2-14
「ギルダー!」
「不安にさせて、悪かった」
目線を前方に向けたまま、痛々しい姿ながら力強い口調でモニカに詫びる。
「ギルダーが助けてくれると信じていたから」
顔を確認できないが、モニカの口調から安堵しているように感じ、ギルダーは頷いて応えた。
「和んでいるところ悪いが、この状況から逃げられると思っているのか?」
鍔迫り合うブライアンと、その後ろにはモニカを拘束する四人の部下だった。
「ああ、必ず代表を連れて帰る」
「もし、ウイング兵団を期待しているのなら無駄だ。やって来る前に、俺たちは貴族街の大門をくぐっているからな」
「あてなどしていない」
ギルダーが片手をブライアンに向ける。掌に魔力を収束させ、円錐状の岩石を射放つ。ひとつだけでない、至近距離からいくつもの鏃を形成されて、ブライアンを打ちつけた。
不意を衝く鏃を連射するも、剣腹で直撃を阻止される。だが、射放った鏃はブライアンからそれたものが、運転席と区切る鉄板へと直撃する。その推進力は分厚い鉄板を貫き、運転席まで及ぶ。
ギルダーの本当の狙いは、ブライアンではなかった。魔導車の運転席を制御不能とするのが目的だったのだ。
魔導車を運転する者は間一髪、魔法に感づき、車外から逃れていた。ハンドルはひん曲り、フロントガラスも割れていた。惰性で走る魔導車は急激に左に切れ、三階建ての民家に突っ込んだ。
民家の壁の石材や石礫、家具に使っていただろう木片が、フロントから流れ込む。魔法を打ち込んですぐ、ギルダーは背中を向けていた。捕まっているモニカのもとへ疾走し、唐突な動きにブライアンの部下はギョッとする。だが、それは微少なもので、即座にその状況に対応しようとする。
刹那、急激に足元が大きく揺れ、バランスを崩して彼らに隙が生まれた。それを見逃さないギルダーは、小さく悲鳴を発して倒れ込みそうになるモニカを抱え込み、ロックのかかったハッチを強烈な蹴りを浴びせた。ハッチは耐えきれず、外へ向かって大きく開く。
ギルダーはモニカを抱きかかえたまま、石畳みに転がり落ちた。呻きを漏らすが、しかしすぐさま起き上がって、ギルダーはモニカの無事を確認しながら民家から遠ざかる。
魔導車は民家の正面から突撃し、破砕音をたてて一階を大きくくり抜く。民家の支えをもへし折れたらしく、ギルダーが去った間もなく、転がった場所に倒壊した上階の二階と三階が、雪崩を引き起きたかのように崩れ落ちてきた。
二人の前に民家の破片や砂塵の混じった風が、荒々しく吹き抜ける。
付近にいた住民たちは、突然の破砕音に驚愕と恐怖で顔を覆い、注目を集めた。その中には、恐る恐る近づいて来る者もいる。
危機一髪の惨事から脱して一息つき、ギルダーは改めてモニカに声をかける。
「怪我はないか」
「ええ、ありがとう。でも、私よりギルダーのほうが大丈夫なの? 今の状態で、魔法なんて使ったら命に関わるわよ」
食堂での戦いで、ギルダーの魔力の底はとうについている。そこから魔力を引き出すには、魔力の源泉ともいえる生命力から引っ張るしかない。
――残りの命を対価に、ギルダーは魔力に変質させたのだ。
こんなことができるのは、《ゴーレムアーマー》が造り出せるギルダーか、天才的な魔法の才能を持ち合わせていたシャーロットしか知らない。《ゴーレムアーマー》を創造できたのも、シャーロットの森を焼失させたあの光景を、ヒントに生み出した魔法であった。
動悸がして、冷や汗が噴きだしている。ギルダーに残された時間は少ない。このままブライアンらから逃れ、ウイング兵団に助けを請えば、ブライアンらでも簡単には手を出せないだろう。
根本的なモンルート侯爵の対応は、イベリアをはじめとするカルフェール伯爵に相談が必要となるが、今はこの場をどう凌ぐかが肝心である。
思案をしたときだ、突撃した魔導車のほうから爆音を発する。それとともに、弾け飛ぶ瓦礫。
魔導車が突っ込んだ事故現場へは、騒ぎを聞きつけて野次馬たちが寄り集まっていた。悲鳴を鳴らす以前、自分が亡くなったと認識することなく、頭部や胸部、全身のいたるところへ真面に食らう。一瞬で、口が聞けない屍を作り出した。
二人のもとまでも、瓦礫の一部がまっすぐと飛来し、それをギルダーは一閃して輪切りとする。
「俺は多少延命するより、代表を守りきるのが大切だ」
「馬鹿っ、これ以上、私は家族がいなくなるのはいやなのよ……」
傍らで俯き、言葉を発する彼女の口調は震えていた。モニカのほっそりした肩を、無言でそっと手を置く。
「このまま二人で逃げきるのは難しそうだ。あの男たちは俺が引きつける。その間に、ウイング兵団まで逃げてくれ」
「そんなの無理だわ! 私を逃がす時間を稼ぐために、ギルダーは犠牲になる気じゃない。なにより、ブライアンだけじゃなくてその部下も、Cランク相当でもBランクにかぎりなく近い実力者なのよ。人数だって、あの店より倍近く……勝てるわけがないわ。一緒に逃げましょうっ」
悲壮感を漂わせたモニカは、切実にギルダーを必死に説得する。その顔は心から心配をし、両腕を掴まれて引き留めた。
