↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マエブレもなく  作者: ショウゴ
34/37

2-17

 突風のごとき速さで、豊かなストレートの髪を弾ませる。気配を極限まで消し去り、一呼吸以下の短時間で詰め寄り、仮面の男に斬りかかった。


 仮面の男は斬りかかれる行為を理解していたかのよう、あっさりと身をそらしていなされてしまう。だが、キリカは気にすることなく、ほとんど間を置かずの二撃目を下から手首を返して斬りつける。

 

 仮面の男は、上に跳んで宙返りして大きく距離をあけた。


「ウイング兵団、三番隊キリカ隊長か」

 

 キリカが何者など、平民街の人間なら誰もが知っている情報だ。謎の連中が、キリカを知っていても不思議ではない。


「ロッセリー商会のモニカ代表を返してもらう」


「俺たちは、大貴族から依頼を請けている。邪魔すればカルフェール伯爵が後ろについているウイング兵団だろうが、ただではすまないぞ」

 

 仮面の男の言葉を聞いて、キリカはほぼ間違いなくホームアルド商会絡みだろうと見当をつける。貴族が関わる案件は、ウイング兵団も取り扱いには慎重に扱わなければならない。

 

 ――と、イディリオなら言うだろう。


「関係ない。うちの総隊長は、第一に平民の安全を優先して考えろという人間。善良な平民に傷を負わせるなら全力で抗うわ」


「さすが、カルフェール伯爵の娘が創った組織というわけか。吐き気をもよおす正義感だ」

 

 仮面の奥の目は、どす黒い憎悪が込められていた。なにか逆鱗を触れたのか、尋常ではない殺気が噴き出す。

 

 刹那、後退(あとじさ)り間合いを空けたところから、仮面の男が残像すら生む俊敏で肉薄していた。

 

 気づいた時には、凶刃(きょうじん)が首を狙って襲いかかっていた。考える前に、無意識に身体が勝手に真横へと倒し、首皮一枚切られるも、回避するのに成功する。右手を地面に手をつけると、沈んだ腕を押し返して、左足を仮面の男の顎を狙い打つ。

 

 その蹴りを、剣を持つ右腕でガードすると、どこから取り出したのか、左手に短剣を握って横に一閃した。

 

 すかさず膝を曲げるキリカ。

 

 膝の上を刃が通過する。間一髪片足を失わずにすみ、キリカは後ろに倒れ込んで転がった。すぐにでも起きあがり、間合いを取ろうとしたところで、声にならない苦鳴が漏れる。


「――っ!!」

 

 腹部に強烈な衝撃が食らっていた。キリカの身体は、くの字に曲がって後方に吹っ飛ばされ、民家の窓を突き破る。キリカは咳込みながら周囲を見回すと、民家の中には人はおらず、住民はとっくに避難していた。

 

 キリカが食らったのは、鎖鎌(くさりがま)の一撃あった。珍しい武器種で、鎌に鎖(くさり)分銅(ふんどう)で繋がっている。遠距離で鎖分銅の殴打や手足を拘束し、近距離では鎌で切り裂き、しめ技もできる武器だ。どんな武器かは知識としては知っているが、この大陸では珍しい武器種で、キリカが目にするのは初めてだった。

 

 石造建築の壁が投擲された鎖分銅で貫通され、キリカの脇を通りすぎる。一発では終わらない。次々と射込まれ、キリカとのきわどいところを投擲された。何度か身体に命中しそうな鎖分銅を、剣で受け止める。鎖分銅の一撃は骨に響くようにズシリと重く、ほんのわずか均衡した後、魔力で身体能力をブーストさせて打ち返し、直撃を回避した。


 家の壁は隙間が増え、壁の向こう側がところどころ見えてくるが、まだまだ視界不良は否めなく、どこから鎖分銅が飛んでくるかはわからない。下手に動けば直撃しそうで、軽はずみには動けなかった。 

このままではじり貧だ。キリカは逃げるのは止めて、攻めに出た。


 強度が脆くなってきた壁をキリカは斬り、自分一人抜けられる程度にくり抜く。キリカは家から脱け出ようとしたタイミングで、またも仮面の男は分銅を射出する。


 キリカはそれを予見していたとばかりに、突き立てて打ち弾いた。鎖分銅は真上で投げ出されるが、仮面の男は器用に鎖分銅を操り、上空で幾度か旋回させると投擲した。


 一直線に伸びてくる鎖分銅を横に走り逃れると、仮面の男に向けてキリカは疾走した。その速さはブーストさせて、先ほどの走りより格段に速い。標的に間近に迫ると、キリカの剣身が黒い燐光(りんこう)をまとい、胴を一刀両断しようと打ちつけた。


