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長くなってしまうので変な場所できれてますが、21時にもう1話投稿します。
イディリオのアドバイスが成果を得られ、エリーナにプレゼントを贈ると、あっさりと陥落する。しかしながら、どうしても二人きりは嫌だと拒まれ、キリカも同行することでしぶしぶ承知してくれた。
待ち合わせした場所は、平民街で人気のある喫茶ニューライス。斬新な甘味メニューやパスタといった軽食など、美味しい紅茶が飲めるとして有名な店であった。
店構えは赤レンガを積んだ建物となっている。価値の高いガラスの窓を大胆に使われ、外から店内の中が丸見えとなるガラス張りとなっていた。店先は人通りが多く、通行人の目を引く効果を見込んだ造りだ。
内装は女性から好まれそうな、清潔感のある白で統一されていた。ところどころに、目を楽しませる美しい花や癒しをあたえる観葉植物が置かれ、吹き抜けた高い天井の造りはお客に開放感をもたらしている。
男女カップルの客層が圧倒的に多いニューライスだが、噂を聞きつけたキリカは独りで何度か訪れていた。男女で訪れやすい雰囲気と、文句なしの美味な食事は安心して紹介できる店である。
「なあ、なんでキリカがいるんだ」
奏太はソーセージと、粉チーズがたっぷりかかったパスタを口の中に掻き込みながら言った。
「エリーナが、貴方と二人きりは嫌だって」
キリカはというと、青野菜と旬のキノコがたっぷり加えられたクリームパスタを、小さな口に詰め込んでいた。
「嘘つくな。あんなに素敵な女性が、そんな空気を察しないことを言うわけがないだろう」
キリカをつまらない冗談だと、なにも知らない奏太は切り捨てる。自分が嫌がられていると微塵も考えていないようだ。
「……」
「おい、嘘だろう?」
キリカの長い沈黙が真実なのだと語り、奏太の動揺を誘って不安を煽と、奏太は不安からか聞き返した。
しかし、それはほんの一瞬なもので「そんなことがあるわけがない」と小声で呟く。そう思い込もうとしているのか、本気で言っているのかはキリカからは判断できない。
真実をねじ曲げ、奏太は気を取りなおすと、隣に座るキリカの皿を物欲しげな顔で見つめる。
「おい、それ美味そうだな。少しくれよ」
「そっちも、くれたら」
互いに相手が食べているパスタが、美味しそうだと思った二人は分け合うも、
「おい、そっちちょっと多くないか?」
「そっちこそ」
相手の皿からフォークを絡めた量で争う二人を、テーブルを挟んだ前で椅子に座っている、女性の小顔に青筋を立つ。
「人にセッティングさせといて、遅れてきてその態度?」
「仕方ないだろう。着替えで手間とっていたんだ。細かいこと言うな、よっ」
醜く争うキリカと奏太は、自分のパスタを取られまいとするも、相手のパスタ奪おうと互いに皿の上にフォークを突き刺す。
二人の食欲はかなりのもので、前には空となった皿が重ねられ、周囲の客を引かれていた。とても、色恋目的の食事会とは思えない。
「二人とも、いい加減にしてください。食事のマナーがなってないのにも、限度があります」
先ほどから、二人と相席していた女性はエリーナだった。一人だけ紅茶だけを頼んだエリーナは、キリカら我慢の限界を迎えて叱責する。怖い顔で睨まれた二人は、残りのパスタを口の中に掻き込み、注文していた果実水で流し込む。
お世辞でも綺麗とはいえない二人の食べ方に反して、エリーナの紅茶を飲む姿はさまになっている。きめ細かな白い指先でティーカップを持ち上げて、紅色の唇に運ぶ上品さはさすが元上級階級といえた。
キリカらの食べ終えたのを確認後、エリーナは重い口を再び開く。
「それで、私を食事に誘った理由はなんですか」
奏太が遅れた理由とは、この日のために用意したという衣服の準備がぎりぎりとなってしまい遅れたようだ。その服は上下黒色で統一され、形状は紳士服によく類似していたが、背広を止めるボタンの数は少なく、燕尾服えんびふくではなかった。両足に履かれる革靴も、ピカピカに磨かれた新品を用意されている。
首に巻かれるスカーフや蝶ネクタイはなく、最近貴族の中で流行りつつあるネクタイという物が巻かれていた。色はキリカと同じ髪色の濃紺のうこんである。
奏太は身なりを正し、口周りにはソースや食べかすが付着していた。
奏太とキリカは食事の好みが合い、なにかと食事を一緒にする機会が多く、彼の国での食べ物や食事処の仕組みについて話を聞いていた。各店舗には、おしぼりという湿らしたタオルか、紙ナプキンが用意されているのが常識で、手や口もとを拭えるようになっているようだ。
