2-6
ルドルフ王国の平民街。狩人になりたい者は少ないが、生存率の低い危険を要した職業に就きたがる変わり者が確かにいた。彼らの共通点は、戦闘力に自信がある強者ばかりだ。
ギルドはなく、完全に個人の身で稼ぐ男の仕事だといえる。そんな彼らが、集う食堂兼宿屋がある。
店名はファーミヤ。狩人が引退して、嫁の名を店につけて開いたものだった。
店の泊りのお客は荒くれ者ばかりで、全員狩人ばかりだ。低価格のわりに食事は美味く、宿側はお風呂がないが最低限の清潔感のある部屋で、宿を利用する客の評価は悪くはない。水浴びをしたい者は、近場の平民街共同の井戸から水を汲んで身体を拭くか、さほど遠くない場所に銭湯があるので不都合は感じられない。
泊り以外では客層は街の住民から、食事処として利用もされている。荒くれ者の狩人たちも、尊敬する先輩の店では打って変わっておとなしく、住民も気後れすることなく店を利用できていた。正午の時間は狩人たちがまだ仕事に出ている者が多いため、店内の客層は住民らでなかなかの盛況ぶりだ。
盛況な正午の時間帯がすぎ、客足が落ち着いて店内の席はまばらに埋まっている。穏やかな時間が流れ、ファーミヤに新たな客が入店する。
この世界では、一六十程度と小柄の痩身で二十歳の若い男。端正な顔つきだが眼光は鋭く、眉間には皺を作っている。不服そうな表情をしており、冷然な印象をあたえる人物であった。膝まで隠すロングコートを羽織っており、背には剣を帯びている。
ファーミヤを経営している初老の男は、入店した男に声をかける。
「久しぶりだな、カイル」
「ああ、ジナルド。一年ぶりだ」
ジナルドが経営する宿に入店した若い男はカイルと呼ばれ、カウンター席に座る。厨房には仕切りがなく、料理を作っているところが見えるようになっている。
「いつものでいいか?」
ジナルドに飲み物を尋ねられ、カイルは頷く。ジナルドは陶器で作られた筒状の大きな陶坏に、葡萄酒をなみなみにそそいでカイルの前に置いた。
カイルがこの店に訪れる客ということは不人気な職業、奇特にも狩人の一人だった。
二人の出会いは、まだカイルが成人を迎えたか、迎えないかの年頃だった。狩人の仕事で、当時からルドルフ王国で拠点としていたジナルドと、何回か狩りを組む機会があったのだ。
ジナルドは常日頃から不機嫌な顔を浮かべているが、カイルのような他人に興味を抱かないソロの狩人にも、顔に似合わずなにかと気を配ってくれる親分肌の気質を有していた。現役を引退して年数経つが、当時の隆々とさせた肉体は少しも衰えていない。
「今回はゆっくりできるのか」
「特に決めていない――ジナルド、帝国でルドルフ王国が魔人に襲われたと聞いた」
「もう、帝国まで話が届いていたか」
カイルは一年前から魔人との戦争に参加し、激化する戦場で魔人相手に戦っていたのだ。といっても、直接手合わせできたのは、魔人が兵隊として用意したマリオネットソルジャーの群生か、操られた魔物ばかりで退屈であったと、カイルにしては珍しく愚痴る。
「平民街の荒れようは、ただの噂ではないと思っていたが、やはり本当だったか」
「ああ、本当だ」
ジナルドは憮然な面持ちで肯定する。
カイルはジナルドから事情を尋ねられ、ホームアルド商会の代表であるカルダックと魔人が手を結びルドルフ王国を襲ったと語って聞かす。
「それで、どうした?」
「イザベラ大将とウイング兵団で、どうにか討伐したらしい」
「勇者やカルフェール以外の軍隊どもは、動かなかったのか」
「ああ、勇者はともかく、他の騎士団は大貴族が指揮している。自分たちの騎士団から損害を出してまで、平民を救いたいなど思う輩がいるはずがないだろう」
