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捜査file.7 影踏み追跡者

午前10時。地下本部のミーティングルーム。

K(鴉天狗)が静かな手つきで自らの刀を手入れしている横で、S(佐々木)が缶コーヒーを傾けながら気安く話しかけていた。


「なぁ、K。最初の事件のときのこと、覚えてるか? あん時のKさ、俺のこと『足手まといの人間』って目でものすごく見下してたよな?」

「……実際、足手まといだった。」


Kは目線すら合わせず、淡々と刀身を拭う。


「あの頃の貴様は無駄な動きが多く、突入のタイミングもズレていた。……今は少しマシになったがな。」

「ひどッ! でもまあ、否定はできないかぁ。あの時は突入の足並みが全然合わなくて大喧嘩したっけ。」


Sが笑うと、モニター越しにオペレーションルームのE(神条)が口を挟んできた。


『あはは! 覚えてる〜! 初期の頃のSとKって、見ててハラハラするくらいギクシャクしてたもんね〜。』

「……昔の話だ。」


Kが短く切り捨て、刀を鞘に収めたその時。

部屋の奥の扉が静かに開き、小柄で粋な着物姿の老婆——BOSS(お初)が歩み出てきた。その手には煙管握られている。


「Q、お前に少し頼みたい裏の仕事があってのう。」


お初は煙をくゆらせながら、部屋の隅でダンベルを持ち上げてトレーニングをしていたQ(九尾)を見上げた。


「今回の事件……もしやすると、数年前に起きた『ある未解決事件』と深層でつながっておるかもしれぬ。……確証はないが、可能性を捨てきれんでな。そちの足で、少し裏の跡を洗ってきてはくれんか?」


Qは不敵に口角を上げ、重厚な声を響かせた。


「ふん……BOSSがあえて言葉を濁すとはな。……いいだろう、面白そうだ。俺が直接動いて確かめてくるとしよう。」


QはJ(山田迅)と短く視線を交わすと、静かに部屋を後にした。直後、デスクの緊急アラートが高らかに鳴り響いた。


「J! 歌舞伎町の路地裏で事件発生だよ! 本庁の幹部警察官が路上で急に倒れて意識不明! 現場周辺で異常な霊的波形を検知したよ!」


Eの叫び声に、Jの瞳が鋭く光る。


「……S.I.C.S、出動だ。S、K、現場へ急行しろ。私も指揮車で追う。」

「了解!」


数百メートル離れた歌舞伎町の暗い路地裏。

雨上がりの湿ったアスファルトの上で、警察官の服を着た男が突っ伏していた。その足元からは、本来あるはずの「影」が綺麗に切り取られている。


「ヒヒ……美味い、美味いぞ……人間の影は美味ぇ……!」


不気味な黒いモヤを纏い、爪を研ぐ怪異——『影食いの妖』。現場へ一番乗りで駆けつけたSは、その姿を目撃するや否や、咆哮した。


「そこまでだッ! 動くな!!」

「ちっ……S.I.C.Sめ!」


怪異は嘲笑うと、壁を蹴って車も通れない狭い路地裏へと逃走を開始した。


「逃がすかよッ!」


Sは交番勤務時代に街のパトロールと犯人追跡とQとの走り込みで鍛え上げた圧倒的な足の速さを爆発させた。地面を強く蹴り、跳ぶような速度で路地裏を猛追する。


「な……ッ!? 人間の分際で何だその速さは!?」


驚愕する敵の頭上——ビルの屋根を、疾風のごとく翔ける影があった。


「逃がさん!」


Kだ。漆黒のジャケットを羽織り、アクロバティックな身のこなしでビルの壁面を滑走、逃回路を完全に塞いだ。


「くそっ、挟み撃ちか!?」


追い詰められた影食いの妖は、不気味な爪を振り下ろしてSに襲いかかったが、Sは間一髪で体を捻ってかわし、足元へ強烈なローキックを叩き込む。


「ハッ、足元がお留守だぜ!」

「ギャッ……!?」


衝撃で体制を崩した敵は、胸元からチャラリと音を立てて「何か」を落とした。敵は焦ってそれを拾おうとしたが、Kの鋭い手刀の一閃が空を切り、追撃を阻む。


「クソがっ……!」

「待てッ!!」


敵は捨て台詞を残し、黒い煙となって路地の闇奥へと姿を消した。雨上がりの路地裏に残されたのは、水たまりに落ちた一つの金属片。Sが滑り込みでそれを拾い上げ、息を整えながら掲げた。


