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マエブレもなく  作者: ショウゴ
21/37

2-4

 ウイング兵団の拠点の施設には、団体で訓練できるほど広い訓練場が用意されていた。訓練場の周囲には、四メートルほどで切られた丸太を使用し、囲いが造られていた。ところが、魔人の膨大な魔力による魔法の余波で、訓練場の半分が消し飛び、鍛錬に支障が出るほど酷い状態となっていた。まだまだ、平民街の復旧が落ち着いておらず、訓練場の修繕は当分先になりそうだ。


 奏太の取り調べを終えたサンドリーは、独り魔人の被害に遭っていない訓練場で剣を振るっていた。長身の分厚い掌で握る長剣は粗々しく舞い、虚空(こくう)を切り裂く。


 剣筋に乱れが見られる。魔人相手に手も足も出なかったことを悔いているのか、それとも主君と唱えるイベリア大将に傷を負わせてしまったことを、悔やんでいるのかもしれない。


 ルドルフ王国の剣術の主流は、先代の勇者が使っていた柔剣、ハルデン剣術が主流で、大半の貴族はハルデン剣術を幼い頃から習っていた。相手の攻撃を流麗に受け流し、的確に急所を突く剣技。この剣技には器用さを求められ、荒っぽいサンドリーのような者には性に合わない。


 そこで、サンドリーが学んだ剣技は、世間に知られてない鬼き猿えん剣術の剛剣である。知名度の低い剛剣の中でも、誰も聞いたことがない。噂では、アルバーニア大陸とは別の大陸から伝わったものだという。


 鬼猿剣術は、いかに速く敵を葬るかを追求して考えられた、攻撃的な剣技である。


 下級貴族でも下位の貴族であるサンドリーは、高額な授業料を支払って学ぶハルデン剣術のような道場で学ぶことはできなかった。仕方なく、平民街で格安な値段で子供達に教えている剣術道場に通うことになる。


 鬼猿剣術は、今まで学んでいた揉剣とは段違いに吸収でき、身体によく馴染んだ。その剣技は敵を圧倒させられるほど荒々しく、唸る太刀筋は暴力的なさまをひしひしと伝えた。


「光魔法を本格的に学んだのは、軍に入ってからとかなり遅いが、飛びぬけた魔法センスでみるみる上達し、トップレベルの魔法の腕前。正義感は強く、分け隔てなく平民街の住民に接し、特に子供達に愛情をもって優しく接する。孤児院には毎日のように足蹴に通っているのを目撃され、孤児院を経営しているシスターと怪しい関係だと近所から評判。以上が、俺が知っているウイング兵団サンドリー総隊長の情報だ」


「興味ねぇ」


 レイアとカルディは、訓練所を囲う丸太とのつなぎ目の隙間から、サンドリーの訓練をするさまを窺っていた。二人はイベリアの護衛の仕事を放棄して、遊んでいるわけではない。


 現在、二人が仕えている、イベリアの捜索にあたっていた。


 魔人の襲撃された平民街を切り捨てるよう、王命が貴族らに伝令が出ていたが、それに反してイベリアは救助に向かってしまい、自宅謹慎するよう王から命じられていた。ところが、彼女の部屋から、いるはずのイベリアの姿が綺麗さっぱりいなくなっていたのだ。


「あのな、人が調べた情報少しは真面目に聞け。将来のイベリア様の夫となる人物かもしれないのだぞ」


 眉間に手をあて、呆れるカルディ。


「なんだよ、礼の一つでも言って欲しいのか、先輩?」


 生真面目に働く先輩を、ニヤリと小馬鹿にするよう笑みを浮かばせるレイア。


「まったく、微塵も可愛げもない後輩だよ」


 レイアらの中に混乱も焦りもない。何故なら、イベリアの向かう行先など決まり切っていた。二人がここにおり、サンドリーの訓練をする姿を見ているということは、つまり、イベリアが訪れる場所はサンドリーのもとだ。身をていして庇ってくれたサンドリ―を、慈悲深いイベリアが心配しないわけがない。


 気づかれぬようこっそり話していると、目的の人物が現れる。


「精が出るな、サンドリー殿」


 凛として、不思議と声がとおる女性の声音。サンドリーとイベリアは、訓練場の中央にいるため、普通なら二人の声など聞こえない。が、身体能力強化の要領で、魔力で聴覚を強化し、傍らで話しているようにクリアで聞こえていた。


「ぬおっ、これはイベリア様!」


「二人きりのときは、ただの友人として接してほしいと、お願いしたはずだぞ」


 燃えるような情熱を髪に染めたような、見事な真紅であった。ルドルフ王国の中でも、もっとも美しい淑女の五人に選ばれると評判は高い。


 絶世の見栄えに、槍術そじゅつと魔法の鍛錬で鍛えられた無駄のないスリムな身体つきは、男女ともに目を奪われる。


 サンドリーとイベリアの関係が気安いのは、貴族だけが入校できる訓練校が同時期で歳が近いのもある。彼女自身は内心、普段から気心を許せる友人として敬語なしがよいように思える。だが、周りの目もあり、身分差のありすぎる二人ではそうはいかなかった。


