2-12
「まったく、ひとりで十人以上相手にするなんて、正気の沙汰ではないわ」
魔法で援護してくれたのは、ギルダーの手ほどきを受けたモニカである。火属性の魔法と短剣術を得意とした。総合的の戦闘力はCランクには達しておらず、ようやく若手の冒険者が独り立ちできようかといった戦闘力でしかない。
店内で火属性の多用はマズいが、魔法で牽制してくれるだけでも状況は大きく変わってくる。
「教え子から、手を借りるとは情けない話だ」
「そんなこと、言っている場合じゃないでしょう。今まで守ってもらうばかりだったけど、ようやく一緒に戦えて嬉しく思うわ」
微笑むモニカは、ギルダーが斬り伏せた暗殺者の短剣を手にし、もう片方の掌から火炎を灯して答えた。
(店内にいる暗殺者は残り六人、なんとかいけるか……)
戦闘となると魔力を駆使しなければ戦えない身のギルダーは、タイムリミットという爆弾を抱えていた。タイムリミットを迎える前に終わらせなければいけない。
残りの暗殺者を短時間で片付けるため、なけなしの魔力を燃焼させる。モニカの魔法により、火傷を負った二人が赫怒を双眸に込めて、口もとが憎しみにゆがめて襲いかかって来た。
動きが鈍った相手など、ギルダーの敵ではない。
手負いの一人に詰め寄り、向かって来る切っ先を弾いてしりぞけると胴を撫で斬り、続けざまに二人目の首を高速剣で狙い、一瞬で首斬る。肉を断つ音をたたせ、頭部が床に落ちた。看過できない量の出血を、胴と首から勢いよく流れた。
――残り、四人。
モニカの火球が射程をとらえて四人に連射する。それを、暗殺者たちはさっと四方に散り、多人数での戦闘には狭い店内を動きまわった。
魔法の援護により、暗殺者らに隙が生まれる。
ギルダーは一人ずつ片付けていく。暗殺者の振るった一撃を薙ぎ払った後、突き上げる膝蹴りが敵の鳩尾に入れ、身を屈む背に剣を突き立てた。
――残り、三人
側面から飛び込み、首を斬り飛ばそうと銀光が疾走する。それに気づいて、暗殺者が剣を持つ片腕を上げるが、ギルダーはかまわず剣を振るい、肘の辺りを切り飛ばす。さらに標的の暗殺者の首をも切断した。
――残り、二人。
モニカの援護で不意打ちに成功するも、ここまでだった。正面と背後に二人。それぞれに挟まれて膠着する。それを破ったのは暗殺者らだった。ほぼ同じタイミングで躍り込む二人は、肌を刺す殺気をギルダーに放ち、正面からは頭部、背後からは胴体と打ち込んだ。
ギルダーは床に転がって、左腹部を犠牲にして二本の刃から逃れるのに成功する。しぶく血潮は軽くない傷口だが、ギルダーは気にも留めない。二人からの追撃よりいち早く、一人の足元を狙い薙ぎ払ったが跳んで避けられ、一呼吸を置いて反撃に剣を振り下ろす。
切っ先から逃れるために前に転がるも、その動きは予想されていた。もう一人の暗殺者が、頭上から剣撃を落としかかっていた。
ギルダーは強引に体重を左に飛ばし、その刃先が床を削る。無様に床上に身体を預けたまま風車のように旋回し、暗殺者の後膝部を蹴りつける。鈍い音をたて、少なくともひびを入れた証だ。
暗殺者はそのまま後ろに倒れた。その隙に、脚を旋回する力を利用して、ギルダーは起き上がった。
暗殺者はCランク相当の実力を保持しているだけあって、予想外の攻撃で怪我を負いながらも受け身を取り、機敏に起き上がろうとする。ギルダーはそれを許さず、相手の胸部に一突きを入れて終わらす。
――残り、一人。
いよいよ最後の一人ときたとき、真横から自分の首を刎ね飛ばそうと、銀光が距離を縮めていた。
ギルダーは突き刺した剣を掴んだまま上体を後屈させるが、このままでは避けきれない。
マズいと思ったそのとき、暗殺者の動きに異変が起きる。振るった剣が急停止をし、軌道を変えた――暗殺者の背後に、モニカが短剣を突き刺そうとしていたのだ。
