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平民街を襲った魔人が討伐され、一ヶ月間が経つ。まだまだロッセリー商会は復興で忙しい日々を送っていた。
十年前に魔物の手から逃れ、ギルダーは精根つきているところを、商人の夫婦に救ってもらっていた。恩人の夫婦が、なによりも大切だと語って聞かせてくれた娘を、今度こそ命がつきるまで守護すると、誰に言うこともなく自分に誓っていた。
ロッセリー商会の代表は、従業員を家族と呼ぶほど絆を強く持つ。一時期は冒険者として華々しい活躍をするも、結局は学がない人間だ。孤児院育ちのギルダーでも蔑視することもなく、快く迎え入れられてくれた。
忘れられない心の傷を抱えながらも、前に進もうと思えたのはロッセリー商会のおかげだろう。
時間をかけてもこの恩を返そうとする中、魔人との戦闘によって、それも難しくなってきた。切り札を使った後悔はないが、このまま恩人の娘を守れなくなるのは、やはりやりきれない思いが強かった。
「余暇を楽しむ柄じゃないのに、迷惑な話だ」
最初は手足を動かすのも難儀し、何度も自分の身体のもどかしさに耐え、リハビリを一ヶ月間続けて日常生活に支障はなくなるまで回復した。わずかに残った魔力を弱った身体に回せば、剣を問題なく振れる。ただし、時間制限つきでだ。以前の勘を取り戻すまで、まだ時間が必要である。それでも、まだ護衛が続けられる希望が見え、ギルダーはひとまずほっとした。
「どれだけ、命が持つか知らないが、これで俺が生きる意味を得られる」
ギルダーがリハビリを続けている間、モニカは両親が残してくれたロッセリー商会は跡形もなく、跡地に残ったのは砂や石礫ばかり。ところが、従業員らに落ち込む顔はなく、モニカ自身も快活に現場の人間へ指示を出していた。
本来は護衛であるギルダーが付き添わなければいけなかったのだが、体調が戻るまで奏太が護衛の代行を引き受けてくれていた。
モニカの美貌は、母親譲りの魔性の魅力を受け継いでおり、数多の男たちを夢中にさせていた。彼もその一人で、最初から隠す気がないのか、露骨に下心を見せている。
「今日も、モニカのセクシーな身体は素晴らしくエロイなぁ。黄金色に輝く陽光で、隅々まで焼かれたようなしい小麦色の肌。草原を連想させる、癒しの瞳色。うぅぅぅん堪らん」
奏太は卑猥なことを考えたとき、たまに口にしてしまう癖があるらしく、場所を選ばずモニカを辱めていた。それが意識的なのか、無意識でやっているのかギルダーでは判断できなく、その頻度はここ一ヶ月増えるばかりだ。
モニカも、奏太に魔人の一件で罪悪感があるためか、殊勝にもその行為を咎めず、イヤらしい言葉責めに耐えていた。魔人の一件については、マリナから聞いてギルダーも知っている。
二人は話しかければ会話が成立するも、奏太はいたって普段通りであるが、モニカのほうがぎこちなく接してしまっているのは、近しい者から見れば明らかだった。
モニカが妙な空気を漂わせるさなかで、今日は魔人を討伐してくれた奏太にサプライズを実行しようとしていた。
「奏太、遅くなったけど魔人を倒してくれたお礼として、新しい家をプレゼントするわ」
「は?」
内容を教えられずに奏太が連れてこられた場所は、以前住んでいた場所から数メートル先に行ったところの、同じ区域の住宅街だった。
「本当なら、一から建てた新築の家をプレゼントしたいのだけど、今は大工に余裕がないのよ。まだ、うちの商会も外枠は完成したけど内装がまだだしね。でも、ロッセリー商会で無事だった物件では一級品だし、家の中もリフォームずみだから安心して」
モニカが用意してくれた物件は、以前の家の一・五倍大きく、そして庭が広かった。
キッチンはルドルフ王国で最新式の自動洗浄機と乾燥機つきで、火を扱う調理場の上には煙が充満しないよう、すぐ上には換気扇が完備されていた。風呂は岩風呂で、窓から手入れされた庭に咲く花壇の花を、眺められるようになっていた。一人で住むような物件ではなく、管理するのも大変である。