「だが、イザベラ大将はBランク相当の戦闘力を保持する強者だ。ウイング兵団の総隊長も、噂では大将格の戦闘力だと聞く。それでも、魔人に勝てるか疑わしい」
アグラード帝国で魔人との戦争に加わっていたカイルは、魔人の強さを肌で感じている。
アグラード帝国の魔導兵器、最新技術を屈指したゴーレムを魔人にぶつけるも、その結果は満足いく成果は出せていと、ルドルフ王国まで情報が届いていた。
しかし、アグラード帝国の魔導技術はアルバーニア大陸では、最も技術が進んでいる。その上に、亜人国の得意とする鍛冶技術や魔法技術を加えたことによって、ダンジョンでもより深くまで潜らなくては出会いそうもない、伝説級の魔道具や魔導兵器を開発するのに成功して次々と造り出されていた。
魔人と長きに戦争を続けられたのも、そのおかげが大きい。でなければ、勇者が現れる前にとっくに国は滅んでいる。
ぎりぎりの戦いを続けているアグラード帝国と亜人国のさなかだが魔人一人とはいえ、他国に劣るルドルフ王国、しかも勇者も軍隊もなしに魔人を討伐するとは、カイルにはとても信じられない話しであろう。
自分の考えをカイルはジナルドに伝えると、二人の会話は一旦途切れた後、「おい、少しの間代わってくれ」と一緒に料理を作っていた男に任せ、カイルの横のカウンターに座る。そして、陶杯の上で泡が浮かぶ麦酒を、喉を鳴らして飲み始めた。葡萄酒とは違い、麦酒は苦みが強いがジナルドは好んで飲んでいる。
「実はお前に話すか迷っている……俄かに信じられない話だ」
ジナルドは人望が厚いのもあって、狩人の後輩や街の住民から愚痴や相談を受ける機会が多く、ルドルフ王国のいろんな情報が彼のもとに流れる状況を作っていた。
酔っ払いたちが酒のつまみに話す内容から、近所で噂される話、狩人の仕事内容が主で、さした話しではないのだが、まれに情報ギルドが高額で買うような内容も飛びかよう。
陶杯にそそがれた葡萄酒を口に運び、半分ほど中身を減らすとカウンターに戻す。
「聞かせてくれ」
ジナルドの横顔を鋭い双眸で見やり、カイルは頼み込んだ。
本当は話したくないという空気が漂うも、根負けしたジナルドは重い口を開いてくれた。
「酒に酔った狩人がうちの店で会話していた話だ。魔人を倒した者がイザベラ様たちじゃなく、別の者が討伐する姿を見たと、な」
「ほら話じゃないのか?」
ジナルドは頷き、「おそらくな」と答える。
「砕かれた防御壁を見たか?」
「ああ」
ルドルフ王国を遠目でわかるほど、国を囲う防衛壁に大穴が開いていたのだ。入国するさい、多くの土木作業員が復旧活動を行っているのを見受けている。
「魔人を一発の殴打で倒し、防御壁もろとも吹き飛ばしたらしい……しかも、一人の人間が」
目撃した狩人は博打で借金を作り、金に困っていたところを魔人が平民街で暴威を振るい出した。それを目にし、少しでも情報ギルドに売り込めるネタにならないかと、狩人は考えた。地下の避難所に逃げず、自身が危害の及ばない場所で、魔人とウイング兵団らの戦闘をのぞいていたのだ。その思惑は見事に成功し、情報ギルドに高値で買い取ってもらえたようだ。
「どんな人間だった」
「遠方からで、顔は確認できなかったようだ。だが、その者は黒髪の男だったようだ」
「黒髪? そんな人間、この大陸では勇者以外にいるのか」
カイルは幼い頃から、アルバーニア大陸を狩人の父親に連れられて旅していたが、黒髪の人間は勇者以外見た覚えがない。
「ルドルフ王国に勇者以外、もう一人だけいる。しかも、平民街に」
カイルから、どこにいるといっそう強い視線を向けられる。
「三ヶ月前にルドルフ王国へ、ぶらりと現れ、その日にロッセリー商会専属狩人として雇われたのが、黒髪の男だったはずだ」