「そうだったな、わっははは! 魔人にやられた怪我の具合はどうだ、イベリア?」


 闊達かったつに大きく口を開けて笑うサンドリーが、イベリアに問いかける。


「ああ、サンドリー殿に守ってもらって軽度ですんだからな、もうなんともない」


 背に帯びていた槍を、幼少期から振り続けている型に沿うよう、なめらかな動きで力強い突きを放つ。健康体のときと変わらぬその動きから、彼女の怪我は完全に完治したようだ。


 サンドリーは光属性にも関わらず、相手の怪我の治療はできない代わりに、自己治癒力が高い。魔力量が高い人間は老いが緩やかで寿命が延び、怪我の治りが一般の者より早いのは確かだが、サンドリーの自己治癒力はそれ以上だという。大怪我を負っても、次の日には訓練できる理由がある。


 だが、そうでもない炎属性の彼女が、いくら魔人の怪我を軽減されたとはいえ、こんな短時間で完治させる自己治癒力は驚愕に値する。先代の勇者と並ぶ、英雄と呼ばれた賢者、カルフェールの血筋だからなのか、それともルドルフ王国随一の槍使いと称えられた、バルタック・ハイル・カルフェールの血筋なのかはわからない。


「おぉ、何度見ても、父君から受け継いだ槍術は素晴らしいものだ」


「いや、まだまだ国一番の槍の使い手と賛美を送られ、大将だったお父様には敵わないさ。私が大将となれたのも、お父様がカルフェール伯爵家の当主をお爺様から引き継ぎ、家のことに専念したいからと軍を引退したからだ。私は空白の席に座れたまで」


 自分自身を卑下して苦笑するイベリアに対し、サンドリーは俯く彼女の顔を見据えてその考えを真っ向から否定する。


「そんなことないさ。俺はイベリアがどれだけ民を大切に思い、努力しているかを知っている。それに実力も充分だ。バルタック様が引退しなくても、遅かれ早かれ大将になれたさ」


 サンドリーは素直に自分の考えを述べ、破顔した。部下たちの前では凛然たる姿しか見せないイベリアであるが、気を許せる友人の前だからだろうか、弱気とも捉えられる発言は珍しいものだった。


「だが、実際は大将の私は魔人の前では、なにもできなかったていたらく。魔人のことだけではない、王族や貴族は民のため、よい国へとつくさなければならないのに、傲慢が増して勝手に振舞い。その都度、考えを改めるように打診するが、白い目を向けられて聞き届けられることは叶わなかった。悔しいが、私など彼らからすれば、厄介者なのだろう……歯がゆい」


 イベリアは爪が食い込ませるほど、自分の手を強く握りしめた。サンドリーは素早く剣を鞘に戻すと、イベリアの両手を自分の大きな手でそっと包み込む。


「なっ」


 意表をつかれて身体を強張らせるイベリアは、うわずった声をこぼす。


「イベリアは無力じゃない! 俺たちウイング兵団が、精一杯イベリアを支える。ウイング兵団だけじゃない。平民街の皆だって、イベリアのためなら力を貸してくれるさ。

だいたい俺だって、魔人相手にはなにもできず、情けないと思ったのは同じだ――二人一緒に強くなっていこう。魔人から民や国を守れるぐらいまでに」


 サンドリーは彼女の瞳を見つめ、両の頬をつり上げて白い歯を見せた。紅潮するイベリアも、サンドリーの視線を絡ませて離せないでいる。そして、彼女の胸内で燃やし続ける甘酸っぱい情熱的な炎を刺激した。


 サンドリーの言葉を聞いてから、イベリアの様子がおかしくなる。


「そ、それは……もしかして、噂に聞くプロポーズというものでは。いっいや、未来の夫となる人に、聞き返してしまったら恥をかかせてしまうな。よき嫁とは愛する夫の考えを察して動くものだと、お母様が言っていたし」


 聴覚を強化しなければ聞こえないほどの小声で、イベリアは独りぶつぶつと呟く。


 少しして、サンドリーに握られた手を握りなおす。少し前まで苦笑して弱々しい空気を醸かもし出していた彼女はもういない。それどころか、イベリア自身からは活力に満ちていた。超絶する美麗の瞳は、熱を帯びて湿りを帯びる。


