2-15
フードを被った部下たちの二人が、それを阻止しようと押し迫っていた。
二人からの重い斬撃が、ギルダーの動きを止める。身体能力強化に魔力を回せる量を増やし、格段と速くなる。三人は影となって、剣を打ち合わせる金属音。部下たちは、正確に急所を突いてきた。急所を外すために、ギルダーは身体に裂傷をふかしながらも、全神経を尖らせて苛烈に攻める姿勢を崩さない。
襲撃前に受けた重傷な脇腹と背中は、布地できつく縛っただけで傷口は開いたままだった。縛りが緩んでくるたびに、出血の量が増していく。
体温が下がり、貧血の症状に耐えながら、一人がギルダーの頭上から剣撃が下ろされる。それを下から払いのけ、もう一人の刃が左脇から襲うが一歩引いて胸もとを肉薄する。ギルダーは引いたのと同時に、部下の顔面にカウンター気味の拳を鼻骨に叩きつけて陥没させた。
上体を後ろにそらし、拳を打ちつけた部下の胸もとが空く。ギルダーはほとんど間隔を要さず、部下の胸もとを蹴り飛ばしながら、足裏から胸骨が砕けるのを感じ取る
首裏がピリつき、悪寒が走った。
蹴りを放っていたギルダーを、斬首しようと剣を薙いでいた。咄嗟に身を沈ませながら錐揉み状に身体を回転させ、肩を浅く切られた拍子に男の腕を切り飛ばす。肘から先の腕部分が、血を散らしてきりきりと乱舞する。
ギルダーは受け身を取りながら二転三転して、手を地面に着いた姿勢から一気に間合いを詰めて突進した。横殴りの一閃をするが、右腕から宙に投げ出さられた剣を左腕でキャッチし、部下は防いでみせた。
そして、払いのけると、首もとから斬りつけての一線を走らせた。致命傷といえる切り傷を刻まれる。ギルダーの膝から力が急激に抜け、握っている剣を落としかけた。
「ギルダー!!」
背後からモニカの悲痛の声が遠くから聞こえ、ハッとするギルダーの膝が崩れそうになるのを堪えきる。モニカは、あれだけ逃げてくれとするもあの場から少しも離れていなかった。確認しなくても、一番させたくないモニカの泣き面なのが想像できた。
彼女の顔を思い浮かべるたびに、ギルダーへ闘志が湧きあがってくる。落としそうになった剣の柄を握る手に、ぐっと力強く込めた。眼前で剣を振り下ろした者へ、渾身の力で己の長剣を袈裟斬りに襲いかかる。
致命傷を負わせ、男には斬撃を放てる体力は残されていないはずだと、驚愕から部下の反応が出遅れた。素早く飛び退こうとするが、ギルダーのほうが一歩早く鎖骨と助骨をへし折り、腹部まで切断する。どばっと鮮やかな臓腑が顔を出し、二人の間の石畳みを血流で赤黒く塗った。斬りつけた者は、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
仲間がやられると、他の部下たちが襲いかかろうと進み出たとき、
「いい、俺がやる。お前ら手を出すな」
ブライアンの相貌は、己の腕を不遜なまでの自信を自負していた。声をかけ、部下たちは足を止めると、その言葉のとおり忠実に静観に徹する。
「そんな死にたいで、よくやる。俺が手を加えなくても、死ぬのは間近だ」
「確かに俺は時期に死ぬ。その前に、一人でも多くお前らを道連れにしてやる」
右足を後ろに下げて腰を落とし、長剣を水平に倒して構えるギルダー。闘気の炎を熱く燃やし、ブライアンへ全神経を集中する。それに応じ、ブライアンもまた眼光を鋭くして含みある微笑をつくり、同じ長剣を前に構えた。
「やれるものなら、やってみろ――できるものならな」
妙な台詞に、違和感を覚えたそのとき、ギルダーの胸から刃物の切っ先がもぐり込こませて顔を出す。なぜと、自分の身に起きたことが理解できずに混乱が生じる。
ギルダーのその姿を見て、冷酷に嘲笑うブライアンだった。初めから、ギルダーと剣を交える気など毛頭なかったのだ。
ブライアンへ集中していたギルダーだが、背後を手薄にするなどしていない。どこからともなく現れた暗殺者は、背後に音も気配も断って忍び寄り、腹部を貫いたのだ。
身体が二つ折れてくずおれる。腹部からもたらす激痛に、ギルダーは双眸の奥の怒りによって苦しみ耐え、ブライアンを睨めつけた。
「悪いが、俺も無駄に時間を使うほど暇じゃない」
暗殺者は露出を嫌っているように、顔が見えない。両手はグローブつけ、頭部はフードを被っている。顔も不吉な闇を意図するような、黒に塗られた仮面で覆っていた。暗殺者はブライアンのもとまで歩いていき横に並ぶ。
「こいつは、俺の右腕のカイラックだ。こいつほどの暗殺者は、俺は出会ったことがない逸材だ」
ブライアンの部下たちが、捕らえたモニカを引き連れて来る。
「離してよ! ギルダーっ」
「せっかくだ。嬢ちゃんには、近くで自分の護衛者が殺されるところを見物させてやる」
「ちょっと待って、わかったわ。おとなしくついて行くから、だからこれ以上ギルダーに酷いことしないで!」
長剣を肩に担ぐと、ブライアンはモニカの悲痛な叫びを一切応じない。
