捜査file.2 蠱毒の夜宴と演技派ポリス
ガンッ! ドカァッ!!
地下本部のトレーニングルームに、肉体と肉体が激しくぶつかり合う重厚な衝撃音が響き渡っていた。
「甘いぞ、J! 肘が下がっている!」
掛け声とともに繰り出されたQの鋭いローキックを、Jは寸前でバックステップしてかわし、すれ違いざまにQの頸椎めがけて手刀を叩き込む。だが、Qはそれを超人的な反応速度で首を捻って回避し、ニヤリと不敵に笑った。
二人の組み手は、もはや人間の領域を超えた高速の攻防だった。冷徹なロジックで最小限の動きから隙を狙うJと、圧倒的な反射神経とパワーでそれをねじ伏せようとするQ。白熱する二人の模擬戦は、洗練された演舞のようでもある。
……そして、そのすぐ隣では。
「ブヘッ!?」
無残な悲鳴とともに、佐々木ことSが床に激しく叩きつけられていた。
「腰が引いている。姿勢がなっていない。……だいたい、なぜ打撃の瞬間に目をつむる?」
見下ろしているのは、黒いトレーニングウェアを着たKだ。口元をすっぽりと覆う黒いマスク越しのため声は少し低く籠もっているが、冷ややかな眼光は隠せていない。
「無茶言うなよ! 妖のスピードに人間がついていけるか! つーか、なんで俺だけ防具なしで竹刀持った相手と素手でやり合わなきゃなんないんだよ!」
Sは痛む腰を押さえながら泣き言を漏らした。昨日まで普通の交番巡査だった男に、数百年生きる武闘派妖の組み手は拷問以外の何物でもない。
「文句を言う暇があるなら立て。現場でお前が死ぬのは勝手だが、私のバディとして死なれるのは迷惑だ。」
「容赦ねえな……! Jさん、Qさん! こいつ俺を殺そうとしてます! パワハラです!」
助けを求めるSに対し、Qは汗をタオルで拭きながら爽やかに笑った。
「安心しろ、S。Kは加減している。本気ならお前の首は最初の三分で飛んでいるぞ。」
「何のフォローにもなってねえよ!」
その時、トレーニングルームの壁面スピーカーから、電子音とともにEの明るい声が響いた。
『J、みんな。BOSSからお呼び出しだよ。全員、戦略室に集まって』
Jはボトルから水を一口含み、汗を拭いながらジャケットを手にとった。
「行くぞ。仕事の時間だ。」
◼️◼️◼️
薄暗い戦略室。
中央の巨大なホログラムテーブルを囲むようにJたちが立つと、オペレーターのEとN(芦屋)が画面を操作した。
画面に、一人の引き締まった顔立ちの男の顔写真が映し出される。
「……コードネーム『G』こと、木村捜査官だ。」
Jの静かな声に、部屋の空気が一気に重くなった。
「一週間前、Gが殉職した。……潜入先は六本木の会員制高級クラブ『ヴェルヴェット』だ。」
Eがキーボードを叩き、クラブの立体構造図と、怪しい紫色の術式データを展開する。
「表面上は政財界のハイソな会員が集まる高級サロンなんだけど、裏の顔は……プロの暗殺集団の拠点なんだ。あやかしたちを地下闘技場で殺し合わせ、生き残った最凶の個体を暗殺兵器——いわゆる「蠱毒」として精製・販売していた。」
Nが真剣な面持ちで言葉を継ぐ。
「G捜査官はその裏ルートを掴みかけたところで、口封じに消されました。敵はプロの暗殺者たちです。生半可な捜査では尻尾を出さないでしょう。」
「蠱毒か。胸糞悪い真似をする。」
Qが不快そうに眉をひそめた。
「作戦はどうする、J?」
Jは胸ポケットから手帳を取り出し、思考を張り巡らせる。
「敵は警戒している。捜査網を掻い潜るため、俺が闇市場の凶悪なバイヤーになりすまして単身でVIPルームへ潜入する。」
「J一人じゃ危険すぎる。バックアップは?」
「Q、お前は外の車内で待機だ。万が一の時は、突入して暴れろ。」