ところが、モニカのどうだと、ワイシャツの奥から立派な柔丘を張り、ドヤ顔を決め込む。あたり前のように、胸を張ったさいにぶるんと跳ねるのを、奏太の視線は釘付けであった。
やがて、奏太のスケベ心を満足させると、申し訳なさそうな顔をさせる。
「モニカ、せっかくだけど、こんな家なんかもらえないぞ。一撃で葬れる奴だったし、モルンヌ大森林の魔物のほうが、よっぽど手応えあるしな」
「はぁ、貴方が規格外なのは知っているけど、魔人は人類にとって難敵なのよ」
さしたることではないとした奏太に、呆れたふうのモニカが肩をすくめる。
「それに、売り上げが見込める商品のアイディアをいろいろとくれたし、できればソウタの借金もなんとかしてあげたいのだけど、カルダックの財産は平民街の復興に回されちゃったし、ロッセリー商会の隠し金庫も修理費で残ってないのよ。本当に今回は命が助かっただけでも、得だったと思わないとやってられないわ」
奏太は日本のデパートと呼ばれ、多種多様の品揃えをしている百貨店のアイディアを、モニカへ伝えてくれた。もともとロッセリー商会がやっている商法と似ているところもあるが、敷地内に露店や食事処、憩いの広場、ロッセリー商会のオリジナルの着ぐるみなどを今回取り込んでいる。そして、奏太の国の文化を考慮に入れて、人目を引くデザインを重要視した商館を造作したのだ。
ついさっきまで自信にあふれた顔とともに、力強い目であったモニカであるが、人が見えない場所で疲れた顔をさせているのをギルダーは目撃していた。今まで溜め込んだ蓄えがなくなれば、後には引けない。商会の危機改正をはるために、かなり彼女が追い詰められているのが窺えられる。
さらにモニカとしては、従業員の評価を正しく評価したい気持ちは大いにあり、それができないのが大いに心苦しく感じていた。商会の従業員を家族だと認識が強いモニカとしては、困っている従業員が入ればなんとかして助けてあげたいと思ってしまうのだ。
「もらっておけ。素直に謝罪とお礼ができないモニカ代表は、できる範囲で感謝の気持ちをプレゼントで伝えたいのだ」
モニカに同行していたギルダーは、微苦笑しながら後押しするつもりでそう述べたのだが、怖い顔で睨まれる。
「ギルダー、余計なことを言わないで!」
「なら、素直に自分の気持ちを述べたほうがいい」
「うっ」
ギルダーに痛いところをつかれ、モニカは言葉に詰まらせて黙り込む。まるで、我が子に言い聞かすようにその口調は柔らかく、温かい目を向けていた。
そのやり取りを傍らで、無に等しい表情で傍観していた奏太は、隠し切れない物凄い嫉妬の炎が、ギルダーの肌を火傷しそうなほど熱する。冷や汗で、背中をべっとりと濡らす。
「別に、そんなの必要ない。クビにされず、まだ使ってくれるだけ感謝だ」
嫉妬で怒り狂いそうな奏太であるが、その件については本当に気にしていないようだった。その態度が、かえってモニカは罪悪感にさいなまれる。
「くぅぅぅっ!!」
なにかに苦しむように、言葉にならない声を上げる。そして、長い間を作ったあと、意を決したように口を開く。
「あの、ね。その、こないだはやつあたりして、ごめん! それと、ありがとうっ。ソウタがいなければ、うちの従業員だけではなく、平民街に住むたくさんの人たちが魔人に殺されていたわ――本当にありがとう」
俯くモニカは奏太の顔を見ることはなく、気恥ずかしそうに唇から流れた。言い終えると、即座に身をひるがえして奏太とギルダーから、プイッと背を向けた。見えるのは、彼女の艶やかなうなじから、メリハリのある背中のラインに劣情を抱かせる美尻。
「ヤバい。俺の股下にぶら下がっているサオが、半立ちじゃ収まらん」
恥ずかしげもなく、奏太はと品性のない感想を述べた。
奏太の身体の一部が過剰に反応しているなど、ギルダー的にはこの上なくどうでもよく、天地神明にかけて確認などしない。
ギルダーは奏太へ呆れた表情をするが、だがそれも仕方がないと、理解もできる気持ちもあった。
普段は何人もの従業員に指示し、実際の年齢より大人っぽく映す姿とは違い、そのギャップの可愛らしさから奏太だけではなく、多くの男たちのハートを鎖で縛りつけて魅了してしまうのだ。
