捜査file9. 裏切りの残影
地下本部の医務室兼作戦室。
「イテテテッ! ちょっとK、湿布貼るの力込めすぎだってば!」
「黙れ。湿布くらいで大騒ぎするな。……あの状況で、擦り傷程度で済んだだけでも儲けものだろう。」
S(佐々木)が頬に湿布を貼りながら大袈裟に痛がり、K(鴉天狗)にあきれ顔でその背中をバシッと叩かれる。都心高速での激闘による疲労と手傷は残りつつも、チーム内には確かな絆が漂っていた。
「……それにしてもさぁ。」
Sが顎に手を当て、真面目な顔で腕組みをする。
「頭のデカい妖怪の総帥が黒幕とか……マジで漫画の世界かよ。Jさん、本気で『ぬらりひょん』って言ってんすよね?」
「ああ。間違いない。」
作戦室の真ん中でガンホルダーを整えていたJが、冷徹な声で答えた。
「昨夜、奴の顔を見た瞬間……脳裏を焼くような感覚とともに奴の名が浮かんだ。俺の記憶を奪い、あの壊滅事件を引き起こした元凶は間違いなくあいつだ。」
「フン……懐かしい名前だな。妖の総元締め…なんて言われている時代もあったが…。しかし、どれだけデカい名を持とうが関係ない。」
上げ下げしていたダンベルをデスクに置いたQ(九尾)が、パンプアップされた腕を見せつける様に不敵に口角を上げた。
「俺たちが追うべきは、その化け物と……警察内部で奴の手先となり、俺たちを裏から揺さぶっているネズミの正体だ。」
「…なんでそこで筋肉アピールをしてるんだよ。また、無駄な筋肉が増えたんじゃないか?シャツが可哀想だ。」
「嫉妬かJ?…ところで例のブツの解析はどうなっている?」
「今、EとNに当たらせている。」
Jの視線の先で、E(神条)とN(芦屋)がモニターに向かい、凄まじい速度でタイピングを重ねていた。
「出来たよ、J!」
Eがキーボードを強く叩き、メインモニターに複雑な数式と古風な呪術陣が展開される。
「Qが命がけで持ち帰ってくれたあの木札……表面にかけられていた特殊な暗号術式を、Nちゃんの陰陽陣で完全に解除したよ!」
「はい。警察内部のデータと霊的署名を合致させました……!」
Nが画面を操作すると、暗号化された文字が解かれ、一枚の警察幹部の顔写真と経歴データが大きく映し出された。写真に写っていたのは、鋭い眼光をした五十代半ばの男——警視庁幹部・黒木警視正。
「……黒木……警視正……!?」
写真を目にした瞬間、Jの脳裏を激しい衝撃が貫いた。黒木の顔写真を目にした途端、深い霧の向こうに封印されていた過去の記憶の濁流が一気に溢れ出し、完璧に繋ぎ合わさっていく。
壊滅する部隊、燃え盛る現場、そして……自分を呼ぶ仲間の声。
……そうだ……俺の本当の名前は……『山田迅』なんかじゃない……!
「大丈夫ですか、Jさん。顔が真っ青ですけど…!?」
「知っている男なのか、J?」
Sの心配をよそにQが問いかけると、Jは激しく苦悩しながら拳を強く握りしめ、低く重い声で語り始めた。
「……ああ。今、すべて思い出した。……俺の本当の名前は、朝山一樹だ…!」
Jの告白に、作戦室に衝撃が走る。
「朝山……一樹……!?」
「俺が記憶を失う前、警視庁の極秘部隊に所属していた頃の直属の上司が黒木だ。俺が最も信頼していた先輩でもあった……。」
Jの瞳に宿る苦悩と、解き明かされていく過去の真実。
「あの夜……俺たちは黒木の指示で現場へ向かわされた。だが、待っていたのはぬらりひょんの奇襲だった。黒木は最初から奴と通じていて、俺たちを仕掛けられた罠へと送り込んだんだ。……部隊は全滅し、俺は奴の手で記憶を奪われた……!」
「なんだよそれ……信頼してた上司に裏切られて、罠に嵌められたってことかよ……!」
Sが怒りでデスクを叩く。
自分が信じていた組織と人間、奪われていた凄惨な過去、そして「朝山一樹」という本来の自分——重すぎる事実に打ちのめされ、思わず視線を落としそうになるJ。その時、作戦室の奥の扉が静かに開き、小柄な老婆——BOSS(お初)が歩み出てきた。
ゆったりと煙管の煙を天井へ吐き出し、底知れぬ目をJに向ける。
「……過去に縛られるな、J。今のお前は、わしが拾い、仲間とともに歩んできたS.I.C.Sのリーダーじゃ。」
BOSSの声は低く、そして深く腹に響くような圧倒的な慈悲と重圧を孕んでいた。
「失われた記憶と『朝山一樹』という過去を取り戻したことを恐れる必要がどこにある? お前には今、背中を預けられる仲間がおる。……かつての己から逃げるか、それともすべてを背負って突き進むか。決めるのはお前自身じゃ。」