振り返りざまに、モニカめがけて袈裟斬りで迎え撃とうとする暗殺者。不意を突いた一撃を悟られ、今度はモニカが危うい。ギルダーは後屈させた不格好な体勢のまま、右手で掴む剣を左手に投げ渡し、開いた右手を床に手をつけて支点とし、左腕を曲線状に振るう。暗殺者が迎え撃つより一歩早く、背面の肉を削いだ。
さらにモニカのダメ押しの鋭い切っ先が、暗殺者の心臓を貫いた。暗殺者は血飛沫を前後に飛ばし、膝が折れてパタンと横倒しになった。
魔物を討伐したことがあるモニカだが、人の命を奪ったのは初めてである。殺らなくて殺られるような状況とはいえ、モニカの心優しい性格から心を痛めないわけがない。
「代表、大丈夫か?」
「――ええ、どうにかね……本当、地道に鍛錬を続けていてよかったわ」
青ざめた顔色から息を吐き、極度の緊張から解放されてモニカの全身の力が抜け、ふらつきそうになるのをギルダーが咄嗟に動いて支えた。
胸に倒れ込んできたモニカは、なにかを言おうと口を開きかけ、
「ちょっと、大丈夫その怪我!? 酷い出血じゃないっ」
ギルダーの脇腹や背中の傷や、身体のいたるところから出血しているのを見て唖然とした。
「問題ない。放っておけば治るさ」
「そんなわけないでしょっ」
腰から膝まで身体のラインに沿ったスカートから、モニカは清潔なハンカチを取り出し、ギルダーのぬらりと血で濡れた脇腹を押さえた。白だったものが、あっという間に赤く染まってモニカの表情が悲痛となる。
暗殺者らを全員葬り、ギルダーの魔力は欠乏してしまっている。魔力切れから、全身が気だるい症状を引き起こっていた。酷い場合は、吐き気や痙攣、片頭痛などが襲ってしまう症状だ。
店内は厨房まで火の手がまわり、アルコール度数の高いお酒や料理に使う油に着火したせいか、出火量は大きく勢いづく。紅蓮の炎は天井まで手を伸ばし、火の粉を振り撒きながら覆うように舐めた。このままでは炎に焼かれる前に、黒煙や炎を吸いこんでの窒息死を突きつけられそうだ。
早々に逃げなければ、ギルダーやモニカまで火事に巻き込まれる。
「他の客は、全員逃げたみたいだな」
「そうね。暗殺者の目的は私たちだったみたいだし、暗殺者たちも見逃したみたい。まあ、いいわ。私たちも、ここから出てギルダーの傷を薬師に手当してもらいましょう」
「ああ」
燃え盛るレストランから脱出しようとしたとき、ふと違和感のようなものをギルダーは感じ取る。微かな気配だ。この気配を感づけたのは、先ほどの戦闘で感覚が鋭敏になっていたからだろう。
微かな気配は、ギルダーの背後からだった。本能が危険信号を鳴らして、脳内でこだまする。
悪寒を背筋に走らした瞬間、ギルダーは俊敏に応えて斬りかかっていた。すると、ギルダー自身よりも大柄で、ジャケット一枚羽織った浅黒い肌の男が、長剣を振り下ろしていた。
奪った剣で横殴りに斬り込み、天へ向けて来襲する斬撃を無力化しようとする。
ところが、男の力は万全ではないギルダーの力を圧倒した。手に持つ剣を砕き、ギルダー自身を地面に叩きつける。全身に襲う衝撃は凄まじく、脳を揺らし、肺に溜まった酸素をすべて押し出した。
「かつてはルドルフ王国トップクラスの冒険者だった男が、ここまで堕ちるとは無様だな」
男はつまらないものを見るような表情をし、ギルダーは吐き捨てる。
「――っ!! ギルダー、しっかりして。貴方、突然なにするのっ」
「俺は、ブライアンと言うものだ。仕事で、嬢ちゃんをモンルート侯爵に届けるように依頼されている。しかし、この程度の奴らをあしらうのに必死とは、やはり噂は噂でしかないようだ」
