2-5
ようやく取り調べも終わり、奏太は三日間の軟禁生活から解放された。
腹部から空腹の訴えを聞き入れ、久しぶりの《コウラク》へ早々向かおうと思案する。ついでに見送りをするようにイディリオから言われ、施設の出口までつき添っていたキリカも誘ってみた。
「なあ、これから《コウラク》に昼飯食べに行かないか?」
ピクリとも表情を変えず、無言で応えて食事につき添うことを了承した。
「お前の愛想のなさに慣れてきたが、せっかくベースは可愛い顔しているのだから、たまには笑顔でも作ってみたらどうなんだ。彼氏の一人や二人、簡単にできると思うぞ」
「必要ないわ。乳繰り合う時間があったら鍛錬したい。少しでも強くなるために」
絶対に譲れない意志のようなものを、無機質な言葉から感じた奏太は、日本では学生服を着て勉強している一六歳の少女が、色気もない剣や魔法に夢中だとは嘆かわしく思う。
「はぁ、勤勉で立派な労働者なのはいいが、お前そんな人生で楽しいか?」
「私の唯一の生きる意味は、強くなること」
奏太の死んだ魚のような瞳とは違い、キリカの輝きのないモノトーンの瞳と、抑揚のない口調で述べた。
「あのなぁ、人は大切なものができれば、ほかっといても強くなるんだよ。男の場合は美女のためなら、魔物だろうが自分より格上な相手だろうが、スケベ心や性欲を漲らして倒してしまう生きものだ」
「とても信じられない話ね。でも、それが貴方の力の源?」
「そうだ。俺はグラマーな美女のためなら、天井知らずに強くなれる自信がある」
反応が薄いキリカを相手に、奏太はグラマーな美女がどれだけ魅力的なのかを、熱を入れて説明をしながら施設の出口へと向かう。
「どこに行くのですか、キリカ隊長」
出口が目と鼻の先で、背後から呼び止められる。声がするほうに振り向くと、奏太はそこにたたずむ女性を見て目が奪われた。呼吸すら忘れて凝視してしまう。特によく実った胸には、血を滾らせる魅力があった。
キリカに声をかけた者は銀縁メガネが似合い、怜悧な顔立ちだ。立ち振る舞いには優雅さがあり、豊艶な美女だった。
彼女の瞳に浮かぶ色が気にならなくもないが、久しく女性と交じわっていないご身分の奏太としてはそれどころではない。とびっきりの美女と出会えたことに喜びを感じながらも、ある意味窮地に追い込まれた気分である。
傍らで悶え苦しむ奏太に、女性二人は不審者を見るような目で注視された。
「エリーナ、なんでここに」
「日頃の行動を見ていれば予想はつきます。キリカ隊長は、鍛錬と美味しい食事にしか目がありませんからね。大人しく休むとは思いません」
奏太は目の前の美女に釘付けのまま、肘でキリカの脇腹を小突き、耳もとに顔を近づける。
「おっ、おい、キリカ。誰だ、あのグラマーで美しい美女は?」
「私の部下で、エリーナ副隊長」
驚愕と興奮が口調に漏らしながら尋ねると、訝しげな眼差しを送るキリカが説明してくれた。なんと、彼女の直属の部下だと言う。
「ところで貴方は確か、説明がとくにありませんでしたが、イディリオ副総隊長が参考人として捕らえた、ソウタ・アイバラでしたね。基本的には関係者以外、この建物へは入れないようになっているはずですが、取り調べは終わったのですか?」
ウイング兵団の本館や隊員が寝泊まりする宿舎は、基本的に関係者以外立ち入り禁止となっている。奏太の扱いはあくまでも参考人なのだが、エリーナは胡乱げな顔であった。
「どうも、キリカ隊長とは親しい関係を結ばせてもらっている、奏太と言います。よかったら、これからキリカと食事に行こうと話していたのですが、エリーナさんもご一緒に行きませんか? もし、上司と食事が嫌なようなら、キリカの奴を外してもかまいませんよ。個人的にも是非そのほうが喜ばしいですしね」
「……」
緩みきった態度も口調も一転し、ぴしっと引きしまって紳士的に変貌する奏太。隣に並ぶキリカから、不気味なものを見るような視線を感じるが、今の奏太には目の前の美女しか捉えていない。