「……ハァ、ハァ……逃げられたか。……けどK、何か落としていったぞ?」


Sの手の中にあったのは、刻印の潰れた、古びた「壊れた特殊な懐中時計」だった。




◼️◼️◼️





歌舞伎町の現場から引き揚げた地下本部の鑑識室。


「……ハッハ〜! 見たかK、あの土壇場での俺の爆走! 交番時代のパトロールと地獄の走り込みで鍛えた足はダテじゃないね!」


Sがジャケットを脱ぎ捨て、濡れた髪をかき上げながら調子よく笑う。


「……自慢するな。最後の詰めが甘いから逃げられたのだろう?」


Kはクールに返しながらも、その口角をわずかに緩めていた。


「厳しいなぁ。ま、でもタダじゃ逃がしてないからな。ほら、Jさん。奴が落とした戦利品だよ。」


Sが軽快な手つきでデスクに放り投げたのは、現場で拾い上げた『刻印の潰れた、壊れた特殊な懐中時計』だった。


「……。」


Jは無言で手を伸ばし、その古びた金属製の時計を拾い上げた。表面に刻まれた微かな擦り傷、そして裏蓋の特殊な刻印に指が触れた——その瞬間。


ッ……!!

脳裏を刺すような激痛が、Jの頭部を貫いた。 


視界が真っ赤に染まる。

視界の向こうで渦巻く燃え盛る炎、血の海、倒れ伏す黒い制服の男たち——そして、炎の奥で冷たく歪む『顔の見えない翁』の不気味な影。


……なんだ……この光景は……!? 私の…過去……!?


「……ッ!」


Jの手に激しい震えが走り、掴んでいた懐中時計がカチャンと乾いた音を立ててデスクから崩れ落ちた。 


「……Jさん!?」


Sの陽気な表情が一瞬で消え、Kも目を見張る。あの常に冷静沈着なJが、顔色を失い、苦しそうに胸を押さえて荒い息を吐いているのだ。


「……大丈夫だ。なんでもない……。」 


Jは冷や汗を拭い、激しい手振りで動揺を押し殺した。だが、その瞳の奥には隠しきれない困惑と激しい動揺が揺れていた。

その様子を、部屋の入口の陰から——BOSSが煙管の煙越しに静かに見つめていた。その瞳には、深く重い影が差し込んでいたのだった。



「……おいK。さっきのJさん、絶対なんかあったろ?」


本部脇の通路で、Sは声を潜めてKに語りかけた。普段のチャラけた雰囲気は消え、鋭い眼光を宿している。


「あのJさんが手元を狂わせるなんて、ただ事じゃない。あの懐中時計……間違いなくJさんの過去に関係してる。」

「……同感だ。しかし、Jが自ら語らん以上、私たちが裏を洗うしかないな。」

「へへッ、決まりだな! サイバー分析はEさんに任せるとして、俺たちは俺たちのやり方で行こうぜ。……警察の闇深い事件ってのは、だいたい現場の古老や退職したマル暴のじいさん達が一番知ってるもんだ。」

「聞き込みか。……ふん、お前の泥臭いやり方に付き合ってやる。」


SとKはタッグをみ、雨上がりの街へと飛び出した。

Sは元交番勤務のネットワークをフルに活かし、昔なじみの情報屋や退職した老刑事たちの元を懐中時計の写真片手に訪ね歩いた。最初は気難しく口を閉ざしていた老刑事たちも、Sの持ち前の親しみやすさと粘り強い情熱、そして横で鋭い眼光を光らせるKの存在感に押され、重い口を開き始めた。


