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マエブレもなく  作者: ショウゴ
27/37

2-10

 キリカが物思い耽ふけっていると、彼女の背後の左側の壁がバラバラに吹き飛び、白煙を立たせた。三人の前に積み重なった皿の山は崩れ去り、テーブルの下に落ちて、耳を覆いたくなるような破砕音が店内に響いた。


 キリカと奏太の後ろには、テーブル席で女性客がいたが、飛び散った壁が壊された煽りでソファーやテーブルごと巻き込んで吹き飛ばされた。


 風穴から、人が倒れ込んで来た。その人物はキリカの見知った奴だった――カルフェール騎士団の騎士、レイアだった。


 レイアは何度か後転した後、両手を床に叩きつけ、それをバネに飛び跳ねて起き上がる。


「くそが、カイルの奴、去年より断然強くなっているじゃねーか」


 レイアの表情は、凶暴な笑みを浮かべていた。カルフェール騎士団に入隊すると、付与魔法を織り交ぜた制服が授けられる。耐物理や耐魔法が施され、強度が高いはず。しかしながら、背中を大きく裂け、腹部を突かれたのか穴があいており、そこからかなりの出血量を流していた。他にも、全身の至るところが切り刻まれた跡が垣間見えた。


 巻き込んだ床に沈む女性客らを、レイアは気にした姿がまったくない。店内にいた客や店員は一拍を置いて、波が押し寄せるように甲高い悲鳴が沸く。


 状況がつかめないが、絡みたくない輩の顔を見て、キリカは不快な感情で心をいっぱいにする。


 視線を逸らし、キリカは奏太ら二人が巻き添えに遭わなかったと見回すと、奏太はエリーナを抱えて離れた場所に移動していた。


「大丈夫か、エリーナ」


「え、ええ、問題ないです」


 奏太は突然の出来事にも動じず、両腕で抱えるエリーナを地面に下ろす。そのさい、どさくさに紛れて、張りのある太腿撫でまわす。さすが淫獣というべきだろう。常に冷静を心掛けているエリーナだが、予想外のアクシデントに動転してしまって、奏太のセクハラに気づいていなかったようだ。


「おっ? ソウタじゃないか。今日まで断られてきたが、今回は逃さないぞ。私と絶対に戦ってもらうぞ」


 奏太の姿を発見し、思いがけない幸運だと不敵な笑みを浮かべるレイア。逆に奏太は苦りきった顔で立ち上がり、キリカの側までやって来る。


「面倒だから、嫌だって言っているだろう。お前のせいで、もう少しでエリーナを口説き落とせたのに、これじゃだいなしだろうが」


 言うと、奏太はエリーナに片耳を後ろから引っ張られる。動転から立ちなおったようだ。


「いい加減な発言は控えてください。どう考えたら、あの状況で落とされると思うのです」


 落ち着きを取り戻したエリーナに、冷静にツッコみを入れられる。


「男は絶望的な状況でも、わずかな可能性を信じて突き進む馬鹿な戦士なのさ」


「意味が、まったくわかりません」


 先ほどと打って変わって、危ないところを助けてもらったせいか、エリーナが奏太へ向ける厳しい口調は続いているも、二人の距離が少しだけ縮んでいるようにも思えなくもない。今回の食事会がまったくの無駄に終わらず、喜ばしい結果だ。


 キリカがレイアに声をかける。


「こんなことをして、ただですむと思っているの。今度こそカルフェール軍はクビよ」


 今まで何度も平民街で問題を起こしてきたレイアは、イベリアの温情により許されてきたが、平民を傷つけてしまえば寛大のイベリアでも許されないだろう。


 だが、レイアはそれがどうしたとばかりに焦るような態度を少しもなかった。


「あたしは血が高ぶれる相手と戦うためなら、騎士の身分が邪魔だというならいつでも辞めてやるよ」


 公爵や侯爵のような大貴族には劣るが、伯爵が抱える騎士は文武ともに優秀でなければ入隊するのは難解であった。しかし、レイアにとってはそんな立場など、微塵の価値もないとばかりの態度を露わにし、キリカの言葉を否定しなかった。