貴族街では知らないが、平民街でおしぼりというものは、キリカは聞いたことがなかった。
そのためか、不便に感じた奏太はロッセリー商会の代表モニカに、平民街でおしぼりの普及が進むようにお願いしたという。
おしぼりが普及するまで、奏太には初めからハンカチを持ち歩く習慣はないと、理解に苦しむ宣言をキリカは受けた。しばらくの間は、人のハンカチを借り続けていくつもりのようだ。
表情の変化が乏しく、お世辞でもキリカは人付き合いが上手くはない。突出した戦闘力と勘のよさもあって、入隊して一年弱だというのに三番隊の隊長に選ばれ、隊員の中でも面白く思わない者もいる。さらに表情の乏しいキリカは、仲間内でもなにを考えているかわからないところから、ここまで図々しく、無神経に接触してきた人間はいなかった。サンドリーでも、もう少し気を遣ってくれる。
それなのに、二人で食事をする奏太との関係を嫌ではないと思う自分がおり、キリカを戸惑わせた。
キリカは無言で仕方ないとばかりにいつものよう、きちんとアイロンずみのハンカチを渡そうと上着のポケットに手を差し入れる。
だが、その前にすべり込むように、混じり気のない雪肌の手が伸びていた。
「使ってください」
呆れたように吐息を漏らすと、冷たい印象をもらい受けるエリーナから、ハンカチを差しだす。
「……」
戸惑う奏太は黙したままハンカチを受け取り、そして口を拭かずに鼻へと持っていき、嗅ぐ。
「この男を惑わす甘い匂いはグラマーな美女の香り……やっぱ、キリカの乳臭い貧乳のハンカチとは全然違う」
ハンカチを貸してくれたエリーナは、奏太の気色の悪い発言に顔をゆがませ、憤りの非難を上げようと口を開ける。
しかし、隣に座るキリカは無言で奏太の後頭部を思いっきり叩くのが早かった。パシン、と店のなかで乾いた音を響かせる。
「なんだよ。まとまった金が入ったら、新品のハンカチ買って返すからいいだろう」
サンドリーと同じく痛覚がないのか、かなり強めに叩いたのにもかかわらず、痛みの感想もなく反論をする。
「よくない。私の部下に変な真似はやめて――それと、私は貧乳でもない」
部下を辱める行為を止めさせついでに、一応Cカップあるキリカは奏太の話しは虚偽きょぎであると否定した。
「キリカ隊長……ありがとうございます」
怒りの矛先をぶつける前に、自分に代わって怒ってくれたと知り、エリーナはキリカへ感謝の言葉を述べて軽く頭を下げた。
辛抱強く、本題に入るのを待っていてくれたエリーナに対して、醜態を晒して手遅れ感は否めないが、奏太は取り繕うように咳払いをして、ようやく本題に移した。いつもなら緊張感の欠片もない弛みきった地味顔が、すっと切り替わり凛々しい顔立ちに多少は見えるようになる。
ネクタイの結び目をしめなおし、エリーナの顔を正面から見据える。
「一目見てから――」
「無理です」
奏太の話が言い終わる前に、エリーナは言葉を遮ってしまう。あまりの返事の早さに幻聴か、あるいはなにかの聞き間違いかと思ったらしく、奏太は改めて口を開いた。
「エリーナさんに――」
「絶対に無理です」
またも、取りつくしまもなく、冷厳な態度で話し終わる前に遮られる。あれは幻聴でも聞き間違いでもなく、行為でやられたものだとようやく理解した。愕然とした顔で身体が凍りつき、奏太の唇がわなわなと半開きさせている。今になって、キリカの話しがでたらめではないと痛感しているだろう。
エリーナの聡明さなら、奏太と二人きり食事をしてほしいと頼まれた時点で、話の内容を丸わかりであっただろう。だから、奏太の告白を聞き終わる前に断ったのだ。
ウイング兵団ではずばずばとはっきりの物言いと、厳しい性格から彼女に告白したという男性隊員の話しは聞いたことがなく、当然特定の男性と交際をしている噂もまったくなかった。それに関しては、キリカが奏太に伝えているので知っている。
今と違い、エリーナが他国で王族の身分だった頃は、彼女の美貌と魅惑な体つきにさぞ男性はほっておかなかったはずだ。数多の交際を申し込まれ、男の扱いは熟知している。つきまとわれないよう可能性など一滴も残さず、辛辣しんらつな手段で男を払いのけたのだ。
だが、本気で落ち込んでいるように見える奏太を目にし、居心地が悪そうなエリーナ。生真面目な性格と、人前では滅多に見せないお嬢様育ちの純粋さが残された彼女には、なかなか耐えづらい空気かもしれない。