「……その懐中時計の刻印か。……おい若造、これ以上は調べるな。命がいくつあっても足りんぞ?」


老刑事は震える手でタバコに火をつけ、静かに告げた。


「それは数年前……警視庁の極秘特殊部隊が、ある妖の襲撃を受けて一晩で全滅した未解決事件の遺留品だ。……当時の生存者は、たった一人……重体で発見され、記憶を失っていた男だけだった。」

「……ッ! 全滅した極秘部隊……!?」


SとKは顔を見合わせた。


「その事件のファイルは上層部によって完全に閲覧制限がかけられ、闇に葬られた……。」 

「生き残った奴の名前は?」

「知らねぇな。」


吐き捨てるように言われたが、Sは拳を強く握りしめた。


「サンキュー、爺さん。助かったよ!」


SとKは老刑事の元を飛び出すと、すぐさま指揮車へ向けて走り出した。


「K! 聞いたかよ……! Jさんの失われた記憶、やっぱりその壊滅した部隊と関係があるんだ!」

「ああ……! だが、敵もJが過去に近づくのを阻むため、必ず動き出すぞ!」



◼️◼️◼️



夕闇が迫る都内の高架下。パーキングに停車したS.I.C.Sの大型指揮車(ワンボックス)。


車内のオペレーションシートで、Jは一人、モニターに映し出された失われた過去の空白データを凝視していた。激しい頭痛は引いたものの、手元に残るあの冷たい懐中時計の感触が脳裏から離れない。

その時——ガァンッ!!

重厚な指揮車のボディが大きく揺れ、警告アラートが車内に響き渡った。


『警告! 外部から未知の霊的物理干渉! 結界装甲、破損率40%!』


機械音声の直後、Eの焦った通信が飛ぶ。


『J! 気を付けて! 指揮車の真下から凄まじい霊波が迫ってる!』

「……ちっ!」


Jがシートから跳び退いた瞬間、車体の床を突いて無数の「黒い影の爪」が突き刺さった。直後にドアを蹴破り、車内へ雪崩れ込んできたのは——先ほどの『影食いの妖』、そして黒い影を纏った複数の異形どもだった。


「ヒヒヒ……思い出したか、J!? お前が記憶を取り戻す前に、ここで息の根を止めてやるよッ!」

「……私を誰だと思っている?」


Jの目が冷徹な光を宿す。

指揮卓の下から引き抜いたのは、霊的跳弾を装填したカスタム大型拳銃。Jは躊躇なくトリガーを引いた。

ズドォンッ! ズドォンッ!!

狭い車内で炸裂する激しい銃声! 霊波を纏った弾丸が影の怪異たちの眉間を次々と撃ち抜き、闇の霧へと霧散させていく。


「グアァッ!? 記憶を失ってなお、この戦闘勘だと……!?」

「私の過去に何があろうと関係ない。……今の私は、S.I.C.Sの指揮官だ!」


Jは襲い来る影の爪を間一髪で返し、銃身での打撃と近接射撃で前衛をなぎ倒す。しかし、次々と湧き出す影の群れに指揮車内を押し包まれ、じりじりと追い詰められていく。 


「死ねぇぇッ、Jッ!!」


影食いの妖が巨大化した爪をJの喉元へ振り下ろした——その瞬間!

ガンッッ!!

重厚な金属音が響き渡り、火花が散った。

横合いから飛び込んできた特殊警棒が、影食いの爪をギリギリのところで叩き伏せる。


「Jさんに手ぇ出してんじゃねぇよ、この化け物がッ!!」


圧倒的な足の速さで高架下を爆走し、間一髪で滑り込んできたのはSだった。


「S……! Kもか!」

「遅くなりました、J!」


頭上の高架の鉄骨から、Kが疾風のごとく舞いおりた。漆黒の刃を一閃させ、車内に群がっていた影の群れを一瞬で叩き斬る。


「クソッ、雑魚どもが揃いも揃って……!」

「雑魚とは失礼だな! これでも元巡査の意地ってやつがあるんだよッ!」


Sがチャラけた笑みを消し、激しい打撃のラッシュを叩き込む。爪を払われ体制を崩した影食いの妖へ、Kがアクロバティックな跳躍から鋭い蹴りを叩き込み、壁面へと叩きつけた。 