ずっと見守ってきた彼女の言葉に、ギルダーは頷きそうになるのを、ぐっと堪える。亡くなった彼女の両親の分までギルダーなりに愛情をそそぎ、そして幸せを望んだ。できれば彼女が目指す、ロッセリー商会を大陸一とする夢を手助けをしたかった。いつかはよき男と結婚し、子供を授かる日もくるだろう。モニカにも教えたように、その子供にも剣や魔法を教えてもいい。
いつか迎えるはずであった平穏無事な未来を脳裏から消しさり、ギルダーはモニカの提案に首を横へ振ろうとしたところで、
「残念だが、モニカ・ロッセリーは逃さないし、ギルダーはここで殺す。モンルート侯爵から借りた魔導車を壊されれば、それぐらいでも奴らの怒りが収まらんかもしれないが」
モンルート侯爵の怒りは、ギルダーの命だけではなく、ロッセリー商会まで危害が及ぶかもしれないということだ。
生き埋めとなったブライアンは掠り傷もない様子で、部下ともに生還してモニカの言葉を肯定する。後続していた魔導車から降車し、フードを被った部下らが逃げられないよう、逃走経路を塞いでいた。
この大通りは、表通りからまっすぐ伸び、貴族街を通過する大門まで繋がっている。背の後ろは民家の壁で、モニカを彼らの視界から隠すようにギルダーの背中に移動させる。
「素直にお前の首を差しだせば、ロッセリー商会と従業員は手を出さないよう、モンルート侯爵にかけあってやってもいいが?」
「たとえかけあっても、報復がなくなるともかぎらない。その上、約束が守られる保障もどこにもないだろう」
「もっともだ」
ブライアンは楽しげに笑み、瞳を殺気で鋭く染まっていく。この場の空気を重くし、ピリつかせた。その殺気の波動を合図に、部下たちは剣を引き抜き襲いかかった。
だが、それより先に、ギルダーが地面に切っ先を突き立て、魔力を送り込むのが早い。
ブライアンと部下の足元で、土属性魔法を発動させた。大通りの舗装された石畳みが大きく引き裂かれた。蜘蛛の巣のように地割れが広がり、乾いた砂上の路面へと変貌を遂げる。一度嵌れば容易には抜けだせず、もがけばもがくほど、底のない流砂に飲まれていく。
後続していた大型魔導車も例外ではない。流砂と変貌した大通りは、大型魔導車をタイヤから徐々に沈み、バンパー、フェンダー、ルーラと呑み込んだ。
ところが、ブライアンらは一足早く、超人の脚力で飛躍して上空へと脱していた。その光景を目にしても、ギルダーの顔に焦りの色は浮かばれていない。
流砂のなかから、砂塵が空へと噴き上がった。砂塵から十メートル以上の砂柱が、次々と立ち上がる。砂柱は巨手を形成して天空へと生えていき、ブライアンらを捕縛しよう突貫した。ブライアンの襲来する一本だけではなく、部下たちにも三本の巨手がそそり立ち、掴みかかろうと追う。数人を同時に掴める規模で、一軒家なら一握りに潰せられる。流砂に引きずり降ろし、底なしの胃袋へと呑み込もうとした。
ブライアンは下方から、己に掴みかかろうとする巨手を、長剣で斜めに断ち斬ろうとした。しかし、巨手は砂で形成したもので、物理攻撃など効果はない――そのはずだった。ブライアンの長剣で切り裂くと、ギルダーの意思に従って襲いかかっていた巨手は、形成を維持できずに砂の雨と化し、大通りを拡散させる。
ブライアンは倒壊した民家の残滓の山へ着地し、造作もないとばかりの不敵な顔つきを見せた。
「情報と違い、お前が土属性の魔法をここまで使えたとは驚きだが、この程度の魔法では俺たちには通用しない」
彼の部下たちも物理攻撃が効かないと知ると、魔法で巨手を応戦して距離を空ける。土属性魔法の弱点は水属性魔法だ。形成を維持できないほど大量の水を浴びれば、崩れ落ちてしまう。それを知ってか、彼らは集団でいっせいに強烈な水属性魔法を放って撃破した。
モニカの話のとおり、一人ひとりが手強い相手のようだ。
土属性魔法のなかでも大技、《サンドボトム》と《キングアーム》で、かなりの量の魔力を消費してしまった。それは、生命力を消費したことを意味し、視界が霞んで動悸は酷くなる一方である。
何人かこの魔法で減らすはずが、残念ながらその思惑どおりとはならず、無駄に魔力を消費して終えてしまう。ギルダーは打ち切り、魔法を終える。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
気管支に違和感を抱き、咳込む。口もとに手をやると、掌が真っ赤に染まる。いよいよ死期が近づいているようだ。
痛々しいギルダーの姿を目にし、モニカの顔色は絶望に変わる。彼女から離さないとばかりに上着の裾を強く掴まれてしまう。ギルダーは振り返り、血で汚れていない手で女性らしい細い腕を握り、離してくれるようにできるだけ柔らかく諭し、
「代表や先代たちが俺を家族と言ってくれるように、俺も皆を代表たちに負けないぐらい大切な家族だと思っていた」
翠色の両目から涙がこぼれるモニカにそう言い残すと、ブライアンに敢然と立ち向かう。