モンルート侯爵とは大貴族だ。カルフェール伯爵や良心派とは違い、貴族に生まれた自分たちを崇高の存在とし、王族や貴族以外を家畜と認識する貴族主義の一派だった。
「……なんで、モンルート侯爵が私に?」
モニカは警戒を強めて尋ねる。彼らが利用していたホームアルド商会を潰され、憤っているのではと頭に浮かんだからだろう。
「さあな。詳細は本人に聞いてくれ」
「ふざけているの。ろくでもない要件とわかっていて、ついて行くわけがないでしょう」
「悪いが、嬢ちゃんの意思は関係ない。無理にでも、モンルート侯爵のもとに連れて行く」
いつの間にか、ブライアンの背後には外套で姿を隠した連中がぞろぞろと現れた。指示を出すと、容易く捕まるようなか弱い女ではないはずだったが、いとも簡単にモニカを拘束してしまう。
「嫌っ、離して!」
「……代表っ」
ブライアンはニヤリと笑みを浮かべ、
「奪われる屈辱は慣れているだろ? 仲間も自分の女も見殺しにしたお前なら」
言い終えると、ブライアンの爪先が、ギルダーの腹に強烈な足蹴りとなって突きあたる。長身のギルダーは軽々と浮き、広い店内の端まで飛ばされて石壁に激突した。
モニカの悲鳴が建物に鳴り響きかせ、ギルダーを心配するよう美麗な顔立ちが陰させた。
「行くぞ」
ブライアンは部下を引き連れ、ギルダーを心配するモニカを連れ去っていく。そんな彼らを、苦悶するギルダーは咳込み、かすむ目でただ見ているしかできなかった。
取り残される店内は、いたるところが炎上して長く持たないだろう。煙が充満し、熱気がギルダーのところまで伝わり、肌をチリチリと焦がす。
即刻にでも、モニカを助けに行きたいが、二の腕、腹、脚といったところが泣き叫び、さらに魔力欠乏でギルダーの身体はとう限界に達していた。
「ごほっごほっ」
痛む身体を堪え、動くように命令するが、手負いの身体はそれを拒否しようと抵抗する。だが、ギルダーはそれを許さず、強固の意思で押し切ってねじ伏せた。
壁に手をあて、足元に血溜りつくりながら、膝を立たせてようようと起き上がる。
突然、天井から物音が立ったかと思うと天井の一部が崩れさり、正面口を塞いでしまう。裏口も大きく燃え上がっており、とても通れそうもない。
火の勢いは息苦しさから解放され、愉悦するように店中で大暴れする。残された唯一の出口は窓のみだが、それには今の手負いの身体では、視界一面に燃え立つ障壁をどうにかしなければならない。
『奪われる屈辱は慣れているだろ? 仲間も自分の女も見殺しにしたお前なら』
冒険者時代、ギルダーが仲間も愛した女性も守れなかったのは、ルドルフ王国の冒険者ギルドでは有名な話しだ。実際なにもできなかったのは本当で、見殺しにしたと嘲笑う者も少なくない。
ブライアンがその件について、知っていてもおかしくはない話だ――だが、傷口をえぐる言葉を面と向かって吐かれ、心中穏やかではない。平静な顔を怒気で包み、その長身を殺気で膨れ上がらせる。
ブライアンの嘲笑う言葉が脳にこびりつき、静寂な怒りが闘志となって力が湧き出す。
ギルダーは赤々と燃ゆる障壁の先へ視線を向け、足を踏み出した。徐々にその歩みは速くなり、燃ゆる障壁が接近するときには走り出していた。
顔を守るように両腕でガードし、助走をつけて火中に飛び込んだ。少ない時間で髪や衣服を焼き、肌を焼いた。火中を抜けると、目の前には目的の窓に辿り着く。
火傷でピリつかせる中、ふと横を向くと血に濡れた男が沈んでいた。喉を横に切られ、すでに亡くなっている。彼は、この店の護衛者でギルダーの剣を預けた者だった。
ギルダーは護衛者の側まで近寄って行き、今から自分の得物がどこに保管されているかわからず、探している時間もない。護衛者が使っていた剣も見当たらず、仕方なく武器の入手をあきらめて窓を突き破って火事場を脱出した。