見かねたのか、黙っていたエリーナはそっと尋ねた。
「では、聞きますが、私のどこがよいと言うのです?」
「顔と大きな胸」
顔をあげる奏太は、下劣な理由を口にする。あまりにも突飛な返答に、エリーナの反応が出遅れ、彼女の目がすう、と細まった。
「お茶を濁さなかったのは褒めますが、そんな理由で交際すると思うのなら、貴方の頭の飾りですね」
エリーナはこれ以上ないというほど、冷え切った目で睨みながら述べた。
イディリオの端正な顔立ちと、豊満な胸は男性の視線をくぎづけにし、不快な思いをしているのは頻繁であった。だが、交際の申し込みでここまで包み隠さず、口にされるのは初めてであったようだ。
奏太の惚れた理由が理由だけに、この結果はキリカだけではなく、誰が見ても当然と思われるものである。
「用はそれだけですか? それなら、帰らせてもらいます」
すげなくはねつけられ、席から立ち上がろうとするエリーナ。結果はわかりきっていたとはいえ、手間かけてセッティングした食事会が、このように終わってしまうのをキリカは少しだけ残念に思う。
「初見でも思ったけど、やっぱ似ているなぁ。冗談も通じないほど、肩肘張っているところとか」
おもむろに奏太は述べる。キリカもエリーナも、なんのことか理解できないと顔をさせた。
「故郷の古い友人に似ているんだよ。孤独で苦しんでいるくせに助けを求めないし、暖気のんきに暮らしている奴らを憎んでいる。あの頃のあいつと、エリーナの目がよく似ている」
もっとも、奏太は出会った当時はそんなことを考えていたなんて微塵も気づかずに喧嘩を売り、なぜかピリピリしている奴だなとしか思わなかったと語る。
「だから、懐かしくてついつい悪のりしたくなる」
奏太は原因不明で、アルバーニア大陸に飛ばされたと以前に語っていた。寂しさを一切見せないが、平穏な故郷に帰れるならやはり帰りたいはずだ。そこには、愛する家族や気を許せる友人がいるのだから。
「迷惑な話しですね。貴方の友人に似ているだけで、不愉快な冗談につき合わせられるのは時間の無駄です」
「そりゃ、悪かった。でも、美人が苦しんでいるのを見かけたら、男ならほっとけないだろう。それに、
エリーナみたいなグラマーな女性とは、是非恋人となってほしいのは嘘じゃないからな」
確かに品のない冗談であったが、エリーナを心配から出たものだと聞くと――やはり、失礼に変わりはない。さらにどさくさに紛れて、しれっと交際を申し込む奏太にキリカは呆れてしまう。
「お世辞は入りませんし、余計なお世話です。交際相手も、キリカ隊長と仲睦まじいように見えますし、キリカ隊長に交際を申し込めばいいのでは?」
「無理だ。俺は、巨乳や桃尻以外の女としか、性的興奮を覚えない性質だ」
エリーナを気遣ってからの冗談が、それすらも嘘に思えてくるが、本人には悪気はないらしく、しかつめらしい顔で言う。どうやら、本気でそのように思っているようだ。
「貴方という人はどこまでもっ」
エリーナは肩を震わせて、キッと睨みつける。奏太の言葉を聞いた店内の女性、特にスタイルに自信がない彼女らから、軽蔑と憤怒する視線が集中放火した。なのに、奏太は泰然たいぜんと言葉を続ける。
「俺は批判を受けようが、自分の性癖を変える気はない。それを変えたら、俺が俺じゃなくなるからな」
奏太は女性を敵にまわす発言を、意に介さなかった。どこか誇らしげで、透撤とうてつした眼差しで言ってのける。
「自分でどう思っているかしりませんが、少しも恰好よくありません!」
エリーナははっきりと否定するも、キリカは違った。言っている内容は、最低には変わりはない。そして、奏太が言うほど、キリカの胸は小さくもない。
だがそれよりも、周囲から批判されても、本当に自分の考えを変えないのは立派だと、奏太の言葉を斜め上に受け取ってしまう。
キリカは幼い頃、闇属性というだけで周囲から生きることを否定されてきた。泣き叫ぼうと、許しを請うとも叩かれ、石を投げられケラケラと嘲笑う。自分自身が生きてはいけない存在なのに、なぜ生まれてきたのかと毎日考える日々を送った。
自分なりの悩み、答えを導き出す――この不条理な世界を創生した神は残酷で、世界に期待してはいけないのだと。
その答えに至った日から、キリカは心を奥深くに沈め、笑うことも、泣くこともなくなった。
理由はどうあれ、なにを言われようと考えがぶれない胆力には尊敬へ値する。奏太の不誠実な信条を耳にして、キリカは独りそのように思った。




