第3話 侵食する虚構
紙の上に鉛筆の芯が擦れるカリカリという高い音が、留置所の静寂を切り裂いて響く。強く握りしめた指の隙間から汗が滲み、紙の端を湿らせていく。
主人公の渇望は、ついに最終段階を迎えていた。個人的な殺傷ではもはや満たされない膨大な欠落感。それを埋めるために彼が選んだのは、過剰で破滅的な大量殺戮だった。その衝動の惨烈さを、僕は祈るような、そして呪うような心地で書き進めていった。僕の描く惨劇が深まれば深まるほど、指先の感覚は研ぎ澄まされ、世界の境界線が薄れていくような錯覚に囚われる。
同じ頃、警察内部は未曾有の混乱に包まれていた。
捜査一課の警部補である柴田修平は、送られてきた現場写真を見て絶句していた。五十代半ばの叩き上げである柴田は、自分の仕事を「社会の澱みをすくい上げる不条理な作業」だと考えている。情に流されず、現場に残された事実だけを信じるのが彼の信条だった。何十万人という人間がひしめく都市の中で、理不尽に奪われた命の無念を拾い上げる。それが彼の長年の誇りであり、生存理由でもあった。
その柴田が突きつけられたのは、己の刑事人生と警察組織の常識を根底から砕く不条理な事実だった。街で新たな凶悪事件が勃発したのだ。それも、多数の命が奪われる凄惨な大量殺戮。現場は血の海と化し、悲鳴と怒号が飛び交う地獄絵図を呈していた。そして最悪なことに、現場から検出された指紋、足跡、DNA、防犯カメラに鮮明に映った容疑者の姿のすべてが、現在留置所に収監されているはずの陣内一樹と完全に一致したのである。
「あり得ない……っ」
柴田は激昂し、拳で机を叩いた。怒りと困惑で血管が浮き上がり、呼吸が荒くなる。犯人はすでに逮捕され、判決も出ている。厳重な警戒のもとで勾留されている男が、どうやって外に出るというのか。模倣犯という言葉で説明がつくレベルではない。あらゆる科学的物証が、陣内本人が今まさに現場に存在し、他人を傷つけ血を流させていたと告げているのだ。自分の培ってきた正義と論理が音を立てて麻痺していくのを感じながら、柴田を含む捜査員たちは、陣内が収容されている施設へと怒涛の勢いでなだれ込んだ。




