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俺。痴話喧嘩

完全不定期更新です

 意識が戻ると、左胸辺りに鋭い痛みが走った。

 それと同時になにかが刻まれた感覚、おそらく夢幻略奪が発動したのだろう。

 十字架は圧倒的な殺人衝動。切り殺したいという願望の現われであることを理解できた。

 少しすると向こうの方から人が走ってくる音が聞こえてきて、すぐさま正体を現した。


「オスクラ、フウト!」

「……ルーズ、か?」


 突然の声に顔を上げると、向こうの方にルーズがいた。

 走ってきたのだろう。髪や服が乱れ息も絶え絶えで膝に手をやっている。

 ルーズは周囲を見渡すと俺のところでギョッとしたように顔を変えた。


「フウト大丈夫? 顔色悪いけど……」

「ん。そんなことは……いや悪いかもしれない」

「怪我なら私の神多夢でどうにかできるし見せて、み……て」


 俺の方に歩いてきた途中で一瞬立ち止まるとサッと顔色を変えた。

 そして突然走り出すと、俺ではなく、俺の足元で横たわる女の子の元へ走り寄る。

 ルーズは身体を触りだすと躊躇なく神多夢を使った。

 背後から反対する声が聞こえたがルーズはそれを無視し神多夢を使い続け、俺もそれを止めなかった。

 数秒後、いくらか顔色がマシになった女の子が顔をこちらの方に向ける。


「……ルー、ズ?」

「やっぱり、やっぱりシュナなんだね」

「うん。それと。フウト」

「最近騒がせてた殺人鬼がお前だとは、ミジンコ程にも思わなかったよ……とは今は思えないけどな」

「?」


 シュナイデンの過去を見た後ではどうしても復讐に対する考え方が大きく変わっていた。

 前までは復讐なんてものは新たな復讐しか生まない。なんてどこかで聞いたことがあるようなことを平然と考えていたし、やるような奴がいたら止めるつもりだった。

 でも今では……


「シュナイデン」

「なに?」

「すまなかったな。お前のことを傷つけて」


 俺の言葉にルーズは静かに首を振ると、ほんの少しだけ微笑んだ。

 その姿にホッとしたと同時に疲労感が体を襲う。まるで人生をもう一度やりなおした気分だ。

 というよりも、この夢幻略奪者とかいう能力はかなり使い勝手が悪いようだ。

 いつ発動するかわからないし問答無用で他人の過去を体験させられる。その痛みなんかもフィードバックするもんだから堪まったものじゃない。

 ただ今回はベジタボゥの時のようなものではなく少し他人のような、いわば第三者目線、観察者としてのような感覚だった。それでも大小なりとも痛覚や嫌悪感は確実に体感したため今にも吐きそうだ。

 しかし、ボケっとしていて言葉遣いもオカシなシュナイデンにあんな過去があったとは思ってもみなかった。いや、考えきれなかった。

 そしてなによりも、先にするべきことがある。


「え? フウト……それ、なに?」

「………」


 手にしていたのは黒の短剣。

 だが刀身は不気味に折れ曲がっている。これで刺されれば容易に抜くことはできないだろう。

 俺のそれを見てシュナイデンの体が硬直した。

 そりゃそうだ。

 これはシュナイデンの体を沢山たくさん傷つけた剣だ。俺にとっても嫌なもので、見ているだけで嫌気がさしてくる。

 ルーズの反応を見たのか心配そうなオスクラの声が聞こえた。

 それを無視して、俺は後ろに剣を放った。


「っぐ、がああああああああああああああああ!!」

「……え?」


 汚い叫び声が広場に響き渡る。

 その声を聞くだけでも殺人衝動が抑えきれなくなる。

 戸惑ったオスクラの声が投げかけられるが全く聞こえない。

 振り返り、作り出した短剣を再び糞虫に向かって投擲する。肩の次は左腕に刺さり、血飛沫が飛ぶ。

 すると面白いように糞虫が鳴き声を上げた。

 良い気分だ。

 シュナイデンと俺が受けた屈辱やら痛みやらをやった本人に直接ぶつけてやったのだ。感情が昂ぶってしかたない。

 だが同時に、覆いかぶさる奴の顔を思い出し、次は槍を作りそれを投げようと振りかぶる。


「待ちなさいっ、フウト!」


 しかしオスクラが許さなかった。

 伸びた刀身が手中の槍を弾き飛ばしたのだ。黒槍は軽い音を立てて地に落ちると、音もなく霧散する。


「アンタなにやってるの!?」

「………」


 オスクラの顔は驚愕の表情と大量の汗が張り付いている。俺が剣を投げたことが、それほど驚いたのだろう。

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 白の剣を両手で構え直す。


「なんでアンタが私にっ! ……あ、いや、“夢幻略奪(むり)者”?」


 緊張した面持ちのオスクラに向かってゆっくりと肯定した。

 伝説上の存在である夢幻略奪者。その能力を共に知っているオスクラはバツが悪そうな顔になる。


『夢幻略奪者は相手の十字架と“記憶”を奪う』

 