「うっ」


 恋愛には奥手で、しかも鈍感なサンドリーでもその瞳を見ると、急に追い込まれたように困惑を引き起こす。


「サンドリー殿、私は今まで以上に精進し、よき嫁となれるように頑張りたいと思う」


 イベリアの嫁宣言にはサンドリーだけではなく、レイアとカルディら三人を大いに戸惑いを覚えさせた。


 カルフェール騎士団で大将の立場であるイベリアであるが、訓練校で初めてサンドリーと出会い、一目惚れしてからずっと愛していたのは、カルフェール伯爵家では有名な話だ。


 部下から報告で、サンドリーの怪我が一晩寝て治ったと聞くも、自分の目で見るまで信用できないと騒いでいた。


 想い人に手を握られ、血液を沸騰させる。イベリアの煩うるさく騒いでいる心臓の音が、聞こえてきそうだ。


 カルフェール伯爵家の現当主と似た、精悍と強面な面構えのサンドリーから、「一緒に強くなろう」という言葉を、イベリアの乙女で純粋な心がプロポーズを受けたと勘違いさせる。その瞬間、身体の奥からマグマのようなな熱いエナジーが湧いてきた。活力が身体中に満ち、今なら魔人とも肩を並べて戦えるかもしれない。


 ふと、ふやけきった女の顔を露呈ろていさせたイベリアが、凛々しい国を守護する大将のものと切り替わる。


「そこでなにをしている? のぞき見とはカルフェール騎士団の騎士として、恥ずべき行為だと理解しているのか」


 有無を言わさぬ迫力をまとい明言する。イベリアの楽しい時間を邪魔され、身体から漏れる魔力を通して怒りをにじませた。


 元を正せばイベリアに原因があり、はっきり言えば逆切れである。レイアとカルディは囲いの陰から飛び出した。


「ちょっと、待ってくださいイベリア様! 俺たち、屋敷から抜け出したイベリア様を連れ戻しにきただけですよ。ですが、サンドリー総隊長といい雰囲気を作っちゃうから、邪魔しないように控えていただけです」


「そうだぜ。これ以上婚期を逃さないために、気遣っていただけだ」


 レイアの一言に、カルディが「馬鹿っ」と叱責する。イベリアは民を思い、腐敗する国をどうにかして民のためにも、立てなおそうと本気で考える心優しい女性だ。だが、彼女にはまかり間違っても、口にしてはいけない言葉がある。


 ――それは、年齢と婚期だ。


 訓練所の地面は、土を押し叩いて硬くしていた。そこに、イベリアの片足を上げ、そのまま真下に踏み下ろす。


 足下に加重をかけた直後、大地が吹き飛んだと思わすほど、重々しく鳴動させた。亀裂が雷光のごとく走り、土砂が勢いよく穿うがって掘り返される。


「……私はまだ、二三歳だ」


 イベリアの冷たい視線と、怒りを含んだ低い声音が、鋭く二人に突き刺さる。


 ルドルフ王国の婚期は、遅くても二十歳代前半までに結婚するのが一般的だった。それすぎれば生き遅れとされ、同世代との結婚は絶望とされている。赤髪の美女の婚期はギリギリといえた。


 レイアとカルディの全身から冷や汗が吹き出し、その顔は引きつっていた。


「なにか、怪我する前より強くなっている!?」


「同感だっ」


 固められた訓練場の土が弾け飛び、上空に打ち上げられた土砂が二人へと降りそそぐ。慌てて逃げ出す、レイアとカルディ。訓練場の出口に駆け、急いで安全地帯へと避難した。


「ぬおぉぉぉぉぉぉ、イベリア!? なにをそこまで怒る必要があるんだっ、落ち着いてくれっ」


 腕を目もとに持ってきて、砂塵から目を守りながらサンドリーは叫ぶ。怒りで我を失いかけていたイザベラは、後ろから自分の名を呼ぶサンドリーの声に、ハッとして我に返る。


「――っ!! すっ、すまない。サンドリー殿の前で、年齢のことを言われてしまって取り乱してしまった」


 近い将来、イベリアの夫となる相手に見苦しい姿を晒してしまい、悔やむ表情をにじませていた。恥ずかしく振り返ることができずにいる。


「なにを言っているっ。イベリアは初めて会った時と変わらぬ、綺麗のままだろう!」


 サンドリーの一言が、イベリアの心を射抜き、再び女の顔へと舞い戻る。先ほどの憤怒が嘘のように麗しい顔で振り返り、サンドリーの顔を見つめる。


「今の言葉……その、本当か?」


「あっ、ああ、本当だ。イベリアのことは綺麗だと、ウイング兵団の隊員の中でも有名だ」


「――サンドリー殿は……どうなのだ。婚期が逃そうとしている女をその、嫌にではないのか?」


 勇気を振り絞って述べると、サンドリーは頷く。


「勿論だ。だが、俺のタイプとしては、イザベラみたいな女性らしい身体より、もう少し若くて小柄の子が好きだけどな!」


 そう言って、サンドリーは大声を上げて笑う。


 二人からはイザベラの表情は見えないが、その表情が凍りついているのが想像できた。レイアらは背を見せながら横目にし、これはダメだと感想を漏らす。次の瞬間、赤髪の美女は無言で右手の槍をギルダーの腹に突き刺した。それを見届け、サンドリーの悲鳴を背中で受け止めながら訓練場を後にした。

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