2-13
窓一つない密室空間にモニカに閉じ込まれた。息苦しいというほど狭くはなく、天井には長方形の照明が等間隔で設置され、周囲は明るくはっきり視界に収められる。
左右に座席が設けられ、手足を特別縛られることなく座らされていた。モニカ以外に、目深くフードで目もとを隠した者たちが四人おり、その内二人が両脇にモニカを挟んでいる格好にいる。
唯一顔を晒す者が、モニカの前方で席に腰を下ろしている。年はギルダーと同じぐらいだろうか。くせっ毛のある頭髪は肩ぐらいまで届いており、不揃いに切られていた。大柄の背丈に、はだけた胸筋は驚くほど厚い。よく鍛えられ割れた腹筋は、誰かに傷つけられたのか一太刀の傷痕が刻まれている。
平民には多いブラウンの色褪せた髪に、戦士の精悍な顔立ち――ブライアンは目を瞑っていた。隣には長身の首もとまである長剣は鞘に納められず、黒い刃が裸で置かれている。剣身には錬金術で使われる紋様によく似たものが赤く刻まれ、鍔の上には球体型の魔石が埋め込まれていた。モニカの知るダンジョンで入手できる魔剣とは違い、人工的な印象が際立つ魔剣であった。
モニカたちは、運搬用の魔導車で移動していた。
運転席とは区切られた造りで、鋼鉄の荷台に乗せられて貴族街に向かっている。ブライアンの他の部下も同様に、魔導車で後続していた。
貴族街に連れて行かれたら終わりである。モニカはどうにかして、ここから抜けださなければいかないと切羽詰まっていた。
良心派の最大派閥のカルフェール伯爵といえども、爵位が一級上のモンルート侯爵に介入するのは簡単ではない。さらにいえば、伯爵以上の爵位は王族の関係者が多くしめており、盾突くことは己の立場を悪くする行為であった。
本来は、爵位一位の公爵家の二家しか認可されず、その騎士団を総括する元帥を王が勤めるよう定められている。
ルドルフ王国に初めて魔人に襲われ、それをしりぞけた人物が勇者と賞讃され、侯爵家に婿入りしたのだ。ときが経ち、ルドルフ王国が再び魔人に襲われたさい、賢者ハイル・カルフェールは勇者とともに魔人から国を救った実績と、偉大な功績によって、伯爵の爵位を授かったのだ。
当時の王は比較的道理を心得、特例として、カルフェール伯爵は騎士団を保有する許可が下りた。反対意見多数を押し切っての王の決断であり、それがその王の最大の功績でもあったと評価する者たちもいる。
ハイル・カルフェールの派手な功績の数々に、面白く思わない大貴族たちは非常に多い。他にも、カルフェール一族は錬金術に魔法、医術の進歩には多大な功績を残している。
嫉妬深い大貴族に睨まれるのは当然であり、彼らがカルフェール伯爵の話しなど真面に聞いてくれるわけがない。どれだけ思考を働かせても妙案は思いつかず、今の状況が絶望的だと再確認しかできなかった。
「そんな苛立った表情を出していると、焦っているのがまるわかりだ、嬢ちゃん」
「当然でしょう。モンルート侯爵だけではなく、大貴族の噂は聞くに堪えないものばかりなのだから」
ブライアンは目を瞑りながらの疑問を呈し、整った顔を盛大にしかめてモニカは答えた。
「どれだけ泣き叫ぼうが、悪あがきしようが、嬢ちゃんの未来はモンルート伯爵の玩具になるのは変わりない。最初は死にたいと思う日々をすごすだろうが、そのうち絶望してなにも考えられない肉人形のできあがりだ。大貴族に買われた奴隷たちは、皆そうなる」
「……ゲスね」
モンルート侯爵からの報復という重圧に耐えつつ、青ざめた顔で率直な感想を述べた。
貴族は沽券を重んじる生きものだ。本人に直接的な失礼を働かなくても、縁のある関係者でも愚弄を受ければ、それは貴族の家名に泥を塗ったと同じである。たとえ、働いた者が貴族の関係者だと知らなくても、それは言い訳にもならず、問答無用に制裁を加えられる。
多くの貴族たちが利用されていたホームアルド商会なら、なおさらだろう。
商会をやっている人間は、一般の平民より情報には敏感であり、商人の耳には貴族に関しての情報量は並ではない。貴族主義の残忍冷酷さは、モニカも聞いていた。貴族以外は認めず、それ以下は人間と認めない。平民が目下で野垂れ死のうがその目には留まらず、平民の死体を小石とひとしく、その上を踏み歩いてもなんら不思議ではない。
意識が遠のき、膝から崩れ落ちそうになるのを、モニカは身体に鞭を打って堪える。商会の代表をやっているだけあって、モニカの胆力も相当なものだ。