「J、今です!」

「……逃がさん!」


Jが銃口を影食いの眉間へピタリと突きつける。Sが足元を固め、Kが左右の退路を完全に塞ぐ。三人が完璧な間合いで敵を死角なく追い詰めていた。


「ひ、ヒィッ……! 待て、J! お前はあの事件の真実を知りたくないのか!? あのお方……『顔の見えない翁』様が、お前の過去を……!」

「真実は自らの手で引きずり出す。……貴様から聞く必要はない。」


Jは冷徹に告げると、迷わずトリガーを叩き込んだ。

ズドォォンッ!!

特殊弾で頭部を撃ち抜かれた影食いの妖は、悲鳴をあげる暇すらなく、清廉な霊波の爆発とともに微塵も残さず完全滅殺された。


静まり返った高架下。冷たい風が吹き抜ける。


「……ハァ、ハァ……ハッハ〜! 見たかK、今の俺の滑り込み! 完璧なカバーだったろ?」


Sが息を整えながら、パーカーの埃を払ってニッと笑う。Kは刀を綺麗に鞘へ収めると、フッと柔らかく口角を上げた。


「……フン。泥臭い足攻めだったが……悪くなかったぞ、相棒。」

「へへッ、言ったな! 後でメモしとこ!」


軽口を叩き合う二人を、Jは静かに見つめていた。初期のギクシャクしていた頃が嘘のように、今の二人には完璧な信頼と絆が宿っている。


「……二人とも、助かった。」


Jが短く感謝を口にすると、SとKは顔を見合わせて笑った。



◼️◼️◼️



地下本部の奥深くに位置する室長室。


トントン、とドアを叩く音とともに、重厚な体躯のQ(九尾)が入室してきた。その袖口には、うっすらと黒い血の痕と、激しい戦闘を物語る焦げ跡が残っている。


「……ほう。大妖怪のお前が、手傷を負ってくるとはな。」


デスクで煙管(きせる)をくゆらせていた小柄な着物姿の老婆——BOSS(お初)が、煙の向こうから目を細めた。


「ククッ……警察本庁のデータベースから部隊の記録が消されていることくらい、BOSSも百も承知だったろう? だから俺は、妖どもの裏ルートと闇市を洗ってきたのさ。」


Qは腕の傷を意にも介さず、不敵に口角を上げた。


「途中で何処かの手先どもが口封じに襲ってきたが……返り討ちにして吐き出させてやった。……数年前のあの全滅事件、極秘部隊を現場へ誘導し、裏で糸を引いていた本庁幹部の『裏コードネーム』をな。」


Qがデスクに放り投げたのは、黒い血と霊波で汚れた一枚の古い木札だった。


「……そうか。ついにそこまで辿り着いたか。」


BOSSは静かに煙管を置き、古びた警察幹部たちの写真をそっと引き出しの奥へしまった。


「……蓋をしておいた箱が、ついに開いてしまうか。……覚悟を決めねばならんようじゃな。」

「BOSSが覚悟…?勘弁してくれよ。神話の世界の大妖怪が決める覚悟なんて、この世の終わりか?」

「…わしはそんな大それたもんじゃないさ…。」


BOSSの言葉にQは何も言わずに部屋から出て行った。


一方その頃、地下本部の自室に戻ったJは、デスクのライトの下で手帳を開いていた。

消滅間際の刺客が口にした不気味な残言。書き込まれた文字は——『壊れた懐中時計』『全滅した極秘部隊』『名もなき唯一の生存者』。


Jは失われた自らの本当の過去に向き合うべく、静かにペンを走らせ始めたのだった。


(第7話・完)





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