ピクリとエリーナの美しい眉がほんの少しひそめて、キリカに本当ですかと確認を取るように顔を向け、それにキリカは肯定する。
信じられないとしているエリーナは、
「素性もよく知らない者と、食事に行く趣味はありません。では、キリカ隊長、自室に戻ってもらいます」
「なら、俺とエリーナさんと二人きりで」
「私はキリカ隊長の看病と仕事が残っています」
あきらめの悪い奏太は粘るも、バッサリと切り離された。
モニカのような美女に勝るとも劣らない女性に、一回の食事を断られたぐらいで、めげるほど物分かりがいい人間ではなかった。
奏太は少し待ってもらえるように一言エリーナに告げ、キリカを連れてエリーナから距離を取ると、
「おい、キリカあの美女と仲を取り持ってくれよ」
平静を保ちながらキリカの肩に手を回し、やんわりとした口調で耳打ちした。
「なんで、私?」
「魔人から、危ないところ助けてやっただろう。ここはその借りを返せるチャンスだと思うぞ。キリカだって、いつまでも借りを作っとくのも嫌だろう。まあ、俺はどっちでもいいけど。ただ、あの借りはでかいから、返すのは大変だと思うぞ。なにせ命の恩人だからな。でも、あの美女と仲を取り持ってくれたら、チャラにしてもいいのだけどなぁ――あ、これ独り言ね」
あくまでも、選択権はキリカにあるとしているが、それは建前で本音はキリカに命を助けてやった恩を、今回で返せと言っているようなものだ。
奏太の思惑は功を奏し、無表情なキリカから不満なさまが漏れ出している。彼女は嫌々ながらも頷き、協力を取りつけることに成功した。
キリカがエリーナに連行されていくのを見送り、仕方なく《コウラク》へは一人で向かおうとウイング兵団の本館を出た。すると、タイミングを見計らったように、訓練場のほうから疲れた顔色を浮かばせた、二人組の美男美女がこちらへと歩いて来ていた。
「なんだ、あの二人。ウイング兵団の隊員じゃないよな」
二人ともウイング兵団と違い、一目見て高価だとわかるような、上等な生地で編んだ軍服を着衣していた。まだまだ、異世界の知識が乏しい奏太でも、二人が貴族関係者だと認識できる。
しかし、なんでこんなところに貴族がと、奏太が不思議に思いながら悠々と腹をポリポリと掻く。女性が奏太を見据えて、パッと嬉しそうに笑顔を浮かばせた。
美女の素晴らしい笑顔を前にしても、奏太は不思議と高揚感を覚えなかった。日本の女性の部類では高身長に入り、容姿も気性の粗さと意志の強さを象徴するかのように目尻がつり気味。奏太の好きな胸も意外と大きく実っており、十分魅力的な女性に間違いはない。むしろ、好みなタイプだ。
しかしながら、どうにも彼女がまとっている戦闘狂特有の殺伐とした空気が邪魔をし、高揚感を萎えさせていた。
それでも、美女なのは変わりない。見事な胸に視線が向いてしまうのは、男の愉快な性だ。
女性なら不快なはずの視線を気にすることなく、奏太の顔を下から覗き込むように間近に寄る。彼女から、芳しい色香が鼻腔を抜けた。
「なあ、あんたっ、魔人を拳で倒した奴だろう」
「急になにを言いだす。魔人を討伐したのはイベリア様だろう」
金髪美女と並んでやって来た肩幅の広い長身の男が、女の言葉を否定する。
イディリオの話しでは、イベリアが魔人を討伐したと陛下に報告するに伴い、真実が世間に拡散しないよう、厳しく規制をかけたと奏太は聞かされていた。だが、どうやら規制は上手くいかなかったようだ。
「おいおい、どこで聞いたか気になるけど、まずは二人がなに者か教えてくれるか? ちなみに俺は、ロッセリー商会に雇われている狩人の奏太だ」
貴族相手に言葉遣いも態度も粗末なものだが、面倒だと思いながらも貴族に睨まれるのは困るため、奏太は応じる。
「あたしはレイアだ。カルフェール騎士団の騎士で、イベリア大将の護衛を務めている。で、隣の男があたしの先輩でカルディ。まあ、覚えなくていいよ」
