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カイルとレイアの戦闘は、場所をロッセリー商会前から移動し、修繕中の時計塔前で剣戟の激しさを増していた。
レイアの流派はレイモン剣術。正統なハルデン剣術の流派ではなく、いくつかある異端の流派の中で一番完成された流派だ。剣術家の中では、レイモンは正統なハルデン剣術を超える流派だと呼び声も高い。
レイモンは簡単にいえば正統なハルデン剣術を軸に、レイモンと名の剣術家がより隙がなく、さらに多様な状況でも対応できる剣術にと、研究と実践を取り組んで洗練された流派だ。
反して、カイルはというと我流だ。まだ、魔人が本腰を入れて戦争を引き起こす前、アルバーニア大陸に九つの国が存在していた。幼少時代から、大陸中を旅していたカイルは各国の剣豪と出会い、その技を観察してきた。優秀な記憶力に加え、類い希な洞察力を用いて自分に剣術に組み込んできた。彼は、一度見た技はたいてい自分のものとし、昇華できるのだ。
流麗な太刀筋が、カイルの鋭い剣筋を難なく受け流し、矢継ぎ早にカウンターを浴びせてくる。それに身体をひねって躱し、そのまま身体を高速回転しながら飛翔させ、レイアの首筋に剣をすべらせた。
カイルの戦闘は速さに特化し、ウエイトの軽いカイルは柔剣流の技と相性がいい。そして、今カイルが放った技は柔剣流の技で、《ストームスラッシュ》。本来は刃に魔力を通し、身体を高速回転させながら竜巻のように暴風を巻き起こす。辺り一帯を斬りつけて、上空へと昇る剣技だ。魔力量で切れ味は増し、周囲に斬撃を飛ばす。太々(ふとぶと)と育った樹々や硬い岩石をも、横一文字に両断とさせる。
だが、雑多な人通りの多い場所では魔法など使えず、二人は単純に剣術だけの戦いだ。互いにそれを承知しており、もし魔法を使えば平民街の被害は甚大だ。ウイング兵団やイベリアの怒りも、相当なものとなるだろう。
レイアはカイルの放った切っ先を慌てることもなく、白い喉を見せながら仰け反らせた。紙一重で回避する。レイアの頭上に跳んだカイルは、銀光を数線分の煌めきとなって流下させた。
身体を捌いたレイアの前髪を微少斬り飛ばして、鋭い切っ先が石畳みの手前で停止する。すれすれで避けたのと同時、攻撃の一瞬の中弛みを見逃さないレイアは、下から弾丸を放つように一直線に喉もとを狙って突く。首を横に傾けて避けるも、皮一枚削り取る。傷つけられた血管から細長い流血が宙に放たれ、レイアの腕にあたって散った。
斬られた意趣返しに、彼女の腹部をさだめて強烈な蹴りを叩きつける。
吹っ飛ぶレイア。現在、修繕中の大きな器が積み重なった噴水へと激突する。ぐるりと縁石で囲った噴水には、まだ修繕中もあって水を張っていなかった。
衝撃を受け、器が重なった石像がミシミシと亀裂が広大してゆく。均衡を崩した石像は、残骸へと成り代わって広場に散りばめられた。
カイルの予想では、躱しきれずに直撃していたはずだが、レイアはカイルの足蹴りを見事に左腕で防いでみせた。去年より、レイアの反応速度が格段に上がっている。
戦場で研磨させたカイルであるが、レイアもまたこの一年間遊んでいたわけではないようだ。髪の奥から瞳をギラつかせ、口もとの端が上がっている。
蹴られた身体に支障はないと、レイアはすぐさま起き上がる。俊足で一気に間合いを詰め寄り、横殴りに斬撃を送り込む。一振りのスピードは、並みの肉眼では捉えきれない速さで、緑光の軌跡を宙にしるす。
カイルの相棒も、風属性の魔力を内蔵された魔剣で、青き閃光を照らす。魔剣同士がぶつかり合い、スパークをほとばしらせた。
レイアの一撃を、剣を立てて受け止めると、それを押し払って斬り返す。剣を跳ね上げられたレイアは後ろに飛び、綺麗な放物線を描いて、スタッと着地して距離をとる。
不敵の笑みを浮かべるレイアは、戦闘で死に触れている間を楽しむように笑む。カイルの心臓に照準を絞り、弓で矢を射るように刃を水平に傾けて後方に引く。極端な左半身の体勢だ。
刹那、カイルを撃破するために、銀光の切っ先を射撃する。レイアの豪速の突きは、トップスピードでカイルに迫る。
(この技は、何度も見た)
