捜査file.10 百鬼夜行
ビービービー——!
地下本部のメイン作戦室。壁一面に並ぶ大型モニター群が、赤く点滅する緊急アラートと、刻一刻と地獄絵図へ変貌していく都内の生映像で埋め尽くされていた。
画面の端では、民放テレビ局のアナウンサーが恐怖に声を震わせている。
『——画面をご覧いただけますでしょうか! 渋谷スクランブル交差点付近です! 原因不明の超大規模停電が発生、交通信号が全滅しています!……あっ、見えますか!? 闇の中から……何か……人間ではない『巨大な影の群れ』が街頭へとなだれ込んでいます!!』
カメラが激しく揺れ、悲鳴を上げて逃げ惑う群衆の姿が映し出される。放置された車両が次々と横転し、ビル街の隙間からは禍々しい紫色の霊気が噴煙のように天へ立ち上っていた。
SNSの投稿映像を解析していたE(神条)が、血走った目でキーボードを叩き叩き、悲痛な声を張り上げる。
「ダメだよ……! ネット上もパニック動画で溢れかえってる! 都内全域の警察・消防回線は完全にパンク状態! 暴走した呪具と怪異の出現で、主要幹部道路も全滅してる!」
「芦屋の術式でも、街中に撒き散らされたこの規模の呪気をすべて相殺するのは不可能です……! 結界の破断ポイントが多すぎます!」
N(芦屋)も必死に印を結ぶが、額から滝のような汗が滴り落ち、膝を震わせていた。
まさに首都機能の完全麻痺——。
その時、作戦室の重厚な防音ドアが、豪快な音を立てて蹴破られた!
バァァァンッ!!
「おいッ!! S.I.C.Sの化け物ども!! どこだッ!!」
怒声とともに踏み込んできたのは、泥と返り血で黒く汚れたスーツを着た男——本庁捜査一課の安藤警部補だった。
「安藤さん……!?」
S(佐々木)が素声を上げる。
捜査一課の安藤は普段からS.I.C.Sを「正規の手続きを踏まないオカルト潰し部隊」と目の敵にし、J(山田迅)たちと犬猿の仲で知られる男だ。安藤は荒い息を吐きながら、凄まじい形相でJへ詰め寄った。
「上層部の腰抜けどもは自分たちの保身でパニックになって使い物にならん! 内部に黒木みたいな裏切り者は潜んでるわ、街は映画のセットみたいな化け物どもで溢れ返ってるわ……冗談じゃねぇ! 現場の警察官が拳銃一丁でどうにかできる相手じゃないんだよッ!」
安藤は苛立ちを隠さずに自分の髪を激しく掻きむしり、盛大に毒づいた。
「悔しいぜ、貴様らみたいな日陰者のオカルト部隊に頭を下げなきゃならんとは……俺の警察人生で最大の不覚で屈辱だ! だがな……現場じゃ俺の部下や市民が今この瞬間も命を落としかけてんだよッ!! 貸しでも借りでもいくらでも作ってやる! だから、力を貸せ!」
血走った目で叫ぶ安藤に対し、ガンホルダーのベルトを締めていたJは一切動じずに冷徹な視線を返した。
「文句を言いに来たなら今すぐ帰れ。……だが、現場を守る覚悟があるなら余計な口出しはするな。配置はこちらで決める。」
「……チッ! 相変わらず腹の立つ男だ!」
安藤は吐き捨てながらも、握りしめた拳を固く固めた。
「現場で動ける捜査員とパトカーはすべて貴様らに回す! 好きに使い倒せッ!」
その言葉に、Jは静かに頷いた。
「了解だ。……S.I.C.S、全権を掌握する。これより、東京防衛戦を開始する!」
◼️◼️◼️
作戦開始とともに、S.I.C.Sと警察部隊は、地獄絵図と化した都心部へ散った。
渋谷のメインストリート。崩壊したビル群と打ち捨てられた車両の山の間を、Sが駆け抜けていた。
「おいおいおいマジかよッ!? 映画の撮影でもこんなド派手なバケモノ出ねぇぞッ!」
Sは叫びながら、絶妙な身こなしで倒壊する歩道橋を跳び越える。その眼前では、潰されたバスの中に逃げ遅れた親子の姿があった。背後から巨大な鎌を持った影の怪異が振り下ろされようとした——その瞬間!