ギルダーは、微笑を浮かべる。
卑猥な感想と、背中を向けても奏太からの強い視線を感じているモニカは、肩を小刻みに震わしていた。顔だけではなく、首まで赤くなっていた。
視線に耐えがたくなったモニカは、上気させた横顔を見せ、
「ソウタ、前々から言おうと思っていたけど、堂々とその、いやらしい言葉を露骨に発するのは止めてほしいのだけど」
「あ、もしかして、また出ちゃっているか。俺、たまに考えていることをそのまま口に出しちゃう癖があるんだ」
恥ずかしげもなくそう話す奏太に、背を向けたまま首だけ振り返り、ジロリとモニカは見やる。それでも、悪気の欠片も感じない奏太に反省を求めるも、それが無理そうだと悟って嘆息する。
「はぁ、期待はしてないけど、なるべくなおしたほうがいいわよ」
「ああ、努力はする」
「ええ、そうね。そうしてくれると助かるわ」
一度言葉を切った後、モニカはようやく二人に正面を向けると、
「ところで、ソウタ、この後なにか予定があったりする? もし、よかったら昼食を一緒にしない」
気を取りなおして、食事に誘ってくれるモニカ。ところが、奏太はなにか都合が悪いのか、乱雑に切られた髪を掻いて返答を探すように視線を上に巡らせる。
「なに? 予定でもあるの」
すんなり返事が返ってこないさまに、モニカは不満そうな表情を曇らせる。奏太は答えにくそうに述べた。
「あーごめん。この後、予定があるんだ」
「……そう、仕方ないわね」
モニカの眉が下がり、残念そうに言った。蠱惑的な美貌から、そんな顔をされれば男ならたとえ大切な用事があったとしても、彼女のお願いを聞いてしまうだろう。奏太は自分の胸を手で押さえつける。
「代表、あからさまに残念そうな顔を浮かべると、ソウタが申し訳なくなると思うが」
「別に、残念そうな顔なんてしてないわよ」
仕事を抜きに私的となると、自分の感情を素直に晒してしまうモニカ。食事の誘いを断られて、その瞳には不服がにじみ出ていた。
まだまだ、子供だなと、ギルダーは首を横に振る。
モニカの美貌は貴族から、嫁や愛人にと誘いがくるほどだ。奏太もモニカと出会った日から、彼女の全身を舐めるように視線を送っていた。
絶対に認めないだろうが、モニカは女として少し自信を持っていた。不服や悔しさ、そして寂しさといった感情が絡み合い、複雑な表情を浮かべている。
「ねえ、ソウタ。用事って、もしかして狩りに向かう気なの? いくら、貴方が規格外でも、たまには休みを取らないと危険だと思うけど」
心配する気持ちは本当のようだが、いまいち納得いかないモニカは不満を織り交ぜながら言うも、それに気づいていない奏太は安心させるように食事を断った理由を話した。
「安心してくれ。今日はモニカから呼び出しを受けていたが、もともと狩りに行く予定がなかったんだ。なにせ、これからグラマーな美女と食事する予定だしな」
内なる嬉々が漏れ出すように奏太は話した。その直後、奏太はモニカから頬を抓られ、半目で睨まれる。
「ソウタが誰と交際するかとか、別に構わないけど。勤め先の代表の私に、なんの知らせもないのはどうかと思うわよ」
奏太から「そうなのか?」と無言で顔を向けられ、ギルダーは目を伏せるしかできなかった。
「なあ、ロッセリー商会は従業員の交際相手を、代表に知らせる義務があるのか?」
頬を抓られた奏太は、若干声を不明瞭に口ごもらせていた。
「勿論よ。ロッセリー商会の従業員とその家族は、全員ロッセリー商会の家族。その交際相手が、おかしな人間だったら危ないじゃない。私は代表として、そして家族の長として、守る責任があるの。そうよね、ギルダー?」
そんな話しなどギルダーは初めて聞くし、ロッセリー商会にそんな決まりなど一切ない。だが、その微笑の奥から、異様な迫力を含んだ瞳を突きあてられた。困った挙句に、ギルダーは首を縦に振るしかない。
「わかったよ。今度から、一言伝える」
奏太はモニカから抓られていた指をようやく解放された。
「ギルダー、帰るわよ」とモニカは口にし、不服のベールを全身に覆ったまま、その場を後にした。