「了解だ。壁の破壊なら任せろ。」
Qが頼もしく拳を鳴らす。
「そして……SとK。」
Jの鋭い視線が、まだ腰を押さえているSと、黒マスクの奥から静かに見返すKに向けられた。
「お前たち二人には、別のルートから客としてクラブ内へ潜入してもらう。Sは『金に物を言わせる富豪のドラ息子』、Kはその連れだ。内部で俺の潜入がバレた時の保険と関連情報の収集、兼逃走ルートの確保を担当しろ。」
「えっ……俺が潜入!? 潜入捜査なんてやったことないですよ!?」
突然の指名に佐々木が目を剥いた。
「お前のお調子者な面と、図々しい性格ならドラ息子役に適任だ。……K、そいつを頼んだぞ。」
「……足手まといになったら、その場で捨てます。」
黒マスク越しに冷ややかに言い放つKに対し、Sは「冷たい! 初潜入の相棒への愛がなさすぎる!」と悲鳴を上げるのだった。
◼️◼️◼️
重厚なネオンが妖しく揺れる六本木の夜。
会員制高級クラブ『ヴェルヴェット』の絢爛豪華なエントランス前で、Sはイタリア製の派手なブランドスーツの襟元を整えながら、心の中で遺書を書き始めていた。
……俺の人生、完全に狂い始めた。交番で平和にパトロールしてたはずなのに、なんで高級クラブで富豪のバカ息子演じてんだよ……!
「緊張で顔が引きつっているぞ、S。」
隣に立つKが、ドレス姿に黒い布マスクというミステリアスな装いで低く囁いた。口元を隠しているものの、その切れ上がった瞳には鋭い警戒の色が宿っている。
「緊張もするわ! 失敗したら即消されるんだろ!? …はぁ。…よし、行くぞ。」
Sは深呼吸を一回吐き出すと、一瞬で顔つきを変えた。肩を大きく揺らし、いかにも「世間知らずで金を持て余したドラ息子」という不敵で横柄な笑みを浮かべてエントランスへ足を踏み入れる。
「おいおい、なんだこの狭い店は。もっと広いVIPルームはないのかね?」
受付の黒服たちが不審そうに視線を向けるが、Sはポケットから出した札束をちらつかせ、受付の胸ポケットに札束を突っ込んだ。
「あー、細かいお釣りはいらないから。奥の特等席に通してよ。彼女(K)が退屈しちゃってるだろ?」
黒服の顔色が一瞬で変わり、恭しくおじぎをした。
「……失礼いたしました。こちらへどうぞ、お客様。」
……よし、通った! 俺、天才役者じゃね!?
心の中でガッツポーズをするSを、Kは黒マスクの奥で呆れたように見つめていた。
イヤホン越しに、車内で待機するQの声が届く。
『上手いぞS、いい演技だ。……Jの方はどうだ?』
『VIP最奥の「オークションルーム」へ到達した。これよりターゲットと接触する。』
Jの声が通信を切り裂く。
Jはオーダーメイドの漆黒のスーツに身を包み、海外の凶悪な闇ブローカーになりすまして、クラブ最奥の密室へと足を踏み入れていた。
一方、SとKは黒服の目を盗み、クラブ地下の管理フロアへと潜入していた。
「S、ここが顧客データと『蠱毒』の取引記録が保管されているサーバー室だ。」
Kがスマートにピッキングで扉を開け、内部へ滑り込む。端末に特殊なUSBを挿し込み、Eへのデータ転送を開始した。
『ナイスK! データ吸い上げ開始! あと二分で顧客リストもGを殺した暗殺者の特定データも全部抜き取れるよ!』
Eの声に安堵したその時だった。
カチャリ。
廊下から複数の足音が近づき、重厚な扉が開いた。
「おい、ここで何をしている?!」
現れたのは、銃を構えた暗殺集団の黒服三人。さらに、その背後には黒い霧を纏った不気味な妖が控え、鋭い殺気を放っていた。
まずい……! Kが一瞬で倒せても、派手な音を出したらJさんの潜入がバレる!
