捜査file3. 九尾の山伏と偽りの救済
「うわぁ……また港区かよ。」
清々しい朝の光が差し込む地下本部のオフィス。
佐々木(S)はデスクに脚を投げ出し、マグカップのコーヒーをすすりながら壁の大型モニターを見上げていた。画面には、港区に聳え立つ超高級タワーホテルの映像が映し出されている。
『本日未明、港区内の高級ホテル客室のベランダから、三十代の男性が転落し、死亡しているのが発見されました。警視庁は男性が一人で部屋に入った痕跡から、自殺の可能性が高いとみて——』
「虚しいねぇ。若くしてそんな高級ホテルに泊まれるくらい成功してそうなのに、飛び降り自殺なんてさ。」
「身の丈に合わない贅沢は、往々にして人を滅ぼすということだ。」
背後から掛けられた低い声に、Sは跳ね起きるように脚を下ろした。
「おはようございます、Jさん!」
パリッとしたスーツを纏ったJが、いつもの冷徹な面持ちで淹れたてのコーヒーを手に姿を現す。ニュース画面を一瞥したJは、氷のように冷たい目で呟いた。
「港区の高級ホテル、死亡したのは三十代男性。……S、犠牲者の名前に心当たりはないか?」
「え? いや、ニュースではまだ名前は伏せられて……」
『J、みんな! 捜査一課から「お客さん」ご到着だよ〜!』
モニターの脇のスピーカーからEの声が割り込むと同時に、オフィスの重厚な自動ドアが勢いよく開いた。
「相変わらずカビ臭い地下室だな。税金泥棒どもの巣窟にはお似合いだが?」
土足でズカズカと踏み込んできたのは、捜査一課の安藤警部補だった。後ろには数人の部下と、青い鑑識服を着た気弱そうな若い鑑識官が一人、怯えたように付いてきている。
Sが不快そうに眉をひそめると、Jは静かにコーヒーカップをデスクに置き、冷ややかな視線を安藤に向けた。
「朝から不法侵入か、安藤警部補。……捜査一課の無能さを隠すために、わざわざ自分から報告に来てくれたのか? 感謝するよ。」
「口だけは達者だな、山田?」
安藤は吐き捨てるように笑い、デスクの上に一枚の写真を叩きつけた。そこに写っていたのは、先ほどニュースで流れていた転落遺体の写真だ。
「港区のホテルで飛び降りた男だ。名前は吉岡郁人、35歳。都内のメガバンクに勤める平凡な銀行員だそうだ。……当初はただの自殺で処理されるはずだったんだがな。」
安藤は顎で後ろの鑑識官をしゃくった。
「おい、説明してやれ。」
「ヒィッ、はいっ……!」
両警察組織の殺伐とした空気(特にJからの冷ややかな威圧感)に挟まれ、鑑識官の顔色はすでに真っ青だ。震える手でクリアファイルを広げる。
「え、えっと……遺体を詳しく検分したところ、手首に何者かと強く争ったような圧迫痕が残っていまして……さらに、その右腕の皮膚組織に、科学的には説明のつかない……不気味な黒い『呪印』のような模様が浮かび上がっておりまして……。」
「呪印だと?」
「は、はい! その……どう見ても自然な死斑や傷ではなく、まるで皮膚の内側から黒い墨を流し込んだような……! その、自殺ではなく『呪詛』による他殺の可能性が高いと判断し、我々鑑識から特殊捜査班(S.I.C.S)への協力要請を……!」
「余計なことを喋るな、バカ者が!」
安藤が怒鳴りつけると、鑑識官は「ヒッ……!」と悲鳴を上げて首をすくめた。
安藤はJに向き直り、嫌味たっぷりに鼻を鳴らす。
「まあそういうことだ。お前らオカルトオタクが大好きな『呪い』の匂いがするから持ってきてやったんだ。精々、おままごと捜査で事件をややこしくするなよ?」
「……要件はそれだけか?」
Jは一切動じることなく、淡々と写真を手にとった。
「ならばお引き取り願おうか。ここは捜査一課の無駄話を聞く場所ではない。」
「フン、手柄を焦って怪我するなよ。」
安藤はペッと唾を吐くような仕草で踵を返し、部下を引き連れて出て行った。取り残された哀れな鑑識官は、「し、失礼しましたぁっ!」とJたちに深々と頭を下げ、逃げるように安藤の後を追っていった。
バタン、とドアが閉まった瞬間。
「……はぁ〜、胸糞悪い! なんなんだよあの態度!」
Sが胸くそ悪そうに叫ぶと、天井のオペレーションルームからEが塩の入ったビンを持って降りてきた。安藤たちが歩いた床へ向かって、バサバサと豪快に塩を撒き散らす。
「はい清めた〜! 嫌な人間の邪気が消えたよ〜!」
さらに、奥から出てきたNが、静かに藁人形と五寸釘を取り出した。
「安藤警部補に……呪いをかけます……。」
「やめろ、N。」
しかし、黒マスクを着けたKが冷たく制す。
「やるなら、捜査の邪魔にならないよう『腹を下す程度』にしておけ。」
……Kさんも地味に怖いな!?
