が、ギルダーの耳朶(じだ)を打つ。彼の胸を熱く響かせるそれは、懐かしく思えるのと同時に、妙な緊張感が全身を駆けまわった。ギルダーの身体が強張る。


(まさか……あり得るはずがない)

 

 脳裏に思い浮かぶ女性は、現世では二度と会える人物ではないのだ。


 恐々(きょうきょう)と振り返ると、もう生きて会うとは思っていなかった人物がそこにたたずんでいた――シャーロットだ。

 

 細面に切れ長の瞳。艶のある金色の髪が、腰まで届いている。最後に会ったその人と、変わらぬ姿だった。

 

 呆然とする。上手く言葉にならず、呻くように声が口から漏れる。ずっと、ギルダーが会いたくても、会えなかったミーティアの仲間。そして、恋人であり、将来を誓い合った女性だった。

 

 シャーロットは微笑を湛えていた。あの頃と変わらぬ優しい笑みのままだ。


(そんなはずがないっ)


 シラフの森で負わされ傷が完治を待たず、ギルダーはあの森をミーティアや仲間たちの姿を捜しまわったのだ。

 

 あったのは、劫火(ごうか)の炎で焼かれた無数の魔物らしき燃えかすと、焼(やき)炭(ずみ)となったシラフの森だった。改めて、森をも消してしまうシャーロットの魔法に驚嘆させられる。あれだけ強かった鎧の魔物の亡骸も発見できなかったが、大方あの炎の中では生きていないだろう。

 

 煩いほど高鳴る鼓動の鎮静化(ちんせいか)を図るも、しばらくは無理そうだ。呆然として凝視していたが、驚きから回復すると呼吸をするのすら忘れていたギルダーは、いつぶりかの呼吸をして徐(おもむろ)に歩き出す。


 彼女に側に寄り、言葉を発した。


「これは夢なのか」


「夢、か。確かに、この時間は神様がくれた夢の時間なのかもしれない」

 

 彼女から、曖昧な答えが返ってくる。だが、ギルダーにとってこれが夢でも幻でもなんでもよかった。


「シャーロット……俺はずっと謝り、たかった」

 

 ずっと再会を望んだ女性を目にし、限界を迎えた。涙がぐっとこみ上げ、言葉を詰まらせる。ギルダーの涙腺から、涙の滴が頬をつたう。


「俺がもっと強く、判断を見誤らなければ、シャーロットや皆を死なすこともなかった――恨まれて、当然だ」

 

 今まで何度も悔いてきた言葉である。憎悪の炎が魂を焼く日々をすごしながら、自戒して責め続けた。自ら命を絶とうとしたのは、一度や二度ではない。


 皆の犠牲で生き残った命を自ら絶つことなどできず、二つの意思が対立してせめぎあっていた。


「もう一度言うわ。誰も、ギルダーを恨んでいないわ。エミリアも、ディナーノも、サナルドも、そして勿論私もね」


「そんなはずはが、あるわけがないだろう! 俺はっ、愛した女性も救えず、大切な仲間も、命の恩人も救えない無能者だ! 見苦しく生き恥を晒すようなっ……卑しい男、だ」

 

 ギルダー自身でもみっともないとわかっている。昂った感情を剥き出して喚きちらし、これでは子供のやつあたりだ。彼女はだだを捏(こ)ねる子供に、少しだけ困ったような、しかし優しげな笑みを見せるだけで、ギルダーを見据えていた。


 なにも言わず、ただ温かく耳を傾ける彼女に耐えきれなくなったギルダーは、顔を伏せて肩を震わせた。足元の花びらを、涙で濡らす。


 シャーロットは、そんな彼を愛おしそうに抱きしめる。


「泣かないで。あの状況ではどうしようもなかったし、私は愛する人を守れてよかったと思っているのよ。むしろ、誇りに思っているの」


「――っ!! ……すまない。俺は、こんなつもりじゃ」

 

 彼女の優しさに包まれ、数年間も胸に溜め込んでいた負い目が微細に分解され、浄化されていく。

 

 昔からいつも泣き言は彼女の胸の中でこぼし、このように慰められていた。

 

 十年も経って、少しは成長したと自覚していたのだが、我ながら情けないと、ギルダーは胸内で愚痴る。


 顔を上げると、柔和な笑顔があった。

 

 シャーロットに抱擁され、温もりとほのかに甘い花の香りを感じられる。そしてそのまま、彼女の薄い唇がギルダーの唇と重なった。

 

 驚くギルダーは目を丸くするも、避けることなくされるがまま立ちつくす。この唇は何度も重ねて熟知していた。ギルダーは次第に落ち着きを取り戻し、続いてギルダーは目を瞑る。

 

 ――一時して、二人の顔は自然と離れた。


「少しは……元気出た?」

 

 まだ、戸惑い気味のギルダーと相反して、繊細な顔立ちを薄紅に火照らせるシャーロット。目もとは艶を帯びており、とろんと潤ませた瞳でギルダーを見つめている。


「ああ」

 

 久しぶりのせいか、照れくさくなったギルダーは目線をそらす。なに気なく視線を向けた彼女の背後には、ミーティアの仲間ら三人とロッセリー商会の先代、モニカの両親がいた。

 

 気を遣ってくれたのか、少し離れているがそれぞれ笑顔であり、エミリアは元気よく手を振っている。モニカの両親二人は、口もとを動かし、娘を守ってくれてありがとうと言っているように聞こえた。