Kが即座にナイフ指に挟み、襲いかかろうとした瞬間——Sが素早くKの前に割り込んだ。
「あーあー! なんだよお前たち、急に部屋に入ってきて無礼だなあ!」
Sは大袈裟に両手を広げ、泥酔したような千鳥足で黒服の銃口の前に立ちふさがった。
「な……なんだお前は!?」
「なんだとは失礼な! 俺はさっき上のVIPルームで札束積んだ客だよ! 彼女とイチャつくための静かな部屋を探してたら、間違えて入っちゃったんだよ! なあハニー?」
SはKの肩を抱き寄せ、ベタベタと甘えるような演技をしてみせた。
なっ……何を触っているこのバカは!? 斬るぞ!!
Kの目が怒りで吊り上がり、黒マスクの下で歯噛みする気配が伝わってくる。だが、SはKの背中を指先でトントンと叩き、『静かにしろ』と合図を送っていた。
「紛らわしい真似をするな、出て行け!」
黒服が痺れを切らして銃を収めようとした、その一瞬の隙。
「……今だ、K!」
Sの低い叫びと同時に、Kの動作が爆発した。
Kは一瞬で距離を詰め、黒服の手首を極めて銃を叩き落とすと、みぞおちに鮮やかな膝蹴りを叩き込む。声すら上げさせずに一人目を無力化。
残る二人が妖をけしかけようとした瞬間、Sが床に転がっていたシャンパンボトルを拾い上げ、頭撃ちで横から殴り倒した!
ガシャンッ!!
「よし! 情報収集完了、敵の無力化も完了!」
佐々木は息を荒らしながら決めポーズをとった。Kは転がる男たちを見下ろし、それから驚いたようにSを見た。
「……お前、ただのパニック警察官ではないようだな。」
「へへん、見たか! これが交番勤務で培った泥酔客のあしらい方と、現場の土壇場力だよ!」
Kは黒マスク越しにフッと鼻を鳴らし、少しだけ柔らかい目を向けた。
「……見直した。だが、肩を抱いた件は後で覚えておけ。」
「えっ、あそこは演技の流れじゃん!? 命の恩人に厳しすぎない!?」
『ふふ、いいコンビになってきたね。……二人とも、データ転送完了! Jの方へ向かって! 敵のボスが動き出した!』
Eの緊急通信が入る。SとKは顔を見合わせ、Jの潜伏する最奥のVIPルームへと駆け出した。
◼️◼️◼️
重厚な防音扉の奥。ワインレッドのカーペットが敷き詰められたVIPルームは、異様な殺気と不気味な霊気に満ちていた。
室内の大型水槽には、禍々しい邪気を放つ数体の「蠱毒(人工的に作られたあやかしの兵器)」が蠢いている。その中央で、暗殺集団のボスは、豪奢なソファに深々と腰掛けながら、目の前に立つJを冷たい目で見つめていた。
「……で? 海外から流れてきた大物の闇ブローカーと聞いて通してやったが、挨拶にしては面構えが冷たすぎるんじゃないか?」
ボスの合図とともに、部屋の影から人間である黒服の暗殺者たちが滑り出し、Jの全方位を取り囲む。それぞれの手には、あやかしの毒を仕込んだ特殊なナイフが握られていた。
だが、Jは顔色ひとつ変えない。オーダーメイドのスーツのボタンを優雅に外し、ボスの向かいのソファへ勝手に腰を下ろした。
「挨拶なら商品を見てからだ。……だが、期待外れだな。この程度の『蠱毒』に億単位の値を付けるつもりか?」
Jは水槽のあやかしたちを一瞥し、鼻で笑った。
「な……んだと?」
「術式の精度が甘い。水槽の右側にいる個体は霊気の循環が滞っているし、左側の個体はあと三日で自滅する。……こんな欠陥品を売りつける気なら、交渉は打ち切りだ。俺は帰らせてもらう。」
Jが静かに立ちあがろうとすると、ボスの顔色が変わった。自分が誇る暗殺兵器の「構造上の致命的な欠陥」を、一目で見抜かれたからだ。