Sが心の中でツッコミを入れていると、Jがデスクのキーボードを叩いた。
「遊びは終わりだ。E、被害者・吉岡のバックボーンを洗え。」
「了解! ……あ、あれ? ちょっと待って、これ変だぞ?」
Eがモニターに吉岡のデータを展開した。
「被害者の吉岡、表向きは郊外の家賃5万円のボロアパートに暮らす冴えない銀行員なんだけど……彼の本当の居住地、ここじゃないよ。」
「どういうことだ?」
「彼、港区の超高級タワーマンションのペントハウスを、別の名義で契約して住んでる。アパートはただのダミー! 彼の銀行員としての年収は500万円程度……到底支払える家賃じゃない! 完全な『二重生活』だ!」
Jの瞳が一瞬で鋭さを増した。
「薄給の銀行員が、港区のペントハウスで独身貴族の暮らし……匂うな。」
「Jさん、まさか……銀行の金を横領してたってことですか!?」
Sが身を乗り出すと、Jは冷たい笑みを浮かべて立ち上がった。
「吉岡のアパートとペントハウスをガサ入れする。S、K、行くぞ。横領した金の『行き先』を突き止める。」
「「了解!」」
◼️◼️◼️
港区の一等地に聳え立つ超高級タワーマンション。その最上階にあるペントハウスは、海外の高級家具や絢爛豪華な調度品で埋め尽くされていた。
「うわぁ……あのボロアパートと差が激しすぎるだろ。これが二重生活か……。」
Sが革張りの高級ソファを指で突きながら呆れ声を上げる。隣では黒マスク姿のKが、部屋の隅に置かれた異様な棚を冷ややかな目で見つめていた。
「S、これを見ろ。」
棚には、禍々しい装飾が施された壺や数珠、そして怪しげな「お祓い護符」が大量に並べられていた。Jが手袋を着けた手でノートパソコンと数冊の通帳を取り出し、キーボードを操作する。
「E、吉岡の口座とパソコンのデータを解析しろ。」
『はーい、ハッキング完了! ……うわぁ、エグいデータが出てきたよ』
Eの音声とともに、Sたちの暗号化端末に膨大な資金の流れが展開された。
『吉岡が勤務するメガバンクの口座から、数億円単位の金が複数のダミー会社を経由して洗浄されてる。その資金の元は……ネットで話題の偽宗教団体「天導の会」だ!』
「天導の会……?」
Nの声が通信に割り込む。
『あそこは『どんな悪霊も退散させる』と謳い、貧困層から富裕層まで集めている新興の霊術団体です。ですが……手法が酷すぎます。彼らは意図的に低級の悪霊を一般人に付着させ、怪異現象を引き起こした上で、高額なお祓い料を請求して除霊する……いわゆる「マッチポンプビジネス」を行っています』
「最低だな……自分たちで火をつけておいて、消火代を脅し取るのかよ。」
Sが吐き捨てるように怒りを露わにした。Jは鋭い眼光でモニターの送金履歴を見つめる。
「吉岡はこの『天導の会』の財務を担当し、銀行員の立場を悪用して悪銭のマネーロンダリングを行っていた。……だが、送金履歴の最後に不審な数字がある。吉岡は先月、教団の資金から約3億円を横領していた形跡がある。」
「横領……!? じゃあ吉岡の死は……!」
「あくまで状況からの推測だが……。」
Jは腕に刻まれていた不気味な黒い痕跡の写真を思い浮かべ、静かに思考を巡らせた。
「吉岡の横領が教団側に発覚し、口封じとして消された可能性がある。腕の『呪印』は……教団を裏切ればどうなるか、他の信者や幹部どもへ見せしめにするための見せしめ(烙印)だろう。……残りの横領金のありかを吐かせた後、ホテルから突き落としたと見るのが自然だ。」
「見せしめで呪い殺して突き落とすなんて、どこまで腐ってんだあの教団……!」
「教団の最高幹部、およびボスを炙り出す。……作戦を開始するぞ。」
◼️◼️◼️
地下本部の作戦会議室。
中央のホログラムテーブルに、Jが立案した作戦の概要が映し出された。
「教団のボスは極めて警戒心が強く、めったに表舞台に姿を現さない。……だからこそ、向こうから喉から手が出るほど欲しい『餌』を撒く。」
「餌……?」