「……BOSS……。」
JはBOSSの言葉をしっかりと噛み締め、深く息を吐き出した。そして、迷いを振り払うように顔を上げると、周囲にいるチームの仲間たち——S、K、Q、E、Nの顔を一人ひとり見つめた。
「……ああ。俺はもう逃げない。……俺は、今この仲間たちがいるS.I.C.Sのリーダー『山田迅』だ。山田迅として、朝山一樹の過去と完全に決着をつける!」
Jの瞳に宿ったのは、揺るぎない絶対的な覚悟だった。
その時——作戦室のメインモニターに強烈なノイズが走り、Eが「ッ!?」と息をのんだ。
「J! 極秘回線に割り込みアクセス! 差出人は……黒木警視正だ!」
画面が切り替わり、暗い室内で冷酷な笑みを浮かべる黒木の姿が映し出される。
『……久しぶりだな、朝山。いや……今の名は山田迅だったか』
「黒木……!」
Jの目が冷たく研ぎ澄まされる。
『お前の失われた過去、そしてお前の部隊を全滅させた真実を知りたくば、一人でベイエリアの廃埠頭へ来い。……警察上層部もお前の仲間も介在させるな。もし少しでも異変を察知すれば、S.I.C.Sの地下本部へ霊的ミサイルを叩き込む』
ブツリと通信が切れる。
「クソッ……! 呼び出しておいてハメる気満々じゃねぇか!」
Sが拳を握りしめる。
「Jさん、一人で行く気なんて言わないっすよね? 相手はあんたを昔ハメた張本人なんですよ!」
「ああ、分かっている。」
Jは懐から愛銃のカスタム拳銃を引き抜き、弾倉の装填を確認した。
「奴の狙いは俺の孤立と始末だ。一人で向かうフリをして、相手の懐に入る。」
「待て、J。」
レザージャケットを羽織ったQが不敵に笑い、Jの肩に手を置いた。
「敵の提示した罠に素直にハマってやる義理はないだろう。罠だと分かって飛び込むなら、その罠ごと敵を食い千切るのが俺たちのやり方だろうが。」
「Qの言う通りです。」
Kが静かに刃を確かめ、EとNも力強く頷く。
「黒木が警告した『地下本部への霊的攻撃』の経路、僕とNちゃんで完全に遮断・逆検知してみせるよ!」
「はい! 芦屋の術式で、こちらの位置情報を偽装した結界を張り巡らせます!」
Sがニッとチャラけた笑みを浮かべ、ジャケットを羽織った。
「決まりだな! Jさんが正面から敵を引きつけてる間に、俺とKで廃埠頭の裏から隠密潜入! 敵の退路も囲みも全部ぶっ潰してやるよ!」
チーム全員の眼光が一致する。
「……感謝する。全員、作戦開始だ!」
Jの号令のもと、S.I.C.Sは黒木の罠を逆手に取った総力反撃作戦へと動き出した。
◼️◼️◼️
雨が静かに降りしきるベイエリアの廃埠頭。
打ち捨てられたコンテナが立ち並ぶ巨大な倉庫の内部は、静寂と冷ややかな霊波で満ちていた。
足音を響かせ、中央へ歩み出るJ。
その視線の先、高台のキャットウォークの上に立ち下ろし、冷笑を浮かべていたのは黒木警視正だった。
「……よく来たな、朝山。いや、今の名は山田迅か?」
「黒木……。」
Jは冷徹な眼差しで元上司を見上げた。
「かつての部下を罠に嵌めて部隊を全滅させ、警察の誇りすら捨てて『ぬらりひょん』に魂を売った理由は何だ!」
「誇りだと? ハハハハッ!」
黒木が狂気を含んだ嘲笑をあげ、両手を広げた。
「人間ごときが束になろうと、あの『ぬらりひょん様』の圧倒的な霊力と闇の前には塵に過ぎん! 腐りきった警察上層部に絶望していた私に、新しい世界の秩序を見せてくださったのがあのお方だ! お前たち極秘部隊は、その偉大な新世界の礎となったのだよ!」
「狂っている……!」
Jの手に怒りが宿り、愛銃のグリップを固く握りしめる。
「お前は知っていたはずだ……ぬらりひょんがお前の血脈……その身体に眠る『結界の鍵』を欲していたことをな! お前を生かして記憶を奪わせたのも、すべては鍵の器として保管するためだ!」
黒木が手を叩くと、影の中からおぞましい形相をした怪異どもが次々と湧き出し、Jを取り囲んだ。
「終わりだ、山田迅! ここでお前の精神を完全に破壊し、ぬらりひょん様のもとへ捧げてやる!」
「……言ったはずだ。俺は逃げない。」
Jが銃口を真っ直ぐに黒木へ向けた。
「俺はS.I.C.Sのリーダー、山田迅だ。朝山一樹の過去も、お前の狂気も……すべてここで俺が断ち切る!」
「死ねぇぇッ、山田ぁぁッ!」
怪異どもが一斉にJへ襲いかかった——その瞬間!