「元交番勤務をナメんじゃねぇぇぇッ!!」
Sの驚異的な脚力で滑り込むと、間一髪で親子を抱き抱えて側方へ転がり出る!
「離れるなよッ! K、頼む!!」
「任せろ!」
空を切り裂き、漆黒の羽を散らして舞い降りたのはKだ。頭上から襲いかかる巨大な怪異の群れに対し、Kの瞳が不気味な紅蓮に染まる。腰の刀が鞘を走った瞬間、目にも止まらぬ四連閃が繰り出された!
ズバババッ!!
「ハァァァッ!!」
鬼気迫る居合の太刀筋が影の怪異どもを切り刻み、黒い霧となって霧散させる。
「左から追撃が来る! 警察部隊、射撃準備!」
「おうよッ! 警察を舐めてんじゃねぇぞバケモノどもがぁぁッ!!」
Kの指示に即座に応えたのは、返り血を浴びながら機関拳銃を構えた安藤だ。安藤率いる機動隊員たちが盾を並べ、怒号とともに一斉に銃撃を叩き込んだ。
ダダダダダダダッ!!
「弾が切れたら盾で殴れ! 市民を一歩も後ろへ通すなッ!」
泥臭くも命がけで現場を守る安藤たちの死闘と、S・Kの超人的なアクションが噛み合い、絶望的な前線に間一髪の防衛線が築かれていく。
——一方、都心部の大霊脈が噴き出す交差点。
「プロファイリングは任せたぞ、J! 俺はデスクワークより、身体を動かしたくてウズウズしてたんだ!」
私服のレザージャケットを羽織ったQが、不敵な笑みを浮かべて前に躍り出た。
Jは周囲の空間を流れる禍々しい霊気の動きを凝視し、冷徹に思考を巡らせる。
「敵の狙いは単なる街の破壊じゃない。……地下深くの『旧江戸の大霊脈』を暴発させ、東京全体を妖の都へ変貌させる気だ。発生源を抑える!」
「了解だ! 雑魚掃除は俺が引き受ける!」
Qの目の前には、ビルほどもある巨大な鬼や、黒い影の群れが地響きを立てて押し寄せていた。
「ウォォォッ!!」
Qが踏み込んだ瞬間、アスファルトが粉砕され、爆発的な筋力でコンクリートの電柱を素手で叩き折り、フルスイングで巨大な鬼の首元へ叩き込む。
ガゴォォォンッッ!!
「グガァッ!?」
「まだまだ足物足りんなぁッ!!」
Qの瞳が黄金に輝き、全身から溢れ出る霊圧が凄まじい熱量となって大気を激しく狂わせる。
肉弾戦の興奮と霊気の高まりとともに、Qの背後で空間が歪んだ。
バリバリバリッ……!!
レザージャケットの背中を押し破るように、純白に輝く九本の毛並み美しい巨大な尾が、圧倒的な威厳をもって一気に展開し、頭部にはピんと立った美しい狐の耳が露わとなった。
「ハハハッ! 久々に全力が出せそうだ!」
半獣の姿となったQは、大妖怪たる絶大な力と肉体美を躍動させ、押し寄せる無数の怪異を文字通り力任せに、そして圧倒的な霊圧で一瞬にして薙ぎ払い、叩き潰していく。
「おいJ! プロファイリングの方はどうなった!?」
Qが鬼の巨体を投げ飛ばしながら振り返ると、Jの瞳に確信の光が宿っていた。
「……特定した。ぬらりひょんの本陣、そして大霊脈の核心の場所をな。」
Jがぬらりひょんの本陣の位置を完全に弾き出した、まさにその瞬間——。
ザザザッ……ザザ……ッ!!