Jの言葉にSがポツリと呟く。
「ああ。教団の霊媒師たちを圧倒する『本物の霊力を持った、怪しい流浪の霊能力者』だ。そいつが教団のシマ荒らしを始めれば、必ずボスが直接接触してくる。」
Jの視線が、部屋の隅で腕を組んでいた巨漢——Qに向けられた。
「Q。お前の出番だ。」
「フン、お安い御用だ。圧倒的な霊力と威圧感なら、この俺の右に出る者はいないからな。」
Qが胸筋を躍らせながら爽やかに笑った。……だが、Eがニヤニヤしながら台車で運んできた「衣装」を見た瞬間、Qの笑顔が氷ついた。
そこに置かれていたのは、白装束に頭巾、首には大きな数珠、そして法螺貝——本格的な「山伏(修験者)」の衣装一式だった。
「………………J。」
Qの額にピキピキと青筋が浮かび上がる。声のトーンが3オクターブほど下がった。
「これは何の冗談だ?」
「冗談ではない。完璧な潜入衣装だろ?」
Jはフフンと笑ってみせる。
「ふざけるな!! 霊媒師の変装なら他にもあるだろう! なぜよりによって山伏なんだ!? 俺たち狐(妖)が、歴史上どれだけ山伏どもに狩られ、封印されてきたか知っているのか!? 一番嫌いな格好だぞ!!」
Qが九尾の怒りを爆発させて叫ぶが、Jは一切動じることなく冷ややかに言い放った。
「お前のその無駄にでかい筋肉と、放っておいても溢れ出る強面な威圧感を『怪しい霊能力者』として納得させるには、修験道の山伏以外に選択肢がない。」
「絶対に嫌だ! 他の服装ならいくらでも着てやるが、山伏だけは——!」
「Q。これは仕事だ。」
Jの冷酷な目力に圧され、Qはウッと絶句した。
さらに追い討ちをかけるように、Sが衣装を広げて無邪気に感心してみせる。
「うわぁ、Qさん! これ絶対似合いますよ! 筋肉みちみちの山伏なんて、漫画の悪役みたいで超カッコいいです!」
「……褒めても何も出んぞ、S。」
「ほらQさん、袖を通してください! Eさん、法螺貝も持たせて!」
「よせ! 触るな! 紐を引っ張るな! ああ〜っ、生地が破ける……!!」
数分後。
そこに完成したのは、パンパンに張った大胸筋と広背筋のせいで白装束の縫い目が悲鳴を上げている、爆発的な威圧感を放つ「巨大山伏Q」だった。
頭巾はちょこんと頭に乗っているだけで、首の数珠は筋トレ用のチェーンに見えなくもない。
「……くそっ。屈辱だ……。こんな格好、Gが見たら腹を抱えて笑うぞ……。」
鏡を見て顔面蒼白で落ち込むQに対し、Jは満足そうにコーヒーを一口含んだ。
「完璧だ。……これより『天導の会』撲滅作戦を開始する。」
◼️◼️◼️
都内郊外に佇む『天導の会』の本部道場。
香の煙が立ち込め、怪しげな太鼓の音が響く大広間では、幹部霊媒師たちが言葉巧みに信者たちを惑わし、数百万単位のお祓い料の契約書へ判を押させていた。
そこへ、静かに足音が近づいてくる。
重厚な木製の大扉がス……と静かに開き、一人の山伏が足を踏み入れた。
爆発的な体格を白装束に包み、頭巾を戴いた巨漢。首にかかった大粒の数珠が、歩みに合わせてカチリと重厚な音を立てる。目元を遮る黒いサングラス(狐の瞳の気を隠すための特製)の奥から放たれるのは、幾多の修羅場を潜り抜けてきた本物の修験者だけが纏う、冷徹で圧倒的な威圧感だった。
「な、なんだお前は……! ここは一般の立ち入りは禁じられているぞ!」
案内係の男が気圧されながら立ち塞がるが、Qは視線すら合わせない。
「……貧相な騙し絵だな。真の加持祈祷を知らぬ者が、騙り屋の真似事か。」
Qの地鳴りのような低い声が、広間全体にしんと響き渡った。
「なんだと……!? シマ荒らしの類か! 追い出せ!」
幹部霊媒師の指示で、両脇の用心棒たちが一斉に飛びかかってくる。だが、Qは眉ひとつ動かさず、背筋を伸ばしたまま右手をスッと胸前に掲げた。
…Jの指示通り、力任せの破壊ではなく、術者としての『格』を見せつける。
Qが指先で印を結び、極小の霊力を数珠へ打ち込む。
キィン……ッ!!