 カキン、と甲高い音を鳴らして鎖分銅の鎖が、キリカの剣撃を防いでみせる。《シャドーフレイム》の炎に触れるだけで、その身を焦がして滅しる。手に握る武器も燃えカスへと変えてしまう業火だ。

 

 しかし、仮面の男が両手に握る鎖は、業火に焼かれることはなく、鎖の形状を維持していた。心なしか無表情がいささか剥がれ、戸惑いを浮かばせる。


「なにを驚いている? その生ぬるい炎をまとった剣で、鎖が斬れないのかと言いたげな、そんな表情をしているぞ」


「……」

 

 仮面の男の言葉に図星をつかれ、動揺を走らせそうになるが、ぐっと感情を押し殺す。


 魔人のような圧倒的な強者と、キリカとの実力の差異がなければ少なくとも、《シャドーフレイム》を無効とはいかないはずだ。奏太や勇者のような規格外は別として、普通の人間にそれが可能とはとてもキリカには思えなかった。


 焦りを隠しつつ、続けざまに剣撃を振り落とすキリカ。


 仮面の男が右手に持つ鎌で、キリカの剣撃を受け止めて押し切った。


 よろけるキリカに、鎌刃が横薙ぎにする。後方に退くキリカの上着が、パックリと横一線に切り裂かれるも、無傷で間合いを取るのに成功した。


 体勢を整えようとするキリカをよそに、仮面の男の鎖鎌が溶けるように形を崩れていき、次の瞬間長剣へと再構築させた。


 その変貌する姿を見て、わずかにキリカの思考を停止させて隙を生んでしまい、敵からの胴を薙ぐ一刀を受けてしまう。キリカは斬り伏せられるとのと、ほぼ同時に後ろに飛んで、内臓までの切っ先が到達するのを逃れた。


「俺の属性はギルダーと同じ土属性だが、特に鉄を生みだす能力に長けている。それもあって、多種多様の武器を生みだし、戦うことができる」

 

 仮面の男は長剣を鎌(かま)槍(やり)に形状を変貌させる。全長は三メートルほどあり、穂先(ほさき)の両端には鋭い鎌状の突起がついていた。


「自分の能力を口にして、正気なの?」


「己の属性を話しても、なにも困らない。それだけお前と俺とは差がある」

 

 傲慢とも取れる言動であった。だが、キリカをすぐにでも、この場で殺せる自信があるからこそ、自分の魔法の特性を語れるのだろう。


(確かに、この男は私より強い。けど――)

 

 負けられないと、闘志を燃やして双眸を爛々と光らせる。誰よりも強者になると、キリカは己に誓ったのだ。この誓いを破る日は、己の命を散らす時である。

 

 腹の傷から流血を垂れ流しながら、血でべっとりと塗れた両手で柄を握りしめた。

 

 戦意を失っていないその目を視認すると、仮面の男は嘲るように片側の口もとをつり上げ、そして荒れ狂う烈風のごとく無数の残像を生み出す。ブーストで視力を大幅に上昇させるも、猛烈な鎌槍の突きを正確に見抜くことはできなかった。

 

 微かに見える連続的な残像を勘頼りに躱し、ときには受け流し、スパーク音をたてて火花を散らす。致命傷を負わなくも、制服は破れ、身に刻まれる切傷は凄い勢いで増えていく。正確無比の槍捌きは、的確に人間の急所を狙って突き刺して来る。キリカは必死に残像を追い、剣を振るいしりぞけるのが精一杯だった。

 

 だが、絶望的な状況の中、キリカの集中力が最高潮に達する。腹部を狙いすまして射る突きを双眸には映さないが、研ぎ澄まされた感覚だけで捉えて剣で弾き上げた。鎌槍が側頭部の傍らを通過し、頬と耳に赤い線を入れる。

 

 砂塵を掻き上げ、キリカは間合いへと踏み込み胸部を突く。完璧に捉え、身体を貫いたかに思えた。ところが、仮面の男はその突きを鮮麗な足運びでよけると、そのままキリカを上回る速度で身体を入れ替えるように移動する。無防備な背に、鎌槍の太刀打ちで瞬く間に数発も強打された。ゴキリと右の鎖骨を砕かれ、背骨を軋(きし)ませる。