「狩人だと?」
「ああ、確か名はソウタと客が話していたな。そいつが、ロッセリー商会に雇われるようになってから、高ランクの魔物素材が、市場に流れるようになった。最初は気にも留めなかったが、魔人の一件を知ってからは偶然とは考えにくい」
「……」
ジナルドにそそいでもらった葡萄酒を勢いよく呷って空にすると、カイルは席を立って金を支払う。だが、金銭を取り出した布袋からは、なぜかお札であった。
「おい、多いぞ。一杯二百ヘルの葡萄酒が、なぜ一万ヘルになる」
「情報料と言っても、ジナルドが受け取らないのは知っている。余った金はあんたの娘に、服でも買ってやってくれ」
優しい言葉の内容と裏腹に、カイルの表情は微笑すら浮かべでおらず、とても優しい言葉を投げかける面ではなかった。困った模様のジナルドを置き去りにし、カイルは店の出口へと向かう。
「どこに行くつもりだ。まさか、ロッセリー商会に行くつもりじゃないだろうな。ルドルフ王国に訪れた理由はそれが理由か? わざわざルドルフ王国に来なくても、帝国にわんさかにいるだろう」
「帝国に一年もいても、目的の魔人とは戦えず時間を潰してしまった。王国に帰ってきた当初は、勇者の技量を今度こそ盗むはずだったが、単独で魔人を倒せる男が現れれば興味を抱くは不思議ではないだろう」
カイルは、当然とばかりに背中越しに語る。
強さを追い求める人間の多くが死を恐れず、感情の一部が欠けている者が少なくない。今代の勇者は、人間の強者としての可能性を示した。普通のやり方では到底辿り着けないほどの強大な力を、少しでも近づきたいとカイルは以前に語っていた。
「最初に出会った頃と変わらないな。あの頃から、お前は強さを貪欲に求め、こだわっていた」
「こんな時代だ。生き残るために、強くなりたいと思うのは普通だろう」
目まぐるしく魔導兵器が開発され、魔法の進歩もいちじるしい。ただ、魔物や魔人に人類が滅ぼされる絶望的な未来が、希望の光を兆し始めたのは確かだ。しかし、強力な兵器や魔法ばかり進歩しても、結局それを扱うのはあくまでも人だ。人自身の成長を止めてしまえば、見え始めた兆しも見失ってしまうとカイルは考えていた。
カイルの考えをよく知ってか、ジナルドはなにも言わず送りだした。
「無事に帰ってこいよ、娘に礼を言わしたいからな」
カイルは振り返りも、言葉も発することなく店を出ていった。どこまでも無愛想な奴だと、ジナルドは苦笑した。
* *
ファーミヤの立地は悪くはないがいいともいえない。大通りは平民街の顔ともいえる賑わいと、物流の流れが活発の市場でもある。そこで店を出せば、売り上げが保証されたのも同じだ。
しかし、そんな好立地に店や宿を出せるのは、ロッセリー商会やホームアルド商会といった大商会にし出せないだろう。高額な税金を国に納めなければならないのだ。よそで店を出すより、倍近くの金額もかかってしまう。
自分の店を持ちたい新参者は、裏通りと呼ばれる通りでお店の開業を目指すのが一般的である。ジナルドは運よく知り合いがやっている不動産屋から、裏通りの中でも悪くない立地を紹介してもらい、赤字にならずに経営ができていた。
カイルは裏通りを抜けて大通りに出ると、ロッセリー商会にまっすぐと向かう。
魔人の襲撃によって、特にその影響を受けた大通りは石畳みが捲られ上げ、立ち並ぶ平民にしては見栄えに凝った石造りやレンガ造りの建物が、当時の激しい戦闘を取り残して痛々しい傷跡が焼きつけられていた。平民街の住民たちは、精力的にその傷跡を街から消そうとして、復興は進んでいるようにカイルには映る。
聞いた話しではロッセリー商会が一番酷いと、カイルは聞いている。道なりに歩んで行き、目的の場所へと辿り着く。