レイモン剣術は間合いの外からでも、最速で敵を刺殺させる突きの剣技、《ヴィクトリースラスト》。去年より力強い踏込で、速く、鋭く、切れが増しているも、レイアの力量をほぼ把握していたカイルには、予想の範囲を超えていない。
無駄のない足捌きで、カイルは左に流れるように進み、彼女の背後に回り込むと銀の一閃を放って裂いた。レイアの背中に、肩口から斜めに赤い筋が生まれ、鮮血がほとばしった。
同時に、ただではやられないと、レイアは狙いを外したとわかると俊敏に逆手に握りなおし、カイルの右の太腿に凶刃が突き刺す。
二人には痛覚はないのか、焼けるような苦痛を顔に表さず、次には魔剣で交錯する。その姿は幾筋の残像を刻み、激突音を広場に奏でた。
カイルが左足のつけ根から斜めに斬りつけると、レイアは首のつけ根から下方に斬りつける。あるいは、カイルが魔剣を振り下ろせば、レイアは魔剣を振り上げた。
幾度も剣戟を繰り広げる達人たちの戦いは、無駄を削ぎ落した動き。演武のように美しく、極められた剣技であった。距離を空けて、二人を見物する平民たちを魅了させる。
斬り合い続けるカイルらは、肌に切り傷が増していく。それでも、急所は外れており、傷が何ヶ所つこうが、互いに止める仕草が見えない。
カイルは勝負に出る。詰めた間合いから、今度はカイルの鋭利な突きに共鳴するように、気流を発生させて吠える。この距離から避けるのは難しく、懐に入られたレイアには防ぐのも間に合わない。
カイルの魔剣がレイアの腹部に突き刺さる。
その寸前、身体をひねる。レイアの右脇腹をえぐられた。内臓を切り込まれて、血煙が噴き出す――だが、レイアの笑みは絶やさずにいた。
魔剣を掲げていたレイアは、それをカイルの頭上へと振り落とした。
胸の筋肉繊維が、パックリと引き離される。すんでのところで、咄嗟に半歩分退かなければ、確実に緑
光の餌食になって致命傷を負っていた。
カイルは魔剣の柄を握ったまま、一秒未満で判断を下す。距離を大きく空けることなく、切っ先に刺さったままのレイアごと疾走した。横腹に押し込まれた切っ先は、より深く食い込む。
近距離と体勢を崩しているのもあって力が入りづらいが、カイルの右肩に刃を下ろされた。流血が尾を引いて宙を舞う。
柄を握る右腕は赤く染め、その肩口からの激痛が襲う。それでも、苦鳴せず、地を踏み込む爪先は力強い。疾走は緩むことなく、貫かれたままレイアを向かいの洋服店に激突させた。
店の木造扉を破壊して店内に侵入し、戸棚やハンガーラックに綺麗に陳列された、スタイリッシュな衣服を絡みつかせる。それらをまといながら、洋服店のつきあたりの石壁へレイアを力任せに叩きつけた。石壁は砕け散り、強烈な突きはさらに裏の店の壁まで破壊する。
* *
キルカが奏太から強引に、エリーナと食事会のセッティングをするように言われるも、当初は食事するぐらいなら難しくないだろうと考えていた。
結果から話せば、そんなに甘くはなかった。エリーナの嫌がりようは、かなりのもので断固拒否される。
「なぜ、私があの男と食事をしなければならないのです。キリカ隊長の命令でも、絶対に嫌です」
上司の権限を使っても、断固拒否された。キリカは困った挙句に、ウイング兵団の頭脳、イディリオに相談した。
「ほう。三番隊のエリーナ副隊長と食事ですか。男女の色恋ならば、二人きりの個室が望まれるでしょうが、彼女のような清潔、潔癖な女性には、ソウタさんのような自由奔放な方とはなかなかわかり合えないでしょう。私としては、キリカ隊長と結ばれるのが望ましいのですがね」
イディリオは淡々と話すせいか、少しも残念そうな感情は伝わってこない。
「彼は、グラマーな女性が好きなの」
「なるほど、確かにエリーナ副隊長は男性から見て均整のとれた身体つきですね。しかし、真面目で手厳しい性格と底冷えする瞳は、ウイング兵団の男性隊員も敬遠しているありさまですしね」
「なぜ、そんなこと知っているの」
ウイング兵団は、ルドルフ王国軍の末端組織とはいえ、平民街や貴族が嫌がるような雑用仕事させるため、百人弱の隊員を抱えることを許されている。イディリオはウイング兵団を円滑に回すため仕事は山積みで、隊員の様相など気が回らないのが普通だ。