 キリカはバランスを崩して、前に倒れ込む。左手で地面を着き、身を丸めて転がった。鎖骨を折られて右手で握る剣を離さなかったのも、無茶な鍛錬でキリカが骨折の痛みに慣れているからだ。


 キリカは向きなおると表情をゆがめることなく、仮面の男と対峙して剣を構える。


「これが、格の違いだ」

 

 絶対に覆されない実力差だと述べるように、その声には自信を含ませていた。


「貴方たちがただの誘拐犯とは思えない」


 仮面の男も含め、彼らは全員粒ぞろいの熟練者だった。二十人弱も揃えるのは、簡単にできるものではない。ただでさえ、アルバーニア大陸人間たちは魔人との戦争で人口は激減している。Cランク以上の戦闘力を保有する強者たちは、ルドルフ王国の貴族主義とは違い、アグラード帝国では積極的に好待遇で軍部に勧誘されている。それもあって、今の時代は人を集めるのも一苦労となっていた。

 

 仮面の男は沈黙に徹する。キリカもまた、初めから素直に教えてもらえる疑問ではないことはわかっていた。


「この国で、なにを画策しようが知ったことではないけど、平民街で平穏を乱せばウイング兵団が黙っていない」


「黙ってなくてどうする。なに者だろうと強者が正義を語り、世界を支配する。弱者は跪いて圧せられるのみ――それが世の摂理(せつり)だろう」

 

 仮面の男が言うと、仮面とフードを外す。露わになったのは、かぎりなく漆黒に近い肌と両耳が長く尖っていた。闇と悪のイメージが色濃ため、闇妖精とも侮蔑(ぶべつ)されるダークエルフであった。どの種族からも嫌悪され、ダークエルフと相反する近縁種のエルフや獣族より閉鎖的であった。このような大変な時代でなければ、人間の前に姿を現すことなどめったにない。

 

 見える顔の左半から首にかけて青の模様で刺青が入り、ダークエルフの瞳は憎悪が湛(たた)えている。キリカはただならぬ憎悪をぶつけられ、身体が強張ってしまう。まるで、金縛りにあったように身動きできず、足を床に縛りつけた。

 

 ただ、それは恐怖や憎悪に圧倒されての強張りではない。なにかしらの魔法の力が働き、彼女の身体を拘束されたのだ。

 

 取り去ったフードと仮面を戻すと、


「そろそろ、死んどけ」


 殺気をまとった穂先が、キリカの顔を射抜こうと放たれる。死の文字が脳裏に浮かんだそのとき、対峙するダークエルフの腕の上から一振りの刃が飛来した。


「なに、ボケっとしてやがる!」


 レイアだった。襲いかかる刃を、ダークエルフは瞬時に魔法で手甲を造り出して防いでみせ、すかさず空中にある身体へ数十の穂先が雨(あめ)霰(あられ)と浴びせる。目まぐるしい穂先の巣を、レイアは流水のごとき柔剣でいなしきり、キリカの前に着地した。


 さすがの彼女も、一瞬の間の猛攻に無傷といかず、新たに傷を増やす。


「私以外に、殺されるような醜態を晒す気か?」


 カイルとともにレイアは他の敵方を相手にしていたはずが、キリカは野生染みた嗅覚でキリカの危機を嗅ぎつけてきたのか、それとも強敵の存在に勘づき嬉々して嗅ぎつけてきたのか、彼女の性格からして間違いなく理由は後だろう。


「まさか。貴方にも誰にも負ける気はない」

 

 レイアが時間を稼いでくれたおかげで、強張った身体を無理やり魔力で身体を駆け巡らせる。さらに喝を注入して謎の拘束を散らし、身体の自由を取り戻した。


 しかし、強硬手段を使ったせいで、魔力を通す管や内蔵を痛めてしまったが、闇魔法で脳内にアドレナインを分泌させ、戦闘で支障をきたさないまで激痛を緩和させる。キリカは立ち上がり、改めて剣を構えなおす。


「二人がかりでも俺は一向にかまわんが、どうやら時間切れだ」

 

 二人の達人を前に、ダークエルフの勝利は揺るがないとばかりに述べると、落雷と思わせる轟く破砕音が、遠方から気流を震わせて伝えた。


次の投稿は来週の月曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。