私。夢幻略奪
完全不定期更新です
俺は時間をできるかぎり割いた。
時間を使い、自由を忘れ、得る物を無くし、振り向くことはなく
ただただ浪費され続けた人生が今役に立とうとしている。
俺は兄の後ろを走るのをやめた。
代わりに前へ出るのだ。
俺はすぐ行動に出た。
貴族の時とは違い思ったよりも簡単だった。
なんせ兄には上からの圧力には逆らう術を持っていないのだから。
周りの人間から信頼を無くそう
そのための金と権力は既にある。
貴族は殺れなくとも、一介の社会人を社会的に抹殺するなど容易いこと。
周囲の人間を手中に収め、兄を外から責めてやろう。
貴族に復讐を誓ったときと同じくらいの早さで事に取り掛かると、俺は研究をしているかのように没頭した。
金と権力は腐るほどある。
今まで役に立たない石ころは、今や光り輝く宝石のように見えた。
そして、少しずつ兄を苦しめていった。
俺が復讐を誓い、それの為に費やし無駄にしてきた時間と同じくらいの苦痛を味合わせてやるのだ。
だが、すぐ殺せるほどでもなかった。
俺は一応、神多夢の研究者だ。
定期的に研究費に見合った結果を出さなければならない。
復讐に駆る俺には関係のないことではあるが、俺の周りには俺と違い家族を養い子を持ち守るべきものがある人間ばかりだ。
俺の焦る復讐心のせいでそいつらまで不幸になるのは、大好きな父からよく聞かされていたせいか、見捨てずにはいられなかった。
そうして少しずつ計画を進めながらも、俺は自分の神多夢について調べていた。
その力を完全に使いこなし、ついには『深層掌握者』となることができた。
兄の周囲から人を失くさせた頃だろうか
突然兄から休日を共に過ごさないかと誘われた。
俺は密かに笑いながらそれを了承し、兄の提案で山に登ることとなった。
もしや俺の計画がバレており先に俺を始末してしまおうと画策しているのでは?
とも考えたが、実際あったとしても神多夢を持つ俺には大した障害にはならないだろうし、警戒することでもないだろう。
思うと気が楽になり、逆にこちらから殺ってやろうと考えた。
約束の日。
兄と共に山へ登った。
そこまで急ではなかったが、研究ばかりで閉じこもっていた俺にはとても負荷がかかり、とてもじゃないが一人では上れないような山だった。
「ベジタボゥ、最近どうだ?」
唐突に兄がそんな風に聞いてきた。
「アンタを殺す計画と研究結果を作るので大変だったよ」
なんて言えるわけがないので、ありきたりな言葉を並べ立てた。
すると兄は
「そうか良くやれているか、それは良かったよ」
そう言うと、何が面白いのか高らかに笑った。
わけもわからず困惑していると、前を歩く兄が俺へ振り返ってニヤリと不敵に笑う。
「お前も何かあれば笑え、笑うと辛いことも悲しいことも、まあ、ある程度ではあるが緩和することができる……というのは俺も最近実感したことでな、俺はお前と違って周りと合わせきれなくなってきていて、それで悩んで疲れ気味だったんだ。
それでも俺が笑えるのは娘がいるからというのもあるんだろうが、父が言っていた言葉も大きいと思うんだ」
「父が?」
父の言葉は結構覚えている方だが兄が言うようなことを言っている姿を覚えてはいなかった。
それを見て兄は再び笑うと、次こそ前を向き話す。
「昔父に聞いたんだ。『仕事で疲れているのに俺達と遊ぶのは大変ではないのか?』とな」
「……へえ」
少しだけ興味が湧く。
それは常に考えていたことだ。だがそのことについて父は何も話してはくれなかった。ただそれだけではあったが異常に知りたくなった。
「教えてくれよ」
「父はこう言ったんだ……「疲れたと溜息をつくよりも、疲れたと笑った方が何倍も良い。疲れた自分でも必要としてくれる人がいると笑う方が明日も楽しくなるし、それに釣られて笑ってくれる人がいることでまた父さんも嬉しくなる。隣にいてくれる人なら、溜息をついてばかりの人よりも楽しく笑う人の方が、ずっと良い筈だ」ってね。あー懐かしいな」
「……」
あの父がそんなことを言っていたのか。
そうして俺達は再び山を登り始めた。
頂上まで上り、見下ろすと街は思ったより遠く、思ったよりも小さかった。
俺の研究所なんて豆粒ほどしかない。
「……小さいな」
「あぁ、小さい」
何気なく呟いた言葉に兄が追いかけるように呟く。
こうしていると自分の悩みが小さく見えた。
兄に嫉妬し、もう数十年前の父の仇を殺そうと研究し、夢幻略奪を手に入れようと躍起になっていたが……
「なんとも愚かしいことをしていた……」
まるで踊らされているようだった。
物語に出てくるような、復讐により人生を無駄にし結局上手くいかず死んでいく、傀儡のような人生であった。
深呼吸をすると肺いっぱいに新鮮な空気が入り込む。
脈動掌握者ではないのでからわかるはずもないのだが、そうすることが正しく思える。
隣を見ると兄が笑っていた。
なぜかと聞くと何が面白いのか再び笑い出す。
「最近のお前は研究熱心で常に引きこもっていたからな。前に再会した時からなにやら死相めいたものが背中から出ていたもんでな。
やはり山登りをして正解だった!」
高らかに笑う兄を見習い俺も笑った。
こうして笑うのはいつぶりだろうか、研究結果に舞い上がり不気味な笑みを浮かべるよりはずっと良い。
帰ったら研究室をもっと明るいものにしよう。研究者たちにも休みを与え家族との触れ合いを大事にしてもらおう。