――ところが。
「私は副総隊長ですよ。サンドリー総隊長が指針を決め、私が細かい気配りとウイング兵団の運営を任されています。全隊員の出自や経歴、趣味や好きな異性のタイプまで熟知しているのは当然でしょう」
イディリオの頭の中には、全隊員の情報がある程度把握しているという。なにが得意で、なにが苦手なのかを知っていれば、仕事の振り分けや管理がスムーズに運びやすいとキリカに説明する。
簡単に言うが、一〇〇名を超える隊員の情報を頭に入れるのは容易いものではない。やはり、イディリオはウイング兵団の力を大いに振るうためには、欠かせない人材であった。
「話を戻しましょう。本人には内密するようお願いされていたのですが、彼女は魔人の手によって今は亡き、クアトロ国の姫君でした。当然ですが、家族どころか国を失った過去の辛い経験から、魔人の憎悪は相当なものです。姫君だった頃は、今のような人を寄せつけない雰囲気とは別人で、穏やかで笑顔が似合う女性でした。心に傷を負った彼女に、その頃に戻るのは困難でしょうね――ですが、魔人の存在で人々が萎縮してしまっているただなかに、彼のような全く怯えることもない浮き世離れした存在と接していけば、ひょっとすれば彼女の堅く閉ざされた心を紐解くきっかけとなるかもしれません」
クアトロ国は、アルバーニア大陸の玄関口と呼ばれ、海辺の統べる大国であった。それこそ、アグラード帝国と肩を並べるほどで、アグラード帝国がアルバーニア大陸の陸の王であるなら、クアトロ国は海の王と語られ、実際両国に敵う国は皆無であった。
他国との交易は勿論のこと、アルバーニア大陸以外でも交易が盛んに行われてクアトロ国を大国とさせた。広い港には巨大な帆船が何隻も停泊されており、クアトロ国が画期的に開発された魔石を燃料にした最新の船だった。それを燃料とし、魔導機関を動力とさせた船も、数は少ないが港に停泊している。魔導船は王族が住むような豪奢の屋敷の上に、巨大な帆を張るマストが聳えているような巨躯で、船尾には推進器のスクリュープロペラが備わっていた。よその大陸との交易はもっぱら魔導船が活躍していた。
街の中は、各国から集まった商人らが切り盛りしており、それを物珍しそうに物色する観光客が往来して賑わっている。キリカも、冒険者だった頃に仕事で足を運んだ記憶がある。
クアトロ国が、魔人の襲撃に遭ったのは突然であった。魔人が起こした国を覆うほどの津波に飲み込まれ、なにもできぬまま国は滅亡した。エリーナが魔物の手から逃れられたのは、その国の騎士が九死の状況下で、彼女を連れて脱出したからだ。
難民となったエリーナは、裸一貫で命からがらルドルフ王国に流れ着いた。入国はできたものの、これからの生活手段のことで困っていたところを、サンドリーに助けてもらったのだ。もともと、高い教養を身につけていたエリーナは、ウイング兵団にすんなりと入隊することができた。
「私も、ここに入隊したばっかりの頃からエリーナには世話になっているし、気晴らしできたらと期待しているけど、少しも話しに乗ってくれない」
「では、これならどうですか」
イディリオのアイディアとは、彼女の趣味に関わる。そして、彼女の趣味とは、
「エリーナ、これ」
後日、キリカはプレゼントを紙袋に入れ、用意した物をエリーナに渡す。
「なんですか、これは?」
「中を開けてみて」
訝し気に紙袋を開けてみると、その中身はロッセリー商会の新商品として、若い女性をターゲットに発売予定の人形である。キリカはお願いし、特別に購入することができた。ペンギンと呼ばれる人形の物で、愛くるしい姿とつぶらな瞳は、女性の胸をキュンとさせる。
「これは……」
氷のように冷え切った瞳が見開く。エリーナは、可愛い雑貨品や人形が堪らなく好きで、その中でも特に愛くるしい人形が好きであった。副隊長になると、ウイング兵団の宿舎を利用する隊員であれば、質素であるが個室があたえられる。それもあって、彼女の部屋は愛くるしい物であふれていた。
「それが欲しかったら、奏太と食事して」
エリーナは悔しさから露骨に不満顔となるも、一言も発せずに人形を受け取った。