高潔で清冽な霊気の波動が、同心円状に広間に広がった。襲いかかろうとした用心棒たちは、まるで不可視の巨大な壁にぶつかったかのようにピタリと足止めされ、その場の空気に圧迫されて膝をついた。さらに、教団が信者を脅すために天井裏へ忍ばせていた「低級の悪霊」たちが、Qが放った本物の霊力の威圧に耐えかねて悲鳴を上げ、自ら姿を現して霧散していく。
「ひっ……!? 悪霊を一瞬でお祓いした……!?」
「な、なんて霊力だ……! 本物の修験者(山伏)だ……!」
幹部霊媒師たちは顔色を失い、Qの圧倒的な「能力の証明」の前に声すら出せない。
イヤホン越しに、車内で待機するJの冷ややかな声が届く。
『完璧だ、Q。厳格な修験者としての格を見せつけたな。……奥からボスが出てくるぞ』
幹部たちが青ざめる中、広間の奥の重厚な襖が開き、豪奢な袈裟を着た男——『天導の会』の教祖が姿を現した。
「……見事な加持力だ。当会へ何の用かな、山伏殿。」
Qは深々と腕を組み、サングラスの奥から教祖を威圧するように見下ろした。
「用はひとつ。……この地に真の救済をもたらすためだ。お前たちの浅ましいお祓い事では、救える魂も救えまい。……俺の力で、さらに多くの迷える者を救ってやろうと思ってな。」
その頃——教団本部の敷地外。
本部の裏手に広がる竹林の中で、Kは黒マスクを締め直し、樹上の影に音もなく身を潜めていた。
その隣で、Sが物陰にしゃがみ込み、緊張で湿った拳を握りしめている。
「Jさん、裏門の警備二人、いつでも無力化できます。」
Kがインカムに低く囁く。
指揮車内でモニターを見つめるJが、静かに応じた。
『よし。EとNの合図を待て。……Q、教祖の意識はお前に向いている。そのまま引きつけろ』
『了解だ』とQの声。
道場の大広間では、教祖がQの「多くの者を救う」という言葉に、深く醜い笑みを深めていた。
「素晴らしい……! あなたほどの加持力があれば、我が教団はさらに大きな信者と富を集められる……!」
教祖がQの手を握ろうと歩み寄った、その時だった。
教祖の背後に控えていた護衛のあやかしが、不気味な鼻腔をヒクヒクと動かした。あやかしの目が、Qの身体の奥底から僅かに漏れ出る「霊気の質」に注がれる。
『……ナンダ……オカシイぞ……コイツ……ヤマブシの服を着ているが……?』
あやかしがヒタヒタと近づき、Qの耳元で不気味に囁いた。
『ヤマブシの聖なる匂いじゃない……。コイツの奥に潜んでいるのは……もっと禍々しく、果てしなく巨大な「大狐」の気配だ……!!』
「なに……!?」
教祖の顔色が一変した。
『教祖様! こいつは修験者でも山伏でもない! 妖の頂点に立つ……「九尾の狐」だ!! 警察の化けたネズミ(潜入者)だぞ!!』
ちっ……妖の鼻までは誤魔化しきれなかったか……!
教祖が叫びながら激しく後退した。
「ハメたな……! やれ! こいつを肉塊に変えろ!!」
黒服たちが一斉にサブマシンガンを構え、あやかしたちが爪を立てて飛びかかろうとした、その絶体絶命の瞬間——!Jの冷酷な指示が通信を切り裂いた。
『強襲開始!』
バゴォォォン!!!!