 多少の語弊はあるが概ね間違いない。

 一見するとチートに見えるこの能力、いや実際に強い。

 相手の十字架を早く理解した方が優位に立てる。神多夢達の戦いにおいては当たり前のことだが、これを容易に、しかも相手に悟られずに実現できる。しかも相手の能力と共に記憶を探り弱点や情報までも入手できるとなると、ここから負ける方が難しいほどだ。

 しかしこの能力、非常に穴が多い。

 まず能力は持ててもそれを扱うための知識と経験までは手に入れられない。以前ベジタボゥの十字架を記憶通りに行ってみたが、一切なにも起きなかった。

 それはそうだ。一つの動作を人類全てがまったく同じ感覚で行えるわけがないのだから。

 物を拾う動作一つにしても、全員が全員違った動きをする。膝を折り曲げる者、腰を曲げる者、座る者、蹴り上げる者、摘む者、握る者、掴む者。

 人それぞれ違うものを、深層心理まで真似ろということこそがまず問題なのだ。

 なのでベジタボゥの十字架ではあるが俺は俺なりの使い方を試行錯誤しなければならない。


 そしてなによりも問題なのが、記憶を見ることだ。

 都合よく相手の弱みや神多夢になったキッカケだけを見れるというものではなく、本人の人生そのものを見ることになる。それがどれだけ精神へ負担にくるか計り知れない。

 しかも今回でわかったことだが、神多夢を持つ奴は人生が180度変わるような体験をした者だけが持つ能力だ。

 俺が今手にしている十字架は全員例外なく大切なものを失っている。そんな奴らの人生を目も閉じられず感覚を共有しながら見続けなければならない。


 今、俺はシュナイデンの十数年という短い人生を共にした。

 そのせいか心の端でドス黒いシミが静かに拡がっていくのを感じる。

 ほんとうに厄介だ。

 相手の弱点を知るどころか、同じ感情を抱くことで相手に取り込まれる可能性の方がずっと高い。いや、もうそうなのかもしれない。


「……なら、わかるだろう。早くそこを退け。俺はそこの男を殺さないといけない」

「ソイツからなにを見たのか知らないけど、関係ない無自覚者を巻き込むのは、私が許さない」

「関係あるね」


 神多夢を発動し、腰を落とす。

 これ以上話す気はない。オスクラが男を守ると言うのなら俺は俺が持つ全力を持って排除するだけだ。


「いぅっ! きっ、貴様! 私を守れっ、私はこの街で一番偉いオクジョ……」

「守るから黙ってなさい! この豚野郎がっ!」

「ひっ、ひぃぃ!」


 オスクラの叫びにオクジョウが小さくなる。

 短剣を俺に向かって構えるが剣先や瞳に迷いがあった。

 俺は十数年の時間を体験して今に至るが、オスクラにとってしてみれば先程まで仲間だった奴が突然刃を向けてきたという状況か。迷いがない方がおかしいな。

 だが、それでも、俺の考えは変わらない。

 あんな糞野郎は生きてはいけない。今生きているこの一瞬ですらダメだ。息をするなシュナイデンも吸う空気が穢れる。


「いくぞオスクラ」


 小さく言葉を告げ、地面を爆発させた。

 夢幻略奪をしたからか以前よりずっと早く動ける。

 地面すれすれを掠めながら走り抜け範囲内に入った瞬間、剣を振り上げた。

 しかし戸惑っていたにも関わらずオスクラの反応は素早かった。

 俺の剣を済んでのところで避けると躊躇なく短剣を振るう。


「っ!?」


 屈んでかわすと、目玉が飛び出したかと錯覚するほどの衝撃が側頭部を襲う。

 視界の端に白い足が見える。おそらくかわすした隙を狙われたのだ。

 負けじと神多夢の出力を増やす。

 血が循環し心臓がエネルギーを運ぶ。筋肉の動きを把握し、自身の状況を情報として溜め込み最適な判断を下す。


「――っらあ!!」

「っ! やっぱり早い!」


 一瞬で立て直し刃を横一線。避けられるがなんとか距離を置くことに成功し、一気に立ち上がり、再び地を蹴った。

 銀に輝く刃を振り上げる。

 しかし軽くいなされ、返しにと斬撃が襲う。

 常人――無自覚者達が見れば一瞬、数秒の斬り合いだったかもしれないが、俺がオスクラとの実力差を理解するまでには十分な時間だった。


 ガキィィイインッ!!