ドンッッ!!
Jの前にSが舞い降りた。
「手出しさせねぇよ、この裏切り者めッ!!」
Sは圧巻の足の速さで駆け抜け、Jへ迫る怪異の顔面へ強烈な膝蹴りを叩き込む。
「なっ………!?」
黒木が驚愕に目を見開く隙を逃さず、頭上の鉄骨から漆黒の羽を羽ばたかせたKが疾風のごとく舞い降りた。
「ヤァァッ!!」
一閃! 左右から迫る怪異の群れを一瞬で叩き斬り、Jの死角を完璧にカバーする。
「S! K!」
「へへッ、遅くなりました! Jさん、後ろは任せて前だけ見ててください!」
「黒木! 貴様の退路はすでに絶った!」
さらに、倉庫の重厚な搬入口が内側から吹き飛び、Q(九尾)が悠然と姿を現した。その背後には、黒木が配置していた外囲の刺客たちが一網打尽にされて倒れ伏している。
「くっ……おのれ、妖怪の分際で……!」
「俺はそこらの低級妖怪とは違うぞ。大妖怪・九尾の狐様だ。」
ブワッと凄まじい霊圧がQから放たれる。それを背に受ける形で、Jが黒木に正面から向かい合った。
「黒木! 詰みだ!」
「クソッ!!」
Jが引き金を引く。
ズドォォンッ!!
霊的跳弾が黒木の膝元を正確に撃ち抜き、黒木は悲鳴を上げてキャットウォークから転落し、すかさず詰め寄るJ、S、K。死角のない完璧な包囲網が黒木を追い詰めた。しかし、膝をつき、血を吐きながらも、黒木は不気味な笑みを浮かべていた。
「……ハハ……ハハハハッ! 勝ったつもりか、山田……! 私の役目は……お前たちをここに足止めし、時間を稼ぐことだったのだよ……!」
「何……!?」
Jが目を見開いたその時——。
グラグラグラグラッ────!!!!
地響きのような激しい揺れが都心全体を襲った! 廃倉庫の鉄骨が軋み、遠くの街並みから禍々しい紫色の霊気が天へと立ち上る!
『J! 大変だよ!!』
インカムからEの切迫した絶叫が飛び込んできた。
『都内12箇所に設置されていた古代の霊的結界が、同時に完全破壊された! 闇市やネットを通じて撒かれていた呪具が一斉に暴走してる!』
『芦屋の術式でも抑えきれません……!』
Nの悲痛な声が続く。
『東京中に……無数の妖や悪鬼が溢れ出しています! これは……『百鬼夜行』です!!』
黒木は狂ったように笑い転げながら、崩れ去るように倒れた。
「ハハハッ! 見よ……ぬらりひょん様の、新世界の始まりだぁぁッ!」
J、S、K、Qは、紫に染まる東京の夜空を見上げた。街中から怪異の咆哮が響き渡り、文明の灯火が次々と消えていく。
「……始まってしまったか…。」
Qが低く呟き、レザージャケットの襟を立てる。
Jは拳を固く握りしめ、瞳に迷いのない炎を宿して叫んだ。
「全員、地下本部へ帰還!……これより、東京奪還作戦を開始する!」
(第9話・完)