「……待て。貴様、只者ではないな。……一体どこでその術式知識を得た?」
「ビジネスの基本だ。……まあ、お前が『先週消された警察の潜入捜査官(G)』の生体エネルギーから抽出した、不純物だらけの触媒を使っている時点で、底は見えていたがな。」
Jが冷ややかに放ったその一言に、ボスの目が血走った。
「な……!? なぜ『あの警察官』のことを知っている……!?」
「簡単なロジックだ。」
Jは冷ややかな笑みを浮かべ、胸ポケットから葉巻を取り出して指先で弄んだ。
「お前たちが一週間前、この店で警察の潜入捜査官を殺した噂は裏社会に流れている。実はこちらもその警察官を警戒していてね。独自に調べていたのさ。そして今、お前が提示した蠱毒の霊気波形は、その捜査官が追っていた特殊な呪詛の波形と完全に一致する。……つまりお前は、殺した捜査官の肉体と霊気を、あやかしを育てる『触媒』として使い潰したわけだ。違うか?」
ボスの顔が怒りと焦りで歪む。図星を突かれた男は、時として誇示のために余計な真実を喋りたがるものだ。…後少し…。
「ハハッ……! 察しがいいな、バイヤー殿! そうだ、あの血気盛んな警察官の生体エネルギーは実にいい触媒になったわ! 奴は死に際まで仲間の場所を吐かなかったがな、最後の一滴まで骨までしゃぶり尽くしてやったわ!!」
ボスが逆上して、Gの殺害と死体損壊を自らまくし立てたその瞬間。Jの耳元の超小型インカムから、Eの軽快な声が滑り込んだ。
『はい! 完璧に高音質で「殺害と死体損壊の自白」の録音データ確保〜! ついでにSとKがメインサーバーから顧客リストと、Gの殺害指示が出された全データもダウンロード完了したよ!』
『証拠は揃いましたね』と続いたNの声を確認したJは葉巻をソファのテーブルに軽く叩き落とし、それまでの冷徹な「闇ブローカー」の仮面をスッと脱ぎ捨てた。
「……感謝するよ。お前の口から直接その言葉が聞きたかった。」
「な……なに……!?」
「偽物のバイヤー相手に、ペラペラと喋りすぎたな。――これで『詰み』だ。」
「…!!…くそっ、ハメたな貴様も警察か……!! やれ! こいつを蜂の巣にしろ!!」
ボスが絶叫した瞬間、Jは身を低く沈めた。次の瞬間、バゴォォォォン!!!!
爆音とともに、VIPルームの分厚いコンクリートの外壁が丸ごと粉砕された。粉塵と瓦礫が舞い散る中、破けたスーツの袖から超人的な筋肉を剥き出しにしたQが飛び込んでくる。
「待たせたな、J! ドアの鍵を開けるのが面倒だったから壁から来たぞ!」
Qが豪快に笑いながら瓦礫の塊を投げつけると、襲いかかろうとした人間の黒服暗殺者たちがまとめて吹き飛び、壁に激突して気絶した。
「な、なんだこのバケモノは!?」
動転するボスの前で、Qは迫り来る残りの暗殺者たちの襟首を両手で掴み、そのままジャイアントスイングで旋風を巻き起こして水槽へ放り投げた。巨大なガラス水槽が豪快に割れ、室内が一気に水浸しになる。
そこへ、破られた壁の穴からSとKが突入してきた。
「Jさん! データと証拠、すべて押さえました!」
Sが叫びながら、這い上がってきた暗殺者の足をすばやく引っ掛けて転ばせ、そこへKが鋭い眼光とともに手刀を一閃。暗殺者たちを瞬く間に無力化していく。
圧倒的なチームワークの前に、ボスは膝をつき、絶望的な顔で後退った。
「ば、バカな……我が暗殺組織が、たった数人の警察に……!」
「言ったはずだ。お前の計画にはロジックが足りないと。」
Jがゆっくりと歩み寄り、冷ややかな視線でボスを見下ろす。
「Gの無念、ここで回収させてもらった。」