「なにも、お礼を言われる筋合いなどないのに」

 

 ようやく落ち着いたばかりだというのに、再び胸が熱くなる。


「言ったでしょう。恨んでいないって」


「俺の思いすごしだったようだ」

 

 シャーロットはギルダーの手を取り、


「だからね、残りの人生は私たちのことで気にやむことなく、悔いのない人生を歩んでちょうだい」

 

 困った子に言い聞かすように、シャーロットは穏和な微笑を浮かばせ、最後に「またね。私の愛した人」と言葉を残した。なにを言っているのかと、ギルダーはおもわず数度瞬きして、彼女をまじまじと見つめる。

 

 突然視界がぼやけてくる。徐々に薄れていき、燦然(さんぜん)と輝く光に自身が包まれた。

 

 次にギルダーが目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。一ヶ月前からロッセリー商会で設けられた、彼の部屋だ。

 

 お腹辺りに重みを感じて、そちらに視線を向ける。長年見守り続けたモニカが、ベッドに顔を伏せて寝ていた。微かな寝息が聞こえる。

 

 モニカの姿を目にし、奏太はブライアンらから上手く彼女を救ってくれたようだ。よほどのことがないかぎり、大丈夫だと承知していても、やはりこの目で確認する安堵は段違いである。

 

 息を吐き、ギルダーは胸を撫で下ろすと、


「やはり、あれは夢だったのか」

 

 だが、ギルダーの唇へは、確かなシャーロットの唇の余韻が残っている。あれが、本当に夢や幻だったのだろうかと考える。だが、いくら考えても答えが出るわけがなく、実際どうだったのかはギルダーにはわからない。ただひとつだけ、わかるとすれば、しばらくは出会えないということだ。


 胸がぽっかりと開き、埋めようのない空虚が寂寥感(せきりょうかん)を生んだ。


 瞼に溜まったものを掌で拭う。ギルダーが感傷に浸っていると、モニカが小さく唸って、もぞもぞと起き出した。


「……ギルダー」

 

 寝起きのモニカは、眠そうな目でこちらを見つめる。上体を起こし、ギルダーの目を覚ましている姿を認めると、驚くように目を見開く。


「ギルダー!? よかったっ。一週間も寝たきりだったから、本当に心配したのよ」

 

 感情の堰(せき)を切り、湧き出す涙が漏れ出す。


「代表、俺はなぜ無事に生きている?」

 

 不思議な夢を見たせいで、感傷に引き込まれて忘れていたが、ギルダーはどう考えても助からない重傷を負っていたのだ。教会の回復魔法を使っても、助かるか怪しい話であった。


「正直に話すと、わからないわ。薬師に診察を受けて、もう手遅れだと診断されたのだけど。それが、時間が経つにつれ、ギルダーの瀕死な状態から持ちなおしたのよ。薬師も、凄くびっくりしていたわ」

 

 モニカがそこまで言って、言葉をいったん切る。


 なんの気まぐれか、奇跡が起きた。女神様の慈悲深さから手を差し伸ばしてくれ、ギルダーを死の狭間から救い出されたのか――童話や神話で語られるような現象が、自分の身に降りかかったのだ。


「でも、ひょっとすると、これのおかげかも」

 

 どこからか取り出したそれを、モニカはギルダーの前に見せる。神秘的で、円状に輝く黄金だった。


「これは?」


「ソウタから貰った、リンゴという果実だそうよ。なにか、不思議な力を発しているように思えるのだけど」

 

 モニカの手に乗せている金色の果実を目にし、ギルダーは冒険者時代に語られた噂を思い出す。神話の時代には、どの怪我や病気もたちまち完治してしまう果実が、地上に実っていたという。国によっては不老不死になると諸説はあるが、最上位の治療薬となるのは間違いない。


「なぜ、そのような果実を持っているかは知らないが……そうか。彼には返しきれない借りを作ってしまったようだ」

 

 己の命を救ってもらい、ギルダーが守護する主を救ってくれた。魔人からも、ミーティアの思い出が詰まった平民街を救ってくれたのだ。この恩義を、一生をかけて報いられるか疑問であった。

 

 思考を巡らし、穏やかな光を投げかける窓に顔を向ける。窓の外から、のどかな街の風景が映り込んでいた。


 ギルダーは、シャーロットの言葉を思い出す。彼女の悔いのない人生を歩め、という言葉が脳内で反響させた。


(こんな世知辛い時代だ。どれだけ生きられるかわからないが、助けられたこの命。自分ができる方法で、精一杯生きると皆に誓う)

 

 ギルダーは、愛した女性の言葉を胸に、新たに決意する。その顔には悩みも、迷いも消え去り、すっきりとした清涼感を帯びていた。

 

 微笑を浮かべ、モニカに語りかける。


「代表、俺はこれからも代表の護衛を続けていいか」

 

 モニカは涙声ではっきりと、「勿論よ」と答えた。


ここまで読んでもらいありがとうございます。


活動報告にも書いてありますが、現在一章を修正中です。文章や台詞などなど細かい修正をするだけだったはずなのですが、それだけでは収まらなくなり大胆に修正に入りそうです(改めて読んで読みづらく、物足りなかったため)。


三章は一章の修正しだいですが、秋から年末ぐらいになりそうですが、待っててくれると助かります。

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