「気分はすっきりしたか?」
「あぁ兄さんのおかげでな」
俺のせいで大変なことになっているだろうに俺のことを心配し、こんな山にまで連れてきてくれるなんて
それに対し、計画がバレたなどと、俺はなんと愚かだったのだろうか
「……帰るか」
踵を返して帰ろうとすると
「あれ?」
足元がぐらつく。
きっと突然体を動かしたことへの疲れが来たのだろう。
体が仰向けに倒れる倒れる感覚が襲う。
「ベジタボゥ!」
「え?」
兄が俺に向かって手を伸ばしている。
次の瞬間、兄が俺の手を掴み、大きな力で引っ張られる。
そして俺の視界は暗転した。
ーー
兄が死んだ。
死因は山登りでの不注意事故という事になった。
実際は落ちそうになった俺を兄が助けようとし、逆に落ちたのだ。
心が晴れない、
山に登る前の俺ならきっと歓喜し次は貴族の番だと息巻いていたはずだ。
だが今の俺は気持ちの行き場を忘れただただ呆然としていた。
「………」
そして兄の凄さを思い知った。
俺が兄から引き離したはずの人々が兄の死を悲しみ集まっていた。
皆花束を持ち兄の前で涙を流した。
「………」
兄の前を走るどころではない。
付いて行けてすらいない。
「………」
自分の不甲斐なさに無言のまま参拝者を眺めていた。
すると俺に近づいてくる人がいた。
罵倒でもされるのだろうかと、そちらに目を向けると子連れの女性だった。
「あの……貴方がベジタボゥさんですか?」
どうやら兄と同業者らしく、よく世話になっていたらしい旨を伝えられ俺は頭を下げた。
そして女性は子供を俺の前に出し、その子に挨拶をさせる。
子供は4歳くらいだろうか。女の子で小さいのに行儀よくお辞儀をした。
「この子、エスペランサというんです」
「はぁ……」
だからなんだ。
「この子を引き取ってください」
「……なん、だと」
突然何を言い出すのかと思い怒鳴ろうとしたが、どうやら続きがあった。
「エスペランサは貴方の兄の子供なんです。今回山へ行くという事で私が預かっていたのですが、あの人が亡くなった以上この子を引き取れるのは弟さんである貴方しかいないのです」
「ま、待ってくれ。兄さんには妻がいたはずだ。その人は……」
「……数ヶ月前に、御病気で」
絶句した。
たしかに山を登っている最中は娘の話を聞いても妻の話を聞かなかった。
兄はそんな状態でも、自分の事より俺のことを考えてくれていたのか。
「………わかりました。兄の為にも、俺が預かります」
すると女性は微笑んだ。
「やはり、あの人が言う通り優しい方なんですね」
心臓が痛かった。
そうして俺は兄の娘、エスペランサを家族に向かい入れた。
兄への罪滅ぼしの面も多いが、なによりも兄が言っていたことを実践したかった。
「自分の為に生きろ」
今までの愚行を無かったものにはできないし、いくら悲しんでいても兄は帰ってこない。
ならば、兄の言う通り、笑って生きてみよう。
「俺の名前はベジタボゥだ。よろしくエスペランサ」
ーー
「親父! 早くしないとまたあの若い奴等に怒られるぜ!」
「ははは、俺はエスペランサみたいに若くないからな」
「その歳で好き好んで軍に入ったくせによく言うよ!」
エスペランサはすくすくと育ち、今では16歳。
元気に学園に通い成績を上々らしい。
「先に行くからな!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
駆け出す姿を見送り、机の上に置かれた資料に目を通す。
1枚はエスペランサの神多夢についてだ。
今までに見たことがないほど異常な能力値で俺なんか優に超えている。
十字架を聞いたところ、俺にとっても嬉しい願いで純粋に育っているのを感じた。だがあの口調だけはどうにかならんものか、天国の兄が悲しむだろうに。
どうやら俺が丁寧な言葉で話すので代わりに男言葉を使っているらしい。
「……兄さん。エスペランサはよく育っているよ」
これが兄の言っていた事なんだろう。
たしかに笑ってくれる存在が居てくれるのはとても楽しいし、俺が笑うとエスペランサも笑うのだ。それがたまらなく嬉しい。
惚けていると呼び鈴が鳴ったので資料を持ち出ると、若い青年が軍服に身をつつみ立っていた。
「ベジタボゥ中佐、お待ちしておりました」
「あぁ迷惑をかける」
俺は青年と車に乗り込み発車させる。
持ってきた資料をめくると顔写真と命令書が載ってある。
「……こんな子を殺せだなんて、オンデュレイション様は何を考えているんだ」
オスクラ、16歳。悪夢の支配者の1人。
それ以外には目立った特徴と神多夢について書いてあった。
エスペランサと同じ年齢の娘を殺さなければならないとは酷い指令が来たもんだ。
「悪夢の支配者といっても失敗作、ベジタボゥ中佐の神多夢があれば今回の任務を遂行は間違いなしですよ」
「それもそうだな」
青年には悪いが殺す気はない。
国を裏切る事かもしれないが少女を捕らえた後、ほとぼりが冷めるまで匿ってやろうと考えていた。
なにより、同じ『失敗作』としてどうしても見捨てられない。
「……この少女にも、兄の様な支えとなる存在が居てくれれば良いのだがな」
自分の様に変われるかもしれないのだが……
そんな事を考えつつも、車は独りでに走り続ける。
もし『私』が死ぬ事になればエスペランサは悲しむだろう。
まるで兄が死んだ時の私のように……
私の不安を乗せながらも、車は少女を殺す任務へと走り続けた。