「……」
呆気に取られて言葉を失うカイル。
広大な敷地を綺麗に整え、その上にコの字型の建物が建っていた。階層は前回より、同等にありそうだ。
一見豪勢な貴族のお屋敷規模の建造物が、そこにあった。
前回の木造とは違い、頑丈そうな石造。各階層の窓には平民にとっては、決して安い物ではないガラスの窓が設置されていた。とても、一ヶ月で建てられるものではない。
その秘密は、あっさりと解かれた。
大工の傍らで、大工の手伝いをしている大人数のロッセリー商会の従業員たちのおかげで、大幅に作業スピードを短縮しているようだ。慣れない作業でも、率先して従業員は石や丸太を運んでいる。新設のロッセリー商会は完成間近だ。
カイルはロッセリー商会の敷地に一歩踏み入ろうとした。そこで、なぜここにいると顔で、思わぬ人物と出くわす。
「よう、矮躯久しぶりだな」
「狂犬か。早死にすると思っていたが、まだ生きていたとは驚愕だ」
カイルに声をかけてきたのは、レイアであった。
カイルがルドルフ王国でもっとも会いたくない人物だった。ルドルフ王国に滞在していた頃、カイルが狩りの帰りに宿に戻ろうと平民街を歩いていると、レイアに運悪く遭遇してしまい目をつけられたのだ。その日から、戦闘意欲の剥き出しの狂犬とは幾度も剣を交えてきた。
勝敗は毎回決着をつける前にウイング兵団か、カルフェール騎士団に止められていた。決着をつかぬまま、カイルはルドルフ王国を出国したのだ。
一年ぶりの好敵手との再会に、レイアの唇の端はつり上がり、爛々(らんらん)と鋭い眼光が漏れだしていた。
「今回は、お前に構っている時間が惜しい。俺に構うな」
カイルは憮然とした口調で述べるも、
「ふざけるなよ――と言いたいが、私もやぼようでてめえに用はねぇさ。敗北せずにすんでよかったな」
ニヤっと笑い、カイルを挑発する。
カイルはレイアの屈折した性格の悪さを熟知している。その挑発には乗らず、ロッセリー商会の敷地に足を踏み込んだ。
「おい、矮躯。お前、ロッセリー商会になんのようだ」
「なんで、お前に話さなければならない」
「いいから話せ。嫌な予感がしてならねぇ」
妙な食いつきと、レイアの高圧的な物言いに腹立たしく感じ、殺意が湧いてくる。だが、ここで言い争う時間が惜しく、カイルはその怒りを耐えながらこの場に訪れた目的を告げてやる。
「ソウタという男に、少し用がある」
「ふざけるな、却下だ。今すぐ回れ右して、帰れ」
レイアから問答無用の言葉を聞かされ、カイルの堪忍袋は限界を迎える。
「いい加減にしろよ。お前が騎士だろうが、俺にはなんの関係もない――潰すぞ」
カイルの目に殺気が宿る。それを見て、レイアは不敵な笑みを浮かべ、二人の間にピリつかす空気を漂わせた。
「私はソウタと戦いたくても、一ヶ月も断られ続けているんだよ。そこに急に横からでしゃばれると、寛容な人間でもすこぉぉぉし、気分を害するのは誰しもわかるだろう?」
「ああ。だが、お前の事情など知らないし、待つつもりもない」
「なら、私たちらしく、これで決めるか」
帯剣する剣に手を乗せて、カイルに見えるように鯉口を切り、剣で勝負を決めようと合図を送る。不穏な空気を察知する、ロッセリー商会で汗水流して働いていた大工や従業員たちがざわめきだす。
レイアの合図に応えて、カイルもまた銀の刃を鞘から引き抜き、二人の剣は火花を散らして噛みつき合う。
周囲から悲鳴がほとばしる。
平民の多くが往来する街中では、鞘から剣を抜くのは禁止されており、ウイング兵団にしょっぴかれる。しかし、それにも関わらず、二人はお構いなしに、殺気の込められた刃を振り抜いた。
次の投稿は来週の月曜です。