「それは無理だ。言っただろ、モンルート侯爵が許さない。こいつが、選んだ道だ。じっと死にざまを見ていろ」
部下に断首するように指示をだし、剣の間合いで掲げ、ギルダーの首もとへ狙いを定める。ほどなくして降下された。
首もとの真上から直線状に流れ、首を両断する――はずだった。刃は首ではなく地面に突き刺さる。血飛沫は上がらず、ギルダーの首は繋がったままだ。
肝を冷やす九死を、前へと転がって回避する。暗殺者はギルダーを即死ではなく、無慈悲に出血多量でじわじわと死なす予定だったはずが、それが仇となった。
もはや、出血の多さに意識は朦朧とし、視界はぼやけてほとんど使いものにならない。呼吸も上手にできずに息苦しさは増している。立っているのもやっとな状態だ。
絶望的な渦中で、しかしギルダーの眼光は曇っていない。
「……まだ、倒れるわけにはいかない」
不屈の精神は、身体の限界を超えてもなお戦えることを可能とさせた。ブライアンの気配を頼りに、地を這うように低空を疾走する。
ギルダーの残る魔力と気力、すべての想いをこの一撃に込める。両手に持つ長剣へと、渦を巻いてが引き寄せられて行き、身にまとうそれは収束されて硬化した。剣身が倍加し、魔剣に匹敵する切れ味と強度の武器となる。
ブライアンに躍り込み、鳶色の刃で横殴りに叩き斬った。
――だが。
「軽いな」
片手で担ぐ黒剣で、ギルダーの長剣を受け止めていた。土属性の魔法で倍加した長剣は、《キングアーム》と同様に魔法は解かれ、ボロボロと剣身から砂石が抜け落ちる。
ギルダーが苦渋を浮かべるさなか、ブライアンは哀れと予想の範疇を超えない剣撃に、落胆を混じらせて嘲笑した。
「この魔剣は、アグラード帝国の最新の魔導技術を屈指した魔剣だ。この剣で斬られた物は魔力を吸われ、その魔力を己の物とできる」
攻撃をはねのけ、ブライアンの右足が削られた横腹へと、重い一撃を打ちつけられた。助骨が数本砕けた、こもった音を流出する。神経を通し、どっと押し寄せる激痛が脳を打ちつけた。
足蹴りされたギルダーは、まるで体重が失ったように易々と飛ばされる。土煙を立たせながら、地を何度も叩きつけられた。
「ごほっ、ごほっ……」
ギルダーの持てる力を、すべて出しきった。身体は脳との接続を、強制的に切断されたかのよう、動けという命令を完全拒否され指先すら動かせない。
視覚は使い物にならなくも、聴覚はまだ働いてくれ、モニカの悲痛な叫び声が耳朶を打つ。
「お兄ちゃん、嫌よっ。逃げて!」
幼少時代のモニカは、ギルダーを兄と呼ばれていた。両親たちが仕事で忙しく、あまり構ってもらえなかったせいか、彼女の護衛を勤めていたギルダーが一番側にいる時間が長く、慕ってくれていた。ギルダーもまた困惑しながら、接していたのを覚えている。
最後に、懐かしい呼び名で呼ばれて嬉しく感じ、だからこそ自分のあまりの無力さによりいっそう怒りを覚えた。
(俺は、また大切な人を守れずに死なせるのか)
ミーティアの仲間、モニカの両親――シャーロットを失った時のようなあの後悔を、ギルダーはこれ以上あじわいたくなかった。
生涯忘れられない絶望に陥った日から、自責の念に駆られたギルダーは、冒険者の頃より寝る暇を惜しみ、剣の技術を磨くだけではなく、才能を感じられなかった魔法も一から学びなおした。
もっと鍛えられたのでは――そもそもロッセリー商会に甘えて身を置かず、とっとと出て行けばよかったのではと、今さら変えようがない過去を考えてしまう。
(神でも悪魔でも、誰でもいい。彼女を救ってくれ……)
無力な自分に成り代わって、切実に救いの手を懇望する。
唐突にギルダーの胸に重みがかかって、ギルダーは咳込む。
「よく、粘ったほうだが、これで終わりだ」
ブライアンは胸部を踏みしめながらそう語り、ギルダーの処刑人となるつもりのようだ。自分自身の死が迫っているというのに、死ぬよりもモニカを守れないという恐怖を感じる。悔やんでも悔やみきれない己の無力さに、心の水面が激情の波となって荒れ狂っている。
ほとんど映らない瞳で、霞む影を睨めつけるしかできない。
ブライアンがギルダーの側で、魔剣を頭上へと持ち上げた。
変化が起きたのは、その直後だった。大気を突き破るような鋭い物音が微かに聞こえた。それは、こちらに向かって徐々に高くなっていく。ブライアンは急激に背後を振り返り、真横に引き裂くように薙ぐ。硬質の両者が激突して、甲高い衝撃音を打ち鳴らす。
突然、現れた乱入者が、ブライアンへ攻撃を仕掛けたことによって、結果ギルダーの処刑を未然に防いでみせた。
ギルダーは、乱入者が知った気配を感じ取れ、乱入者が誰かを知って表情に笑みが浮かばせる。
その人物は、モルンヌ大森林の奥深くでBランク以上の魔物を狩り、魔人をいとも簡単に葬りさった男。
彼が駆けつけてくれ、ギルダーは張った緊張が解けて安堵する。もう、大丈夫だと安心したせいか、急速に意識が遠のいていく。