 一際大きな金属音が鳴り響きお互いの距離が離れた。

 消耗はほとんどない。だがオスクラもきっとそうだろう。

 俺は剣を握り直すと思わず笑みを浮かべてしまった。


 ――強すぎる。


 軍人に取り押さえられていたのを見ていた時は正直そこまで強いとは思わなかった。

 神多夢と無自覚者の壁は分厚く遠い。

 それは無自覚者がいくら鍛錬を積もうが変えようもない差が根っこの部分からあるからだ。だから、神多夢であるオスクラが無自覚者に負けたというのは異例で、本来あってはならないこと。

 だからこそ勝負を挑んだのだ。

 いくら魔女だとかで騒がれていても結局は人間の娘でしかないのだと、心のどこかで見下していたのかもしれない。


「……少数戦専門とは、言ったもんだな」


 憎たらしい虹彩異色を睨みつける。

 ベジタボゥの資料によると、オスクラはフェーズ1≪アインス≫だ。

 ベジタボゥや俺のような後天的で簡単に覚醒するフェーズ2≪ツヴァイ≫じゃなく、純粋な神多夢。もっとも強力で最も覚醒が難しい存在、嘘だと思っていたが目の当たりにすると恐ろしい。

 深層で動きを読まれ、脈動で距離感に誤差が生まれる。

 たしかに集団戦なら深層は全域に届かないし脈動を使っても止められる時は止められる。少数戦が合うわけだ。


「どうしたの? 夢幻略奪者はこの程度?」

「きっ、貴様っ、敵を煽ってウボォ!」


 豚が蹴り上げられるのを呼吸を整えて眺める。

 勝算がないわけではないと思うが正直微妙だ。オスクラは脈動と深層を完璧に使いこなすことができるが俺は不安定で、いつまともに発動するのか分かりもしない。

 あの豚さえ斬れれば文句はないのだが……まあ退いてはくれないだろうな。


「………」


 目を瞑り全神経を集中させる。

 思い描くのはシュナイデンの時のような圧倒的物力。

 刀身を脈動の一部だと自身に言い聞かせ集中。

 すると、自分の腕が伸びるような感覚。骨や神経が刃を通して伸びていくような錯覚。

 目蓋を持ち上げると、目の前には先刻のように輝く刀身が目に付く。

 オスクラの方を見遣ると待っていてくれたようで短剣を持つ手がぶらりと下がっている。先ほどの斬り合いで実力差を測られ、俺では勝てないと自身を持っているのかもしれない。

 好都合だ。


「待たせたなオスクラ。2回戦といこうじゃないか」

「別に待ってないわ、アンタが勝手にそう思っているだけでしょう」


 そう言いつつ構えるオスクラ。

 冷静に今の状況を見直してみると、悪に染まった仲間を正義の心を持って気が済むまで迎え撃つ主人公的な感じか。もちろん悪に染まった仲間は俺で、主人公はオスクラなわけで……

 あれ? 俺が思ってた図と違うぞ?

 俺的には、正義の鉄槌を下す俺とそれを邪魔する悪のオスクラ的な感じだと思っていたが、いやまさかそんなまさか、ね。


「……っと、いかんいかん」


 また変な方向に考えが進んでしまった。

 気のせいか刀身の輝きも鈍っている気がする。これは早めにケリをつけて方が良さそうだ。

 考えてから頭を振って握り直し、地を蹴る!



 バァアンッ!!



 突然渇いた音が鳴り響いた。

 走り出した足を止め、周囲を見渡す。いちおうシュナイデンもルーズも無事のようだ。オスクラは言わずもがな。


「ちっ、どこから!」


 オスクラが吐き捨てるように叫ぶと虹彩異色の瞳で周囲を見渡し、一つの場所で止まった。

 視線を追って見てみると、影で見えなかったその一角から、規則正しい足音が聞こえてくる。

 瞬時にルーズ達の元へ戻り音のする方へと剣を構える。

 永遠にも近い数秒の後、音の主が月明かり照らす闇夜に姿を現した。


「……その剣、よく使いこなせているじゃない」


 暗闇でもよく見える銀髪に長身で美しい女性。手には古めかしい銃が握られ、腰には細身の長剣が携えられている。

 どこかの軍服のような衣装に身を包んだその女性を忘れるわけがない。


「あらフウト君。久方ぶりね」

「なんであんたがここにいる! スフィーダっ!!」


 柔和な表現をするスフィーダを、月夜が怪しく照らした。

ブクマありがとうございます。

この回は結構前に出来てたんですが投稿がだいぶ遅くなりました。今後さらに遅れると思いますが、生暖かい目でお願い致します。

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