裏門と道場の高窓が同時に叩き割られ、凄まじい衝撃とともにSとKが突入してきた。
「警察だ! 全員その場から動くな!」
叫び声と同時に、黒服の暗殺者たちが一斉にサブマシンガンを構え、火を噴かせる。バババババッ!と銃弾が跳ね返る極限状態の中、Kが黒い影のように跳躍した。
「甘い。」
Kは空間を蹴るように空中を滑空すると、天井の太い梁を蹴って加速。頭上から襲いかかり、黒服の手首を空中で蹴り飛ばして銃を叩き落とす。間髪入れずに鋭い手刀を首筋へ叩き込み、一瞬でふたりを気絶させた。
「K!右だ!」
Sの叫びと同時に、黒い霧のような中級悪霊が鋭い爪を立ててKの背後から襲いかかる。Kは振り向きざま、手裏剣型の陰陽符を指先で弾いた。
シュバッ! ズドォン!
符があやかしの額に命中した瞬間、青い炎が爆発的に燃え上がり、あやかしを内側から焼き尽くす。
「よし! ナイス!……って、うオっ!?」
感心していたSの目の前に、残りの黒服ふたりがナイフを構えて躍り出た。Sは悲鳴を上げそうになりながらも、警察学校で仕込まれた逮捕術と立ち回りを炸裂させる。
「来んなよ悪党ども! 俺にはなぁ、欲しいヴィンテージジーンズがあるんだよ!まだ、死ねるか!」
Sは近くにあった重厚な香炉の台座を力任せに蹴り倒し、黒服のすねへ激突させた。激痛に悶絶する黒服の顎へ、下から必死のド直球右ストレート!さらに、もう一人が突っ込んでくると、Sはとっさに掛軸の紐を引いて巨大な掛け軸を相手の頭から被せ、視界を奪った上からボディへ怒涛の膝蹴りを叩き込んだ!
「見たかコノヤロー! 泥臭くても勝てば官軍だ!」
「……少しは見られるようになったな、S。」
Kが黒マスクの奥でフッと目を細め、Sの背中を守るように背中合わせに立つ。
一方——大広間の真ん中では、Qの「暴力の芸術」が炸裂していた。
「あー……せっかくの山伏の衣装が、少し破けたじゃないか。」
Qが白装束の袖を肩まで捲り上げると、丸太のような上腕二頭筋が脈打った。襲いかかってきた教団の「最強の護衛あやかし」が、巨躯を生かして爪を振り下ろす。
ズドォォン!!
Qはその巨爪を片手でガッチリと受け止め、そのままニヤリと不敵に笑った。
「パワー比べがしたいのか? 千年早いわ!」
Qがあやかしの腕を掴んだまま豪快に引き寄せ、そのまま反対側の肩へ担ぎ上げて豪快な一本背負いを決める。ドォン!と床が激しく砕け散り、あやかしは悲鳴を上げる間もなく叩きつけられた。さらに、残りの黒服5〜6人が一斉にQへ突撃してくる。
Qは近くにあった巨大な木製の太鼓を片手で軽々と持ち上げ、ドッジボールの要領で横一閃にブン投げた。
ガシャアァァン!!
太鼓に弾き飛ばされた黒服たちがまとめて壁まで吹っ飛び、派手な音を立てて倒れ込む。まさに圧巻の肉弾無双。
「ひっ……ひぃぃぃ!? け、警察にこんなバケモノたちがいるなんて聞いてないぞ!!」
護衛も部下も全滅し、腰を抜かした教祖がガタガタと震えながら後退った。そこへ、表の破壊された扉から、足音も静かに一人の男が歩み寄る。
オーダーメイドの漆黒のスーツに身を包み、一切の乱れもないJだった。
「天導の会教祖、加藤辰雄。銀行員・吉岡を口封じと見せしめのために殺害した容疑、および違法なマッチポンプビジネスによる詐欺容疑で逮捕する。」
「く、狂言だ! 証拠はあるのか!?」
教祖が往生際悪く叫ぶと、Jはスマートフォンの画面を静かに提示した。
『はいはーい! 地下金庫の隠し口座データと、吉岡をホテルから突き落とした実行犯の防犯カメラ復元映像、全部差し押さえたよ〜!』
Eの声に教祖の瞼が驚愕に開かれた。
「……詰みだ。」
Jが冷たく言い放つと、往生際悪く逃げ出そうと背を向けた教祖の首筋へ、Qが指先ひとつでデコピンを叩き込んだ。
パシッ!