「おい、先輩を粗雑に扱うなよ。あと、さんをつけろよさんを。お前の先輩を敬わない態度が、他の先輩がたから睨まれる原因となっているのだからな」
「は、嫌なこった。私は、自分より強い奴しか認めない主義だ。どうしても、先輩面したいなら、実力で私を負かしてみろよ」
言うと、レイアの目は危険な光を灯す。切れると、なにをするかわからないタイプである。やはり、奏太の察知した空気は正しかったようだ。
このような爆弾娘が、イベリアの護衛をやっているのか疑問に思う奏太であった。
「おい、レイア。わかったから、殺気立つのは止めろ」
隣で、カルディが嘆息を漏らす。
「おっと、こんなビックチャンスなときに、切れちゃ勿体ねぇ。なあ、ソウタ。あたしと戦お(やろ)うぜ。あの日、お前が魔人を弾いて肉片に変えたのをこの両目で焼きつけた瞬間から、寝ても覚めても頭から離れない」
言葉とは裏腹に、全然困っているようには聞こえない。それどころか、目をギラつかせ、不気味な笑みを広げている。今にも戦いを繰り広げようとした。
「はぁ、悪い癖がまた始まったよ、うちの後輩は。強い人物を見つけると、相手構わず戦いたくなる衝動だ」
困った後輩に付き合わされているカルディは、またかといった顔で呆れていた。
「おい、ただの一般人に噛みついてくる騎士って、おかしいだろう。国を守るはずの二人が、仕事放棄かよ」
「申し訳ない。何度も言い聞かせているが、一向になおる気配がなくてね」
カルディは苦笑しながら奏太に謝罪をし、レイアを止めようとするが、まったく彼女には届かず、帯剣する柄に手を触れて今にも抜こうとする勢いだ。
キリカと同類なのか、せっかくの美女なのに色気のないものばかり夢中とは、この世界は残念美女が多いようだと、奏太は内心で愚痴る。
「なあ、二人は平民街の住民を逃していたのだろ。よく、観戦する暇があったな」
「ああ、平民街を地下に逃したあと、急いで魔人のもとに駆けつけたらちょうどね。ウイング兵団が、誰であろうと戦闘区域に人を入れさせない厳重さで、距離はあったけど――よく考えたら、いくら住民を戦闘区域に近づけないためとはいえ、あの物々しい警戒に人員を割くのは異常だ。もしかして、イディリオはソウタが魔人に勝つと確信していたのか?」
まるで、奏太の戦闘を隠すようにも見られたと、レイアから奏太は尋ねられ、
「さあな、賢い奴の考えは俺にはわからん。ひょっとしたら、キリカとモルンヌ大森林で狩りの話しでも聞いて、予想していたのかもな」
「キリカと一緒に?」
「ああ、急に家にきて、仕事風景を見たいって。まったく、迷惑な話だ」
「食事と自分を鍛える以外、興味ないキリカが他人に興味を持つだなんて、必ず裏がある。十中八九、イディリオの指示だな」
「ひょっとして俺、危険人物だと思われていたりするか?」
髪を掻き毟る奏太は面倒に思いながら、レイアに尋ねると、
「間違いねぇ。魔人を単独で倒せる人間なんか、勇者ぐらいしかいないよ。あの腹黒いイディリオなら、監視しないわけがない」
「おい、レイア。本気で、この男が魔人を倒したのか?」
今まで、魔人を討伐が奏太だという話を冗談だと思っていたカルディも、奏太やレイアの様子からもしかして本気で本当なのかと顔をさせた。
「たく、だからそうだって言っているだろう。カルディの両耳は、汚物で詰まっているのか?」
「なあ、レイア。怖くて聞けなかったが、俺のこと嫌っていたりするか?」
しかめ面の後輩からの言葉を浴びて、どっと疲れたようにカルディは額に手をあてた。
「……もう、いい。お前が、先輩を敬わないのは今さらか。はぁ、そろそろ、イザベラ様も落ち着いた頃だろう。戻るぞ、レイア」
「しゃーねえ、ソウタ。いずれ、必ずあたしと戦ってもらうから」
「気が向いたらな」
挑戦的な光を放つ彼女に、気のない返事で応じた。二人は訓練場に向かって行き、奏太はというと当初の目的の《コウラク》へと独りで赴き、三日ぶりの美味いソバを味わった。