「というか、それ止血しなくて大丈夫なのか?」


 奏太はレイアの腹部に気づいて指摘する。


「別に支障ないさ」


「いや、絶対まずいだろう。普通、死ぬぞ、その出血量」


「人が、これぐらいで死ぬか」


「いやいやいや、絶対致命傷レベルだから。早く、薬師のところ行けよ」


 奏太ら二人が話していると、レイアが転がって来た風穴から新たな人物がやってくる。


「なにをだべっている。もう、戦いは終わりか?」


 風穴からやって来たのは、キリカやレイアと変わらない若い男。彼もまた、レイアと同様に衣服は酷いものとなっていた。


 キリカは彼を知っていた。優秀な狩人でもさることながら、レイアの被害者としても平民街では有名人であった。


「ああ、お前より強い奴と出会えたからな」


 奏太の顔を見据えて、若い男は納得するように「なるほど」と呟いた。


「誰だ、お前?」


 不機嫌そうに尋ねる。以前、奏太はキリカに端正が整った男前が嫌いだと聞かされていた。醜い嫉妬だとしか聞こえない。


 若い男は背丈が低く、眼光が鋭いところがあるも、顔立ちが整っている部類に入る。小柄で危険な男に魅力を感じる女性から、人気がありそうだ。


「俺はカイル。狩人をやっている。あんたが魔人を倒したソウタで間違いないか?」


「おい、情報駄々洩れだけど、本当にどうなっているんだよ、お前の兵団は」


 隣に立つ奏太から視線を感じるが、目を向けず、


「さあ、イディリオに聞いて。でも、なにごとも例外はつきものよ」


「後で、ウイング兵団にクレームつけるからな」


 奏太は頭を掻きながら、心底面倒くさ気に答える。そんな渦中で、エリーナは三人の話を聞いて、信じられないという感情が隠し切れずにいた。


 肯定と取れる返答に、カイルは動揺することも、驚きの表情も浮かべることなく、やはりとばかりに確信めいていた。


「頼みがある。俺と戦ってくれ」


「おい! あたしのほうが先約だ。斬り刻むぞ、間抜け野郎」


「黙れ、阿あ婆擦ばずれ。相手にされない意味に気づけ」


 激高するレイアは殺気を向けるも、涼しい顔のカイルは静かなる迫力で迎えた。


 互いに全身から殺気が漏れ出し、凶暴な獣同士が睨み合う。二人の殺気に、頭脳派のエリーナは呑まれてしまい黙り込んでいた。彼女にとっては、まるで喉もとに剣を突きつけられたような気分だろう。


 怯むエリーナが、臆病というわけではない。あの二人の殺気が驚異的で、キリカでも二人いっぺんに相手をするのには荷が重すぎる相手である。サンドリーやイベリアでなければ困難だ。


 突き刺さる殺気に、エリーナは食いしばるように下唇を噛み、震える身体を抑え込むように自身を両腕で抱える。耐える彼女の姿を見て、キリカが動く前に奏太が前に踏み出す。


「おい」


 カイルに声をかける奏太に振り返った瞬間、彼の頭部は重い衝撃を受け、床板を突き破る。そして、動かなくなった。一瞬でカイルが沈められ、レイアは今なにが起きたのか理解できずに唖然とする。


「お前も、少し煩い」


 そのように奏太が言葉を投げかけると、レイアの身体は後方に投げ出される。店のテーブルや椅子を薙ぎ倒しながら、彼女の身体は店内の端まで飛ばされ、その後を追うように食器やスプーンやフォークが床に叩きつけてはためかせる。


 キリカの目には辛うじて、二人がなにかされた瞬間が見えていた。


 カイルの身に起きた出来事は単純なもので、頭上に肉眼では追跡できない残像。凄まじい拳骨を振り落とす。レイアは彼女が女である配慮からか、額にデコピンを打たれただけだ。しかし、その威力は凄まじく、レイアの身体が宙に浮いていた。大男が、ハンマーでフルスイングしたかのような破壊力である。


 二人のような頑丈でなければ、頭部が割られて脳を潰していただろう。


「殺したの?」


「そんなわけあるかよ。俺は簡単に人殺しをするような鬼畜じゃないぞ。二人がギリギリ耐えられる程度に手加減している、はず?」


「疑問形?」


「俺は手加減がいまいち苦手で、自信がない」


 今さっき人間か疑う拳骨を放った張本人は、キリカの問いかけにたいしたことではないという風体ふうていで答えた。


「そう。最悪、二人が死んでも、一般客を助けるためとして処理するわ」


「ああ、頼む」


「なぜ、二人とも落ち着いているのですか! 早くこの状況をイデリィオ副総隊長に報告し、彼らの身柄を確保してくださいっ」


 いろいろ聞きたいことがあるだろうが、エリーナは自分の欲求を後回しにして、的確な提言する。


 ここでサンドリーの名前が出ないのが哀しい話だ。だが、サンドリーは細かい指示を苦手とし、実質ウイング兵団を運営しているのはイディリオなので仕方がない。そして、キリカもサンドリーと同類で、組織の管理や雑務といったものは苦手であった。


 キリカはエリーナの提言どおりに行動に移そうとしたそのときだ、ニューライスの扉が開かられた。入って来たのは、ウイング兵団の制服を身に着けた男性隊員。名はジャルターで、八番隊の隊員だ。文武ともに可もなく不可もない、月並みの隊員と多くの隊員からは評価を受けていた。


 キリカはウイング兵団から配給されたはずの剣を、ジャルター隊員が帯剣していないのが目に止まる。巡回中は平民街で素行の悪い連中に向け、牽制する意図もあって帯剣するように課していた。それもあって、不思議に思う。


 ジャルターは店内のしっちゃかめっちゃかに、驚いた顔を作りながら口を開く。


「キリカ隊長、ソウタ殿へと伝言を頼まれているのだが」


 なにごとかと思いながら、傍らに立つ奏太に視線を向けた。

次の投稿は来週の月曜日です。

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