逃げ出そうとしたボスの首筋を、Qが指先ひとつでデコピンすると、ボスは白目を剥いてそのまま派手に倒れ込んだのだった。
◼️◼️◼️
数日後。都内を見下ろす静かな霊園。
青空の下、黒いスーツに身を包んだJ、Q、S、Kの姿があった。墓標の前には、Gの好きだった銘柄の缶コーヒーが静かに供えられている。
……G。仇は取ったぞ。
Jが静かに目を閉じ、胸中で報告する。
隣に立つSは墓標を見つめ、少し緊張した面持ちで胸を張った。
「Gさん。俺、新入りのSです。……あなたの席、しっかり守ってみせますから。安心して休んでください。」
その言葉に、Kが黒マスク越しにふっと温かい眼差しを向け、Qも満足そうにSの肩をバシバシと叩いた。
「痛っ!? Qさん、力加減!!」
「ハハハ! いい心がけだぞ、S! 記念に俺の特別筋トレメニューを授けてやろう!」
「要りません!!」
賑やかに口ゲンカを始めるメンバーたちを、JはGの墓前に置いた物と同じ缶コーヒーを口に含みながら、目を細めて眺めていた。
墓参りを終え、霊園の駐車場へ向かって歩き出した時「……そういえば。」とJがふと思い出したように足を止めた。珍しく少しだけ柔らかい表情で、メンバーたちを振り返る。
「みんな、せっかく今日は全員仕立ての良いスーツやドレスで仕上がってるんだ。……ついでに、この前流れた『Sの歓迎会』も兼ねて、どこか飲みに行かないか? 俺の奢りで。」
その提案に、Sはパッと目を輝かせた。
「えっ、マジですか!? Jさんの奢りで高級なお店ですか!? 俺、ついていきます!」
「……奢りなら断る理由はない。」
「高級な店とはいってないだろ。近場だ。」
「それでも行く。」
黒マスクの奥で満足そうに頷くKにJは眉を下げた。
「よし決まりだ。Q、車を出せ。行き先はお前が選んでいいぞ。」
Jがそう言ってQを振り向いた瞬間——
バリッッ!!
霊園の静寂を切り裂く、虚しくも不穏な「布が盛大に引き裂かれる音」が響き渡った。
全員の視線が一斉にQへ集まる。
Qが「あ……」と声を漏らし、自分の脇の下から背中にかけて視線を落とすと、新調したばかりのオーダーメイドスーツの縫い目が無惨に崩壊していた。
「……Q。今、何か嫌な音が聞こえたんだが?」
Jの冷ややかな視線が刺さる。Qの額から冷や汗がダラダラと吹き出し、あの最強の九尾の狐が顔面蒼白になって固まっていた。
「じ、J……これは違うんだ。Gの墓前に手を合わせた時、背筋に力が入りすぎてだな……。」
「……今月四着目だぞ。お前の給料から全額控除だ。」
「待ってくれ! 給料が消えると俺のプロテイン代が——!」
Qが悲痛な叫びを上げていると、ポケットの中で暗号化通信端末がピコンと高らかに鳴った。画面に表示されたのは、着物姿で湯呑みを掲げるBOSS(お初)のスタンプと、冷酷な一文。
『Q。監視カメラで見ていたよ。今月4着目のスーツ弁償申請は即却下だ。今すぐ本部へ戻って、壊したVIPルームの備品損害報告書を正副3冊、手書きで提出しておくれ』
「……終わった。今月のプロテイン代……。」
数千年生きる最強の九尾狐が、スマホを握りしめたまま完全に白目を剥いて倒れ込んだ。
「あはは……Qさん、自業自得ですね……。」
苦笑いするSの横で、Kは「自業自得だ」と言わんばかりに黒マスクの奥でフッと鼻を鳴らし、Jは小さくため息をつきながらセダンの運転席に乗り込んだ。
「悪いな、置いていくぞQ。歩いて帰って書類を書け。」
「冷たいぞJー! 俺を置いて奢り酒に行く気かー!?」
Qの悲痛な叫び声を背に、黒塗りのセダンは夜の六本木の街へと賑やかに走り出していくのだった。
(第2話・完)