「言っただろう。俺はあくまでも、嬢ちゃん運搬するよう雇われただけだって。俺を責めるのは筋違だ」
愉快げに話すブライアンに、瞳を憤怒で塗り潰して睨むが、気にした表情は浮かべることはなく平然と流される。
「一緒よ。手を貸した時点でね」
「俺的にはどっちでもいいが、嬢ちゃんが元気に減らず口叩けるだけ、依頼主も喜ぶ。なんでも、気の強い女を陵辱するのが愉しいらしい」
総毛立つ思いで慄然させた。
腹立たしいが、ただでさえ活路が見いだせない状況下で、怒りで我を失えばほんのわずかな糸口も発見できなくなってしまう。奥歯を噛みしめて必死に克己する。
モニカは落ち着くように自分に言い聞かし、眼力を働かせて改めて見据えた。目の前の男は平気で人の命を奪うような、狂気性の衣を全身にまとっている。
達人と呼ばれる強者は天賦の才だけではなく、強い念を心に宿し、強靭な精神力を持っていなければ達することができないと言われていた。
強欲で金銭を欲する、浅はかな輩もいないとは言い切れなくもないが、ブライアンに関しては違うようにモニカには思えた。根拠としては弱いが、独りで黙している時からブライアンは頬を上げ、この状況を楽しんでいる、あるいはなにかを期待しているようにも見えた。それがなんなのかわかれば、突破口に繋がるはずである。
「なにか思考に没頭しているみたいだが、俺たちを買収するネタを探っているなら無駄だ。うちは信用を大事にしていている。なおかつ、モンルート侯爵からの報酬は、平民の商人が用意できる金額でもない」
モニカの考えはあっさり見破られた。
「貴方たちが金銭だけで動くようには見えるわ。他に目的があるはずよ」
ブライアンは吐息を吐くと、口を開く。
「あったとしても、教える気はねえさ。だが、泣き喚くことなく、気丈に振る舞う嬢ちゃんにご褒美だ。
俺たちは強い人材を探している。嬢ちゃんを護衛していた男に、少し期待していたのだが……あては外れた。
俺が他の国で活動していると、必ずというほどミーティアの名をよく聞いていた。リーダーのギルダーは魔法が得意ではないが、剣の腕は一流だと。サナルド、ディナーノ、エミリアもそれぞれ魅力はあったが、特に有名だったのはシャーロットの炎魔法。生きていたら必ずうちの組織に勧誘していた逸材だった。それが、よりにもよって生き残ったほうが、あんな小者だとはまったく不運なことだ」
「違う! ギルダーは小者なんかじゃない。魔人との戦闘の後遺症がなければ、貴方なんかに絶対負けない」
質問に答えない怒りよりも、モニカをずっと守ってきたギルダーを卑小する悪態に、声を荒げて殴りかかろうとする剣幕だ。
「そりゃ、運が悪かった。あんなみっともない姿を晒すぐらいなら、魔人に殺されていればよかったな。今頃、あの店で火だるまとなっているだろう」
「ギルダーを甘く見ないで。あの程度の怪我で、死んでたまるものですかっ」
語気を強めて否定の言葉を口にするものの、内心では沈痛な思いでモニカの胸をしめつけていた。今のギルダーは自身の魔力を大部分失って、命も削ってしまっている。とても、真面に戦える身体ではない。モニカを守るために無茶をし、その上で火事場の食堂に取り残されている。
極端に寿命を短くなってしまったギルダーを、モニカはどうにかして残りの寿命がつきるまでに彼を救う方法を探し出すつもりでいた。それなのに、こんな状況になってしまい、やるせない気持ちがモニカの心を束縛する。
喜ばしい時も、怒っている時も、哀しい時も、楽しい時も、ずっとモニカのそばで暖かく見守ってくれた人物なのだ。モニカの翠色の瞳が、焦燥感で揺れてしまっても無理はない。
「――喋りしすぎたか。そろそろ話しは終わりだ」
ブライアンは、傍らで立てかけていた長剣の柄に手を握る。それに合わせて、他の四人が立ち上がった。彼らは全員天井に視線を集中する。
彼らの闘気が高まり、息苦しい緊張感が破裂しそうなまで高まる。
モニカが意識を失う前に、突如天井から甲高い悲鳴が鳴り響いて耳を圧迫した。衝撃とともに、鉄で造られた密室の荷台から封が解かれ、傾く太陽の日差しがと紛れ込む。
解放された天井から人影が突撃とともに、ブライアンを唐竹に斬りかかった。
侵入者の襲撃を事前に知っていたかのよう、ブライアンは凶獣のように口の両端を大きく広げて迎え撃つ。
「まだ、生きていたか死にぞこない」
「代表を返させてもらう」
ブライアンに斬り込んだのは、静かなる気迫を発するギルダーだった。
次の投稿は来週の月曜日です。