崩壊した街並みにそびえ立つ巨大な街頭ビジョンや、都内のあちこちに乗り捨てられた車内のカーナビモニターを一斉に激しいノイズが覆った。
「ッ……何事だ!?」
安藤が銃を構えて身構え、SとKも足を止めて不気味に歪む画面を見上げる。
ノイズが収まると、画面には漆黒の闇と、その奥で妖しい瓢箪のような影を揺らめかせる男——『ぬらりひょん』の姿が映し出された。
『……見よ。人々の悲鳴と絶望が奏でる、この美しき狂想曲を』
低く不気味な声が、パニックに陥った東京中のあちこちで同時に響き渡る。
『長きにわたり封じられてきた古の霊脈は今、解き放たれた。……もはや人間ごときの手に余る世界ではない。今宵、この都は再び妖の王国へと生まれ変わるのだ』
街中で市民や警察官たちが恐怖に震える中、ビジョンの中の影は、まるで画面の向こうにいる「たった一人」を見つめるように薄笑いを浮かべた。
『……かつて、己の過去と真の姿を奪われし者よ。抗いたくば、来るがいい。我が真の本陣……大霊脈の核心へと』
Jの名前は一言も発せられなかった。しかし、そのメッセージが誰に向けられたものなのか、Jをはじめ、S.I.C.Sのメンバーには痛いほど伝わっていた。
「……上等だ、化け物め。」
Jは冷徹な眼差しでビジョンを見据え、インカムのスイッチを入れた。
「全員、防衛戦を警察に引き継ぎ、直ちに地下本部へ帰還しろ。決着の時だ。」
◼️◼️◼️
地下本部の作戦室。
激しい防衛戦を終え、手傷を負いながらも戻ってきたメンバーが再び集結していた。
「……ハァ、ハァ……現場の避難誘導と防衛ラインの維持、安藤さんたちの部隊に完全に引き継いできたよ。」
Sが肩で息をしながら、破れたジャケットの腕を捲り上げる。
「安藤ののやつ。『親玉の首を叩き斬ってこなかったら承知しねぇぞ』と捨て台詞を残していったな。」
Kが冷静に言い添えると、レザージャケットを羽織り直したQも不敵に笑った。
「フン、あのオヤジにしては上出来な言いぐさだな。……おいJ、本陣の場所は確定したんだろうな。」
「ああ。」
Jが作戦室のホログラムマップを指し示す。
「東京タワー地下深くに存在する『旧江戸の大霊脈・中枢部』だ。ぬらりひょんはそこで儀式を行い、霊脈を完全に暴発させようとしている。……時間がない。俺たちで叩き潰す。」
「了解だ! 僕とNちゃんで、本陣の霊的結界を破断するバックアップを用意するよ!」
EとNが力強く頷く。
チーム全員がそれぞれの武器を手に取り、決戦の地へ向けて作戦室を飛び出していく。最後に出ていこうとするJの背中に、部屋の奥から静かな声がかけられた。
「……J。」
振り返ると、煙管を手にしたBOSSが静かに佇んでいた。
「……覚悟は出来ておるな?」
「ああ。俺はS.I.C.Sのリーダー山田迅として……そして朝山一樹として、あいつと決着をつけてくる。」
「……行ってこい。わしの自慢の子供たちよ。」
Jが深く一礼し、重厚な扉が閉じられた。
作戦室に一人残されたBOSS。
静かに煙管を置くと、その小柄な身体から、カツンと小さな足音が響いた。
次の瞬間——。
ゴォォォォォォォッ…………!!!!
地下本部全体が激しく鳴動した。
小柄な老婆の背後から、部屋全体の空間を歪ませるほどの凄まじい紫黒の妖気が立ち昇る。
BOSSの瞳が一瞬、爛々と黄金色に輝き、その背後には古代の超級大妖怪——【大嶽丸】たる凄絶な鬼神の影が荒々しく揺らめいた。
「……わしが手塩にかけて育てた愛しい部下たちに傷を負わせ……わしの庭を好き勝手に荒らしてくれたなぁ、ぬらりひょん……。」
メキメキとデスクの木材がひび割れ、空気が焦げ付くような絶大な威圧感が部屋を満たす。
「無事に帰ってこい、お前たち。……もしあやつを逃すようなことがあれば……わしが直々にあの瓢箪頭を八つ裂きにしてくれるわ。」
(第10話完)