教祖は白目を剥き、そのまま地味に崩れ落ちて倒れたのだった。
◼️◼️◼️
翌朝。陽が差し込むS.I.C.Sの地下本部。
昨夜の熱狂が嘘のように静まり返ったオフィスで、Jはいつものように完璧に淹れられたコーヒーをマグカップに注ぎ、デスクの大型モニターを見上げていた。
モニターには、押収された巨額の不正資金の口座データと、逮捕された『天導の会』教祖たちの顔写真がずらりと並んでいる。
「……吉岡の件、これで完全に手打ちだな。」
「ええ。教団が隠していた横領金3億円も無事に押収されました。吉岡の遺族には……まあ、相応の形で残るでしょう。」
Sが自分のデスクでコーヒーをすすりながら、ホッとしたように胸を撫で下ろした。隣ではKが静かに黒マスクの位置を整え、Qは新調してもらったばかりのスーツの袖口を慎重に確認している。
その時、オフィスの重厚な自動ドアが、怒りに任せて勢いよく叩き開けられた。
バァン!!
「山田ァ!! お前ら、また一課の案件に余計な首を突っ込みやがって……!」
怒鳴り込んできたのは、捜査一課の安藤警部補だった。後ろには相変わらず気弱そうな鑑識官が一人、胃を押さえながらオドオドと付いてきている。安藤はJのデスクに激しく拳を叩きつけた。
「港区の飛び降り事件はうちが追ってたんだぞ! 手柄を横取りして本庁へ報告書を回すとはどういうつもりだ! オカルトオタクどもが調子に乗るな!」
顔を真っ赤にして怒脈を立てる安藤に対し、Jは一切動じることなく、静かにコーヒーカップを口元へ運んだ。
「横取り? 勘違いするな、安藤警部補。……俺たちは単に、捜査一課の手際が遅すぎるから『処理』を手伝ってやっただけだ。」
「なんだと……!?」
「それに……。」
Jは冷ややかな笑みを浮かべ、胸ポケットから一枚の暗号化タブレットを取り出すと、安藤の目の前にスッと差し出した。
「この教団が保有していた『裏顧客名簿』だが……。あんたの直属の上司や、一課の幹部の名前が数名ほど記載されていたよ。……一課がこの事件を『ただの自殺』として処理したがっていた理由、これで納得がいったか?」
「な……ッ!?」
安藤の顔から一瞬で血の気が引いた。
Jはタブレットを引き戻し、氷のように冷たい眼光で安藤を見据える。
「……報告書からは一課の幹部の名は伏せておいてやった。感謝してほしいくらいだな。これ以上ここで吠えるなら、あの名簿をそのまま監察官室へ回すが……どうする?」
「くっ……! 好きに……しやがれ!!」
安藤はぐうの音も出ず、捨て台詞を残して暴れるように回れ右をし、足早に去っていった。取り残された鑑識官は「ヒィッ……失礼しましたぁっ!」とJたちに深々と頭を下げ、脱兎のごとく安藤の後を追っていった。
「ふう……相変わらず容赦ないですね、Jさん。」
「相変わらずなのは安藤だろ。あいつは本当にうちが嫌いだからな。」
Sが苦笑いすると、Qは大きなため息を吐く。Jはフッと小さく口角を上げた。
「事実を告げただけだ。……さて、各自次の捜査資料の整理に取りかかれ。今日はノー残業デーだぞ。」
事件の後処理を終え、J、Q、S、Kの面々がそれぞれの帰路につい手から数分後、薄暗くなった地下本部のオフィスには、静寂が広がっていた。そこに、ガタゴトと小さな音が響き、天井のオペレーションルームからEがゆっくりと階段を降りてくる。その手には、小瓶に入った「清めの塩」が握られていた。
Eは部屋に誰もおらず、セキュリティカメラのランプだけが静かに点滅しているのを確認すると、ふっと笑みを漏らした。
「……たく、安藤のオッサン。毎回毎回、嫌〜な邪気撒き散らしていってさぁ。」
Eは小瓶の蓋を開けると、安藤たちが歩き回っていたエントランスからデスクまでの床に向かって、指先で丁寧に、けれどたっぷりと塩を撒き始めた。
シャリ、シャリ……と、静かな空間に塩が落ちる音が心地よく響く。
「はい、清めた清めた。これで明日の朝も、みんなが気持ちよく仕事できるね。」
Eは満足そうにパチンと手を叩き、空になった小瓶をポケットに仕舞い込んだ。
「さてと、BOSSの特製おやつでも摘まんで帰ろーっと。」
軽やかな足取りでオペレーションルームへ戻っていくEの背後で、撒かれた塩が地下室のほのかな光を反射して、かすかにキラリと輝いていた。
(第3話・完)




